竜騎士の洞窟(3)
「どれどれ、どんな感じなのか」
誰もが恐怖してしまいそうな地獄の穴。しかしアロイスは臆することなく、黄色いテープを飛び越え、穴の様子を伺う。
「アロイスさん……ほ、本当にその穴の中に入るんですか? 」
恐ろしさを感じる入口に、ナナは心配になって尋ねた。
「んー、まぁ大丈夫さ。それに、ただの天然洞窟じゃなくて、こりゃ本当にダンジョンっぽいしな。入口の周囲は朽ちて崩れている部分があるが、下部は造られた跡があるようだ」
入口近くで片膝をつき、周囲の岩壁に触れた。入口の上部は砕けていたが、下部は何か象られた跡があった。間違いなくダンジョンの類だろう。
「んじゃ、さくっと行ってくるよ」
軽く準備運動するアロイスに、ナナは「気をつけて下さいね」と言った。アロイスは、おう、と一言。腰のランプを点け、中に消えて行った。
ところが、僅か1分も経っていないうちに。アロイスは苦笑いしながら、洞窟の奥から戻ってきた。
「……ククク、ただいま」
「あ、あれ。アロイスさん、随分と早いですね? 」
「早いさ。ここは確かにダンジョンだったけど、トリック式ダンジョンだったよ」
「トリック式? 」
聞きなれない言葉にクエスチョンマークが浮かぶ。
ラットが「どういうことですか」とアロイスに訊いた。
「えーと、トリック式というのは、入り口に細工がしてあるダンジョンです。ダンジョン内部に侵入するには何かキーとなる言葉や行動が必要なタイプですね。ここを入って直ぐに小さな書庫のような本が散らばった空間が在ったのですが、恐らく本に関係する何かがキーになっているのでしょう。ですから、ここを封鎖する限り、内部から魔獣が飛び出す事はないので大丈夫だと思いますよ」
黄色いテープを越えて、外に出る。ラットは「本当ですか」と喜んだ。
「大丈夫です。魔獣の気配もないし問題無いでしょう。あと、こんな調査ではお金も貰うわけにはいかないので、無償でいいですよ」
ラットに言うと、彼は首を横に振った。
「無償……いえ、そういうわけには。危険があったのは一緒ですし! 」
「お気になさらないで下さい」
「し、しかし」
「本当に気にしないで下さい。それでは私は帰りますので、封鎖だけはお願いしますね」
アロイスはそれだけ言い残し、去ろうとする。が、ラットは、お待ち下さい、と尋ねてきた。
「分かりました。しかし、本当に危険がないダンジョンなんでしょうか」
「先ほど申し上げた通り、この先は小さな書庫らしき空間があるだけでしたので」
「ふむふむ。私が少し覗いても大丈夫でしょうか」
「変に弄らなければ大丈夫です。一本道ですしね」
「なるほど。では自分の目で見てみたいのですが、少しお付き合いして貰っても良いでしょうか」
「む……、私がですか。まぁ、それくらいなら全然構いませんよ」
アロイスは再び黄色いテープを越え、ラットもそれに着いていく。すると、ナナが二人をじーっと物欲しそうな顔で見つめていた。
「おや、ナナちゃんも来たそうだね。危険はないみたいだし、来てみたらどうだい? 」
視線に気づいたラットが言うと、ナナは慌てて首を横に振った。
「……あっ、いえ! 私はそんな」
「そんな遠慮せずとも。ねぇ、アロイスさん」
「え、あっ。それは……」
確認した限り危険はないと言える。ただ、どんなダンジョンでも、ダンジョンはダンジョンだ。出来る限り、彼女には危険な事をさせたくないのだが。
「ほら、ナナちゃんもおいでよ」
「い、いえ。私は……その」
普段は、結構です、と直ぐに断る筈。だけど言葉に詰まらせていた辺り、どこかで見てみたいと思う気持ちがあるのだろう。
「ほらほら、遠慮しないで! おいでよ、ナナちゃん」
「う、うぅ……。あの、それじゃ……少しだけなら良いですか、アロイスさん」
ラットの執拗な誘いに、ついにナナは折れた。彼女にしては珍しい我がままだった。
「やれやれ……」
今さらダメだなんて断れるものか。アロイスは腰のランプを点灯させつつ、ナナを手招きした。
「あ、有難うございます! 」
ナナは、点けたランプのようにパァッと明るい表情を見せた。急いで黄色いテープを越えて、その勢いでアロイスの左手を握った。
(おや……? )
ふと、その手を握られて気づく。彼女は笑顔だったのに、その手は小さく震えていた。
「どうかしたか」
気になってナナに尋ねると、彼女は耳元に寄って誰にも聞こえないよう囁いた。
「お母さんとか、お父さんと向き合いたいんです」と。
「なるほど、そういうことだったか」
ダンジョンに足を踏み入れるという事は、両親の歩みを知る事になる。きっと、両親が見ていた世界に興味は尽きなかったに違いない。
「分かった。それじゃ、行こうか」
アロイスが握った手を握り返す。
ナナは「はい」と、微笑を浮かべた。
「まっ、安心しとけ。すぐ終点だし、別に目立つものも無いんだけどな」
ナナと手を握り、アロイス、ナナ、ラットの三人は洞窟の奥に歩き出した。
ほんの数メートル入ったところで完全に明かりは遮られて、あっという間に暗闇に包まれる。腰に備え付けた明かりだけが頼りだ。やや濡れた足場に、湿った壁際なんかが恐怖感を煽る。気温が急激に下がったようでヒンヤリとした冷たさが身を伝い、外は日差しも強く陽気で暖かなのに、洞窟に入って十秒程度で、外界と内部はこんなにも差があるものなのかと驚く。
「……ほら、見えたぞ」
そんな道だが、アロイスの言っていた通り、歩いてすぐ例の場所に到着する。
「あっ、洞窟の奥に何か有る……」
洞窟の奥は、四角にくり抜かれた空間になっていた。幾つかの崩れかけた本棚が並び、ぐしゃぐしゃに本が散らばっている。足元には赤色の絨毯が敷かれていて、小さな椅子とテーブルが一つずつ置いてあった。
「わぁっ、本当に書庫みたいな感じなんですね」
「典型的なトリックダンジョンの入り口だな。最早、答えはバレバレなんだけども」
「どういう事ですか? 」
「仕掛けが古すぎて、入り口のキーが丸わかりなんだよ」
ランプをベルトから外し、テーブルに置いて、並ぶ本棚を指差す。
「ダンジョンのキーは頑丈に造られている事が多い。だから、この本棚のうち形を保った左端の本棚に何か仕掛けがあるはず。まぁ、本棚に並んでいる中にどう見ても怪しい本が一冊だけあるしな」
左端の本棚の中段に、厚い黄色カバーの本が一冊。他の本と比べて美術に状態が良く、目立ち、怪しさ満点だった。