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第6話 やられる挑戦者達

 ヒミカが待ちに待ったダンジョンへの挑戦者がついに訪れました。


 挑戦者達は、アメノイワトにあるダンジョンの入り口を恐る恐るくぐります。

 ダンジョンとはどんなところなのだろうと不安に思いながらも、勇気を持って挑戦者達はダンジョン内へと進んでいきました。



 ◆



 ダンジョン内へ入った冒険者をまず出迎えたのは、気持ちを落ち着かせる木の香りでした。

 深い森にでも入ったのかと勘違いするような新鮮な空気がダンジョン内には満ちています。


 5メートルほどの広さのある通路は明るい色の木目調の壁で統一されており、足元は綺麗に長さが整えられ手入れのよく行き届いた芝生で埋め尽くされています。ところどころにある大きな窓からは青い空と白い雲、どこまでも続く緑の草原を見ることができます。しかし、窓を開けることはできません。なぜならば、それは窓の奥に動く絵が配置されているだけだからです。


 どこから光が来ているのかはわかりませんが、通路も、通路の先にある色々な大きさの部屋も、明るく優しい光で照らされています。


 挑戦者の男の一人は、一緒にダンジョンに入った仲間の男に言いました。


「ダンジョンというのは、癒されるところなんだな」

「ああ、死ぬことはないと書かれていたから、危ないことがあるのかと思っていたけど、これなら命の危険はなさそうだな」

「そりゃ、そうさ。

 ヒミカ様はやさしいからな!」

「はは、違いない!」


 挑戦者の男達は、笑顔を見せつつ、ダンジョンの奥へと進んでいきます。


 その横を駆け抜けていく子供達の一団に「危ないから走るなよ」と注意すると、子供達からは「はーい」と大きな返事がありました。


 挑戦が始まったばかりのダンジョン内には、笑顔があふれています。


 ゆっくりと話をしながら進む男達の耳に、ダンジョンの奥の方から、「キャー!」という子供達の叫び声が届きました。


 男達は顔を見合わせます。そして顔を強張らせながら、子供達の叫び声が聞こえた方へと駆け出しました。



 ◆



 ダンジョンの最下層では、初めての挑戦者が訪れたことでヒミカとタキリはソワソワしながら、大きな水のスクリーンの前で二人仲良く座っています。ニミとクッチは、用事があるので席を外しています。


「タキリちゃん!

 とうとう挑戦者が来ましたよ!」


 ヒミカが嬉しそうにタキリに話しかけると、タキリも笑顔で返事をします。


「はい!

 大人も子供もいっぱい来てくれていますよ、ヒミカ様!」


「はー、挑戦者の皆さんがどんな反応をするのかドキドキしますね!

 私たちのダンジョンの真価が問われるときですよ」


「きっと大丈夫です、ヒミカ様。

 見てください、あのダンジョンに入ったばかりの挑戦者の人たちの表情を。

 皆さんリラックスしてくれていますよ」


「ええ。ここまでは狙い通りですね。

 1階から5階は子供たちも楽しめる階層として作りましたから」


 ヒミカとタキリは、わくわくしているのか、2人とも笑顔で楽しそうに水で出来たスクリーンを食い入るように見ています。タキリは通路の影で冒険者を待ち構えるモンスターを見つけて、ヒミカに報告をします。


「あ、ヒミカ様、あそこを見てください!

 ヒミカ様と一緒に特訓をしたあの子達が冒険者の前に躍り出ようとしていますよ」


「どこですか?

 あっ、本当です! 通路の影で冒険者達が通りかかるのをじっと待っていますね。これは期待出来そうですよ」


 そんなヒミカとタキリの期待に応えるかのように、スクリーンの中では、モンスターの前に挑戦者でもある子供達が通りかかると、勢いよくモンスターが挑戦者たちの前へと飛び出しました。


「行きました!

 行きましたよ! タキリちゃん!」


「はい! 挑戦者の子供達のあの表情を見てください。

 私たちの特訓は無駄ではなかったのですね!」


 突然のモンスターの登場に子供達は叫び始めました。その様子を見て、笑顔になったのはヒミカとタキリです。大きな声できゃーきゃー叫ぶ子供達を見て、楽しそうに笑うヒミカとタキリは、狙い通りと言わんばかりの表情を浮かべていました。



 ◆

 


 ダンジョンの1階層目では、突然のモンスターの登場に子供が大きな声で叫び声をあげます。


「きゃー!」


「どうしたの!?

 アスハちゃん!?」


「きゃー! あれ! あそこを見て!

 あそこにニャンちゃんがいるよ!」


 アスハちゃんと呼ばれた黒髪の少女が、通路から飛び出してきたモンスターを指さして、興奮しています。声をかけた少年が、なにがいるんだろうと目を細めて見てみると、そこには白色のツヤのある毛並みをした小さなネッコがいました。


 子供達の前に現れたネッコは、器用に重心をずらし、まるで招き猫のように右手、いえ、右前足を挙げて大きな濡れた瞳を子供達の方に向けて、「にゃん!」と鳴き声を上げました。


 アスハちゃんは、じっとしてはいられないと言わんばかりに、ネッコの方に駆け寄っていきます。それに続くのは、キョウコちゃんです。茶色い髪の毛をポニーテールにまとめているキョウコちゃんも、「うわー、ネッコだ! ちっちゃくてかわいい!」とアスハちゃんと一緒にネッコの方に近づいていきました。


「ちょ、待てよ」と言いながらキノスケくんが、アスハちゃんとキョウコちゃんを追いかけていきます。そんな3人を「もう」と言いつつ、ゲンタくんがゆっくりと駆け足で追いかけました。


 子供たちに囲まれたネッコは、瞳を潤ませます。

 ヒミカから受けた厳しい訓練を思い出しながら、うるうると挑戦者でもある子供達を見つめます。


「うわー! かわいい!」

「なでても良いかな!? なでてもひっかいたりしないかな!?」

「でも、ネッコだぞ?

 モンスターだから危ないんじゃないのか?」

「そうだよ。こんな小さくてもモンスターだから、手を出すのはやめておいた方がいいよ」


 触りたがる2人の少女に、少年達が自制するように声をかけます。「えー」と口を尖らせる少女たちを前に、ネッコはなでてもええんやでとコロンと横になりました。


 おなかを見せながら、潤んだ瞳で「にゃーん」と、とどめの鳴き声を上げます。

 それを聞いた子供達は、ほわわと頬を緩ませました。


「いいよね!? なでてもいいよね!?」


 アスハちゃんが、誰に許可を取っているのかわかりませんが、なでるよと意気込みます。そんなアスハちゃんの言葉に応えるように、ネッコは「にゃん」と一声鳴きました。

 もう我慢できないと言わんばかりに、アスハちゃんはネッコをなで始めます。


「ふわー、もふもふだよ」


 アスハちゃんはうれしそうに、笑顔でネッコをなでて、もふもふを堪能しています。キョウコちゃんもおずおずとネッコに手を伸ばします。ネッコは、ええんやでというように、キョウコちゃんの顔を見て、目を細めて舌を出しました。


「はわわ」と良いながら、キョウコちゃんもアスハちゃんと一緒に、ネッコのおなかを優しくなでます。

「すごくいい手触りだね!」とキョウコちゃんも満面の笑みになりました。


 2人の少女は、ネッコなでながら、きゃーきゃーと歓声を上げます。2人の少女の歓声はダンジョン内に響き渡っていきました。こうして2人の少女はネッコの魅力にめろめろにやられてしまったのです。


 ネッコと戯れる2人の少女を少しうらやましそうに見ている少年達からは、触りたいけど、言い出せない、そんなもどかしさを感じます。少年達の表情を通路の影からうかがっていたネッコが、今だと言わんばかりに、こっそりと少年達の後ろから近寄ります。


 少年達に気づかれないようにそっと近寄り、後ろから「にゃーん」と鳴き声をあげました。

 突然聞こえた後ろからのネッコの鳴き声に、少年達はビクッとします。勢いよく振り返った少年はそこに新たな灰色の毛並みのネッコが入ることに気が付きました。


「ネッコだ」

「またネッコが出た」


 少し警戒する少年達をあざ笑うかのように、ネッコは少年達の足下へと近づき、身体を少年の足にこすりつけていきます。そして、少年達の前にお行儀よく座り、「にゃん」と鳴きました。


 二人の少年は、ゆっくりとしゃがみこんで、目の前で座っているネッコに手を伸ばします。頭をなでたり、あごの下をこちょこちょしたりすると、ネッコは気持ちよさそうに目を細めます。


 少女達のように歓声はあげませんが、少年達もネッコの魅力にやられてしまいました。



 ◆



 悲鳴だと思って、急いで駆けつけた男達が見たのは、うれしそうにネッコと戯れている子供達でした。


「なんだ、これは?」

「ネッコだな」

「ネッコはわかるけど、野生のネッコってもっと警戒心が強くて人に近寄らないだろ?」

「でも、めっちゃ、ネッコをなでてるぞ、あの子供達」

「ああ。ちょっとうらやましいな」


 子供達が危ないと思って、急いで駆けつけた男達は少し拍子抜けしたような表情で、ネッコと戯れている子供達を見守ります。ネッコをなでている子供達を、うらやましそうに男達は見ています。


「いいな。オレもなでてみたいな」

「バカ! お前みたいな強面の男が近づいたら、ネッコが怖がって逃げちまうよ」

「わかってるよ。ちょっと、言ってみただけだ」

「それじゃ、先に進もうぜ」


 男達は、子供達が危険な目にあっていないとわかったので、ダンジョンの奥へと進むことにしました。ネッコと戯れている子供達をうらやましそうに横目で見ながら進んでいきます。


「あぁ、ネッコはかわいいな」

「うむ」


 すこし名残惜しそうにダンジョンの奥へと進んでいこうとすると、通路の奥から新たに2匹のネッコが男達の前に現れました。


 ネッコは瞳を潤ませながら、男達に向かって「にゃーん」と鳴き声を上げます。男達はおそるおそるネッコに近づき、大きな手でネッコをなで始めます。


 ネッコは決して逃げることもなく、いやがるそぶりも見せずに、男達になでられて気持ちよさそうに目を細めています。こうして、男達もネッコの魅力にやられてしまいました。



 ◆



 この日、ダンジョンの1階層目をクリアした挑戦者は1人もいませんでした。

 ヒミカとタキリは、挑戦者とネッコが仲良く遊んでいる様子を見て、満面の笑みを浮かべたのでした。

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