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Happiness(1)

 【2080年8月20日。】


「美味しかったよ、ごちそうさん。週末にまた来るから、よろしくね」

「はい、有難うございました! 」


 丁度、23時を回った時、その日最後の客が店をあとにした。

 深く頭を下げていたナナは、扉が閉まったのを確認して顔を上げ、カウンターに立っているアロイスの元に近づいた。


「アロイスさん、お疲れ様でした。今日はこれで終わりでしょうか? 」

「今のが最後の客だし、そうだな。今日は終了だ。サクっと片付けして帰ろうか」

「はいっ」


 もう、仕事も慣れたものだ。何を指示されるわけでもなく、掃除をして、明かりを消して、帰宅の準備を整えられるようになった。

 アロイスも安心してナナに任せられるし、自分は今まで昼間に行っていた就業後の在庫管理などに目を向けられるようになっていた。


「今日は暑かったから、だいぶ涼しげなカクテルが出たな。すっかりミント、ライム、レモンが不足してるよ」


8月も半ばを迎え、夏の暑さは本番。連日の日照りが強いこともあって、モヒートやジンフィズといった、甘くともサッパリしたカクテルの注文がだいぶ多くなった。


「明日の昼間、商店通りで買い物に行きますか? 」

「そうしよう。ソーダ水も100リットル以上の在庫が、もう無くなりかけてるもんなぁ」


 キッチン下の、水魔石による冷蔵機能保管庫に目を通すと、1週間前に購入したばかりの天然水などもほとんど空になっていた。


「飲食業にとっちゃ、嬉しい悲鳴なのかもしれんが……って、おや? 」


 保管庫を確認するうち、おかしい点に気づく。


「どうかしましたか」

「んー……。今日って、ミルク系のカクテルって注文入ってないよな」

「私が注文を受けた限りでは、特に無かった気がします」

「だよな。俺も覚えはないし」

「はい。えっと、ミルクがどうかしたんですか? 」

「うーん、何か減ってるっぽい……」

「えっ? 」


 アロイスは、保管庫から業務用の少し大きい瓶詰めミルクを両手で抱え、それをカウンター・テーブルにドン、と乗せた。


「どうにも、ちょっとばかり目減りしてるんだよ。そもそも蓋を開けた覚えが無いんだけどな」


 自分が記憶する限り、開封した覚えは無い。なのに、ミルクが注がれた瓶の銀蓋は開けられた跡があり、僅かばかり減っていた。


「でも、本当にミルク系の注文は入っていないと思いますよ。料理にも使ってないんですよね」

「使っていないな。今回のミルクは購入した4日前から蓋は開けてないし。……もしかして、ナナ」


 アロイスは、チラっと、わざとらしくナナの顔を見つめる。途端にナナは「違いますよう! 」と慌てて否定した。


「ハハハ、冗談だよ。別に飲んだら飲んでても良いんだけど、ナナはそんなコソコソと飲まないのは分かってるよ」

「う、うぅ……焦りました。ひどいです、アロイスさん……」

「ごめんごめん。だけど、注文の一切に使っていない筈なのに減っているってのは、いよいよおかしいぞ」

「どういうことなんでしょうか」


 考えたくないことだが、もしかして泥棒の類でも入って、勝手にミルクだけを飲んだとでもいうのか。だけど、何も金目のものも漁らず、ミルクだけを飲むヤツがあるか。


(うーむ、どういうことだ)


 とりあえず、ミルクに何か異変が無いかと蓋を回して開いてみた。

  ……すると、その時だった。

 フワリとした柔らかな感覚が、アロイスの身体を包み込んだ。甘いミルクの香りとも違う、仄かな心地よさ。


(これは、もしかして。ははーん……)


 アロイスは、その一瞬で理解した。ミルクの中身を、まざまざ見つめ、一人「なるほど」と納得してニヤけた。



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