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竜騎士の洞窟(1)


 【2080年10月12日。】

 午前10時。アロイス、ナナ、祖母の三人は、畑仕事を早めに切り上げ、自宅で茶菓子を食べながらコーヒーを嗜んでいた。


「今日は随分と早く畑仕事が終わりましたね」

「もう10月だからねぇ。ジャガイモも収穫したら、そろそろお休みの時期さね」

「でも、残暑がまだまだ厳しいから気をつけなくちゃ」


 他愛もない雑談をしながら、三人は笑い合って何とも楽しげに過ごす。


「……あれっ。誰か来ましたね」


 すると、そんなゆったりした時間のさ中、コンコン、と玄関の扉が叩かれた。

「どなたかいらっしゃいませんか」

 しゃがれた声が響く。

 ナナは、私が出ますね、と、椅子から立ち上がり、玄関に向かった。


「はーい! どなたですか! 」


 玄関を開くと、そこには年老いた男性が立っていた。


「あっ、ラットさん! おはようございます」

「おやおや、良かった。今日はいらっしゃいましたね。いつもこの時間は畑仕事でしたから」


 彼はラット。カントリータウンの役所に勤めている、顔見知りの男性だった。


「あはは、いつもはそうですね。今日はちゃんといましたよ。えっと、今日はウチに何のご用事で? 」

「まぁ、これを配布して回っていただけなんですけど……はい、どうぞ」


 男はナナに折り畳まれた黄色い紙を渡す。ナナは「有難うございます」とそれを受け取ると、早速目を通した。


「……ああ、そっか。もうこんな季節なんですね」


 少し微笑み、言った。


「もうこんな時期なんですよ。今年は少し遅めですけど、11月10日に開催する予定です」

「はいっ、楽しみにしています」

「もしかしたら、此方にお住まいのアロイスさんには『お店側』として参加して頂くかもしれませんので」

「あっ、なるほどです。分かりました、お伝えしときますね」

「すみませんがよろしくお願いいたします」


 ラットは会釈すると、玄関の扉を閉めて出て行った。ナナは黄色い紙を持って、そそくさと居間に戻る。


「お帰りさね。ナナ、誰だったんだい? 」


 祖母が尋ねる。ナナは、ラットがこの紙を持ってきた事を説明して、テーブルに見えやすいよう、しわを伸ばして拡げた。


「コレのお知らせだったよ。今年は11月10日にやるんだって」

「ああ、もうそんな季節かい」


 二人は紙を見ただけで分かったようだが、アロイスは何の話をしているか分からず、コーヒーカップを置いて、紙の印字が見えやすいよう首を動かしてみた。そこにはデカデカと『祭』という文字が見えた。


「お、祭りがあるのか? 」

「あっ、そうでした。アロイスさんは、町のお祭りの事は知りませんよね」


 当然、知るわけがない。アロイスは紙に目を通しながら「分からんなぁ」と返事した。


「簡単に説明すると、ウチの町の伝統的なお祭りなんです。竜騎士を祀るお祭りですね」

「……ふむ。確かに紙には『竜騎士祭』って書いてあるな」


 黄色い紙には、目立つよう『竜騎士祭! 』という文字がある。貼られた白黒写真を見る限り、相当盛り上がってるお祭りのようだ。


「ふむ。何か色々と書いてあるな。ちょっと見て良いか」

「もちろんです」

「ありがとう。どれどれ……」


 紙を手に取って、細かい文字に目を通す。そこには、お祭りの起源について事細かに記載されていた。


(古代戦争時代に活躍した騎士を祀るお祭りか、へぇ……)


 どうやら大昔に、古代戦争時代に活躍し、世界から『竜騎士』と認められた男が、この町に根を下ろしていた事が始まりのようだ。


(ほー、竜騎士が好んだとされる地元で採れた山菜や魚なんかを捧ぐ、と。ふむふむ、露店も沢山並び、八十四代目の竜騎士称号を継ぐリターさんの前で舞踊を披露する催しがあったり……て、八十四代目!? )


 その内容に、アロイスは思わず「凄いな!? 」と驚いた。


「何がですか? 」

「いや、八十四代目って……古代戦争時代からずっと土地を紡いでるのか」

「多分そうだと思います。西の森に大きい家があるんですけど、見たことないですか? 」

「んー、知らないな」

「その大きいお家が八十四代目さんのお家で、庭園には初代竜騎士を称え祀る祠があるんです」


 アロイスは感嘆して唸る。古代戦争時代の物語は、ほとんどが絵本だったり、伝説的に残っているばかりだ。一部こそ血を紡ぎ、悠久王国の王家のように現存はしているが、こんな田舎町に古代時代を紡ぐ一族がいるとは予想していなかった。


「詳細は参加しないと分からないが、取り敢えず初代竜騎士を祀るお祭りってことなんだな」

「そうなりますね。それとですね、えっと……今回はアロイスさんに役所からお願いがあるかもって話です」

「む、役所から俺にだと? 」

「もしかしたら店舗側で参加して貰うかもって言ってました。紙の写真にもありますけど、露店のことです」


 ナナに説明をされながら、改めて写真に目を通す。多くの露店に楽しそうな町の人々の姿と、その並ぶ露店には、商店通りの顔見知りが接客しているようだった。


「おお、なるほどな。俺もこの露店に参加してほしいと。全然構わないぞ」

「良かったです。私もいっぱい手伝いますね♪ 」

「うむ、頼むぞ。ところで露店の割り当てっていうか、店の設営とか振り分けとかどうなってるんだ? 」

「……それはちょっと分からないです、ごめんなさい。あとで役所に聞きに行きませんか」

「それが良いな。露店で何を販売して良いのかとかダメなのかとか、売り上げはどうなるかとか聞かなくちゃいけないし」


 アロイスとナナは、仲睦まじくお祭りに向けての会話を交わす。二人の様子を、祖母は嬉しそうに眺めていた。


(出会って半年以上になるけど、アロイスさんは随分とウチに慣れてくれたね。遠慮っていうものが無くなったのは、凄く家族らしくなってきたよ)


 手伝うと言ったナナに、アロイスは「手伝わなくて良い」とは言わなかった。頼むぞ、遠慮のない一言。それが、祖母にとって何より嬉しかった。


(ナナは、今まで以上に良く笑うようになったよ。とっても楽しいんだなっていうのが分かるさね。アロイスさんがウチに来てくれて本当に良かったさね)


 ナナが嬉しいと、自分も嬉しいと、祖母は二人のやり取りと見つめていた。……すると、その時だ。また、玄関の扉がコンコンと叩かれて、先ほどと同じラットの声が聞こえた。


「おーい、すみません! 」

「……あれっ、またラットさんが来たのかな。ちょっと出てきます」


 ナナは再び玄関に向かった。


「はーい、どうぞ! 」

「失礼します」


 ラットは扉を開くと、

「実は、お伝えするべき話で忘れた事がありまして」

 と、照れて言った。


「何でしょうか? 」

「えっと、アロイスさんにお話があったんですよ。……ああ、露店のことじゃなく、別の話ですが」

「別の話……アロイスさんにですか。分かりました、お待ち下さい」


 ナナは居間に戻って、アロイスを呼んだ。アロイスが玄関に向かうと、ラットは頭を下げて挨拶をした。


「初めまして。私はラットと言います」

「どうも初めまして。アロイス・ミュールです。私に何か用事とお聞きしましたが」

「そうなんですよ。さっき言おうとして、言い忘れちゃいまして」

「ははは、忘れてしまうのは良くあることですよ。それで用事とは? 」

「ええ、そのことなんですが……」


 アロイスが尋ねると、ラットは急に神妙な面持ちを見せて、それを説明した。


「毎年行う竜騎士祭なんですが、合わせて開催場所付近の清掃を実地しているんですね。それで今年もクラウさんの周辺を役所の面子で清掃を行っていたんですけど、今年はいつも以上の規模でお祭りを開催する予定もあって、広く清掃をしていたんですよ」


 アロイスとナナは頷きながら話を聞く。


「そしたら、その開催場所の近くに洞窟が見つかってしまって……」


 それを聞いたアロイスは「もしかして」と反応した。


「はい、さすがですね。恐らくダンジョンではないかと予想してます。ですから、アロイスさんというお方に、ここまで説明すれば察して貰えるかと思いますが……」


 そこまで言われたら、嫌でも分かってしまう。

「……私に調査して欲しいということですか」

 アロイスが言うと、ラットは頷いた。



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