第45話 合唱
ツクヨはさらにペースを上げてダンジョンを進んで行きます。
269階層に足を踏み入れたとき、ツクヨは遠くから聞こえてくる歌に少しだけ眉をひそめました。
「なんで、カエルの合唱が?」
ツクヨは疑問を呟きながらもダンジョン内を進んで行きます。進めば進むほど歌は鮮明に聞こえてきました。
「げこげこげこげこ、ぐわっぐわっぐわっ!」
「げこげこげこげこ、ぐわっぐわっぐわっ!」
「げこげこげこげこ、ぐわっぐわっぐわっ!」
フロアマスターがいるであろう部屋の扉の前まで来ると、歌はうるさいくらいの音量で聞こえてきます。ツクヨは扉に手をかけ、フロアマスターの部屋へ足を踏み入れました。
◆
部屋の中でツクヨを待ち受けていたのは、269階層のフロアマスターであるゲコベエです。ゲコベエはいつも通りのタキシード姿で、ツクヨに向かって一礼をした後、クリア条件を説明します。
「ゲコ。これはこれはようこそお越しくださいました。ツクヨ様。
この階層では、歌の審査をクリアしなければ次には進めません」
ツクヨからは神力が常に放出されていますが、ゲコベエが凍り付くことはありません。
さらに、フロアマスターの部屋は劇場のようなホールになっており、ステージ上に待機している多数のカエッル型モンスターがいましたが、彼らも凍り付くことはありませんでした。
ツクヨはゲコベエやステージ上に待機しているモンスターに目をやりますが、彼らが凍り付く様子がないことに小さく舌打ちをしました。
「ここも100階層と同じように、特殊なフロアということなのね」
ツクヨの問いかけに、ゲコベエは「げこ」と言いながら重々しく頷きました。
「それでは、ツクヨ様ステージ上にお上がりください。
そして、自分が得意な歌を宣言してから歌ってください。
当然、後ろの者達が伴奏をしますからご安心を」
ゲコベエの言葉を受けた、ステージ上のカエッル達は一斉に、楽器を準備しました。
ツクヨは苦々しい表情を浮かべながらも、ステージの上へと足を運んだのでした。
◆
ツクヨが歌を歌い終わるとフロアマスターの部屋は静寂に包まれました。
その静寂を破ったのはフロアマスターのゲコベエです。
ゲコベエは座っていた客席を勢いよく立ち上がり、大きな声で叫びました。
「ブラボー!!!!」
ゲコベエは力の限り、両手を叩きます。それに呼応するかのように、ステージ上で演奏していたカエッル達も立ち上がり拍手をしながらツクヨを称えました。
「げっこ。本当は、けちょんけちょんに言ってやろうかと思っていたのですが、この歌を聴いてしまったら、自分には、自分にはそんな事はできません!」
ツクヨはすこし照れているのか、ほんのりと頬を赤らめました。
「ふ、ふん。私は歌も上手いのよ」
知る者はあまりいませんが、ツクヨは暇な時に、専用のカラオケルームで1人で歌を歌っているので、歌は得意なのです。歌を歌って機嫌がよくなったからかツクヨからあふれ出ていた神力が少しだけ収まりました。
心ゆくまで拍手をし続けたゲコベエは、ツクヨに向かいあいます。
「ツクヨ様、どうぞ、次の階層にお進みください。
歌の審査は文句なく合格ですゲコ」
「そう、じゃあ、行かせてもらおうかしら」
ツクヨはそう言いながら、270階層に向かって歩き出します。
ゲコベエ達は、ツクヨに向かって深々と一礼したのでした。
こうして、ツクヨの進撃はゲコベエを持ってしても止めることは出来なかったのです。
◆
ツクヨが歌を披露していた頃、ダンジョンの最下層では、もちろんヒミカ達がスクリーンでその様子を見ていました。ヒミカはお菓子も食べず、お茶も飲まずにツクヨの歌声に耳を傾けていました。
ツクヨが歌い終わり、ゲコベエ達から盛大な拍手が送られる様子を見ながらヒミカは目にうっすらと涙を浮かべたのでした。
「ツクヨちゃん、立派になって」
ヒミカは呟いた後に、ハッと気が付きました。
このままではしばらくするとツクヨがダンジョンを踏破するのではなかろうか、と。ヒミカは、一緒にツクヨの歌う姿を見ていた、タキリと、ニミとクッチに向かって話しかけます。
「むむむ、こうしてはいられません!
タキリちゃん、ニミちゃん、クッちゃん、私たちもそろそろ準備をしないといけないようですよ!」
こうしてヒミカ達もツクヨの進撃によって準備を始めることになったのです。




