竜騎士の洞窟(13)
そして、アロイスたちが宝物を見つけた頃。
場所は移り変わって、竜騎士の庭に在る槍の石像前に移る。
「……まだ来ないのか、救助隊は」
竜騎士の庭先で、複数の警衛隊たちと、ラットは救助隊は今か今かと待っていた。
「ラットさん、落ち着いて下さい。救助隊は確実に来るはずですから」
「本来の申請業務を飛ばして救援を依頼したんだぞ。なのに、遅すぎる! 」
時刻は16時。僅かずつ陽が傾き、気温も下がり始めていた。
「私の所為でこんな事になるなんて。生きていてくれよ、アロイスさん……」
ラットを襲う苛立ち、不安、焦燥感。右手親指の爪を血が滲むくらい噛んで、脚を揺らし続ける。
だが、この時、ラットを含めて警衛隊員たちも半ば諦めている節があった。事故現場は底も見えない深き穴の中。普通に考えて無事に済むはずが無いのだ。
……しかし。
ボコンッ!!
突如、石像付近に爆音が響いた。
「な、何だ!? 」
一体何事だ。ラットたちは音の聞こえた『槍の石像』に目を向ける。すると、石像の前の草むらに、覚えのない小さな穴が空いている事に気づく。
「ん、何だこりゃ。こんなものあったかな……」
ラットは首を伸ばして小さな穴を覗いた。と、その穴の中から太い腕がニュッと飛び出た事に、ラットは「ぎゃあ!? 」と叫びを上げた。
「どうしましたか!? 」
叫び声に、待機していた警衛隊員たちが、駆け寄った。
ラットは震えながら、穴から伸びた腕を指差す。
「な、何だあれは! 魔獣か何かの類か飛び出して来たんじゃないかァ!? 」
地面から飛び出してる太い腕。奇妙にグルグルと動いた。
警衛隊員たちも、
「うぉっ!? 」
と、驚いて、一斉に各々武器を構えるが、穴の中から、待て待て! と声がした。
「な、何だ? もしかして誰かいるのか!? 」
隊員の一人が言う。太い腕は、ひらひらと手を振って親指を立てた。そして、一旦腕は穴の中に引っ込んでから、それから直ぐ、穴付近の土を大きく巻き上げ、泥まみれになった彼らが姿を現す。
「おーっす、外だ! やぁーっと外に出れたな! 」
「はい、帰ってこれましたね! 」
地面現れた彼らは、もちろんアロイスとナナの二人組だった。地面の中から這い出てきた二人に、ラットは目を丸くして驚いた。
「な、ななな、何で地面からアロイスさんたちが!? 」
「おお、ラットさん」
「ぶ、無事だったんですか! というか、どうして地面から! 」
「まぁ自力で脱出したというか、ハハハ」
アロイスは笑いながら、持ってきた宝箱を地面に置いた。ラットはアロイスに駆け寄って、泣きそうな顔をして、しゃべり掛けた。
「ア、アロイスさんたち、生きているんですよね。無事だったんですよね! 」
「無事ですよ。怪我一つなく、問題ありません」
「そ、そうですか。良かったぁ……」
ラットは力が抜けて、地面に尻をついた。
「おっとっと、大丈夫ですか」
「申し訳ありません、無事だと分かって安心したら力が……。し、しかしどうやって脱出を? 」
「ん、ああ……そうですね。軽くご説明しますね」
アロイスは、周囲の警衛隊員たちも呼んで、落ちてからの出来事を説明した。
「……というわけです。最後にはこの宝箱を見つけ、日の光を見つけた場所を登ったら、その場所に辿り着いてしまいました」
アロイスの説明を聞いた途端、全員にどよめきが起こった。
「す、凄いな。そんな高さから落ちて無事だった事なんて……」
「というか、普通に大冒険してきたんじゃないか。俺なら落ちても無事で済む自信はないよ……」
各々がアロイスの冒険譚に感嘆する中。
ラットは「凄いですね……」とだけ、かすれた声で言った。
「いえいえ、とんでもない。それと警衛隊の皆様にはお手数をお掛けしますが、自分たちが這って出てきたそこの地面の穴を、木版や何かで直して頂ければと思うのですが……」
アロイスの依頼に、隊員は勿論ですと敬礼した。
「有難うございます。それとラットさんにもお話がありまして」
「は、はい……? 私に、何か……」
ラットは彼に怒鳴られるかと思って一瞬身構えたが、アロイスは別に怒鳴る気はなく、むしろ、自分の責任を踏まえて彼に謝罪した。
「自分の安易な振る舞いで危険に晒してしまって申し訳ありませんでした」
深く、頭を下げて。
「え……! い、いえ!? そもそも私があんな勝手に本を触ったりしなければ! 」
「勿論、それも無いとは言いません。ですが自分が元冒険者として安易にダンジョン内に立ち入る許可を出したのが最大の要因です」
深く頭を下げたアロイス。
ラットは慌てて立ち上がって、「こちらこそ! 」と、同じく深く頭を下げた。
「有難うございます。ついでに、一点ばかりラットさんにお願いがあるのですが宜しいでしょうか」
アロイスが言う。ラットは、何でも仰ってください、と返事した。
「はい。実は、当代の竜騎士さんにお会いしたいのですが、ご紹介して頂きたく」
「竜騎士さんとは……あっ、リターさんですね」
「お名前はリターさんというんですね」
「そうですね……少々お待ち下さい。今の時間になら自宅に居る筈なので、家も目の前ですし呼んできます! 」
「あ、ちょっと待って下さい! 何も呼びに行かずとも、此方から出向くのがマナーで…………って、行っちゃったよ」
ラットは、急いで竜騎士の自宅に向かっていってしまった。彼はダンジョンの件にしろ、忙しないというか、話を聞かないというか、そんな性格のようだ。
(しょうがない。ここで待っているか)
警衛隊が出てきた穴を埋め立てしてくれる様子を見ながら、アロイスとナナは休憩がてら待機した。そして数分後、ラットは、やや年老いた男性を連れて戻ってきた。
「お待たせしました。此方、当代竜騎士さんことリターさんです」
ラットの紹介に預かった男は、「初めまして」と、頭を下げた。
薄っすらと笑みを浮かべた彼は、笑顔もしわ混じりで年老いていて、見た目は50代くらいだ。吸い込まれるような短い黒色の髪に、何とも優しげな顔つき。身長は180cmのアロイス並み。薄い半袖のローブのような服を纏っていた。やはり伝統を重んじる存在のためか、厳粛な雰囲気もひしひしと感じる。
「貴方がアロイスさんですね。この町で酒場を開いていると噂はかねがね」
重低音の響く、それでいて柔らかな声色で言った。