第15話 いらっしゃいませ
ここはダンジョンの第269階層。
ここでヒミカとタキリはダンジョンの改装に励んでいました。
「ふふふ、この改装によって必ず挑戦者の方達はここを通らねばなりません。
幾人がこの試練を乗り越えられるか、楽しみですね」
ヒミカが満足げに部屋の中央で、作り上げた内装を見回しています。タキリもヒミカに同意するかのように、笑顔でうんうんと頷いています。
その横ではタキシードを着たカエッルのモンスター、ゲコベエが元気よく返事をします。ゲコベエはヒミカの腰ほどまでの高さしかありません。
「げこ!」
(はい!)
ゲコベエの返事を聞いてヒミカは首を傾げます。
「あれ、ゲコちゃん?
あなたは普通にしゃべれるはずですよね?」
「げこ! もちろんであります!
ヒミカ様にそのように創っていただきましたから!」
ゲコベエは、うれしげに目を細めて頬をぷくーっと膨らませます。ヒミカはそうですよねと小さくつぶやき、ゲコベエに問いかけます。
「それでは、何故さきほどは、げこって言ったのですか?」
「それはヒミカ様、キャラ作りでありますよ!
キャラが立つかどうか、それが重要なのであります!」
「へぇ、そういうものなのですか」
「げこ! 人々の印象に残ってこそ、フロアマスターとしてヒミカ様のお役に立てると愚考する次第であります」
ヒミカとゲコベエの話しを側で聞いていたタキリは、ヒミカの腕にはめているブレスレットが光っていることに気が付きました。慌てた様子でタキリはヒミカに声をかけます。
「ひ、ヒミカ様! 大変です!
ブレスレットが光っていますよ!
第3階層に到達した挑戦者がいるみたいですよ!」
タキリの慌てた様子に、ヒミカも身につけていたブレスレットに目をやりました。
「あら、本当ですね」
最初は落ち着いていたヒミカですが、何かに気が付いたのか、ハッとしたように目を見開きました。
「これはアマテラスーン、ダンジョン支店に初めてお客様が来てくれるかもしれません!」
「ヒミカ様、どうされますか?
300階層に戻って、スクリーンで挑戦者の様子を確認しますか?」
タキリの質問に、ヒミカは首を横に振ります。
「いえ、300階層には戻りません。
今は、スクリーンで眺める時ではないからです」
そこでヒミカは言葉を区切り、ゲコベエを見やります。
「それではゲコベエ、ここはあなたにお任せしますね。
私たちはやらなければならないことが出来ました」
「げこ! ヒミカ様、お任せください!
このゲコベエ、挑戦者達を見事に返り討ちにしてみせるのであります!」
「ふふふ、頼もしいですね。
それでは、私たちは行くことにします。
タキリちゃん、行きましょう!」
「はい、ヒミカ様」
ヒミカとタキリは2人で269階層を後にしました。
たった1人残ったゲコベエはこれからどうするかを考えます。
「げこ。
先ほどのヒミカ様とタキリ様の会話で出てきたスクリーンとやらは、ダンジョン内の様子を確認できる道具なんでありましょうな」
ゲコベエは部屋の中をぺたぺたと歩き周りながら、ぶつぶつと独り言を呟いていました。
「どうすればヒミカ様に喜んでいただけるか」
ゲコベエは1人でぺたぺたと部屋の中を歩き続けました。
◆
ヒミカのダンジョンの第3階層に到達した始めたの挑戦者は、神々の一団でした。
第2階層でイッヌたちにやられてしまい、数をさらに減らした神々はすでに15名にまでその数を減らしています。
「くっ、なんというダンジョンなのだ」
「ああ、ネッコやイッヌの力を甘く見ていたな」
「力だけが勝敗を決めるのではないということか」
「私たちだけでも、何とかヒミカ様のダンジョンをクリアしないと」
神々は気を引き締めて、第3階層の探索を進めます。
ここまで来た神々に油断はありません。余計なモノには目もくれず、ダンジョンの最下層を目指して進んでいきます。
そんな中で神々の1人が、ある看板を見つけました。神々はその看板に近づき、何が書かれているか確認しました。
「この先にアマテラスーン、ダンジョン支店あり。来たれ、挑戦者。
ここでしか買えない限定グッズもあるよ、だって」
神々は互いに顔を見合わせます。
「どうする?
アマテラスーンだって。ヒミカ様がオーナーのお店だろ。
行ってみるか?」
「いや、だめだ。
今は、1階層でも下を目指すべきだ。寄り道をしている場合ではない」
「それもそうだな」
神々はアマテラスーンには立ち寄らずに、ダンジョンの探索を進めることに決めました。
◆
神々が看板の前から立ち去ってしばらくすると、新たな挑戦者が看板の前に現れました。アスハちゃんたちです。
第1階層は神々とほとんど同時にクリアしたアスハちゃん達ですが、イッヌの魅力にやられ、少しだけ遊んでしまったために神々に遅れを取ってしまいました。
子供達の先頭を歩くアスハちゃんは、看板に気が付きます。
タタタと駆け足で看板に近づき、声をあげました。
「あっ、アマテラスーンのロゴマークが書かれてる!」
いきなり駆けだしたアスハちゃんを追って、キョウコちゃんたちも慌てて、看板の前まで走ってきます。
「なんて書いてあるの?」
「うーん、よくわかんない!
この、に、アマテラスーン、ダンジョン、あり。
たれ。ここでしか、えない、グッズもあるよ、だって」
アスハちゃんたちはまだ漢字が読めないのです。
「矢印も書かれてるから、あっちにアマテラスーンがあるんじゃないの?」
キノスケくんが矢印の方角を指さします。
「あっ、そうかも!」
「さすがはキノスケくん!」
子供達は、アマテラスーン、ダンジョン支店に向かって走り出します。
しばらくダンジョンを進むと、アマテラスーンのロゴマークが大きく描かれた看板が見えてきました。
「あっ、アマテラスーンだよ!」
「お菓子交換できるかな?」
「できるよ」
タタタと子供達は元気よく駆けて行きます。
そして、アマテラスーンの扉を開けると、「いらっしゃいませ」とエプロンを着けた金髪の女性が笑顔で声をかけて来ました。同じエプロンを着けた桃色のツインテールの小柄な女性も「いらっしゃいませ」と子供たちに声をかけます。
子供達は元気に「こんにちは!」と返事をしました。
アスハちゃんがポケットの中に入れていたお菓子引換券を出して、カウンターの中にいた金髪の女性に見せます。
「この券使えますか?」
少しだけ心配そうに金髪の女性に声をかけます。さらに女性の顔を見てアスハちゃんはとても驚いたのか目を大きく見開きました。アスハちゃんは口を何度かぱくぱくとさせて、金髪の女性に別の質問をします。
「ひ、ヒミカ様!?」
「? はい、私はヒミカです。
あと、この券はもちろん使えますよ!」
ヒミカはやさしくアスハちゃんに微笑みかけました。




