第36話 全滅、そして待ち受けるフロアマスター
ゴロゴロ、プチ、ゴロゴロ、プチ、ゴロゴロ、プチ、ゴロゴロゴロ……。
「ぎゃああああ」
「逃げろぉおお!」
「また1人やられた!」
「あんな巨大な鉄球をどうしろっていうんだ!」
巨大な真っ白い鉄球がプチ、プチ、プチと神々を潰しながら、坂道を転げ落ちてきます。真っ白い鉄球の所々には黒いシミのようなものがついています。30階層のフロアマスターの部屋に辿りつくこともできないまま、神々は全滅の危機に陥っていました。
「はぁ、はぁ」
息を荒くしながら、迫り来る白い鉄球から全力で逃げる一柱の神。
「はぁ、皆、もう少しで通路が狭くなる! はぁ、はぁ」
汗だくになりながらも走り続け、仲間の神に励ましの声をかけました。
しかし、誰からも返事がありません。一体どうしたのかと思い、振り返ったところ、迫り来る鉄球によって、プチっと潰されてしまい、光となって消えて行きました。
こうして、最後の神が光となって消えたことにより、オモカネたち神々の挑戦、第2陣もむなしく全滅してしまったのでした。
◆
ダンジョンの最下層では、クッチも加わり、久しぶりにヒミカとタキリ、ニミとクッチが揃ってスクリーンを見ていました。
しかし、平然としているのは、ニミとクッチの2人だけです。
クッチはローテーブルの上に用意されたシュークリームを手にとって、もぐもぐもぐと食べ、ニミは紅茶を飲み干しました。
ニミはぽつりと呟きます。
「正方形に球なのだから、隅は安全だとわかりそうなものなのに。
そんなニミとクッチとは対照的に、ヒミカとタキリは大きく目を見開き、スクリーンを見つめたまま固まっていました。なぜならば30階層までやってきた神々の挑戦者が、ニミの設置した罠によって全滅してしまったからです。
◆
さかのぼること30分ほど前、スクリーンには神々が小さな部屋から大きな通路に進んで行こうとしている姿が映っていました。
部屋と通路の間には、立て札が1本立てられており、<すみにかつろあり>と書かれてあります。そして、その立て札の前には、墨汁が入った瓶がいくつも並べられていました。神々は首をひねりながらも、墨汁の入った瓶を手に持って大きな通路へと進んだのです。
ヒミカはニミに質問をします。
「ニミちゃん、すみにかつろありとはどういうことなのです?
あの墨汁に何か秘密があるのですか?」
ニミはヒミカの問いかけに、首を振ります。
「あの墨汁には何の意味もありません。ただ置いているだけです。
すみにかつろありとはそのままの意味ですよ」
ヒミカは首を傾げます。
「すみ? 墨ではなく? 隅ということですか?」
ニミはヒミカに頷きながら答えます。
「見てください、ヒミカ様。
この神々が進んだ通路は正方形で徐々に上り坂になっています。
そして、30分ほど進んだところで通路が一杯になるほどの大きな丸くて白い鉄球が上から落ちてくるのですよ」
「えっ、じゃあ、逃げ道がないから皆ぺしゃんこになってしまうじゃないですか!?」
「ええ、破壊不能な鉄球なので潰されるとそこで脱落ですね」
タキリも思わず、表情を曇らせながら呟きます。
「30分も歩いたところで、上から白い鉄球が落ちてくるなんて……逃げるのも大変です」
「ニミちゃん、これはちょっとひどいと思います。誰もクリア出来ないじゃないですか!」
ヒミカは頬を膨らませながら、ニミに苦情を言いました。
「ヒミカ様、落ち着いてください。
だからきちんとヒントは出しているのです」
「ヒント? あの立て札のことですか?」
ニミは笑顔をヒミカに向けて答えます。
「その通りです。隅に活路有り。通路は正方形、落ちてくる鉄球は丸です。つまり」
ニミは、つまりと言ったところで言葉を区切りました。そして、ヒミカがその言葉の先を言い当てます。
「つまり、通路の隅に寝転がったり、しゃがんだりすれば大丈夫ということですか!?」
「ええ、だからきちんとヒントを理解して、判断すればだれでもクリア出来る罠なのです」
ニミの言葉に、ヒミカとタキリはなるほどと感心しました。
「さすがはニミちゃん! そこまで考えていたとは、驚きです!」
「はい、挑戦者の神々なら、この罠は華麗にクリア出来そうですね」
ヒミカとタキリはニミを褒め称え、神々がニミが用意した罠をクリアする様子を楽しみにスクリーンを眺めていたのでした。
しかし、ヒミカとタキリのワクワクは鉄球が通路に落ちてくると同時に消え去ります。
「えっ、速い!? 勢いが凄いです!?」
「大きいですよ、ヒミカ様!」
ヒミカとタキリはスクリーンを見ながら、驚きの声をあげました。
通路自体も非常に大きかったのですが、鉄球はそれに負けない位の大きさでした。しかも、最初から勢いよく落ちてくるため、神々の先頭にいた者達は、鉄球が落ちてくると同時に、プチプチっと潰されてしまったのです。
こうなると神々でもパニックとなり、慌てた様子で登ってきた坂道を全力で引き返しました。
途中、立て札の文言を思い出したのか、「そうか! この墨であの白い球体が溶けるのだな!」と叫びながら、墨汁の入った瓶を鉄球に投げる神もいました。
しかし、鉄球が墨汁で溶けるわけがありません。投げられた墨汁は、瓶がパリンと割れて、白い鉄球にシミをつけただけでした。墨汁を投げた神は当然白い鉄球にプチッと潰されました。
こうして、話は冒頭の神々の全滅へと続いていくのです。
ヒミカとタキリはニミのトラップのえげつなさにがくがくと震えるのでした。
◆
「クエクエクエクエ!
よく来たな! ワシは30階層のフロアマスター、タカマル!
飛べない鳥とはワシの事だ!」
バサと小さな翼を広げ、ポーズを決めたのは30階層のフロアマスターのタカマルです。巨大なイワトビペンギンのような姿のタカマルはキリッとした表情でポージングをしています。
なぜならば、ついに待ちに待った挑戦者が30階層に到達したと配下のモンスターから連絡があったからです。タカマルは挑戦者達を迎える準備に余念がありません。
「クエ、足はもっとこうクロスさせた方がいいだろうか?」
タカマルは仁王立ちだった足を、すっと動かし足をクロスさせます。短い足をなんとかクロスさせました。ぎりぎりの状態なのかタカマルの足はぷるぷると震えています。小さな翼をたたんでから、再度勢いよくバサッと広げます。
「うむ、こちらの方がスマートに見える!」
ポーズに納得したタカマルは、息を切らしながらも一匹で部屋の中央の大きな台を運びました。息を整えたあと、タカマルは岩の上に飛び乗り、再度ポーズとセリフの練習をします。
「クエクエケッ、ケホケホ」
タカマルは咳き込みながらも部屋の隅にあった水飲み場に移動し、コクコクと水を飲みます。
「クエー。冷えた水はうまい!
それにしても早く挑戦者に来て欲しいものだな!」
キリッとした表情で目を輝かせながら挑戦者を待っているタカマルが、腐った魚のような目で呆然とするのは翌日のことです。ヒミカから挑戦者が全滅して残念でしたねという内容の手紙が届いたあとのことでした。




