12.最悪の予感
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ナナの自宅から10分ほど歩いたところ。
道なりに歩いて直ぐ、木造やレンガ造りの住宅街が見えたと思えば、その向こう側に一本道を挟むように活気に満ちた商店街が顔を覗かせた。
「あれがカントリータウンの商店街か」
「はい。冒険者さんや観光客がそれなりに多いので、結構賑わっているんです」
「確かに冒険者が多くて賑わってるなー」
カントリータウンは広大な土地を有するイーストフィールズ圏に属している。
世界全土で燃え盛った人と魔族の古代戦争は、戦いやすい広大な大地を用いたり、山々で壁を築いたりして勢力争いを繰り返した。その為、カントリータウン周辺にはダンジョンが多く眠っていて、自然を求める観光客だけでなく、冒険者たちも訪れる一大産業地でもあった。
「ふーん……。おっ、あっちの少し離れた脇道にある沢山の建物はなにかな?」
ここから見える山の麓には、赤レンガ造りのそれなりの高層感のある古風な建物が見えていた。あれは何だとアロイスが訊くと、ナナは「宿の集まりですね」と答えた。
「なるほど。冒険者や観光客が宿泊する宿街って感じかね。へぇー、大自然の中に色々と凝らした建物や賑わいがあるっていうのは良い感じだ。楽しいな。本当に良い町だなーって思うよ」
アロイスは右手を額にあて、あちこち見渡しながら言った。
「ふふっ、褒めて頂いて有難うございます」
「うん。それで、例のゴブリン工務店はどこにあるんだ?」
「あ、それは商店街の中心位置にあるので……もうちょっとだけ歩きます」
客で賑わう商店街の一本道。
折角なので、ナナはアロイスに町を説明・案内しながらゆっくりと歩くことにした。
「意外とカントリータウンは広いんですよ。大きな森とか、湖とか、畑が大半ですけど」
「うむ。しかし町も思っていたよりずっと賑わってるし驚いたよ」
「そうですね。地元民にとって生活必需品が揃うくらいはお店はありますから」
「ふむ。結構ナナも商店街に出て買い物はするのか?」
アロイスが聞くと、ナナは「はい」と頷く。
「うちはパンが主食ですから、料理に使う小麦の消費が多いから買い物に来たりはします。あと、日用品なんかも足りなくなったら買いに来ます」
また、ナナは「あ、そうだ」と付け加えて言った。
「日替わりって言うのかな……、地元のお店の店員さんが釣った魚や、猪とか鴨、熊のお肉が並んだりすることもあるので、それを目的に見に来たりもします。あとは、都市部や別の町から行商人が珍しい物を売りに来る事もあったりもしますね」
ナナの説明に、アロイスは「ほぉー」と興味津々に言った。徹底された商品管理で仕込まれた売買品が並ぶより、そういった自由主義な仕組みのほうが何だかワクワクする。
「楽しい町だな。俺が獣を狩りしたらお店で売れっかな」
冗談半分に言ってみるアロイスだが、ナナは「あ、売れますよ!」と即答した。
「カントリータウン周辺にはダンジョンが多いので、長期滞在するために宿代を稼ごうと狩りをして生計を立ててる冒険者さんもいるみたいです。獣や魔獣を倒して素材を売って生活する冒険者さんの事って、確か、何とかって呼ぶんですよね……」
ナナは思い出そうとするが、中々浮かんでこない。
代わりにアロイスが、
「ハンターかな」
と、答えた。
「そう、それです!ハンターと呼ぶんだって、お父さんに聞いた事があります」
「なるほど。ハンターってのは、冒険者なら誰もが通る道だからな」
「誰もが通るんですか?」
「ああ。ハンター業は冒険者にとって切って切れない縁だろうな」
「そうなんですか。ハンターさんイコール冒険者って事になるんでしょうか」
「いや、違う。ハンターっていうのは……」
ハンターとは、世界に蔓延る『獣』の類、特に魔獣をハントして生計を立てることだ。それは町民の依頼であったり、自立的であったり、様々な稼働理由があれど、害獣や希少種を討伐して素材を売る…という点は大体一致している。
そもそも冒険者という職業は、冒険者として成果を挙げる事が難しいという話しが大前提にあって、実際の統計数値としても世界人口のうち10%も占めると言われる冒険者だが、純粋な『冒険者』として生計を立てることは難儀であるため、大半がハンターを生業にして生活しているのが現実である。
「へぇぇ、ほとんどの冒険者さんが、冒険者だけじゃ食べていけないってことなんですね」
「そういうことだな。いつの間にか副業のハンターが本業になってるって話も少なくないくらいだ」
「うーん。じゃ、アロイスさんも主にハンター業で生活してたんですか?」
「ん、俺か……」
アロイスはハンター業に手は出したことはあれど、10代前半の頃に、社会経験として少しだけ齧った程度だった。実力主義で上位に上り詰めたアロイスは、その数少ない純粋な冒険者としてだけ生業を立てることが出来ていた栄光を掴んだ冒険者の一人であるからして……。
「俺は……ずっと若い頃に少しだけやってたが、後は冒険だけで生計を立てていたな」
「えっ。それは凄い事なんじゃないですか」
「いやいや凄くないさ。たまたま仲間に救われてただけ。俺一人じゃ何も出来なかったよ」
ハハハッ。笑ってアロイスは言った。
「アロイスさんは凄く強そうですけど、お仲間さんも強かったってことですね」
「……強かったよ。俺の我がままに最後まで付いて来てくれて、良い奴らだった」
「そっかぁ。アロイスさんがそんなに言うなら、最高のお仲間さんだったんですね」
アロイスの話を聞いたナナは何だか嬉しくなって、笑顔になった。
……と、その時。
「あっ」
そう言って、ナナは足を止めた。
「どうした?」
同じく足を止めたアロイスが尋ねると、ナナは手前にあった店を指差して言った。
「ここです。着きましたっ」
「なぬ。ここがゴブリン工務店なのか」
「はいっ」
それは、木造で造られた二階建ての建物だった。
シンプルな四角い形状をしていて、見うる限り一階が店舗で二階が兼自宅のようだ。
また、二階の窓付近に貼られている少し大きめの看板には、工務店を意味する
『 Baumarkt 』
という文字が墨文字で書かれていた。
「ここがゴブリン工務店か。見た目は普通の工務店だな。とりあえず入って挨拶をしてみようか」
「そうですね。それに、事情を説明したら力になってくれるかもしれませんし」
いざ工務店に入ろうと、一歩踏み出すアロイス。
だが、しかし……。
「出てけ、この野郎ォッ!!」
突然響き渡る怒号。アロイスが引き戸に手をかけるより早く響く声。そして、入り口が激しい音を立てて開いたかと思えば、中から二人の若い冒険者が転がるように飛び出した。
「な、何だよそこまで怒鳴る事はないだろ!」
「俺らはただ洞窟で使う道具を売ってくれって言っただけじゃないか!」
飛び出した二人の冒険者は声を荒げ、店の出入り口を睨む。
すると、彼らに続いて店の中から現れた、長い白髭を携える古老らしいゴブリンが、額に血管を浮き立たせて大声を吐いた。
「他所者に売るモンはねェわいッ!さっさと町から出て行かんかァッ!儂は冒険者が大っ嫌いなんじゃッ!道具が欲しけりゃ都市に戻って買に行けッ!!」
轟々と声を轟かせるゴブリン族の男。
小柄で薄緑色の皮膚、作業服から垣間見られる腕は太く、ゴブリン族らしい。ただ、年相応に白髪の頭は薄いようだ。
(……ああ、話通りだ)
そして彼を見たアロイスは、多分というか、確実に。
彼こそ、このゴブリン工務店『Baumarkt 』の店長なんだなと理解した。
(予想以上に頑固気質くさいぞ、こりゃ。何を話しても受け入れられそうに無いのだが、大丈夫か……)
彼との出会いは嵐の兆し。面倒な波乱の予感を感じさせるものだった。