秋の夕闇に輝く竜の祭り日(1)
【2080年11月10日。】
その日、天候は晴れ。気温20度と過ごし易い午後17時。
カントリータウンの商店通りは、愉しげな雰囲気に包まれていた。
何故なら今日は、年に一度のお祭り『竜騎士祭』だからだ。
それは古代戦争時代に活躍し、竜騎士の称号を得たとされる男を祀るお祭りの日。
商店通りから、町外れの竜騎士の祠まで伸び並ぶ多くの屋台たちと、それを目的にした地元の人々や、冒険者、観光客などによって賑わいを見せていた。
そんな、いつもと違う町並みを、アロイスとナナは薄い長袖に身を包み、楽しそうに歩いていた。
「かなりの人で賑わっているなぁ」
「商店通りの皆さんも、普段とは違うお店で頑張ってますからねぇ」
商店通りの面々は、普段の仕事は休憩して、竜騎士祭の日だけ木造の小さな屋台でバラエティ豊かな商売を行っていた。焼きそば、フランクフルト、クレープ、焼きリンゴと言った 料理から、地方の特産料理で珍しいものも並んでいる。アクティビティとして射的や輪投げなんかの興じも魅力的だ。
「並ぶ屋台もきれいですねー」
ナナが言う通り、それぞれの屋台は色合いの異なる魔石ランプで色取り取り装飾していて、これから夜を迎えるにあたって、きっと美しく彩られることだろう。
「アロイスさん。今日は週始めでお店も休みですし、お祭りを楽しめて良かったですね」
「そうだなぁ。それに本当は俺も屋台に出店参加する筈だったけど、一年目って事で許されたみたいだな」
本来、カントリータウンで酒場を営むアロイスは『屋台』として参加を要請されていたが、カントリータウンで店舗を開いて一年目という事で対象外になっていた(というより、竜騎士の洞窟の一件の侘びの意味で、当代竜騎士リターが彼を祭りの参加者として欲しいと要望したためだったが)。
「とにかく、今日は自由だ。うんと祭りを楽しませて貰おうか」
「そうですね♪ 」
二人は、行き交う人々を縫うようにして、屋台を見て回った。すると、アロイス! と、誰かが名を呼んだ。
「おや? 」
アロイスが名を呼ばれた方を向くと、そこには白い鉢巻を額に回したゴブリン工務店長『カ・パリ』の姿があった。
「カパリさんじゃないですか! 」
アロイスとナナは、カパリの屋台に近づく。
屋根のついた簡易な木造出店で、正面の看板には、デカデカと焼きそばの文字。カパリは、屋台内側にある広い鉄板で、ヘラを使い、ジュウジュウと焼きそばを調理していた。立ち上る甘辛いソースの香りが何とも食欲を煽る。追加用ソースやマヨネーズなどのディップ類については、好みの量を振りかけられるよう別棚に載せられていた。
「カパリさんが屋台をやってるんですか……? 」
アロイスは、驚いて言った。
「何じゃ。ワシが屋台をやってたらおかしいんかい」
「よそ者を嫌っていたので、こういうお祭りは参加しないものかと思ってましたが……」
「あァ? 地元の貢献には別じゃ! 祭りは大好きだからのう! それに、マナーが悪い奴にゃ売りはせん! 」
カパリは笑って言う。
と、彼は一番大きい透明トレイを手に取って、焼きそばをいっぱいに盛り付けて、アロイスに渡した。
「おっと、この焼きそばは……」
「金は要らん、持ってけ! 」
「良いんですか? 」
「ワシが良いと言っとるんじゃ。持ってけ!! 」
「そうですか。それでは有難く頂きます」
いっぱい詰まった焼きそばと、別棚にあったフォークも2つ手に取り、もう一度お礼を伝える。カパリとはもう少しゆっくり話もしたかったが、周辺が混み合ってた事もあって直ぐにその場所を後にした。
「焼きそば貰っちゃったな。その辺で腰を下ろして食べちゃおうか」
「熱いうちに食べたほうが美味しいですもんね」
適当に座れる場所を探す。辺りをキョロキョロ見回していると、また、アロイスの名を呼ぶ声が聞こえた。
「んー? 」
アロイスが反応すると、目を向けた方向には小さな屋台を構えたリリムとネイルの姿があった。
「きゃー、やっぱりアロイスさんだ! こっち着て下さーい! 」
どうやら、自分を呼んだのはネイルのようだ。
彼女たちは魔獣ハンター業で生計を立てる『姉妹堂』を営む美人姉妹。今回、彼女たちの屋台には、生ハニードリンク、と文字があった。
「おー、ネイル。リリムさんも、ここでお店をやっていたんですね。ハニードリンクとは美味しそうですね」
二人が立つ屋台奥の調理台には、魔蜂マヌカの巨大な巣と、天然水の詰まった瓶が結露を流して並んでいた。
「こんにちわ、アロイスさん。どうですか一杯、飲みませんか」
「飲んでよアロイスさん! 私たちが採った魔蜂なんだよー! 」
姉妹二人が言う。もちろん、飲ませて貰おう。
「もちろん買いますよ。2つで幾らかな」
茶色の長財布からお金を取り出しながら言うと、姉リリムは「結構ですよ」と笑った。
「いつもお店でサービスして頂いたので、今日は逆にサービスさせて下さい」
「いえいえ、とんでもない。お支払いしますよ」
「今日は私たちにサービスさせて下さい。直ぐにお出ししますので」
リリムは、ネイルの肩を叩いて、ドリンクを作り始めた。蜂蜜を搾ってから、水、氷を投入してかき混ぜるまで、あっという間にハニードリンクを作り上げて、それらをアロイスとナナに手渡した。薄型の筒状の透明容器に入った黄色掛かったハニードリンクは、輪切りされたイエローレモンが浮かんでいて、見た目も爽やかだ。飲まずしても、甘くて美味しいんだろうなと分かってしまう。
「どうぞ、持って行って下さい。お口に合うと嬉しいんですが」
「美味しいのは分かりきった事ですよ。では、お言葉に甘えさせて頂きますね。では」
ここも周辺も混んでいるし、その場から離れようとした。と、後姿を追って、ネイルが叫んだ。
「アロイスさーん! ナナちゃんとばっかデートしてないで、今度は私ともしてねー! お姉ちゃんも、アロイスさんとイチャイチャしたいって言ってたよー! 」
公共の場で、しかも顔見知りが大勢いる場で。
アロイスは飲みかけていたハニードリンクを、ブッ! 噴き出す。苦笑いしつつ、手を振り続ける彼女らに軽く手を振り返すと、そそくさと、その場をあとにした。