深夜のゲームセンター
昔ながらのショッピングセンターのゲームセンターに、オープン当初から住んでいるのが僕だ。ゲーセンのすみっこにポツンと取り残されたように置かれているもぐらたたきゲームの叩かれ役。それが僕だ。
お客が来るたびに頭を出したり引っ込めたり、楽な仕事じゃない。それでいてお給料は貰えないし頭をポカリとやられるしで、命がけだ。
こうなると当然愚痴も溜まってくるもので、僕らもぐらたちは毎夜毎夜『愚痴こぼし祭り』を催し、その日の疲れを癒している。喋れるといっても作り物、寝ずとも大丈夫なのだ。なんといってももぐらは夜行性である。
従業員が全員帰った頃を見計らって、僕はこれ見よがしに顔を出した。釣られたようにピョコピョコ顔をのぞかせる仲間たち。もぐらたたきのもぐらはたくさんいるが、皆が皆祭りに参加するわけじゃない。仕事熱心な奴らは翌日の仕事に備えて頭をキュッキュッと磨いている。
今日の参加者は三匹(?)。もぐらたたきの中でも紅一点のもぐ子。いちばん得点が高い僕らの代表格、もぐの助。そして僕、もぐ太。ちなみに僕ともぐ子はいちばん得点が低いもぐら。
僕たちはさっそく祭りを開催した。
口火を切ったのは、髭をモジャモジャ生やしたもぐの助だ。彼は口角泡を飛ばしながら愚痴を垂れ流す。
「おまえたち、もぐの助は得点が高くてすごいだとか、ときどきしか出てこないからあまり叩かれずに済んで羨ましいだとか、そう言うだろう。それが大はずれ。想像してみろ、得点が高いってことは、つまりレア物だ。ということは、おれが出てくると客は目をキラキラさせて、全力で叩きにくるだろう。その力加減のなさといったらねえよ。わかるか、もぐ太?」
「えーっと、わからなくもないかな……」
「そうか。そりゃそうだろうな。あーあ、おまえにもおれの辛さをわかってもらいたいぜ。ピコの野郎も大変だろうなあ」
ピコというのは、客が直に手を触れるピコピコハンマーのことだ。彼も叩き疲れたのか、入れ物の中で目をうつらうつらさせている。
もぐの助の愚痴が終わったところで、お次はもぐ子だ。製造元ももぐ子が女の子だということを客にも認識させたかったようで、彼女にだけリボンがついている。しかしそのことに関して、彼女はいつも愚痴っている。
「べつにリボンは問題ないのよ。わたしだって女の子なんだし、かわいいものは好きよ。でもね! そうだとしても、客はそのことを理解してないように思えるのよね。『リボンがなんやねん!』てな感じで思いっきりピコを振り下ろしてくるんだもの。いくら男女平等だからってね、もう少し手加減ってものを知ったらどうなのよ! もうッ、こんなことしてたらますます腹が立ってきたわ」
――というわけで、もぐ子が口を尖らしてきたので彼女の出番はこれにて終了。トリを飾るのは僕、もぐ太だ。
「みんなのいうことはまったくそのとおり。僕だって毎日ポカポカされるのには嫌気が差してるよ。でもね――」
「おッ、なんだなんだ? なんかイイコトでも言うつもりか? そんなの聞きたくねーぞ」
「そういうつもりはないよ。でも、本物のもぐらと比べたらどうなるんだろうなーと思って、ちょっと考えてみたんだ」
「本物のもぐら? どういうことよ、それ?」
「本物のもぐらって知ってるかい?」
「知ってるわけねーだろ。おれたちは一生このゲーセンで暮らす運命なんだからよ」
「僕たちの家を見てごらんよ」
もぐの助ともぐ子は、怪訝な顔で僕たちの家――ゲームセンターを見回した。クレーンゲーム内で互いの身体の上に積み上げられているぬいぐるみ。プライズゲーム(お菓子取りゲーム)で賞味期限が切れるか切れないか心配で青ざめるお菓子たち。ダンスゲームにバスケットボールゲーム。ガチャガチャにトレーディングカードゲームなどなど。他にも多種多様なゲームが、明日の仕事に向けて身体を休めている。
「本物のもぐらは土の中で暮らす。ミミズを食べて生き、そして死ぬ。仲間に食われたり食べ物にありつけなかったり、死に様はいろいろだけどね。僕たちゲーセンのもぐらは、騒がしく暖かいショッピングセンターで、愚痴ったり叩かれたりしながら暮らす。どっちが幸せとか不幸せとかはわからないけど」
「……おまえ、結局ここが好きなのか嫌いなのか、どっちなんだよ?」
髭面を前に向けたまま尋ねるもぐの助に、僕も同じく無表情で答える。
「うーん、自分でもよくわからなかったりする、かな」
夜が明け従業員が顔を出す頃。『お◯ちゃのチャチャチャ』のおもちゃのように、僕らは顔を引っ込めた。
また仕事がはじまる。痛い一日のスタートだ。