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竜騎士の洞窟(15)


 アロイスとナナが、リターたちと別れて1時間後。


「ただいま帰りました! 」

「ただいま、お婆ちゃん! 」


 二人は泥だらけの格好で玄関に立って、帰宅を告げる。その声を聞いた祖母がゆっくりと顔を出した。


「おかえりんしゃい、二人とも。あらまぁ、泥だらけになって! 」


 祖母は両手を上げて驚いた風に言った。


「あ、あの……話を聞いていたかもしれませんけど、実はダンジョンに落ちてしまって」

「ふふふっ、全部聞いてるさね。ま、心配もしてなかったさね。何たって、アンタがいるんだからね」


 祖母はアロイスに寄って、厚い胸板をポンッ、と叩いた。


「お、おっと……それは恐縮です」

「うんうん。しかし、本当に泥だらけさね。ダンジョンとやらは大変だったみたいだねぇ」

「ええ、はい。これでも、ある程度の泥払いはしたんですけど……」


 服に染み付いた泥と、汚れきった髪の毛。祖母は、まずナナから浴室に行くよう促した。


「ナナから先に風呂入ってきな。沸かしてあるよ」

「え、私は後で大丈夫だよ。まずはアロイスさんからで良いよ」

「良いんだよ。良いから早く入ってくるさね。ほらほら、さっさと入る! 」


 ナナのお尻を、ぱんっ! と叩く。

 祖母の強引な押しに、ナナは「もう! 」と言って、泥を落とさないように浴室に消えて行った。


「最初から素直に行けば良いんさね。さて……アロイスさん」


 ナナが消えたのを見計らい、祖母はアロイスをしかめた面で見つめた。ギクリとしたアロイス。すみませんでした、と、咄嗟に謝罪の言葉を口にしたが、祖母は首を横に振った。


「うん? ああ、違うさね。アロイスさんには迷惑を掛けたなーと思っただけだよ」

「迷惑とは……いえ、そんな事は。そもそもの問題は、今回は自分の責任であって! 」

「違うよ。アロイスさんも、ナナと一緒で謙遜し過ぎなのが悪いところだよ」


 祖母は、先ほどのナナにしたように、アロイスのお尻を叩いた。


「あいたっ! お、お婆さん……! 」

「話を聞いたけど、ラットが大体悪いんじゃないかい。ダンジョンで悪戯したんだろ? 」

「まぁそうですが、その行動を読めなかった自分が悪くもあると思っています」

「そうもこうもあるかい。どのみち、別に私はアロイスさんが悪いとは思っちゃいないしねぇ」


 祖母は、玄関と床の縁の段差に腰を下ろす。


「もしも私が煙草を吸ってるなら、こういう場面で煙草をぷかーっと噴かすんだけどね」


 口元に人差し指と中指をあてて、透明の煙草を作り上げて、ふぅーっと空想の煙を吐いた。


「……とにかくアロイスさん。アンタは気にしなくて良いよ。ナナ、良い顔してたからね。ダンジョンでは、楽しい体験をしてきたみたいだけど、気づいているだろう? 」


 祖母は何でもお見通しだ。ナナはダンジョンの攻略を経て、生き生きとしていたのは当然アロイスにも分かっていた。きっと、今頃は浴室で一人、鼻歌でもうたっているんじゃないかと思うくらいに。


 しかし祖母は「だけどね……」と、一言を付け加えた。


「アロイスさんには本心を言うけど、ダンジョンに落ちたと聞いた際に、アンタがいるから怪我とかはしていないのだろうと思ってた。だけどね、正直ちょっとだけ怖かった点があるんだよ。私が言いたいこと、分かるかい? 」


 祖母が尋ねる。

 アロイスは「分かります」と頷いた。


「そうかい。やっぱりアロイスさんは分かってくれていたんだね。嬉しいよ」

「はい……お婆さんが心配だったのは『両親の影』についてですよね」

「ああ、そうさ」


 ダンジョンに入ったナナが、ダンジョンで亡くなった両親を垣間見てしまい、失心してしまうんじゃないかと、それだけが不安だったのだ。


「心配は最もです。けどナナは強かった。むしろ両親と同じ目線に立てた事が何より嬉しいと言ってたくらいで」

「ん……、あっはっは! そうかいそうかい! そうなんだね」


 天井を見上げるくらい反り返って、大きな口を開いて笑う。ただ、祖母はアロイスを指差して、言った。


「だけど、そのやる気はアロイスさんが火を点けてくれたんじゃないかい? 」


 これまた鋭い指摘だ。


「……おっと、それについては否定しないでおきましょうか」


 祖母の言う通り、ダンジョンで両親の影を見せて、ナナの心に点火したのは自分の言葉も影響させたのは否定しない。でも、ナナという女の子は、自分が考える以上にずっと強い気持ちを持っていた。多少のきっかけを与えたところで、心を強くある事が出来たのは、彼女自身が強くあったからだ。


「ナナは強い子でしたから。俺が考えるよりも強くて、明るくて」

「うんうん。でもね、災いを利用して逆に最高の思い出を作ってくれたのはアロイスさんだよ」


 祖母は頭を下げた。


「有難う、アロイスさん」

「そんな……。でも、お婆さんにそう言って頂けると、自分も気持ちが安らぎますよ」

「心が安らぐ? ふふふ、なぁに言ってるんさ! 」


 祖母は立ち上がって、もう一度アロイスのお尻を、今度は強めにパンッ! と叩いた。


「私らは家族なんだから、無礼でも良いんだよ! 」

「お婆さん……」 

「アロイスさんも色々考える事があるだろうけど、私は気にしていないからね」


 祖母はアロイスを指差して言う。その台詞を聞いたアロイスは、ハッ、とした。


(お婆さんは、まさか……)


 どうやら祖母は、ナナを心配しながらも、実はアロイスの心についても心配していたらしいと、ようやく理解した。


(俺がナナを危険に晒した事を悩んでしまったり、祖母にどう謝罪するか考えていた事を全てお見通しだったって事か……)


  ……私らは家族なんだから!

 何て暖かな台詞だ。祖母の気遣いに、とても嬉しくなる。


「……お、お婆さん、本当に有難うございます」

「だからお礼は要らないよ! もう一回お尻を引っ叩かれたいのかい! 」

「フフッ、それじゃお願いでもしましょうか」

「うっふっふ、そう言うなら何度でも叩いてやるさね」


  ……ははははっ! ふふふっ!

 二人は笑い合った。


 すると、廊下の向こう側から、ナナが慌てて走ってきた。

 よっぽど急いでいて、タオルを巻いた髪は生乾きで、玄関に立っていたアロイスに言った。


「さっと泥だけ落としてきました! アロイスさんも続いて入って下さい! 」

「ず、随分と早いな。ゆっくりして良かったんだぞ」

「後でまた入り直します、大丈夫です。だからアロイスさんも泥を落としちゃって下さい」

「ナナ……」


 祖母もナナも、本当に優しさに溢れた二人だ。

 アロイスは祖母と目を合わせてから、また笑って、言った。


「ではお言葉に甘えて、ゆっくり入ろうかな。ゆっくりと、ね。家族として、遠慮なしに」

「うっふっふ、それが良いさね。家事は婆ちゃんに任せんしゃい! 」

「分かりました。お任せしますよ『お婆ちゃん』」


 アロイスは笑いながら、浴室に消えて行った。

 何やら親しみのある会話に、ナナは「どうしたの? 」と祖母に尋ねた。


「んー、色々あってね。ナナも、ダンジョンで疲れてるからゆっくりしていて良いからね」

「えっ! 駄目だよ、私も色々手伝うよ! 」


 当然のように、ナナは拒否した。孫の暖かさに、祖母は薄っすら笑って、言う。


「……やっぱりかい。そう言うと思ってたよ。じゃあ、今日はご馳走をたっぷりと用意してたんだけどね、仕上げを手伝ってくれるかい? 」


 ナナは、うんっ! と、元気良く返事して、キッチンに向かった。通り抜けたリビングのテーブルには、何本か酒瓶とグラスが用意されていて、飲み会の準備が万端だ。酒のツマミは、祖母の美味しい料理と、ナナとアロイスの冒険譚だろう。


「アロイスさんが戻ってくる前に、美味しい料理を仕上げちゃうよ!」

「うん、がんばる! 」


 今回、様々な事象が絡んで起きてしまった大事件。しかし、何はともあれ。ナナの初めての大冒険は、最後には笑顔で幕を閉じる事が出来たようでした。



【 竜騎士の洞窟編 終 】



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