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叡智ノインシュタイン(20)


「お客さんか? 」

「もう0時近いですけど……」

「俺の店が開いたって話を聞いた人かもしれんし、一応少しだけ開いてあげようか」

「はい、折角ですからね。それが良いと思います」


 帰った客のうち、誰かが店の再開を伝え聞いた客かもしれない。

 アロイスは「どうぞー! 」と、店に入ることを許可した。


 がちゃり……。


 ゆっくりと戸が開かれると、そこに立っていたのは、青髪の青年と、麦藁帽子を被った女性二人組だった。


「いらっしゃいませ。ですが、すみません。時間が時間なので一杯くらいしか出せませんが宜しいでしょうか」


 アロイスが言うと、先頭に立っていた青髪の青年が薄っすらと笑みを浮かべ「構いません」と頭を下げた。


「有り難うございます。それでは、こちらへどうぞ」


 三人をカウンター席に促すと、彼らはそれぞれの席に腰を下ろす。

 アロイスは「何にしますか」と手を拭きながら三人に言うと、青年は静かな口調で、言った。


「……貴方はアロイスさん、ですよね」

「んっ。はい、私はアロイスですけど」

「やはりですか。自分とは一度会ってるのですが、覚えていないですか? 」

「へ? 」


 一度会っている、と、言われても。三人に会った記憶はない。知ったかぶりに答えるわけにはいかないし、申し訳ありません、と頭を下げた。


「はは、やはり覚えていませんか。挨拶を交わしたのは一瞬でしたしね」

「お話までしていましたか。申し訳ない、覚えておりません。どちらでお会いしたか、お聞きしても宜しいでしょうか」


 問いに対し、青年は自分の肩を軽く触りながら言った。


「自分があなたたちと会ったのは、アロイスさんとナナさんがノインシュタインに出発される前。カフェテラスに座っていた男性と喋った後で、自分とぶつかったのを覚えていませんか? 」


  ……そういえば、そんなこともあった気がする。

 しかし、彼の回答について、少しばかり気になった。


「あの、どうして私がノインシュタインに出発すると知っているんでしょうか。多分カフェテラスの男性というのはブランのことでしょうが、彼から私がノインシュタインに出発することを聞いたのですか? 何にせよ、肩にぶつかってしまった事は、大変申し訳ありませんでした」


 もしかすると、肩にぶつかった事を根に持って、ブランに場所を尋ねた上でわざわざ文句でも言いに来たのだろうか。それを考慮し前もって謝罪するが、青年は「はっはっは」と大口を開いて笑った。


「違いますよ。自分はその男性に話を聞かずとも貴方達のことはよく知っています」

「……どういうことでしょうか」

「ハハハ、気になりますよね。さて、どう見せたらいいものか。これなら、分かって貰えるでしょうか」


 青髪の青年は、赤茶に澄んでいた瞳を一瞬ばかり目を閉じた。次に瞼を開いた時、その目が、赤く淀み、怪しく光っていた。更に、その口元にも八重歯を覗かせて。


「……冗談だろ」


 そんな事があるか。

 だが、目の前にいる男は、確実に。


「ヴァ、ヴァンパイアなのか……!? 」


 思わず声を上げた。ナナも「どうして! 」と、声をあげた。


「すみません、驚かせましたね」


 青年は頬を人差し指で掻いて、少し困ったように言う。


「ま、まさか生き残りのヴァンパイアでしょうか。エリーがこの世界に蘇った話を聞いて、エリーを連れて行くために私に会いに来たとか……」


 それなら非常に不味い話だ。既に、エリーはこの世界に存在していないのだ。

……だが、そんな心配は杞憂だったと、すぐに知ることになる。

青年は首を横に振って、違います、と言って、また、驚愕な一言を口にした。


「私の名はヴラード・ヴァン・ノインシュタインといいます」

「……なっ! そ、その名前は! 」


 エリーの、父親の名だった。


「それと、隣に居るのはレリィ・ヴァン・ノインシュタイン。私の妻です」


 麦藁帽子を脱いだ彼女は、笑顔で挨拶する。白銀の長髪を靡かせ、赤き瞳を見せる美々しい姿は、顔つきは勿論、雰囲気もエリーと良く似ていた。しかし、目の前に存在する彼らは、どうにもおかしい。


(ノインシュタイン一族は全員、歴史に飲まれた筈だ。なのに、どうして彼らは生きている……!? )


 あまりの驚きに絶句するアロイスとナナ。

 その様子にヴラードは、思い出の品が並ぶ棚のうち、一番右側に置かれた赤き鉱石のネックレスを指差した。


「アロイスさん。信じられないかもしれませんが、全ては貴方のお陰でした」

「ど、どういうことですか」

「あの赤き鉱石は、賢者の石の未完成品なのですよ。総べる願いの魔力を宿す石です」

「……あれが、賢者の石!? 」


 アロイスは声を上げて、ネックレスに目を向けた。


「アロイスさん、賢者の石って一体……? 」


 よっぽど驚いたアロイスに、それが凄い品だと感じたナナが尋ねた。


「そ、そうか知らないよな。賢者の石ってのは、あらゆる金属を黄金に変えたり、永遠の命すら得ることが出来るという代物だ。だけど理論上で造ることが可能であると言われているだけで、本当にそんな夢のような魔石は造れるワケがないと……」


 現代の技術では、まず不可能。錬金術師たちにとって、夢物語の一品である。

 ヴラードは懐かしむように、ネックレスを見ながらアロイスに、言った。


「我々は未完成ながら、自分たちの血を使うことでそれらを完成させたんですよ。自らに眠っている豊富なエネルギーを含む血液を凝縮させて固め造ったモノが、賢者の石。本来は、我々が血を飲まずに生活したり普通の人間に戻るべく開発に専念したものでしたが、自分たちの血で造った賢者の石は、自分たちの肉体に関する願いには呼応してくれませんでした」


 少し、悲しげな表情を見せる。

 アロイスは「本物なのですか」と、未だ信じられず訊く。下手をすれば世界を崩壊し兼ねない一品を、こうも簡単に造りだせるものなのか。そもそも、そんな代物が、こんな場所に在っていい物なのかと、心配になった。


「ハハハ、心配なさらず。その石は我々にしか扱えません。だからエリーが隠し扉を開放したり、貴方に抱きしめられ願ったことにしか反応しなかったんですよ」


 ヴラードはアロイスの心配を考えて説明してくれたが、その言葉にハっとした。


「……どうして、そのことを」


 どうして彼らは自分が隠し扉に入ったことや、抱きしめられて消失したエリーのことを知っているんだ。眉間にしわを寄せてヴラードを見つめると、彼は苦笑いした。


「おかしいな。あなたは察しが良い人間だと聞いていたから、自分がノインシュタイン一族である証拠を見せれば気づいてくれると思ったんですが」


 ヴラードは、中々気づいてくれないアロイスにやきもきしたのか、一番端に座っていた女性に対して麦藁帽子を外し顔を見せるように言った。彼女が髪の毛を崩さないようゆっくりと帽子を外す間、ヴラードは、アロイスとナナにそれを言った。


「私が娘を閉じ込めた夜。妻と死を覚悟した日。その願いは、叶えられた。遠い過去、その時間に、彼女は赤き光と共に、現れたんですよ……」


 一番端に座っていた女性が顔を見せた時。アロイスとナナは、脱力して、呆然と、立ち尽くす。


「嘘だ……ろ……」

「そんな、まさか……! 」


 彼女は、言った。


「……お兄ちゃん、お姉ちゃん!! 」


 彼女の正体はエリーだった。

 出会った時より、遥かに成長した姿で、二人の前に、再び姿を現したのだ。

 あの可憐な雰囲気はそのままに、大人びた彼女。でも、そんな彼女の姿は、二人の瞳には綺麗に映らなかった。唐突な再会に、溢れ出てしまった涙が、視界を歪ませた。

「エ、エリーちゃ……。エリーちゃんっ!! 」


 ナナは、涙ながらに彼女に抱きついた。


「お姉ちゃん! 」

「エリーちゃん。本当にエリーちゃんなんだよね。生きてるんだよね! 」

「うん、元気だよ。そ、そんなに泣かないで。私も、泣いちゃうよ……」


 二人はギュっと抱きしめあう。アロイスはカウンターでその様子を見ながら流した涙を、近くのティッシュで拭き取って、ヴラードに尋ねた。


「ヴ、ヴラードさん。これは……」

「賢者の石の願いは叶えられたんです。エリーは、私の時代に戻ってきたんですよ」


 ヴラードは、彼女が戻ってからのことを説明した。


 それは、娘を閉じ込めた夜。

 赤き光と共に時間を越えて戻ってきた娘が、どんな体験をしてきたのかを聞いて、娘が「逃げても生きる」と言った考え方につけ動かされたこと。一族で生き残った者たちが、里を離れた小さな山村で、共同生活をしてくれる者たちがいたこと。長年の研究の成果で、自我を失うことはなくなったことなど。


「私たちは死を選ぼうとしていました。でも、娘の話を聞いて生きる道を選び、それからすぐ見つけた山村では、魔獣を退治する代わりに我々が生きるための血を提供してくれる者たちと出会いました」


 ヴラードは、過去に何があったのか、詳細に説明してくれた。


「しかし、それではいつか同じ事件の繰り返しになってしまう。だから私たちは研究を重ね、吸血行為をせずとも生きる事が出来るようにもなったんですよ。少しばかり、魔力や不死身的な能力は落ちぶれ、少しばかり年老いましたけどね」


 それでも、吸血行為をすれば銀の道具以外には不死身の能力が復活するとか。


「ま、でも今のスタイルでは人間に近く、銀にビクビクせず普通に接して生きていけるんです。時代も時代で、静かにすごす限り誰と戦いになるわけじゃないので、今の過ごし方が楽しいですよ」


 妻レリィの肩に手を乗せて、夫婦二人は笑顔を見せた。


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