第2話 どんなダンジョンを作りましょう
ダンジョン作成を決めたヒミカたちは、どこにダンジョンを作るかを相談し始めました。
小さな4人掛けの円卓の周りに座っているヒミカ達です。長い話になっても大丈夫なように、緑茶とせんべいをタキリが用意をし、話し合いの記録をまとめるためにニミがノートを用意しています。
熱い緑茶で少しだけ喉を潤したヒミカが口を開きます。
「さて、私はどこにダンジョンを作ればいいでしょう?」
クッチがパキリと海苔が巻かれたしょうゆ味のせんべいをかじります。ニミは湯呑みを手に取り、静かにお茶を飲んでいます。タキリは、うんうんとヒミカに同意するように2度ほど頷きました。
ヒミカはとりあえず話しながら考えるタイプだということを知っている眷属の3柱は何も言わずに、ヒミカを見つめます。
「私は皆が来やすいところがいいと思います!
誰にでも開かれた、来る者を拒まずの精神のダンジョンを作りたいからです。
だから、私はアメノイワトにダンジョンを作ることにしました!」
何も相談することなくヒミカが決定事項を伝えます。
ここでニミがヒミカに問いかけます。
「ヒミカさま、アメノイワトの使用許可は取っているのですか?」
「取ってないけど、大丈夫です!」
「えっ? それってダメなんじゃ……?」
自信満々に答えたヒミカに、タキリが不安そうに問いかけます。
「タキリちゃん、アメノイワトはね、もともとは私のプライベート高原だから問題ないんです。ウメちゃんが神々や人々、皆に来てもらえるようなコンサートができる場所を探してたから貸してあげたのが、あのコンサート会場アメノイワトの始まりなのです。だから、使用許可も何も必要ないのです!」
ヒミカは力強く答えました。
「それに、アメノイワトを全部使えなくしちゃうわけではないですから。
アメノイワトの真ん中にあるステージに使っている大きな巨石をダンジョンの入り口として使うだけです。それならウメちゃんのコンサートもできるから大丈夫でしょう」
パリポリとおせんべいをかじっていたクッチが、お茶でせんべいを流し込んで、パチパチと拍手をしました。
「さすが、ヒミカ様」
クッチの称賛を受け、さらにヒミカは得意げに話を続けます。
「やっぱり、ダンジョンを作るからには、私は多くの人に来てもらいたいんです。皆が場所を知っていて、誰もが来られる場所に作るのがいいと思ったから、アメノイワトに作ることに決めたのです」
◆
ヒミカ達のどんなダンジョンを作るかという相談は長くかかりました。
それは相談というよりは、ヒミカが意見を言って、3柱の眷属が質問や補足をするという形で進みます。基本的に、クッチたち眷属はヒミカのサポートやアシスタントをするのが役割の為、ヒミカの望みを叶えることを優先しているからです。
ヒミカは、ダンジョンに挑戦した神々や人々が死ぬことをイヤだと思ったので、ダンジョン内では誰も死なないようにすることにしました。しかし、ペナルティがないのはいかがなものかとニミが意見をしたので、それもそうだとヒミカは思いました。
ヒミカは、ダンジョン内では死なないけれど死ぬようなケガやダメージを負った場合は、ダンジョンの外にはじき飛ばし、7日間ダンジョンに挑戦できず、さらに恐ろしい呪いを与えることにしました。
ヒミカは恐ろしい呪いを与えるつもりですが、真面目で優しいヒミカがそんなに恐ろしい呪いを考えられるわけがありません。恐ろしい呪いは、嫌いな食べ物を毎食必ず1品は食べないと、一日に何度も静電気でビリっとなるという内容に決まりました。
「はー、恐ろしい! 我ながら恐ろしい呪いを考えてしまいました!
嫌いなモノを食べないとビリッとなるなんて、考えただけでも恐ろしいです」
ヒミカは自分で考えた呪いのことを思い浮かべて身震いしました。
静電気でビリッとなるところを想像したのか、タキリもぶるっと身震いします。
「ひ、ひ、ヒミカ様は恐ろしい神様です!」
「タキリちゃん、神様には、心を鬼にしてもなさねばならぬ時があるのです」
「ひ、ヒミカ様!」
ヒミカはキリッとした表情で、タキリに自身の覚悟を伝えます。そんなヒミカの言葉にタキリは感動の涙を、その目に浮かべました。
その様子を見てクッチはサラダ味のせんべいに手を伸ばし、ニミはノートにヒミカが決めたことをまとめていきます。ノートに書き留め終わったニミが、ヒミカに質問をします。
「ヒミカ様、嫌いな食べ物がない者には、その呪いは効果がないのではないですか?」
そんなことは微塵も考えていなかったと言わんばかりの表情で、ヒミカはニミの質問に、質問で答えました。
「えっ、ニミちゃん、嫌いな食べ物がない者なんてこの世にいるのですか?」
「私は嫌いな食べ物は特にないです」
「「ええっ!?」」
と、ヒミカだけでなく、なぜかタキリまで盛大に驚きの声をあげました。
ヒミカがおそるおそるニミに質問します。
「に、ニミちゃん。300年前まで、あなたはウナギが食べられなかったでしょう。
今はもうウナギを食べられるのですか?」
タキリはヒミカの言葉に同意するように、うんうんと何度もニミの方を見て頷きます。
「ウナギの丸焼きが苦手でしたけど、ウナギをひらいて炭火で焼いてたれをつけた蒲焼きは美味しいですから、ウナギも食べられるようになりました。ヤマタノオロ屋の鰻重は特に美味しいですよ」
ヒミカは、まさかと思いながらも、ニミが嘘をついていないか調べる為の名案を閃きました。
「わかりました。ちょうどお昼ですし、これからヤマタノオロ屋に行き、鰻重を食べましょう。
ニミちゃん、食べられないなら今のうちに正直に言ってください。今なら、別のお店に変えてもいいですよ。自分に正直になってください」
ヒミカが優しい笑顔をニミに向けます。
「いえ、鰻重は好きですから、ヤマタノオロ屋に行きましょう。でも、大丈夫ですか?
オロ屋の鰻重はお値段が高いですよ」
ヒミカの言葉に、ニミは慌てることなく答えます。
逆にヒミカのお財布を心配する余裕までありました。
「大丈夫です! 神に二言はありません。
太陽印のゴッドカードを持っているのでお会計は任せてください!」
「ヒミカ様、オロ屋は現金しか使えません」
元気よく胸を張っていたヒミカは、ニミの言葉を聞いて、財布の中身を確認します。
少ししょんぼりした様子でヒミカは10分後に出発しましょうと、ニミ達に伝え席を立ちます。ヒミカはそそくさと早足で部屋の外に出て行き、一番近くのオモカネ銀行にお金を下ろしに行きました。
◆
ヤマタノオロ屋に着いたヒミカ達は、特別なお客様しか通さないオロ屋の離れに案内されます。
ヒミカが「素敵な庭ですね」と女中に声をかけながら歩いていく後ろで、ニミがなぜ離れに案内されているのかわからず首をひねりました。月に1度は通っているニミでも、この離れに通されたことはなかったからです。
オロ屋の主人であるオロッチがヒミカの大ファンであったため、リピーターになってもらうために、離れに案内されたなど、ニミにも想像できません。
ヒミカは鰻重を4つ注文しました。
オロ屋の主人であるオロッチは、切れ味の鋭い包丁クサナギで、華麗にウナギをさばき、手際よく特上鰻重を4つ作りました。自らも2つの鰻重を持って離れへと運びます。
「ヒミカ様、此度はオロ屋にお越しいただきありがとうございます。
日頃の感謝の気持ちを込めて、此度は特上の鰻重を作らさせていただきました。
今日はお代もいりませんので、ごゆるりとお食事をお楽しみください」
低く渋い声のオロッチのあいさつを受けて、ヒミカは少し困った表情を浮かべます。
「お金もちゃんと下ろしてきましたから、ちゃんと」
ヒミカの言葉を最後まで言わせずに、滅相もないとオロッチは首を頑なに横に振りました。
「冷めてしまわない内にご賞味ください」
という言葉を残し、オロッチは部屋を後にしました。ヒミカは困りましたねと苦笑しながらも、冷めてしまわないうちにいただきましょうと、ニミ達に鰻重を食べるように促します。いただきますと声をそろえた後、特上鰻重を食べ始めました。
「ほわわ、美味しいです!」とタキリが満面の笑みを浮かべ、「タキリちゃん、おいしいですね!」とヒミカも笑みを浮かべます。
ヒミカがちらりとニミの方を見ると、ニミもおいしそうに鰻重を食べています。
ヒミカは電気ショックを受けたような、ガーンという効果音がよく似合いそうな表情を浮かべました。信じがたいものを見たといわんばかりに。
「に、ニミちゃんが、ウナギを食べています!」
「だから、ウナギも食べられるようになったと言ったじゃないですか」
「ま、まさか、嫌いな食べ物がない者がいるなんて」
愕然としながらも、ヒミカはぱくぱくと鰻重を食べます。
「おいしいです。でも、どうしましょう。
あぁ、おいしいです。でも、どうしましょう」
ヒミカは鰻重を食べ終え、濃い緑茶を飲みながら、ふぅと大きく息を吐きました。
そして、正面に座るニミを見据えてヒミカは重々しく口を開きます。
「決めました。嫌いな食べ物がない者には、呪いとして7日間まぶたの上に消えない目が描かれることにします!」
ヒミカの言葉に、ニミ達は首を傾げます。突然のヒミカの言葉に理解が追いつきません。
3人を代表してクッチがヒミカに質問をします。
「ヒミカ様、どういうこと?」
「ですから、まぶたの上に目を描くのです!
目をつむっても目が開いているように見えるようになる恐ろしい呪いです。
これは呪いを受けた者だけではなく、周りにいる者も不幸にする恐ろしい呪いなのです」
タキリはその光景を想像しあわわと震え、クッチは無表情のまま頷き、ニミはすっと目を細めました。 こうして、ヒミカさまの優しいダンジョンの呪いが決まったのです。
◆
ヒミカはヤマタノオロ屋から帰るときに、代金を支払おうとしましたが、オロッチは決して受け取りません。なかなか話が進まなかったため、女中がこっそりとヒミカに、オロッチがヒミカの大ファンであることを伝え、お代はいりませんからまた来てくださいとお願いしました。
ヒミカは、代金の代わりになればと思い、色紙にサインを書き、オロッチと二人で記念写真を撮ることでお礼としました。ヤマタノオロ屋にはその日から、ヒミカのサインが額に入れられて飾られることになり、オロッチのヒミカへの好感度は、崇拝に近いものになりました。
◆
真面目で優しいヒミカは食後の休憩1時間を挟み、さらにダンジョンについての相談を眷属の3柱と続けました。