竜騎士の洞窟(4)
「普通、長い時間を置いても入り口がバレないようにするため、ダンジョンキーは全て頑丈に造るはずなんだが、今回のは雑ったら無いな。どう見ても、キーが1つだけ露呈しすぎだ。もしかしたら、このダンジョンはあまり重要じゃなかったり、少人数で制作された何かだったのかもしれないけども」
ダンジョンの基本と経験に培われた鋭い洞察力だ。すると、その話に興味津々に聞いたラットは、ふらーっとその本棚に近づいた。
「へぇー、これが仕掛けの本棚なんですねぇ」
「待って下さい、ラットさん。入る前に言いましたけど、下手に触れないように! 」
「それは勿論です。この黄色い本がちょっと気になっただけで」
「いや、気になったって……ちょっ、待って下さい、それは! 」
アロイスはナナから手を放し、ラットを止めようとするが、間に合わなかった。ラットは黄色い本に触れ、手前に引き寄せてしまった。その瞬間、カチリ、と嫌な音がした。
「げっ! 」
音がした一瞬のうちに、あろうことか、最悪の出来事。ラットの立っていた本棚付近『ではなく』、ナナの立っていた足元の岩の床がガガガと音を立て、パカリと縦穴を開いたのだ。
「えっ……? 」
落とし穴のように失われたナナの足場。呆ける暇もなく、重力に引かれたナナの身体は穴に落下した。慌ててアロイスは腕を伸ばすが、それは空を切る。
「ナナッ!! 」
「あっ、アロイスさ……! 」
ナナは、言葉を残して深い縦穴に姿を消す。そして仕掛けの岩はバタンと口を閉ざした。
「馬鹿なッ!! 」
アロイスの怒号。ラットは消えたナナとアロイスの怒号に驚いて「ひぃ! 」と、その場で転んだ。アロイスはラットにはわき目も振らず、すかさず右腕に力を込め、ナナが吸い込まれた足場を思い切り殴りつけた。
……バガンッ!!
足場を粉砕し、無理やり深き穴の顔を覗く。
「ナナァッ!! 」
アロイスは脚力を込めて、躊躇なく竪穴に突撃した。かなり深そうな穴だったが、それが逆に幸いだった。深い竪穴の奥に、ナナの姿が確認できたからだ。
(もっと速度をッ! )
竪穴の内部は水に濡れた狭い岩壁に囲まれていた。足の裏に魔力を集中して、蹴り上げた岩壁とマグネットのように反発させて、速度を上げた。
「ナナッ! 」
「ア、アロイスさん……! 」
声が聴こえる距離まで近づけた。もうひと踏ん張り。もう一度、壁を蹴り、更に速度を早めた。
(……届くッ! )
互いに伸ばし合う腕。
触れ合った指先。
絶対に、ナナを助ける。
「…………っだらァッ!! 」
そして、ナナの手を、しっかりと握った。
「ナナッ! 」
「アロイスさんっ! 」
空中で引っ張り上げ、ナナを強く抱きしめた。後は、衝撃のないように着地するだけだ。
「……見えたっ! 」
ダンジョン入り口の書庫から落下して数十秒程度。地下深くに、ぼんやりと緑色に光る天然の魔石の鉱脈が見えた。それに連なった足場、地面がある。そこで着地を試みる。
(何かと落ちる事に縁が有り過ぎるってな! だけどもう、高い所から落ちるのは慣れちまってる分……)
足元に力を込めて衝撃に備える。抱えたナナに衝撃がないよう極力注意しながら、アロイスは地面へと着地した。
……ズズゥンッ!!! パラパラ……。
着地と同時に爆音が響く。衝撃の凄まじさに、その振動で洞窟全体が揺れるようだった。
「ふぅ……。ナナ、大丈夫か。怪我はないか! 」
「は、はい! でも私より、アロイスさんに怪我は……」
ナナはアロイスの腕の中で、小さく震えて言った。
「俺も問題は無い。お前に怪我が無いなら何よりだよ」
「わ、私は大丈夫です。有り難うございます……」
「そうか。なら自分で立てるかな」
「はい、大丈夫だと思います」
アロイスはゆっくりとナナを地面に立たせた。多少フラついていたが、何とか自分の力で立つことが出来たようだ。
「有難うございます。助かりました……」
「当然の事だ。礼は要らないさ。それより、随分と深く落ちてしまったもんだな」
アロイスは右手で髪の毛を掻きながら、落ちてきた竪穴を見上げた。最早、入口は遠すぎて光すら届かない。辺りには魔石の鉱脈による明かりが僅かに照らしているばかりだ。小さな明かり頼りに辺りを見回してみると、かなり複雑に伸びる横穴や、耳を澄ませばジャバジャバと水流の音が響く。どんな素人目でも、危険に満ちた場所だと分かるだろう。
「それと足元に落ちてる金属片は、古代品か」
足元に散らばる金属片。それらはダンジョンでよく見る古代の出土品に間違いない。だとすれば、分かっていたことだが、この場所は……。
「ココはダンジョン内部ってわけか」
未踏ダンジョンに迷い込んでしまったようだった。
「わ、私たちダンジョンに入ってきちゃったんですか……? 」
「そういうことになるな。やれやれ、やっちまった。すまない、俺のせいだ」
やはり、どれだけ安全だったとしても、ダンジョンの入口にナナや彼を連れて行くべきではなかったんだ。元世界一の部隊長が、素人を危険に晒すなんて聞いて呆れる話だ。
……すると、反省を見せるアロイスを見て、ナナが、言った。
「違いますよ。アロイスさんは悪くありません……」
「ん……? 」
「我がまま言って、奥に連れてってもらったのは私です」
ナナは悄気げた顔をして、薄っすらと涙を浮かべた。
確かにダンジョンを見たいと望んだのはナナだが、悪いのは自分だ。彼女が、そんなに深く負い目や責任を感じる必要は無いし、感じて欲しくもない。
「いいや、ナナが重く責任を感じなくて良いんだよ」
アロイスは柔らかい表情で、大きな手を拡げ、ナナの頭をポンポンと優しく撫でた。
「あ、あぅ……。でも……」
「もう起きた事はしょうがないし、反省があるなら次にどうするかを考え、活かしていこう」
「アロイスさん……」
「だから、そんな顔をしないでくれ。ほら、涙を拭いて」
ポシェットからハンカチを取り出して、彼女の頬に伝う涙をそっと拭き取る。
「……俺にとって責任逃れな卑怯な言い方かもしれないけどさ。俺には俺の、ナナにはナナが考える反省が出来ただろう。それを次に失敗しない為の糧にすれば良いんじゃないかな。今はお互いに、互いの謝罪を受け入れて前に進もう」
アロイスは微笑みを見せて言った。その笑顔と言葉にナナは「はい」、と小さく頷いた。
「有難うございます、アロイスさん。気持ちが救われた気がします」
「うん。こちらこそ納得してくれて有難う。それじゃ、今の俺らの状況を整理しようか」
涙を拭いたハンカチをポシェットに仕舞った後、今度は紙とペンを取り出す。適当な場所に腰を下ろし、適当な岩場を下敷きにして紙を拡げた。
「紙とペンで何をするんですか? 」
「今言った通り状況整理さ。それについて、えーっと……ちょっとしたクイズを出すぞ」
「ク、クイズですか。はい、何でしょう」
「俺たちが落下してきた時間は、ダンジョン入り口からココまで、どれくらいか分かるかな」
「えっ。難しいですね。んーと、10秒とか、そんくらいでしょうか」
思いついた大体の数字で答えてみる。アロイスは「惜しい」と笑い、紙に縦線を引いて、その間に数字を書いた。
「答えはコレだ」
書かれた数字を指差す。そこには『15』と記載されていた。
「そんなに! 15秒も落下してたんですか」