第38話 オサノの挑戦
オサノは1人でアメノイワトにやってきました。
ヒミカのダンジョンは盛況で、みんな笑顔でダンジョンの入り口に向かっています。その様子を見たオサノは満足そうに頷いています。
「うむうむ、さすがはヒミカ姉上だ。みな楽しそうにダンジョンに向かっているではないか!
このダンジョンの最下層にヒミカ姉上がいるのだな。母上のことを聞くためにも吾輩はヒミカの姉上に会わねばならぬ!」
オサノはそのままずんずんとダンジョンに入っていきました。
◆
ネッコは今日もダンジョンの1階層で爪をがりがりと研いでいました。ダンジョンの挑戦者に爪でケガをさせる訳にはいかないので、爪を研ぐのに余念がありません。
がりがりと研ぎ終わった爪にふぅっと息を吹きかけて、ネッコは獲物を求めて行動を開始します。
今日もダンジョンは挑戦者が多く、仲間のネッコたちは挑戦者の足止めに成功しています。
「にゃにゃん」(ネッコたちのかわいさも磨きがかかってきた)
そんな中、入り口からずんずんと歩いてくる大きな男がいました。ダンジョンへの挑戦を始めたオサノです。ネッコはダンジョン初日から働いている古株ですが、そのような男は見たことがありません。ネッコはきらんと瞳を光らせます。
「にゃんにゃん」(ダンジョンの難しさを教える)
ネッコは、オサノの前にさも偶然ですと言わんばかりの自然さで登場しました。
オサノは目の前に現れたネッコに気づきました。そして、ネッコの前にしゃがみこみ、手を伸ばしてきます。
ネッコは右前足で顔をなでながら、「にゃーん」とかわいらしく鳴きました。
オサノはニコニコとネッコの首の後ろを掴み、ネッコをつまみ上げます。ネッコは「!?」と思ったのか、目を大きく見開きます。
「にゃん?」(いきなりつまみ上げた?)
ネッコはいつもなら頭やあごの下をなでられるのが当たり前だったので、いきなりつまみ上げられたことに衝撃を受けました。しかし、ネッコもプロ。気持ちを切り替えて、かわいらしく「にゃーん」と鳴きます。
オサノはズボンのポケットから大きな風呂敷を出しながら、うれしそうに呟きます。
「うむ、活きもよさそうだし、非常食に吾輩も1匹確保しておくのである」
ネッコはオサノの言葉を聞いて固まりました。
ネッコの気のせいでなければ目の前の大きな男は今、非常食に1匹確保しておこうと言ったではありませんか。
ネッコはあまりの事態に思考が追いつきません。
非常食? 食べ物? 活きがよさそう? 1匹? それってネッコのこと!?
ネッコはようやく自身が置かれている危険な状況に気が付きました。
ネッコを捕食しようという人型がいるとは思ったこともありません。ヒミカからも食べられないように気を付けてとは言われたことがないからです。
ネッコはばたばたと暴れ始めます。食べられてはなるものかと必死で暴れます。
首の後ろをつまんでいる手にネッコは爪をたてますが、がりがりと爪を研いだためにオサノにダメージを与えられません。
「ははは! 活きが良いな! これなら長いこともつだろう」
オサノはうれしそうに笑います。
ネッコは(この男はダメだ!)と悟りました。自分の力だけでは、この危機を抜け出せないと悟ったネッコは近くを歩いていた子供たちに助けを求めます。哀しげな声で子供たちに「にゃーん」と鳴きかけると子供達は気づいてくれました。
子供達はオサノの周りに近寄ってきて、オサノに話しかけました。
「おじさん、そのネッコどうしたの?」
「哀しそうに鳴いているよ?」
「ん? このネッコか? 近づいてきたので1、匹非常食として確保しておこうと思うのだ」
オサノの答えに子供達は驚きます。
「えっ!? ネッコを食べるの!?」
「そんなのダメだよ! ネッコは食べ物じゃないよ!」
「むっ!? しかし、吾輩も腹が減るからな。食べ物は確保したいのだ」
「それなら、アマテラスーンのダンジョン支店や宿屋でご飯を食べたらいいよ」
「そうよ、そうよ」
「どういうことだ、小童たち?」
「ヒミカ様はちゃんとダンジョン内にお店や宿屋を用意してくれているの!」
「そうそう! だからネッコを食べる必要ない!」
ネッコは子供たちの言葉を聞きながら、もっと言ってやれと4本の足をじたばたさせます。
「ほう、さすがはヒミカの姉上だ。それならば非常食は必要ないのか」
「そうだよ!」
「ネッコを離してあげて!」
「かわいそう」
「そういうことならば、この非常食は必要ないな。そら、どこになりとも行くが良い」
オサノはネッコを地面に下ろします。
ネッコは「ふにゃあ!」とネコパンチをオサノの手にくらわせてから、タタタと走り去っていきました。そして、すぐさま戻ってきて、子供達の前に人数分のねこじゃらしをそっと置きます。
「にゃんにゃん!」(ねこじゃらし! ネッコは恩を忘れない!)
そして、最期にもう一度オサノにネコパンチをした後に走り去っていきました。
その日の内に、大きな男は要注意という連絡がネッコたちの間で広まりました。
「ふむ、やはり活きがよかったな」
オサノは走り去ったネッコを見つめながら呟きました。
◆
オサノはその後、何の邪魔もなくダンジョンを進みます。
ネッコもイッヌもウッサもネッズもオサノには近づきませんでした。
ずんずんとダンジョンを進むオサノは罠にはまることもあります。
しかし、オサノは落とし穴に落ちてもケガひとつしません。落とし穴の中にあった尖った槍の方がオサノの重さに耐えられずボキッと折れました。伊達にオサノは三御神の一柱ではないのです。
「あやしいトラ柄のテープが貼ってあると思ったが、罠の目印だったのだな」
オサノは落とし穴の底でひとりごちました。
◆
オサノはあっという間に第10階層までやってきました。
大きな扉がギギギと開いた先に待っていたのは、赤い鎧を着た小鬼たちとフロアマスターのオニギリです。オニギリは久しぶりに挑戦者が来たことに気をよくし、うれしそうに口上を述べ始めます。
「よく来たぐはっ」
オサノは部屋の中に大量の小鬼と大きな鬼がいることを目にした瞬間にかまいたちを放ったのです。
ズバババとかまいたちに両断されたオニギリと小鬼たちは光の粒になって消えて行きました。
「何か言っていたが、戦いは常に先手必勝なのである」
オサノはそのまま下の階層へと降りていきました。
大きな扉を開ける係だった小鬼たちは、なんと理不尽なという思いを胸に、オサノの後ろ姿をただただ見つめるしか出来ませんでした。




