叡智ノインシュタイン(19)
「こ、これって……! 」
「やはりか! エリー、信じるんだ! お前は、きっと帰れるって! 」
「お、お兄ちゃん……! 」
エリーはアロイスを無くなりかけていた両腕で強く抱きしめ、その頬に軽くキスをした。
「私、短い間だったけど、お兄ちゃんやお姉ちゃんと居れて幸せだったよ……」
「俺もだ。エリーといれて、楽しかった」
「……ばいばい、お兄ちゃん」
「いいや、違うぞ。『またね』だ、エリー」
白き光と赤き輝きは交差して、混ざりあい、エリーの肉体を消失させていく。
「そっか……。またね、だね。お兄ちゃん」
「ああ、そうだ」
「……お姉ちゃんに、急に消えてゴメンナサイって……言っといてくれる? 」
「悲しむかもしれないけど、納得させるさ」
やがて赤と白の光に包まれたエリーは、肉体を消し、光の思念となって天高く登っていく。いつの間にか、降り注いでいた雨も上がり、夜空には満天の星空が浮かんでいた。天の川に飲み込まれていくエリーは、僅かな声を残して、空へと消えて行った。
「有難う、お兄ちゃん。お姉ちゃん……」
アロイスは涙を見せなかった。傷ついた肉体を押して立ち上がり、隆々とした右腕を天に向けて伸ばすと、それをブンブンと大きく振りながら、大声で叫んだ。
「またなぁ、エリィーッ!!! 」
エリーは、自分の居た世界に帰れたのだろうか。
……そうじゃないな。きっと帰れているに決まってるさ。
「……」
ふと、エリーが倒れた場所を見下ろせば、赤々とした鉱石のネックレスが残っていた。拾い上げて見てみると、中身の濁っていた赤色が妙に澄んでいた。ご主人様が居なくなって、赤の鉱石も、眠りにつく時が来たということだろうか。
(エリー、俺はいつまでもお前の幸せを願っているよ)
ネックレスを手に持ち、アロイスは宿への道を帰り始める。
(しかし、どうしたもんか。俺の傷や、エリーが消えたこと……どうやってナナに説明したもんかな。ナナのことだし、傷を心配したり居なくなって悲しんだりすっかもしんないけど、まぁ……)
最後には納得してくれるだろう。
(だけど……イテテ。こりゃ久々に全身を痛めたな。さっさと帰って休も……)
こうして、アロイスは説明する内容を考えながら宿へと戻った。
次の日には、やはり朝からアロイスの傷を見たりエリーの姿がないことにナナは驚き声を上げたが、昨晩の説明をすると、ナナは、アロイスが思っていたのとは違う、予想外な反応をした。
「……やっぱり、そうでしたか」
少し涙を浮かべ、不思議な台詞を口にしたのだ。
「やっぱりって、どういうことだ? 」
「エリーちゃんが夢に出てきたんです。またね、って」
「……! 」
ナナが眠りについている間、エリーは別れの挨拶に来たらしい。
夢の中でエリーは、
「笑って送ってほしい。楽しかったよ」
と、伝えてきたとか。
「だから、ちょっと泣いちゃいましたけど泣きません! 」
ナナは袖で溢れそうになった涙を拭くと、難しく険しい表情をした。
「はは、その意気だよ。それじゃ、今日の午後の便で帰ろうか」
「そうですね。お土産とか買って、帰りましょう」
「ああ、帰ろう」
「はいっ。帰りましょう! 」
…………帰ろう。
カントリータウンに。
帰ろう。我が家に。
二人は、午前中に軽く町内観光をしたのち、スモールタウン行きの飛行船に乗り込む。小さな窓から見下ろしたノインシュタインと聳える城に小さく手を振り、「またね」と呟いた。
その後、一日を経てスモールタウンから馬車でカントリータウンに戻ると、祖母に帰宅を告げ、体験していた全てを話した。
祖母はエリーの最後に「幸せそうだったのなら良かったよ」と、アロイスの傷ついた手を握って微笑んだ。
「……これでまた、いつもの生活に戻れるな」
「そうですね。私にとっても大冒険でした」
「酒場の張り紙を外して、また皆に旨い酒を作る日々だな。良い休暇だったよ」
「楽しい休暇でした。ところで、そのネックレスはどうするんですか? 」
「あー、エリーのネックレスか。これは……」
これは、大事なネックレスだ。それは、酒場の特別棚に並べ置くことにした。
名の入ったグラス、古き酒瓶、悠久王国のエンブレム、火鳥の羽根、そして、赤きネックレス。
「壮観じゃないか全てが俺の大事なアイテムたちだ」
「……皆さんとの会話が蘇りますね」
帰宅早々、酒場に向かった二人は、並べられた思い出の品々を前に嬉しそうにする。
「さて、張り紙外すぞ。今日から徐々に営業を再開せんとな」
「そうですね。やっぱり酒場で働いてこそ、落ち着く気もします」
「俺もだ。じゃ……経営再開だ! 」
アロイスは、扉に貼られていた長期休暇の紙を勢い良く剥がす。
今日から、酒場経営の再開である!
すると、その夜には、何処から噂を聞きつけたのか、酒場の再開を待ち望んでいたお客さんたちが大勢詰めかけ、酒場は大忙しとなった。
そして深夜。最後の客が去った後で、アロイスたちが片付けをしていた時のこと。
……こんこん。
24時も近いというのに、酒場の戸が叩かれた。