番外:リーフ休暇譚(2)
「つ、強い……。君、強いね! 有難う、助かったよ! 」
青年はリーフに近寄って、お礼を言う。リーフはふんっと鼻息を鳴らして「別に良いッスよ」と、自信満々に返事した。
「ううん、本当に有難う。さっき自分の名前言ってたけど、君はリーフって言うのかな」
「そうッス」
「僕はスワッチっていうんだ。本当に助かったよ……」
かなり細身の、ちょっと弱々しい赤髪の青年スワッチ。彼は、砂浜にペタンと腰を下ろした。
それを見たリーフは「もう大丈夫ッスね。それじゃこれで」とそこを去ろうとすると、スワッチは慌ててリーフを止めた。
「え、待って! もう行くの!? 」
「むっ、まだ何か助けて欲しいことあるッスか」
「そうじゃなくてさ、普通は何でアイツらに絡まれてたの、とか訊かないかなって」
「別に興味無いッス」
「うわー、ドライだね君」
リーフは「そういうことッス。じゃっ」。
額に右手をあてがって軽く敬礼して、再び走り出そうとする。スワッチは、またまたそれを止めた。
「うおぉい、リーフってばちょっと待ってって! 」
「どうしたッスか」
「あの、だからさ。普通は話しを聞いたりさ……」
「むー……、スワッチはリーフにお話を聞いて欲しいってことッスか」
かなり的確に突っ込まれた。恥ずかしさに一瞬躊躇ったが、スワッチは「うん」と頷いた。
「分かったッス。じゃあ話を聞くッスよ」
リーフは彼の元に近寄り、隣に腰を下ろす。スワッチは「有難う」と、口を開いた。
「どこから説明したら良いのか分からないんだけど、えっとね。僕はこれでも一応冒険者でさ」
「スワッチが冒険者ッスか? 」
「やっぱりそう見えないよね。やせ細ってるし、気も弱いほうだしなぁ」
照れて言うスワッチだが、リーフは「別に冒険者に見えるッス」とキョトン顔で答えた。
「あはは、そんな謙遜は要らないよ。こんな弱々しい冒険者はいないって思うでしょ」
「そんな事無いッスよ。外見より大事なのはハートッス。スワッチが冒険者っていうなら、リーフは信じるッス」
リーフは拳を握り締めて言った。
どうやら彼女は本気で信じてくれていると、スワッチは驚いた。
「そ、そっか。有難う、少し救われるよ」
「どういたしましてッス」
片手を伸ばして言うリーフ。スワッチは「うん」と言って、話を続けた。
「それでさ、僕は冒険者なんだけど……僕を囲ってたのは別の冒険者の人たちなんだ。この近くに海底ダンジョンがあってさ、そこの道中までの探索地図をかなり高値で購入したんだけど、それをアイツらに見られてて、危うく奪われそうになった所で……」
スワッチは、茶色ズボンの後ろポケットから小さな紙を取り出して拡げて見せた。そこには何階層に分かれた迷路のような建物図と、生息する魔獣の情報などが詳細に書かれていた。三層以降の情報は無いようで、恐らくそれ以降は『未踏』なのだろう。
「この海底ダンジョンの最下層には、虹色サンゴが生えてるって言われてるんだ。どうしても僕はソレが欲しくてね……」
虹色サンゴは、文字通り七色に輝くサンゴのことだ。別名、美しい容姿から需要が多く、貪欲サンゴ、ども呼ばれている。生態は不明だが、滅多に見れる存在ではないことから非常に価値も高い。また、強い魔力を帯びているため鍛冶素材としても一流で、装飾品だったり、縁起物としても扱われている。
「虹色サンゴは高いッスよー。冒険者として、お宝が欲しいって事ッスか? 」
「ううん違うよ。そういう意味も無くはないけど……」
「……無い、ケド? 」
「実は、す……好きな女の子の為に欲しいんだ! 」
スワッチは赤面して叫んだ。
「虹色サンゴを手に入れたら、加工してさ。アクセにしてプレゼントしたいんだよ! 」
「ははーん、なるほどッス。告白材料に使うってことッスねぇ」
「そういうこと。きっと喜んでくれると思うから……」
「良いと思うッス。七色サンゴのアクセサリー、喜んでもらえると思うッス」
「あ、やっぱり! そう言われると俄然やる気が出てきたよ! 燃えてきた、身体動かしたくなるね! 」
煽られ、やる気に溢れたスワッチは、その場で立ち上がって何故か体操をして身体を動かし始めた。
(だ、大丈夫ッスかね。どうやら、やる気だけ先行したり後先考えないタイプっぽいッス)
心配になるリーフ。一応、尋ねてみた。
「ちょっと質問するッスけど、スワッチはダンジョン攻略したことあるッスか? 」
彼は当然のように、ないよ、と答えた。
「ええ……」
「えっ? 」
この男は、何を以てダンジョン攻略を出来ると考えているのか。好きな女の子にのぼせ上がって、ダンジョンの危険さを全く考慮していないようだ。
「その自信は何処から来るッスか。ダンジョンを舐めちゃ駄目ッスよ」
「あはは、子供の君に言われるとは。大丈夫、このダンジョンは比較的簡単なはずだから」
「子供って言うなッス。てか、どうして簡単って言い切れるッスか」
「だってほら、地図を見る限り簡単そうだから」
これを見てみなよ。
スワッチが改めて地図を拡げて見せる。
確かに、一般的になダンジョンと比べると魔獣の数も少なめで、ダンジョンの広さもそれほどじゃないように描かれていた。が、しかし。
(これは情報が足りてない地図ッスね)
経験豊富なリーフは、瞬時に理解した。地図には記載されていない情報が確実にある。根本的に、長い冒険時代、地図が出来るくらい有名なダンジョンなのに、簡単であれば既に攻略されているはず。それが未攻略という事は、攻略出来ない理由が相応に存在しているのだ。
(ダンジョンに入った帰還者が少なくて攻略情報が少ないっていうのが一番の考えッス。もしかすると、地図自体が偽物で、もう攻略済みって可能性も大いにあるッス)
様々な観点から推測すれば、この地図を見る限り情報不足過ぎて、リーフにとっても迂闊に手を出したくないダンジョンだった。だが攻略する気満々の彼は「余裕っしょ! 」と、油断の塊である。
(この男、死にたいッスかね? )
今、現状で彼がこのダンジョンに挑むのは自殺と同じ。そもそも、簡単な魔獣ですら対処出来ないような気がする。
「あの、スワッチは冒険者として、どんな戦い方するッスか? 」
「ん。どんなって……そりゃ剣でドンドンバーンだ! 」
「地図には、マーマンが相手と書いてあるッスけど、それも剣でバンバンやれるッスか」
マーマンは半魚人の魔獣だ。水を自在に操る水魔法を得意とし、縄張り意識が高く戦闘に長けている。特に、今回の海底ダンジョンは海底に沈んでいる遺跡のため、周囲が海に囲まれていることから、彼らの独壇場に等しいわけだが。
「魔獣といっても相手は魚だろ。俺の剣術で捌いてやるよ! 」
どんな相手でも余裕で倒せると思っているようだ。だけど、マーマンを倒すというのは、恐らく彼にとってそう簡単な話じゃない。
「そ、そうッスか。じゃあ念のため訊くッスけど、スワッチは魔法は使えるッスか」
「魔法って、いやあ無理むり。魔法は苦手で使えないよ」
「えぇ……」
マーマンは水による遠距離魔法を得意とする一方、肉体も鱗で硬く守られているため普通の剣撃は効きにくい。加えて魚として鋭利な歯を持ち、人間の肉体など容易に噛み切ってくる。よっぽど剣術などの近接に長けていない限り、近距離戦を挑むのは愚の骨頂だ。
「相手は普通の剣撃とか効かないッスよ。普通は魔法で倒さないと……」
「そうなの。ま、何とかなるって! ははは、大丈夫! 」
……駄目だ。この男は、確実に殺される。
(やれやれッスね。むしろ今まで良く生きてこれたっていうか……)
あまり面倒事に関わりたく無いのだが、知ってしまった以上、見て見ぬ振りは出来ない。このまま死なれたら朝の目覚めが悪すぎて。
「……スワッチ。リーフが手伝うッスよ」