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涙の酒(4)

 

「に、兄さんは俺のせいでダンジョンで死んだんだ。俺が弱かったから……」


 兄が死んだ。自分の所為で。衝撃たる台詞にナナは驚くが、アロイスは、やはりか……と、大事な何かを失っていたであろう事を出会った時から分かっていた。


「亡くなったのは、君の実のお兄さんかい。ダンジョンで命を落としてしまったんだな」

「俺が調子に乗ったから、兄が俺のせいで……くそォっ!! 」


 バロンは、髪の毛を毟って、テーブルに頭をゴンゴン、と打ち付けた。


「本当は、俺が兄さんの代わりに死ぬはずだったんです! だけど兄さんは、自分の命を顧みずに俺を助けてくれた。兄さんは代わりに崖の落ちて……サラマンダーたちに、く、くわ……れ……」


 生々しく凄惨な話に、ナナは口を抑えた。アロイスは、未だ彼に何を言うわけでもなく、真剣な表情でバロンの話に耳を傾けるばかり。


「笑っちゃいますよね、アロイスさん。兄さんが、あんな馬鹿な死に方するなんて……。最低な死に方ですよ。最低だ。最低で、惨めに死んだんですよ、兄さんは! アロイスさん、笑って下さいよ! 」


 興奮したバロンは、高らかに笑う。誰にも言えず、己に秘めていた辛く絶望していた思いが爆発した。バロンの心は壊れかけていた。


「アロイスさんも、俺が死ぬべきだったと思いませんか! タリー兄さんは、どうして俺を助けたんですか! 俺がいつも足手まといだったのは知ってたのに、兄さんはいっつもいっつも俺を見捨てずに助けてくれて! それなのに、自分が死んだら世話ないですよね。はははっ!」


 一度解放された絶望の心は尽きることを知らず、バロンは笑い続けた。すると、次に彼が「ねぇ、アロイスさん! 」と賛同を求めた時、ようやくアロイスは口を開いた。


「そんなの決まっている。お前を愛していたからだろう」


 とても静かに、淡々とした口調で言った。


「……何です?」

「お前を愛し、お前に生きていて欲しかったからだ」


 アロイスの回答は、きっと、誰もが答える当然の答え。だが、当然の如く欲していた言葉だからこそ、誰かに口にして貰った時、凍結してしまった時間が動き出すきっかけになるのだ。


「そ、そんな答えなんて……」


 バロンは両手で顔を隠して、五本の指で自らの顔をギチギチと締め、言った。


「そんなの分かってます。そんなの、分かってるんだ……」


 ……分かっているんだ。分かっている。兄は自分に生きていて欲しいから助けたんだって。それくらい分かっているんだ。


「わ、分かっています! 俺も兄さんを大事に思ってたのも一緒です!だから生きていて欲しかったんです!だから、兄さんが死ぬ代わりに俺が……!」


 情緒不安定になっている彼は、今度は自分の胸を拳でドンドン叩いて痛めつけた。アロイスは「落ち着くんだ」と宥めた。


「だって、俺が代わりに死んでいたほうが!! 」

「落ち着くんだバロン。よく、俺の話を聞くんだ」


 アロイスは、優しさに満ちた声色で、言った。


「バロン。もしお前が、兄の代わりに死んでいたとする。そしたら、兄が今のお前と同じように、自分が代わりに死んでいればという姿を見て、幸せになれたか? 」


 その言葉にブランは「えっ」と、顔を上げてアロイスを見つめた。


「も、もし兄さんが、今の俺と同じような言葉を……? 」

「そうだ。お前が代わり死んだとして、自らを痛めつける兄を望んでいるのか」

「そ、そんなわけ! 兄が生きていたら、生きてくれた分、幸せになってほしいって……」

「ああ、そうだな。ほら、もう答えは出てるじゃないか」


 アロイスは目を細めて言うと、バロンは目を大きく開く。


「兄が望んだのは、お前の幸せだ。確かに、一人残されて悲しい気持ちは良く分かる。だけど、お前を守ってくれた兄は、お前の幸せを望んでいたんじゃないか。自分を痛めつけたりする姿を兄が見たら、いつまでも弟を心配して、天国にゃ行けないぞ」


 アロイスは優しく微笑む。バロンはその笑顔や言葉を前に、スゥっと、気持ちが落ち着いた気がした。


「死とは悲しいものだ。特に、自分の身内や知り合いとなれば一層に辛い。俺も数多くの別れを体験してきたし、その気持ちは痛いほど良く分かるんだ」


 そっとナナを見る。ナナは穏やかな表情で「はい」と頷いた。


「悲しむのは決して悪い事じゃない。だけどその人が願った幸せは、きっと家族の幸せなんだと思う。だから、残された者は、少しでも前を向くことが、死んでいった者への供養になるんじゃないか」


 もちろん、これはアロイスの持論に過ぎない。だが今のバロンにとって、その言葉が何よりも暖かく聞こえた。


「なぁバロン。お前の心の中の兄は、何を言っている。お前に向かって、何か、伝えようとはしていないか」


 心の中の兄。バロンは目を閉じ、兄の姿を思い出してみた。もう、本当に話す事もままならない事実を浮かべれば、嫌でも涙が溢れたが、その刹那、心の兄はバロンに喋りかけた。


 『おいおい、泣くなよ。また泣いてるのか。仕方ないやつだ』


 タリーは自分を指差して「しっかりしろよ」と笑みを浮かべた。そういえば兄さんは、俺を見る度に、口癖のように、しっかりしろよ、そればっかり言っていた。


「……また、言われちゃったな。兄さんは俺を注意してます。しっかりしろよって……」


 そうだった。兄の最後の言葉も、そうだった。

「しっかりしろよ」って。

 きっと兄さんは、自分が死ぬ瞬間まで、俺の心配をしていたんだ。あの一言には、沢山の意味が込められていたんだ。


「そっか、兄さん……ッ」


 バロンの頬に再び大粒の涙が流れた。兄の一言に込められた、様々な想いと願いが、やっと理解できた。


「アロイスさん。お、俺は……」


 泣きじゃくるバロンは、目を真っ赤にしながら言う。


「俺はこれから、どうしたら良いと思いますか……」

「どうしたらか……」

「兄は俺一人じゃ、冒険者として心配してるんだ。まだ、冒険者を続けられるでしょうか……」

「それは俺の口から言える立場じゃないさ」

「でも、貴方に教えて欲しいです……」

「駄目だ。それは自分で決めるべき道だ」

「ア、アロイスさん……」


 突き放されるような言葉に、バロンは項垂れる。が、アロイスは、こう付け加えた。


「だけど、俺は元冒険者の店主。だからこそ、出来ることはある」と。



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