番外:リーフ休暇譚(3)
リーフが、彼を手伝いをすると、深く溜息を吐いて言った。するとスワッチは、それを笑った。
「君が? あはは、多少腕っぷしは強いみたいだけど、危ないから良いよ」
「リーフは、これでも冒険者ッスよ」
「うっそ!? 子供で冒険者って冗談でしょ!? 」
「何度も言うけど、子供って言うなッス」
ジトっとした半目でスワッチを睨んだ。彼は、ゴメンゴメン、と苦笑いする。
「リーフはこれでも、何十というダンジョンは攻略してきたッスけどね」
「……うっそだぁ。そんな風には見えないよ」
「見た目で判断するなッス」
冒険者という命を掛けた職業を自負しているくせに、見た目での判断が多すぎる。よっぽど、その辺の冒険学校の新入生のほうがよっぽどマシだ。
「スワッチ、とにかくリーフが手伝うッス。明日の朝6時、ココで待ち合わせで良いッスか」
「本当に来る気? 僕と居れば宝の分け前を貰えるとか思って着いて来るんじゃないのぉ? 」
さすがに、その物言いにはリーフも少しイラッとした。だが、ここで彼を見捨てれば死んでしまう事は分かっているし、それを飲み込んで、作り笑顔で、言った。
「た、宝の一切は要らないから手伝わせて欲しいッス」
「……そんなに手伝いたいのか。確かに腕力は強いみたいだし、まぁ……良いかな」
しょうがないなぁ、と。スワッチは、ようやく折れてくれた。
「有難うッス。じゃ、明日の朝6時にココで落ち合うッス! 」
「はいはい。んではまた明日ね〜」
取り敢えず約束を取り付けたリーフは、彼に別れの挨拶を告げると、急いでシーヴィレッジの市場に走った。情報が明らかでないダンジョンに挑むためには、それなりの準備が必要になるためだ。
(何事も無ければ良いッスけどねぇ……)
まるで子守をする気分だった。
きっと彼の事だから、身軽な気分でダンジョンに来るに違いない。食材や、必要だと思われる道具を、彼のために余計に購入までしてあげた。
それから、大量の荷物を担いだリーフは宿に戻り、明日の為に早めに就寝した。
そして次の日。
意気揚々と、前準備で大量の荷物を抱え、巨大なハンマーを携えたリーフは約束の場所で待機していた。ところが、彼は、約束の時間を過ぎても現れなかった。
(ま、まさかとは思うッスけど……)
……その、まさかだった。
約束をすっぽかした彼は、既に一人、海底ダンジョンの1層に立っていたのだ。
「へへっ、やっぱり分け前やるより一人が良いもんね」
早朝から魔動ボートを借用した彼は、水中呼吸器具と少量の食料、魔石ランプと片手剣1本という余裕……もとい軟弱装備で海底ダンジョンに挑んでいた。
水深100メートルという深さに存在する海底ダンジョン。スワッチは気軽に考えていたようだが、やはりこのダンジョン、幾人もの冒険者たちを返り討ちにしてきた難易度高いダンジョンだった。しかし、そんな考えを持つ事はないスワッチ。古代技術で造られた地下遺跡の1層で、魔石ランプの明かりを頼りに歩みを始めた。
「め、めっちゃ暗いな。ここまで太陽の光が届かないからか……」
内部はかなり傷んでいた。入り口に入って直ぐ、真っ白な石で造られた広々とした空間が続く。元々この階層は冒険者のベース地だったらしく、あちこちに保存食や金属片などの残骸が転がっていた。
「……ごくっ」
今までスワッチが挑んできたダンジョンは、かなり有名かつ簡単な場所ばかりを攻めてきた為、大勢の人で溢れかえっている事が多かった。しかし今回は違う。誰の気配もなければ、ここは陽の光も浴びぬ地の底。静まり返った一人きりの空間に、響き渡るのは自分の足音だけ。時折聴こえる、些細な音すら恐怖を煽った。
(少しは人がいると思ったのに、誰もいねぇし。こんな暗いと思わなかったし……や、やっぱり)
あの少女と一緒に来れば良かった。それか、あの自分を囲んだ人たちと協力するのも良かった。こんな場所、一人で来るような場所じゃない。
(帰ろうかな……。こ、こんな怖い場所だなんて……)
地図によれば、ここは敵も居ない広い空間が続くばかりで安全な筈なのに、足がすくむ。全身が震えた。
(無理だ。か、かえろ……)
自分には早すぎた挑戦だったかもしれない。好きな女の子には、別のプレゼントをしてあげよう。スワッチは来た道を回れ右して帰ろうとした。
……が、しかし。
「あっ!!? 」
思わず、声を上げた。安全な筈の1層ホール。ところが後ろを振り返った瞬間、そこには一匹の足を生やした半魚が目玉をギョロギョロ動かして此方を見つめていた。
「マ、マーマンッ!? どうしてココにいるんだよっ!! 」
刻一刻と変化するダンジョンに、真の安寧など存在するわけがないのだが、スワッチはそこまでダンジョンを舐めきっていた。それでも敵が現れた以上、剣を構えねばならない。すると、戦う姿勢を取ったスワッチに、マーマンは巨大な瞳を一層激しく動かした。
「き、きもちわるっ! だ、だけど俺だって! 」
戦う他はない。スワッチは剣を振りながら「うわああ! 」とマーマンに突っ込んだ。マーマンは何をするわけでもなく、彼の動きを見ていた。……と、いうのも、半魚人マーマンは比較的頭の良い魔獣であったため、目の前に居る人間が、敵にはならないと判断していたからだ。
「しねぇ、マーマンッ!! 」
マーマンに対して、渾身の一撃を振り下ろす。
……ガキンッ!
だが、その剣は、その硬い鱗の前に弾かれた。マーマンは動じないというのに、スワッチは自分が仕掛けておきながら反動で吹っ飛び、腰から地面に転んだ。
「い、いてぇ! なんて硬さだ……」
ここまで鱗が硬いとは思わなかった。だけど、このまま怯んではいられない。スワッチはすぐにたちあがってヤツに挑もうとしたが、そこで飛び込んできたのは悍ましい光景だった。
「……ひっ!!? 」
一匹だけだと思ったマーマン。だが、自分が立ち上がろうと見上げた時、そこには、何十……何百と天井に張り付き、此方を見つめるマーマンたちの姿があったのだ。
「う、うそだ。待って、こんな数……! 」
目の前に居たマーマンが、口をパクパクと動かす。そして……笑った気がした。
「キヒッ……」
続けて、天井に張り付いた全てのマーマンが一斉に口をバクバクと動かした。唾液をこぼし、目玉をギョロギョロとあちこち動かす。
「うわあああ!? 」
とてつもない悪寒、恐怖。動けなくなったスワッチに、目の前にいたマーマンがのっそりと近づく。口を大きく拡げ、そっと、スワッチの頭部から呑み込もうとした。
「あ……」
駄目だ。俺、死んだ。そう、思った。
「……間に合ったッスーーー−ッ!! 」
しかし、その時聴こえた幼い声。同時に、自分を喰らおうとしていたマーマンが真横に吹っ飛び、壁際に激突してビチビチと全身を痙攣させた。一体何がどうなったのか。
「何やってるッスか、スワッチ! 」
ハっとした。目の前に、大量の荷物と巨大なハンマーを装着したリーフが立っていた事にようやく気づく。
「リ、リーフ……君が……! 」
「危なかったッスね。さっ、きちんと立って戦うッス! 」