第25話 大切なのは寛容。そして、初めての6階層への挑戦者
ウスメは戸惑っていました。
「ウスメは何をすればいいんだろう?」
クッションを持ち帰ろうとしたことがばれてしまい、宿屋の手伝いをすることになったのだが、ウスメがすることが何もないのです。
掃除をしようとすれば、すでにマシュールたち座敷童が掃除はし終えています。そんなに多くない宿泊客の食事後の皿洗いをしようとすれば、いつのまにかきれいになっています。お風呂掃除をしようとすれば、それもすでに終わっているのです。料理を作るのを手伝おうとすればいつのまにか料理も出来ていました。
ウスメは戸惑っていました。
「うーん、楽なんだけど、お手伝いをしないとね」
特にすることがない。
仕事は作るものだという意見もありますが、アイドルであるウスメに宿屋で何をすればいいのかなどわかろうはずはなかったのです。
ウスメはあまりにすることがないので、マシュールに何を手伝えばいいのか尋ねてみましたが、マシュールは冷や汗を流すばかりです。マシュールはしかたないとばかりに、集客の為のチラシを2つに折る仕事をウスメに任せることにしました。
ウスメは宿屋の事務室の隅に大きなクッションを運び込み、その上にだらっと寝転がりながら、ダラダラとチラシを2つに折っています。
その数はようやく100枚。
ひとつひとつを丁寧におっていくために、1枚折るのにもものすごい時間がかかるのです。
「はー、宿屋の仕事って大変だねー」
大した仕事もしていないウスメですが、しみじみと呟きます。
そんなウスメにマシュールは何も言いません。実はウスメが手伝いを始めた初日の3時間でマシュールは後悔をし始めていたからです。
◆
ウスメに掃除を任せてみれば、何をすればそうなるのかまったくわかりませんが、掃除をする前よりも汚れていたり、皿洗いを任せてみれば、わざとかと疑いたくなるほど皿を割るのです。
さりげなく注意をしてみても直りません。ウスメにその自覚がないから、何を注意されているのかわかっていないからです。
さらに本人は一生懸命にやっている分、注意もしづらかったのです。お風呂掃除を任せれば、お風呂がお湯ではなく水風呂になっていました。マシュールはウスメの周りでは世界がゆがんでいるのではないかと疑ったほどです。
マシュールは宿屋の従業員である座敷童一同を呼び、ウスメが何もしなくても良いようにいつも以上にてきぱきと働くように指示を出しました。座敷童達もウスメの行動をマシュールと同じくそばで見ていた為に、その意見に皆が同意しました。こうして、ヒミカのダンジョン5階層の宿屋で働く座敷童達は心を1つにし、てきぱきと働いたのです。
後にヒミカから、「宿屋で困ったことはありませんでしたか」と尋ねられたときに、マシュールはふっと遠くを見てぽつりと答えました。
「ひとつだけありました。そしてボクはそこから学んだのです。
罰を与えるよりも、許すことが、寛容が大事なのだと」
ヒミカはマシュールの答えの意味深さに、首をひねったといいます。
罰としてウスメに宿屋の手伝いをするように言ったはずなのに、いつのまにか宿屋の、マシュールたちの罰になっているウスメのお手伝いが早く終わってくれることを5階層の宿屋の座敷童達は心待ちにしていたのです。
◆
ウスメが宿屋のお手伝いをしていたとき、ヒミカのダンジョンのオープン以来初めての出来事が起ころうとしていました。
オモカネたちがとうとう6階層へと足を踏み入れようとしていたのです。その光景を最下層でソファに座ってヒミカ達が見ています。ヒミカは初めての6階層へ挑戦する光景にわくわくしながらスクリーンを見つめていました。
「いよいよ、本当のダンジョンの攻略が始まりますね!」
「はい、ヒミカ様! 私たちが作ったダンジョンの真価が問われるときです!」
タキリもヒミカの横でそわそわしながらスクリーンを見ています。
「あっ、見てください!
あれが私が設置した看板ですよ!」
「あれですか。なかなか良い出来ですね!
文字も大きくて見やすいですし、明るい色なのでアレに気づかないものはいないでしょうね」
「はい。子供たちでもわかるようにふりがなやイラスト使いました!」
「やりますね、さすがはタキリちゃんです」
「えへへ、ありがとうございます」
ヒミカとタキリがわざわざ設置した看板についてきゃっきゃっと話し合います。
オモカネたちは階段の前で止まりました。そして、オモカネがロープで身体をつないでいる神々に向かって言いました。
『これより先は、ついに我らは6階層に入る!
心して行くぞ!』
『『『おお!』』』
オモカネの言葉に神々は声を合わせて叫びます。オモカネ達はゆっくりと6階層へと続く階段を降り始めました。しかし、目隠しをしているオモカネたちは6階層へと続く階段の横にあった看板に気が付きません。
ヒミカとタキリはあれっと言いながら、首を傾げます。
「タキリちゃん、オモカネたちは目隠しをしたままですね」
「はい、ヒミカ様」
「……彼らは看板を見ていないですよね?」
「……はい、ヒミカ様」
ヒミカとタキリは眉をひそめてスクリーンを見つめます。
看板には次のように書かれていました。
<ここから先はモンスターが強くなります。
子供達はできればここで引き返しましょう。
死ぬことはありませんが、ここまでとは比較にならない厳しい戦いになります。
また罠もありますのでご注意ください。参考例として、6階層へ降りた階段の先に落とし穴を設置しておきます>
◆
ダンジョンの入り口付近で、オモカネとそれに続いて先頭を歩いていた3名の神々が光の中から現れます。
「げふぅ、ぐえ」とえづきながら、オモカネは地面にうずくまっています。
オモカネはゆっくりと目隠しを外しました。
「お、落とし穴だと!?」
オモカネは地面をダンとたたきつけ、ダンジョンの入り口を見つめます。
そして、ぽつりと呟きました。
「おそるべし、ヒミカ様のダンジョン。
たのんだぞ、タヂカ!」
オモカネはダンジョンクリアの願いを込めてタヂカの名を呼びました。
しかし、その願いが叶うことはありませんでした。なぜならば、しばらくして、タヂカも光の中から現れたからです。




