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第1話 働きたくない

「お休みが欲しいです」


 大きな部屋の一番奥にある豪華な机に突っ伏しながら、ヒミカは静かにつぶやきました。


 腰まで伸びた長くツヤのある金髪を、顔の前に持ってきて手でいじりながら、ヒミカはチラリと部屋の中を見回します。しかし、誰も反応を示してくれません。むむと思ったのか眉間にしわを寄せながらヒミカは、部屋の中にいる一人一人に視線を向けます。



 ◆



 ヒミカから見て左側にある窓のそばには3つの机が一列に並んで置かれていました。


 1つ目の机には赤い髪を肩のあたりで切りそろえたクッチが、その手に持っている刀を丹念に磨いています。半眼で刀をジッと見つめながら、何を考えているのかその表情からはわかりません。彼女は耳も良いはずなので、間違いなく聞こえているはずだとヒミカは思いながら、無表情で静かに刀を磨いているクッチをしばらく眺めました。


 ジトッとした視線にも気づいてくれないクッチにヒミカは頬を少しだけ膨らませて不満を表します。頬を膨らませたまま、ヒミカは次の机に視線を向けました。


 2つ目の机では、カリカリカリとリズミカルにペンを走らせてニミが書類を作っています。緋色の髪をひとまとめにし、フレームのない眼鏡をかけた出来る女を絵に描いたようなニミにも、ヒミカのつぶやきは聞こえていないようでした。


 ヒミカはさらに頬を膨らませて、3つ目の机に視線を向けます。


 最後の3つ目の机では、フンフンフーンと鼻歌を歌いながらタキリが、折り紙を折っていました。どういう風に折れば、そのような形が作れるのかさっぱりわかりませんが、熊にイノシシ、カラスなどが見事に折られています。桃色の髪をツインテールにしているタキリは、実に楽しそうです。


 ヒミカは、目をつむり、ふうっと大きく息を吐きました。

 そして、もう一度、先ほどつぶやいたのと同じ内容のことを違う言い回しで、今度は全員に気づいてもらえるように少しだけ、いや、かなり大きな声でつぶやくことにしました。


「働きたくないです」


 部屋の中に響いたヒミカの声に、クッチ、ニミ、タキリが気づき、ヒミカへと視線を向けます。ヒミカは机には突っ伏しながら、今度は皆が気づいてくれたとホッと安堵したような表情を浮かべました。


 タキリが慌てて折り紙を机の上に置き、椅子を倒し、その椅子を起こすこともせず、ヒミカの机の前まで駆けよります。


「ひ、ひ、ひ、ヒミカ様!?

 働きたくないってどういうことですか?

 太陽を、昼を司る神様であるヒミカ様が、働かなかったら、世界が大変なことになっちゃいますよ!

 真っ暗です! 真っ暗! 世界中に朝が来なくなりますよ!」


「タキリ、落ち着いて」


 いつの間にかタキリの横に来ていたニミが、タキリの頭に手を置いて、その頭を優しくなでます。タキリの身長が低いこともありますが、ニミの身長がかなり高いためにタキリの頭をなでるのがニミのクセになっているのです。


「ニミちゃん! でも、ヒミカ様が働きたくないって言ってるんだよ!? 私たちはどうしたらいいの?」


「そんなの簡単です。私たちは、ヒミカ様に従う眷属なんですから、一緒に休めばいいのです」


「えっ、でも!?」


 まだ何かを言いたそうなタキリを放っておいて、ニミはヒミカに質問をします。


「ヒミカ様。働きたくないということですが、なぜ、そんなことを突然言い始めたのですか?」


 ヒミカは、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ガバッと勢いよく体を起こしました。


「それはね! ツクヨは定期的にお休みがあるし、オサノに至っては毎日がお休みみたいなものじゃない! 私だけ、毎日毎日休みもなく働き続けているから、たまにはお休みが欲しいと思ったの!」


 ヒミカの言葉を聞いて、ニミはなるほどと思いながら頷きました。


「たしかにヒミカ様にはお休みがまったくないですね。でも、それは、それだけ重要な役割をヒミカ様がなされているからですよ。

 月の神様のツクヨ様、嵐の神様であるオサノ様とは役割の重要度が違うのです。ヒミカ様が働くのを止めてしまったら、神々も、人も、動植物もこの世界に生きるすべての者が困るのをわかってらっしゃるのですよね?」


 ヒミカは少しだけ得意げな表情を浮かべて胸を反らしました。ちょっとしたドヤ顔をするヒミカを目にし、タキリは首をひねり、ニミはいぶかしげに目を細めます。


「当たり前です!

 私がお休みをしたら、皆が困るのはちゃんとわかっています」


「じゃ、じゃあ」


 じゃ、じゃあ、働いてくださいとタキリが言おうとしましたが、ヒミカがそれ以上は言うなと示すようにタキリにむかって手をかざしました。


「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、私は太陽が自動運行できるようにしておきました! これで私が働かなくても太陽は自動で動いてくれます!

 だから、私が休んでも大丈夫なはずです!」


「えっ!? そんなことができるんですか!」


 とても驚いたタキリの様子を見て、ヒミカは満面の笑みを浮かべます。


「できちゃうのです。

 なんてったって私は神様ですから!」


 ヒミカはさらに胸を反らして、もっと褒めてと言わんばかりに、タキリと会話を続けます。


 そんな会話を聞きながら、ニミはここ1ヶ月間ほど一心不乱に何かを作っているヒミカの様子を思い出していました。そして、これを作っていたのかと納得もしました。真面目で優しいヒミカが何のフォローもせず、皆が困るとわかっていながら休むと言うはずがなかったのです。そんなヒミカであるからこそ、神々の長なのです。


「そういうことであれば、私もヒミカ様がお休みになられることに否やはありません」

「わ、私もヒミカ様がお休みされるのであれば、一緒にお休みします!」


 ヒミカは感激した様子で、豪華な机から身を乗り出し、ニミとタキリの手をがしっと掴みます。


「ありがとう! ニミちゃん! タキリちゃん!」


 ヒミカは大きな声でお礼を言いました。



 ◆



 お休み、お休みと鼻歌を歌いながら上機嫌になったヒミカに、タキリは疑問に思っていたことを質問をしました。


「あの、ヒミカ様。お仕事をお休みして何をされるのですか?」


 突然のタキリの質問に、ヒミカはぴたっと動きを止めました。


「何をされる? お休みって何かをしないといけないのですか?」


 ヒミカは、タキリの質問に、質問で返しました。


「え? いえ、別に何もしなくても良いと思いますけど」

「タキリ。ヒミカ様は今まで休まれたことがないから、休みに何をすればいいのかわからないのです。ここは何も聞かないのが優しさですよ」

「え? ええ!? でも、私はもう聞いちゃったよ、ニミちゃん!」


 ヒミカ、タキリ、ニミの間に気まずい沈黙が訪れます。

 そんな気まずい雰囲気を壊すかのように、鞘にしまった刀を腰に差したクッチが、一枚の紙を手に持ってヒミカの横へ近寄りました。


「ヒミカ様。これ」


 クッチは、一枚の紙をヒミカに差し出します。


「くっちゃん、これって、コトアマニュースの春号ですよね?

 これがどうかしましたか?」


「やることないなら、これ」


 ヒミカは、クッチから受け取った紙に目を通そうとすると、ニミとタキリも気にしているようだったので、声に出して読むことにしました。


「コトアマニュース、春号。

 今季の特集は、最近流行り始めたダンジョン作成についてです」


 タキリがニミに「ダンジョンって何?」と質問をしました。ヒミカも紙を読むのを止めて、ダンジョンって何という表情を浮かべてニミを見つめます。


「ダンジョンというのは迷宮、いえ、1つの閉じた世界と言った方がいいかもしれません。特殊なルールを持った閉じた世界がダンジョンだと思ってもらったらいいかと思います。ダンジョンは、ダンジョンマスターと呼ばれる作り手が独自の目的を持って作るのが一般的なようですね」


 ヒミカとタキリが、へぇという表情を浮かべてニミの説明を聞いています。


「ヒミカ様、続き」


 クッチが、続きを読むようにヒミカに促しました。ハッとしたヒミカは、タキリに続きを読むよと声をかけて、コトアマニュースの続きを読みはじめました。コトアマニュースには、さまざまなダンジョンが紹介されています。


 財宝を用意して挑戦者を呼び込み、その挑戦者の生命や生命力を巧みに徴収するためだったり、増えすぎた人口を間引くためだったり、世界のバランスを整えるためだったり、いろいろな目的のダンジョンがあるようでした。


 コトアマニュースを読み終えたヒミカは、クッチを見つめます。


「くっちゃん、読み終わっちゃっいましたよ? それで、これをどうするのですか?」

「ヒミカ様。やることがないなら、ダンジョン作って」


 クッチの言葉にヒミカは驚きの声をあげます。


「えっ、私が作るのですか!?」


 クッチはこくりと頷きました。


「ヒミカ様なら、素敵なダンジョンを作れる」


 ニミもクッチに同調します。


「太陽を自動運行できるようになったのであれば、ダンジョンを作るのに時間をかけてもいいかもしれませんね。この世界はほとんど完成していますから、閉じた世界を作るのは、ヒミカ様にとっても良い経験になると思います」


 タキリはあわあわしながら、何かを言おうとしますが、あわあわしすぎて、何も言えませんでした。


「ダンジョン」


 ヒミカは、小さな声で呟き、クッチ、ニミ、タキリへそれぞれに視線をやります。クッチとニミはしっかりと頷き、タキリはなぜか慌てた様子で首を縦に何度も振りました。


 期待に満ちた瞳で見つめられたヒミカは、ぐっと拳を握りしめます。コトアマニュース春号がぐしゃっと潰されてしまい、クッチがアッと目を見開きます。そんな様子を気にもせず、ヒミカは握りしめたままの拳を上に突き上げました。


「わかりました! 私はダンジョンを作ります!」


 大きな声でダンジョン作成を宣言したヒミカは右手を前に差し出します。クッチの方を見て、ヒミカが「くっちゃん!」と声をかけると、いつも通りの半眼に戻ったクッチがヒミカの右手の上に右手を乗せました。


 さらにヒミカは「ニミちゃん!」と声をかけます。ニミは静かにクッチの右手の上に、右手を重ねます。最後にヒミカは「タキリちゃん!」と声をかけます。タキリは「はい!」と大きな声で返事をして、ニミの右手の上に、手を乗せました。


「くっちゃん、ニミちゃん、タキリちゃん! 一緒にがんばりましょう!」

「うん」「はい」「は、はい!」

「チーム天照! ファイトー!」

「「「おう!」」」


 ヒミカたちは右手を高く上げ、ダンジョン作成に向けての第一歩を踏み出しました。こうして、後の世で、「ヒミカ様の優しいダンジョン」と言われる難攻不落のダンジョンが作られることになりました。


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