決戦前夜
「うーし、てめえら。作戦会議を始めっぞ」
作戦会議というが、尋賀の家は何もない。
せめてものと優作が作戦のメモを、小さなメモ帳で書いている。
「作戦会議って言うけど、具体的に何を考えるのさ?」
「ボケ神様一行を退ける方法に決まってんだろ」
「決まってるのかなー?」
ナゲリーナは首を横に振った。
「『神託』だって話せば考えてくれる」
「たぶん無理だろーぜ。例えオレ達が百パーセント上手くやれる作戦でも、それを証明する方法もねー」
「『神託』ならきっと信じてくれる」
「信じてくれると思うか? 魔王様? 作戦成功率1パーセントって言ったのはてめえだろ?」
「…………そう。それがわたしの見積もり。後は作戦を決行した時に世界が壊れないことを祈ることしかできない」
「ってわけだ。だったら説得も難しいだろ?」
少しナゲリーナにキツイ言い方だ。
「尋賀。相手は子供だよ!」
「そーだが、ここは四の五の言ってられねー。今は感情を捨てて現実的に考えよーぜ」
ナゲリーナはへこたれていない。
むしろ、応戦態勢だ。
「世界を一つ潰してもう一つの世界を救うのが正義か。それとも望みの薄い方法で世界を二つ救う方が正義か」
両手を見せるナゲリーナ。
うち一つを大げさに握り、その後もう片方の手も大げさに握る。
「どちらか一つだよね。でもボク達は後者を選んだ」
「優作は今は賛成?」
「……この場合、どちらも正義だね。でもボクの答えは決まってる」
「人を殺すことは間違ってる、か」
「なんで言うのさ、尋賀」
話の間に割って入る尋賀。
「優等生。世界二つを潰せばオレ達大罪人だぜ?」
「でも、世界二つを救ったら勇者だ」
もし作戦が失敗したら皆消えてしまう。
その恐怖が優作には見えない。
「オレ達は普通の人間だぜ? それを忘れちゃーいけねー。ここぞって時に天が助けてくれねーんだぞ」
「そうだよ。ボクは勇者じゃないし、英雄でも、救世主でもない」
「んじゃ、その自信はどっから来るんだ?」
「人間にとって当たり前である生きることを全うし、全うさせるためだよ。誰も犠牲にさせない。誰も死なせやしない」
「よぉーし、優等生の考えは分かった。そんじゃ、全員同じ考えでいいよな?」
その場にいる優作以外が頷かない。
「わたしはわたしの世界とわたしの家族を守りたいから」
「ふっ! この矢薙美玲! 貴様なら必ず世界中の人間を救えると信じている!」
「私はサカマキ達がそー思うなら賛同するだけなの!」
素直に頷いておけばいいものの。
そう思う尋賀だが、彼自身捻くれているのだ。
まだ彼の捻くれよりはマシな分類だろう。
「それじゃあ、次だ。魔王様、作戦の手はずを教えてくれよ」
ナゲリーナが頷き、皆が話を真剣に聞いている。
「明日山へと向かい、そこでわたしの魔法で異世界の狭間へと向かう。そこで魔道砲を呼び寄せて、尋賀のレーヴァテインの魔力を用いて二つの世界がぶつかり合わないように、二つの世界と世界の間の次元を破壊する」
「質問だが、坂巻尋賀の持つレーヴァテインの魔力だけで力は足りるのだろうか?」
美玲がまともに質問する。
結局演技口調は続けるらしい。
彼女のことだ。何かおかしなことを言うのだろう。
そう身構えていた尋賀だが、中々飛び出さない。
「わたしの魔法は少ない魔力で陣を描くことで強力な魔法を発生させている。魔道砲は大きな陣を描くための魔法具。そこに今は大量の魔力を持つレーヴァテインを持っていたら……」
「強力な魔法となるわけか。ふむ」
大人しい。
今なら彼女の大好きな妄想し放題である。
なのにそんなことを一言も言わない。
まあ、魔法の話をしている時点でもう十分お腹いっぱいかもしれないが。
「あれ? どうして身構えてるの? おかしな尋賀」
「てめえが変なこと言わねーか警戒……」
おかしい。美玲の演技口調が急に止まった。
何か彼女が機嫌を悪くすることを言っただろうか。
「作戦の概要は以上だろうか?」
かと思えばまたいつもの演技口調だ。
本当に彼女はどうしたのだろうか。
「作戦が無事に完了すれば、わたしは二つの世界のゲートを開く。わたしの理論上は上手くいくハズ」
「ハズって、失敗するの? どうしてハズなの?」
「それは世界の狭間に行った時を仮定して考えた魔法があるが、世界の狭間に行くのは初めて。もちろん実験したことがないので絶対の保証はない、ということ」
「うぐぐなの……失敗したらどうなるの?」
「どこに行くか分からない。行きつく先を山にしてあるが、失敗すれば空のかなた、地面の中、最悪知らない世界」
「そんなことになれば帰れるの?」
「無理」
世界を救った後、自分たちもちゃんと帰れるか分からない。
もし救えても、油断したら今度は自分たちに災いが降り注ぐのか。
そうなってしまったら、世界を救った英雄なのに神様を呪い殺さないといけなくなる。
「それと、わたしの魔法は五回しか使えない」
「あんだって?」
「わたしは魔力を失った」
そうだ。
レーヴァテインだ。
彼女がレーヴァテインに触れるタイミングなどいくらでもあった。
レーヴァテインに魔力を吸う力を与えた時、騎士団を異世界に飛ばす時に、魔法から身を守る時など。
「じゃあどーすんだよ?」
「魔力を含んだ液体が五本」
ナゲリーナは白衣のポケットから試験官を五本取り出す。
そして反対側からのポケットからもう五本。
「そして、魔力を含んだ液体と合わせることで陣を描くことができる薬品が五本。これら五本にはまだ、どんな魔法を扱うか決められていない」
「決められてねーってことはどーゆーことだよ。自分で決められるっつーわけか?」
「そう。一本は狭間の世界へ行くための魔法を。一本は魔道砲を呼び寄せるため。二本をそれぞれ尋賀達の世界とわたしの世界に繋げる魔法を。後は予備」
いよいよナゲリーナの魔法はどんな都合でも解決できるらしく聞こえてくる。
それ以上に不便な点も多く、戦闘の時は魔物相手の一発とルシェールとの一回目の戦いでしか命中してない。
強力なのはいいことなのだが。
「それはこれからどんな魔法にするか決められるのか?」
「材料となる薬品は揃っている。一通りは可能」
「よーし、それじゃあ後はボケ神様との喧嘩だな」
「いや」
拒むナゲリーナ。
例え記憶の中では友達という相手でも。相手がナゲリーナを友達だと思っていなくても。
それでも友達と喧嘩するのは嫌なのだろう。
他人の記憶の中でしかないが、その記憶の事実は本当なのだ。
「……魔王様。あのな、どんなに相手が大事な人間でも対立はするんだって。それが相手のことを思いやった結果でも」
尋賀の師匠。
騎士団の時間稼ぎを行うと言い、尋賀はそれを拒んだ。
そのことと重ねて言っているのだ。
「自分の主張をごり押しするってんなら喧嘩になる。そいつを覚悟しなきゃーならねえ」
もはや尋賀には戦わないで済むという甘い考えはない。
「それでも魔王様。オレ達がやろうとしてること邪魔されたらどーするつもりだ?」
「……『神託』とその一味と戦うなら普通の手段では勝てない」
質問の答えを返さず、その代わりどうすれば良いのかという尋賀の話に戻る。
「前に一度ボケ神様とやり合ったが、そん時は魔法の加護とかのせいでビクともしねえ」
「だからこそ鍵となるのはレーヴァテイン」
「おうとも。それさえあればボケ神様を無力化できる」
ナゲリーナは頷きもせず、横にも振らず。
どうにも煮え切らない表情をしていた。
「それが、レーヴァテインが魔法を吸収しすぎると暴発する危険がある」
「暴発? 爆発するってこと?」
「暴発対策に興和状態を超えた場合、爆発する魔力弾が出る」
「出るってどういう風に?」
「知らない。理論上そうなっている」
そんな危険なものを尋賀は持っていたのか。
聞いていた優作は、ぶるりと震える。
「気にすんなよ、優等生。魔王様がオレ達にあぶねえもの持たせると思ってるのか?」
「……そうだね」
「レーヴァテインの危険性は分かった。その辺は気ぃィーつけるとして、ボケ神様の力について教えてくれ」
ナゲリーナは嫌そうだが、仕方ないと割り切れているようだ。
「『神託』の魔法はわたしの魔法の元となった。でも本人の使う魔法は、ちゃんと魔法がある世界の正規のもの。さらに『神託』は神として永遠の命を得、その魔法を完成させた……らしい」
「完成……らしい……ねえ?」
「その辺りの話は『神託』から聞いた話。彼らは自然現象と考えた方がいい……らしい」
それも聞いた話か。
どうにも分からない部分が多いが、一番知っているハズの親友の記憶が聞いた話でしか知らない。
「どーせ魔法は全部レーヴァテインでねじ伏せるんだ。その辺はどーでもいい。それ以外に必要な情報はねーか?」
「二つ」
ナゲリーナは指を二本立てて見せる。
「一つ目、神託達は全ての異世界出身。わたしたちが想像もできない能力や力の可能性がある。二つ目、神を名乗る異世界の管理者は、世界を管理するために皆が永遠の命を得ている。恐らくは寿命を延ばす術を知っている。三つ目、当然だが全員が異世界を渡り歩く術を持っている。時間は掛かるらしいが。四つ目、我々が向かう世界の狭間は、神達の拠点」
一本一本折っていた指が三つ目から立てていた。
「二つじゃねーのかよ」
三つならまだしも、四つとはどういうことだろうか。
わざとなのだろうが。
「拠点に突っ込むの!? 無謀なの!」
そうだ。
この際、能力も永遠の命も異世界へ渡る能力も関係ない。
そんなことよりも重要なのは一つ、敵の拠点に突っ込んでいくということだ。
「ちょい待て、魔王様。敵の拠点に行くのかよオレ達」
「その通り」
「……こっち五人で敵は化け物のパレードでお出迎えされるわけかよ」
呆れたと尋賀は考えるのを止めた。
もう全員気合でぶっ飛ばす気だ。
「……ボクの作戦聞いてくれる?」
だというのに、優作は対策をすぐに考える。
彼の考えたという作戦を全員が聞く。
優作は自身の作戦の詳細を事細かく述べていく。
「上手くいくと思う?」
優作が全てを説明し終えると、皆同じように腕を組んでいた。
「ダメかな?」
「……喧嘩なんざぁーすぐに戦局が変わるもんだぜ」
喧嘩という野蛮な言葉に戦局などという言葉を使う尋賀に優作は少し文句を言いたげだ。
「それをどうにかするのが尋賀達でしょ?」
「ま……その点はオレ達が臨機応変に動きゃーいいか」
そんなに言われたとおりに動けるものでもない。
実際に作戦を立てても相手がそれを凌駕する実力があれば関係なくなる。
「上手いこと立ち回れるとしてだ。魔王様の魔法も問題ねえか?」
「地面の面積なら十分かと」
「じゃぁーその通りでやってみるか」
尋賀達はその後も話し合った。
内容は他愛もない話。
世界消滅という危機的状況が迫っているとは思えない光景。
でも、尋賀達にとってそれくらいでいい。
「それじゃーいい時間だしな。解散すっか」
「うん。それじゃあ明日の朝」
「ふっ。我々魔王軍が負けるわけなかろう」
「あったり前なの! 私が負けるわけないの!」
「当然。わたしは魔王。例え、言葉だけでも」
ーーー
朝の町。
尋賀が二回目に異世界に行った時と同じ時間帯。
「へへ。昨日眠れたか? てめえら?」
そして、その時のように彼の前に仲間が立って待っている。
格好は準備完了の優作。
また異世界の時のおかしな服の美玲にルシェール。
肝心のナゲリーナだけは、高校の制服の格好を気に入ったらしく、片眼鏡、制服、白衣は全て昨日のままだ。
「ううん……ボクは緊張して眠れなかったな……」
「私は昨日、おじいさまとずっと喧嘩していたぞ!」
「異世界は今日で最後だから、見れるもの見ておきたかった」
「私も色々見ていたの! 箱の中の絵が動いていたの!」
「寝ろよ。てめえら」
これでは一人、ぐっすり寝ていた尋賀だけ浮いているではないか。
「そんなんで英雄になれんのかよ」
「英雄なんて興味ないよ。ボクはボクの考えを貫くだけさ」
「そーだな。オレも自分の勝手な考えで魔王になったって構わねーよ」
「尋賀が一番魔王っぽいもんね」
「ひっでえー」
尋賀が言うと笑っている。
「尋賀が魔王軍リーダー」
「……それ、オレが魔王って言ってるようなもんだけどな」
「少なくとも皆そう思っている」
ナゲリーナが言うと、全員がこちらを見ていることに気づいた。
「……ったく。分ぁーたよ。守るためなら悪魔でも魔王でもなってやらぁー。それが悪人のオレらしい」
「だったら、魔王らしく演説して! 尋賀!」
目を輝かせる美玲。
もしかすると、尋賀にだけこういう態度になっているのだろうか。
魔王らしくという言葉は気に入らないが、尋賀は口を開く。
「この一週間は色々なんて言葉じゃ片付かねーほどの出来事のオンパレードだったな? 異世界で魔王様に出会って、次の日にはのの女とおっさんの公共の場での処刑、魔王様と旧魔王様との喧嘩だとか」
魔王らしくという要望には応えていないが、演説する尋賀。
全員、それを黙って聞いている。
「大事な人間がいなくなったりだとか、魔王様にとってもオレにとってもつれぇーことだ。でもオレ達はそれを乗り越えて、今ここにいる」
そして、と続ける。
「不良に中二病に優等生、それから異世界の魔王様に異世界の騎士。この混沌の繋がりは簡単には断ち切れねえーし、断ち切らせはしねー。オレがぜってぇーに守るからだ。それはオレの罪だとかそんなんじゃーねー。大事な人間守るのに、魔王を守るのに理由はいらねえからだ」
「繋がりと混沌。コネクターズカオス」
呟くナゲリーナ。
まるで、その言葉が大事な合言葉かのように。
「よぉーし! 手出せ、騎士殿みたいにやるぞ」
尋賀が右手を出すと、美玲はすぐに気づく。
「あ! 私もそれをやろうと思ってた!」
そう言いながら、彼女は尋賀の手の上に自身の手を乗せた。
「奇遇だね。ボクも考えてた」
「私もなの!」
優作もルシェールも乗せていく。
「これらの手は全て、わたしにとっての混沌の繋がり」
ナゲリーナもゆっくりと手を乗せる。
「魔王軍、ぜってぇーに勝つッ!」
「「「「おーッ!」」」」
全員の声が朝早くから響き渡る。
それは、一つの目標に向かって懸命に挑む若者の姿と同じ。
彼らは世界を救うという偉業に向かって挑むのだ。
「行くぞ! てめえら!」
尋賀を、リーダーを先頭に彼ら彼女らは歩いていく。




