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第8話 誰も突破できぬ2階層

 イッヌの魅力に仲間をやられ、たったひとりでダンジョンを下へと目指す女。

 彼女の名前はアツコといいます。アツコの実家は旅館を営んでいるため、小さい頃から何のペットも飼うことが出来ませんでした。


 アツコは旅館で多くの人に囲まれて育ったので、気の強い女性に育ちました。

 人に弱みを見せず、気丈に振る舞っていたことで、それが身についてしまいました。そのために、同年代の友人からは、姉御と思われ、困ったときには頼りにされる。それがアツコという女性でした。


 アツコは決して、ネッコやイッヌが嫌いなわけではありません。

 ただ彼女はネッコやイッヌとどうふれあえば良いのかわからず、興味がない振りをしているだけなのです。


「みんな、ネッコやイッヌの魅力にやられちまってふがいないね」


 アツコは寂しげに独り言を呟き、ダンジョンの下へと続く階段を探します。

 階段を探している途中でアツコは宝箱を見つけました。大きくもなく、小さくもない宝箱を見つけたアツコは、慎重に宝箱へと近寄ります。宝箱に手をかけようとしますが、思いとどまりました。


「罠があるかもしれないから、開けるのはよしておこうか」


 アツコは、そう言って宝箱から離れようとしますが、どうしてもその宝箱から目が離せません。

 離れようとしても、この宝箱を開ければ何かが変わる。そんな予感をアツコは感じるのです。


 迷っている自分自身を納得させるかのようにアツコは呟きます。


「いや、ヒミカ様が子供達も来ているこのダンジョンで、宝箱にそんなひどい罠を仕掛けるわけはないか」


 アツコの言葉は半分は正解で、半分は外れていました。

 なぜならば、ヒミカは優しいだけの神様ではないからです。時にひどいとわかっていることでも、心を鬼にしてやりとげる、それが神々の長を務めるヒミカなのです。


 ヒミカが設置した宝箱のほとんどには罠は仕掛けられていません。たまに外れの宝箱があるくらいです。ほとんどの宝箱は、子供達が喧嘩をしないように無駄に高性能な機能を備えた宝箱にしていました。


 アツコは、宝箱の前にしゃがみ込み、ゆっくりと宝箱を開けていきます。

 宝箱の中にあったのは、ひとつのボールでした。それは片手で持てるくらいの小さなボールです。


「ボール?

 なんでボールが?」


 アツコはボールを手に持ち、首をひねります。

 ボールを持つアツコの前に、大きな影が飛び出してきました。アツコはビクッとして、大きな影に目をやります。


 アツコの前には、お座りをした大きなイッヌがいました。今度は、モデル・シバではありません。

 モデル・アキタです。大きなイッヌは、アツコが手に持つボールをじっと見つめます。いえ、じっとではなく、ハッハッと舌を出しながら見つめています。


 アツコはイッヌとボールを交互に見やり、イッヌに問いかけます。


「なんだい? あんた、このボールが欲しいのかい?」


 アツコの言葉を理解しているのか、理解していないのかわかりませんが、イッヌは「ワン!」と元気よく鳴き声を上げました。


 アツコは、どうしたものかと思い、イッヌを遠ざけるために、ボールを遠くに投げました。

 イッヌはボールを追いかけて、駆けて行きます。離れていくイッヌを見やり、アツコは「イッヌは単純だね」と苦笑しました。


 イッヌを遠ざけたことで、アツコは再び下へ降りるために階段を探します。


 しばらく歩いていると、後ろからタッタッタと軽やかな足音が聞こえてきます。アツコは何が来ているのだろうと思い、素早く後ろを振り返ると、そこには先ほどボールを追いかけていったイッヌがいました。イッヌの口には、先ほどアツコが投げたボールがくわえられています。


 イッヌはボールをアツコの前で離すと、お座りをして、シッポをブンブンと振ります。

 アツコはどうしたものかと思い、今度はもっと遠くへボールを投げました。イッヌは、うれしそうにボールを追いかけます。そんなイッヌを横目に、アツコは下へ行く階段を探すために、再び歩き出しました。


 イッヌは、何度も何度もアツコの前にボールをくわえて現れます。どれだけ遠くに投げようと、どれだけ急いで離れようと、イッヌは必ずアツコの前に現れました。その度にイッヌはうれしそうにシッポをブンブンと振って、アツコの前でお座りをしたり、アツコの周りをくるくると駆けまわりました。


 そんなイッヌの前にアツコは苦笑を浮かべながら、しゃがみこみ、おそるおそるイッヌの頭に手をやります。アツコは生まれて始めてイッヌに手を触れて、その毛のさわり心地に感動した表情を浮かべます。


「もふもふだね」


 アツコは目を細めて微笑をうかべ、イッヌを優しくなでていきます。イッヌもうれしそうにアツコになでられます。この日からアツコは、イッヌ、モデル・アキタによってイッヌ派となったのでした。



 ◆



 ダンジョンの最下層300階では、挑戦者の女とイッヌ、モデル・アキタとのふれあいをヒミカとタキリが食い入るように見つめていました。


 そして、女とイッヌがふれあい始めたときに、我慢できないとばかりにタキリが立ち上がります。


「やりました! やりましたよ! ヒミカ様!

 とうとうあの女の人をイッヌが陥落させましたよ!」


 タキリが興奮した様子で、ヒミカに話しかけます。


「タキリちゃん落ち着いてください」


 落ち着いてと声をかけたヒミカも興奮した面持ちで、スクリーンを見つめています。

 タキリは、てへへと照れ笑いをしてヒミカの横に座りました。


「すいません、ヒミカ様。

 イッヌががんばっていたのでつい興奮しちゃいました」


「タキリちゃん、私もその気持ちはよくわかります。

 彼女とイッヌの心が通じ合いましたからね。興奮してしまうのも無理はありません」


 ヒミカはうんうんと頷きます。

 そんなヒミカにタキリはスクリーンを見ていて1つ疑問に思ったことを問いかけます。


「ヒミカ様、1つ教えてもらいたいのですが、宝箱からは何が出るか決まっているのですか?」


「それは良い質問ですね、タキリちゃん。

 宝箱から出るモノは決まっていません。何が出るかは、誰が、どんな状況で、周りに誰がいるかによって変わります」


 タキリはヒミカの返事を聞き、首をひねります。


「それは、いったいどういうことですか?」


「基本的には5階層までの宝箱は、開ける者にとって、助けになるような、うれしいものが出るようになっています」


 ヒミカはスクリーンの中の女を指さし、説明を続けます。


「彼女の場合は、イッヌと心を通わせられるようにボールが出ました。

 子供達が宝箱を開けた場合、人数分のお菓子が出るようになっています。お菓子が食べられない子供がいたらかわいそうですからね」


 ヒミカは、胸を張って得意げな表情でタキリに説明します。

 説明を受けたタキリは、「さすがはヒミカ様です」と尊敬のまなざしをヒミカに向けます。


 ヒミカは表情をキリッと引き締めて、タキリに「でも」と言葉を伝えます。


「でも、私は神ですからね。

 甘い顔ばかりは見せられません! 当然、たまに外れの宝箱も出るようになっているのです!」


 むふーと、ヒミカは息を吐き出し、ヒミカの言葉を聞いたタキリは右手の人差し指を唇にあてて、首を傾げてヒミカに質問をします。


「外れってどんな宝箱なのですか?」


「それはですね、むわっとするのですよ」


 ヒミカは、外れの宝箱を想像して、眉をしかめました。

 そんなヒミカに視線を向けたまま、タキリはさらに問いかけます。


「むわっとですか?」


「ええ、むわっとです。それもただむわっとするだけではありません。

 くさいのです。とってもくさいむわっとした気体が宝箱を開けると顔を目がけて出てくるのですよ」


 ヒミカの言葉を聞いたタキリは驚愕の表情を浮かべます。


「そ、そんな恐ろしい宝箱を置いているのですか!?」


 ヒミカはどことなく寂しげな、憂いを秘めた目を床に向けつつ、タキリに自身の覚悟を伝えます。


「タキリちゃん、覚えておいてください。

 神にはね、ひどいとわかっていることをしないといけない時があるのです。

 ただ甘いだけでは神はつとまらないのですよ」


 ヒミカの覚悟を聞いたタキリは、瞳に涙を浮かべつつも、くっと歯を食いしばりました。


「わかりました!

 ヒミカ様! 私もヒミカ様のような立派な神様を目指してがんばります!」


「ええ、タキリちゃん。

 あなたならきっとできるわ」


 こうして、ダンジョンの3階層目に誰も到達できぬまま、2日目が終わったのでした。

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