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竜騎士の洞窟(8)



(アロイスさん……)


 彼が言うのなら、きっと大丈夫なのだろうけど、それでも心配してしまう。腰に付けたランプのおかげで何とか姿を追うことは出来たが、それでもドンドン深く潜っていくアロイスを見て、悪い意味で心臓が高鳴る。


「……ッ」


 ある地点で明かりが停止し、右往左往する。恐らく、魚を見つけて採っているのかもしれない。


「……て、あれっ。もう戻ってきた? 」


 そして、それから僅か十秒足らずで、唐突に明かりが地上に向かって浮かび上がり始めた。アロイスは一気にナナの元に戻ると、水から腕と顔だけを出して、捕まえた何匹かの魚を淵に投げた。


「お帰りなさい、かなり早かったですね! 無事で良かったです! 」

「いや、一旦戻ってきただけだ。ちょっと急いでポシェットからナイフを取ってくれないか」

「えっ、は……はい」


 言われた通り、急いでポシェットからナイフを取り出して、水の中のアロイスに手渡す。


「はい、これです。一体どうしたんですか? 」

「戻ってから言う。すぐ戻る! 」


 そう言って、アロイスは再び水中に姿を消す。今度は先ほどよりも早く、眩いはずのランプも霞むくらいに深く潜っていく。


(どうしたんだろう)


 遠い水の底で、再び右に左に明かりが動く。ずっと激しく、素早く。何が起きているのだろうか。


(……っ)


 やがて、数分後。明かりの動きは落ち着く。その場で数秒立ち止まった後、ようやく浮上を始めた。


「良かった……。何があったんだろう」


 ナナは、一応ほっと胸を撫で下ろすが、水中にアロイスの姿が見えた時、安心と同時に、驚きの声を上げた。


「えぇっ!? 」


 その理由は、ただいま、とアロイスが水から上がったのだが、彼は『巨大な蟹の脚』を一本抱えていたからだ。その大きさは尋常ではなく、間接を切り取った爪下の部分だけでありながら、縦横の幅は身長180cmのアロイスを悠々と越えていた。


「かか、かに脚ですかソレ!? 」

「おうよ。水の奥深くに魔獣カルキノスがいてなぁ、一本だけ採ってきたんだ」


 ズゴン! と、赤色の巨大なカニ脚を魚の隣に置いて、自分もその横の地べたに腰を下ろした。


「大きすぎませんか!? カルキノスって、こんな大きい蟹なんですか! 」

「巨大な蟹の化け物なんだ。どれ、ちょっとだけ……」


 持っていたナイフを軽く回して、カニ脚の殻に素早く切り入れをする。本来は物理的な剣撃を許さない硬き殻であっても、技術さえあれば、こうも簡単に切り込めるらしい。


「……ほれっ。取れたぞ、凄い大きさだろ! 」


 きり入れた隙間から、真っ白でプルンッとした旨そうな身を取り出す。ほんの少しだけ切り取った程度なのに、アロイスの太き腕と変わらぬ巨大なサイズ。普通のカニなら一口で終わってしまう爪下の小さな身も、カルキノスなら三人前はありそうだ。


「魚介類を生のまま食べたことあるか? 食べてみるかい」


 カニ肉をナナに差し出す。すると、ナナは少し青い顔をした。


「い、いえ。あまり……」


 カントリータウンは内陸に位置する町。魚といえば、生食には向いていない河川に生息する淡水魚くらいだし、海水魚については時間が経過した冷蔵品が店に並ぶくらいである。魚介類云々の以前に、水産物を生で食べること自体が少ないのだ。


「淡水域の魚は生じゃキツイが、海産物は生食出来るものが多いんだ。カルキノスは淡水に生息するサワガニみたいなもんだけど、実は寄生虫とか居ないから生で食べられるんだよ。さすがに毒沼に生息する亜種は食えないけどな」


 柔らかカニの身を割いて、一口頬張ってみる。外側は締まっているが、噛むとネットリとした食感がある。噛むほどに広がる優しい甘みは、カルキノス特有の美味さだ。泥臭さは無く、只管に食欲が沸き立つ。


「うん、充分に旨い。高級食材として名に恥じない味わいだ」


 カルキノスの末端価格は1kg30万になることもある。様々な高級食材を食してきたアロイスにとって、今回はそれに等しい味わいだと自負出来た。


「高級食材なんだ……。で、でも生で食べてお腹とか壊さないんですか? 」

「新鮮なものなら大丈夫さ。極東の日本国なんかじゃ普通に食べてたりするんだぞ」

「へぇ、そういう国もあるんですね」

「そういうこと! それに冒険者なら食えるものは食うってのが、当然のスタンスだからな」


 ……あっ。それなら。

  ナナが、言った。


「もしかして、お母さんたちも……? 」

「食べてただろうな。実力高い冒険者たちなら、生食は日常茶飯事だよ」


 ダンジョンという過酷な環境において、あらゆるモノを食糧として扱うのは基本だ。蛇や蛙は当然のこと、小さな虫ですらタンパク質を摂取するため食するし、酸味を持つアリなんかは調味料として扱うことだってある。


「そうなんですか。で、でも……生かぁ……」

「ハハ、生理的に無理な話ではあるよな。焼いて食べようか」


 手に取ったカニ肉を泥の付かないよう殻の上に置く。立ち上がって、先に魚を捌こうとすると、ナナが、待って下さい、とアロイスに声をかけた。


「た、食べてみます! 」

「んむ。無理はしなくて良いんだぞ」

「……正直ちょっと無理はしてます。けど、お母さんたちが食べていたり、今は贅沢いえる状況じゃないですから」


 ダンジョンにいる以上、贅沢なんか言っていられないと分かってるから。恐怖感は拭えないが、生のカニ肉の前に近づいて、ゆっくりと腕を伸ばした。


「簡単に裂けるから、ほんの一口分だけ取ってみると良い。ダメなら直ぐに吐いていいからな」

「は、はい。こんな感じでしょうか」


 生のカニ肉はプニプニと柔らかで、ややヌメリ気のある感触。ほぐれたシャツ糸を引っ張るように、カニ肉の繊維をピリリと剥がした。


「食べてみますね……」


 ゴクリ。生唾を飲み込み、それを口に運ぶ。噛むことすら勇気一発で、何とも耐え難い表情をしながらも、奥歯でそれをムニュリと噛み砕いた。


「っ! 」


 噛んだ瞬間、溢れる水分。そこには一瞬ばかり生食独特の生臭さを感じて顔が青ざめ掛けたが、すぐに生臭さは吹き飛び、広がった濃厚な甘さ。


「あ、あれっ……」


 噛めば噛むほど、ジューシーな味わいが口の中を幸せにする。何て言うんだろう。こんな食感、味わい、今までに感じたことがない。


「どうだ美味しいか。生は食べれない人も結構いるから、無理だけはするなよ」

「い、いえ。無理はしてないですけど、思ったより全然……というか」


 普通に美味しいと、そう言った。



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