しろ
空が白いと思ったのは、別に何かしらの哲学的思想があったからではない。
ただ意味もなく湧き上がる気持ち悪さがそういう形で現れただけだった。
女はハンドタオルで汗を拭い、サングラスを押し上げた。それでも汗は首に塩分の軌跡をつくり、まるで男の指が肌を徘徊しているかのような嫌悪感を覚えた。
風さえ避けて通るビルの死角。太陽があたらない代わりに、蒸し風呂のようだ。
それでも女は、いつもバッグに忍ばせている扇子を出そうとはしない。
…なんだか、自分がとても惨めに思えて、タオルを顔にあてた。
三十五歳。
男なら働き盛りでも、女はちがう。加えて未婚とくれば、世間からどう見られているか、考えるまでもない。
そこで女は覚えず口の端をややつり上げた。
こんな自分でも、こんな自分の身体にでも欲情する男がいるのだ。男という生き物のなんと哀れで、そしてなんと愛しいのだろう。
女は、だから男に欲情するのか。
女は乾く唇を舐めた。
わけのわからない優越感に一瞬、倒錯的な陶酔が身体の一番汚いところから這い出た。
ふと、衣擦れの音がした。
待ち人来たり、だ。
この炎天下、もとい蒸し風呂状態の中、厚顔にも背後から抱きついてくる男に、女はこれから抱かれるのである。
ブラウス越しにアンダーバストあたりを泳ぐ脂ついた指の動きが、段々せわしないものになってゆく。
女の名前をささやく声に、恥知らずな欲望が露わになっていた。
女は情夫の手を掴んで止める。
振り返った笑顔に、確かな殺意が潜んでいることなど男に悟らせず、娼婦のように、その胸にしなだれた。
……白い空はこの男のワイシャツの色か。
そう思ったとき、やけに色の薄い唇が迫ってきたので、女はとっさに目を閉じた。
20170706修正
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