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竜騎士の洞窟(9)


「なんか海の旨味がいっぱい詰まった、とても柔らかい練り物を食べているような感じです」


 生きてきて感じたことのない美味しさで、どう表現すれば良いか悩む。言うならば、海の甘味という表現しか思い浮かばなかった。


「おぉ、言い得て妙な気がするぞ。確かにそんな感じだよ」


 アロイスは笑いながら、ナイフで魚を捌きつつ言う。ナナは「もうちょっと食べてみます」と、もう一口、二口と食べた。


「うん、食べれば食べるほど美味しいです! 」

「すっかり嵌っちゃったな。でも、こっちの魚も食べる前にお腹いっぱいはしないでおくれよ」


 さっさと魚を捌くと、地底湖の水部分で鱗を取り除き、洗い流す。カニの甲羅を一部剥いで、内側を皿代わりにして、魚たちを並べた。


「さて、これだけの純粋な魔石の鉱脈があるんだったら、アレもあるだろう」


 淡く光る魔石に近づき、付近の地面をおもむろに掘り返す。素手を地面に触れて、熱を感じ取った。


「この熱は……よし。こっちにあるな」


 アロイスは熱を感じ取った方向に数歩進み、立ち止まった場所で再び地面を掘り返した。すると、緑色では無い赤み掛かった魔石が露出した。赤色部分に触れないようにして、周囲の岩から力任せに、20cm四方ほどに剥ぎ取る。「あちち……」と言いながら、それをナナの近くの地面に置いた。


「これってもしかして、天然の火魔石ですか? 」

「正解。雑貨屋とか細工屋には並んでることもあるやつより純度は悪いけど、十分だろう」


 火魔石は、その名の通り『炎の魔力』を宿した魔石だ。木をくべれば火の確保も出来るし、便利な代物である。早速、先ほど甲羅に並べていた魚を、甲羅ごと火魔石の上に乗せてみる。あっという間にパチパチと弾ける音が響き、魚から湯気が昇り出した。


「おう、良い火力だ。火魔石がある分、調理方法のレパートリーが増えるから便利だよな」

「本当にアロイスさんの知識が豊富すぎますよ。天然の火魔石があんな場所に埋まってるなんて……」

「冒険者の基本知識さ。どれ、カニ肉も一緒に焼こう」


 魚が焼ける間、甲羅ごとカニ肉を剥がし、小さなサイズで火魔石の空きスペースに置いて焼き物にする。ついでに甲羅を細く縦に切って、先端を三つに分け、簡単なフォークまで作ってしまった。


「地底湖の水も十分飲めるくらい澄んでいるが、少し雑菌も心配だ。これを飲むといい」


 ポシェットから瓶詰めの水を取り出して、ナナに渡す。


「あ、ありがとうございます」

「どうせ泥だらけなんだから、地面にドカっと腰を下ろしても良いんじゃないか」

「そうですね。では……」


 ナナはその場で、アロイスと火魔石を囲うように腰を下ろした。


「これを皿代わりにしてくれ。ほら、そこの平べったい岩をテーブル代わりにもして」


 アロイスは、四角に切り取った手のひらサイズのカニの甲羅を皿代わりに用意して、ナナはそれを受け取ると、言われた通り、近くの平べったい岩をテーブル代わりに瓶詰め水と皿を置いた。


「もう少しで焼けるからな。フォークでも握り締めて待っててくれ」


 そして、目の前で焼きあがる魚とカニ。

 さっきまで壮観が広がるだけで食べ物も人工物も何も無かった地下の一角が、まるで、魚介バーベキューを開くキャンプレジャー施設に早変わり。遭難をしているはずが、こんな楽しみをしてるなんて、思わずナナは笑ってしまった。


「ふふっ。なんかダンジョンは命懸けの筈なのに、アロイスさんといると一瞬で遊び場みたいになっちゃうんですね」

「ハハハ、遊び場か。いわゆるサバイバル技術というやつに過ぎないんだけどな」


 アロイスは誰もが出来て当然のように言うが、普通の冒険者なら地底湖に入った所で水流に流されたり、カルキノスに逆に倒されてしまう可能性のほうが高い。やはり、アロイス・ミュールという男の強さがあってこそ、どんな過酷な環境も様変わりしてしまうのだ。


「ほら、焼けたぞ。魚はニジマスかと思うが、味付けが無いけど堪忍してくれ」

「とんでもないです。美味しく食べさせて頂きます」


 ナナが焼き立ての白身魚をフォークで刺すと、ホロリとほぐれた。小さなくなった身を口に運ぶと、味は思った通り薄かったが、こんな環境も相まったおかげか、旨いと感じることは出来た。しかし、アロイスは唸った。


「うーむ、魚の串焼きにしたほうが良かったかもしれん。正直、食材自体の味が薄めで塩気も足りないし、焼いたというより煮たというか、蒸した感じになったというか……」


 ククッ、と苦笑いした。鉄板焼きのようにして一気に焼き上げたが、水気が多く、出来の悪いムニエルのようになってしまった気がする。


「そんな! 充分美味しいですよ」

「そう言って貰えると嬉しいよ。じゃあほら、カニもどんどん焼くから食べてくれよ」

「はい、いただきますっ」


 二人だけの小さなバーベキューは、雑談をしながら30分ほど続いた。そして、お腹がいっぱいになったあと、少し休憩を挟んでから二人は立ち上がった。


「よっしゃ! お腹いっぱいになったし、坂道を登るか! 」

「はい! でも、カニ脚がたくさん残ってますけど、どうするんですか? 」

「ん。えーっとな、カニの甲羅を含めて全て水に返すんだ」

「えっ! 」


 アロイスは巨大なカニ脚はそのまま水に投げ入れ、焼いたり切り刻んだ甲羅はナイフで細切れにしてから水に放った。


「水の中に捨てちゃうんですか」

「砕いた甲羅は栄養豊富だから魚の餌になるし、カニ脚はカルキノス自体が食べるんだよ」

「えっ、自分の脚をですか」

「過酷な環境に生息する生物は、予想外な特技を持ってるもんさ」

「そういうもんなんですねぇ……」


 沈んでいった甲羅を眺めながら、ナナは驚嘆して言った。


「そーいうこと! ではでは、坂道を登り始めるけど準備は良いかな」


 アロイスは白シャツの水気を絞って、着用しながら言う。


「あ、はい! いつでも大丈夫ですっ」

「うん、その意気だ。よし、それじゃ出発だ」


 二人は手を繋ぎ、足並みを揃えて滝を囲う螺旋の坂道を登り始めた。

 とてつもない水量は夥しい水圧で、霧状になった水気は近くを歩くだけで全身を濡らした。足場も岩と土で形成され、泥道のように滑りやすく、ナナは何度も足を取られる。


「きゃっ! 」

「おっと」


 滑ったナナをアロイスが支えながら、ゆっくりと坂道を登っていく。本来、泥の坂道を登るには靴裏に金属爪を持つ『アイゼン』という靴が必要なのだが、今はそんな贅沢品は持っていない。魔力による吸い付きも、ナナは魔法を使えないし、そもそも魔石の魔力が充満している所為で扱えない。今は経験だけが物を言う状況だ。


(ココから先はどんどん道が険しくなる。下手に足を滑らせれば地面に真っ逆さまだからな……)


 加えて、こんな坂道を普通に歩くだけで体力を消耗するというのに、大きな滝が傍にあって、水に濡れたシャツが体温を奪う。歩いていたり、地下深い分、多少は熱を保ってはいられるが、冷水を受け続ければ身体は持たない。


(水を弾く素材ならまだしも、ナナも俺と同じ薄いシャツでは……)


 火魔石の欠片でも自分のシャツに包んで持ってこようか。いや、時間が経てば燃えてしまうし意味はない。


「……あうっ! 」

「うおっと」

「す、すみません。有難うございます」


 また足を滑らせた。そうこう考えてるうち、坂道はどんどん険しくなる。足を滑らせる度に疲労は増えるし、あらゆる観点から考えて、いくら休憩地点を重ねても先に進むのはナナにとって厳しいものだと思う。


(やっぱりこうなるか。どの道、ここを登らないといけないとは思っていたから……ま、しょうがない)


 アロイスは足を止めて、ナナに言う。


「ナナ。また提案があるんだけど良いかな」

「はぁ……はぁ……。な、何でしょうか」


 やはり息が上がっている。しのご言っていられないようだ。


「……これ以上は、足を滑らせるのも勿論、冷水を浴び続けるのも危険だ」

「は、はい」

「だから、速度を早めようと思う」

「スピードアップってことですか……」


 ナナは肩で呼吸しながら苦しそうに反応する。それでも、それを隠そうと精一杯の笑顔で答えた。


「はい。構いません! ダッシュで登りますよ! 余裕ですっ」


 とても頑張り屋である彼女らしさが良く光る。しかし、サバイバルではそれが命取り。辛いなら辛いと言う事が鉄則だ。


(だけど当然、そんな事はナナは知らないし、その頑張る笑顔が何より素晴らしいんだ)


 だから今は非難したりはしない。そのうち、あの時はこうだったと笑いながら教えてやろう。と、その前に。ナナに言った『速度を早める』というのは、一緒に走ろうという意味ではない事を伝えねば。


「ナナ、スピードアップするってのは、実は一緒に走ろうって事じゃないんだ」

「違うんですか? 」

「うむ。まぁ、慣れたもんではあるんだけどな」


 それについて勢いのまま行動する事が多くあったし、今更でもある。アロイスは腰を落として、ナナに背を向け、そこを指差した。


「ナナを背負って、俺が一気に坂道を登り切る」


 つまり、背負って登るということだ。ナナは「おんぶですか! 」と驚いた。


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