最後の日常・異世界人編
学校に向かって歩く尋賀達。
「どうしてこんなことしないとダメなの!?」
「どうしてもだっつってんだろ!?」
ルシェールは嫌がっているが、尋賀は有無を言わさない。
ルシェール、ナゲリーナ、美玲の三人は軍隊の行進を思わせる、乱れず真っ直ぐの歩行を繰り返している。
その後ろに、尋賀が布に入れたレーヴァテインを肩に乗せ、疲れ切った表情の優作が歩いている。
尋賀が三人を行進するように歩かせているのには理由がある。
それは何かしらのトラブルを起こすのではないかと懸念しているからだ。
そのためならば何もさせない。多少悪目立ちはしても、トラブルは絶対に起こさせない。
……そんなつもりだった。
「ん?」
ルシェールの謎のマントが揺れた際、何かがチラリと見えた。
「おい、のの女。そのマントの裏側見せてみろ」
「? 分かったの」
彼女はマントの裾を持って翻す。
その瞬間、尋賀の気分は一気に下落した。
「……なあ、優等生」
「ボクは止めようとしたんだ……」
「いや、誰もてめえを責めねえよ……」
背中に背負ってあったのはルシェールの剣。
しかも制服のスカートにも短剣が通されていた。
「のの女。今日一日マントを外すなよ?」
「なんでなの?」
「外すのは裸になるのと一緒だからだ」
顔を真っ赤にするルシェール。
突如としてそんなことを言われれば彼女が怒るのも無理はない。
適当に答えた尋賀だが、マントの裏側を見られてはマズイものには間違いない。
異世界人、初めての学校への登校が、初日から取り押さえられるなど嫌すぎる。
「尋賀……」
「軽蔑すんなよ? 間違いじゃねぇーしな」
「そうじゃなくて、尋賀の持ってる物もダメだと思うよ?」
優作の意見はもっともだ。
他人に、武器はダメだと言っているのに、彼は持ってきているではないか。
涼しい顔で答える。
「オレぁー大事なモンは家に置いとかずに常に持ち歩くンだよ」
家に鍵を掛けないから置けないのだ。
「それにこいつは剣道の竹刀とでも言っときゃーいいし、そもそも誰も近づかねーよ」
「天下の伝説の不良だもんね」
「オレは納得してねーけどな」
などと話していれば、抑止していた美玲達が勝手をする。
「そうだ! ここから学校まで競争しようではないか!」
勢いよく宣言する美玲。
「競争ってガキかよ。落ち着けよ、てめえは」
「むぅ……」
演技口調だったが、彼女はふくれっ面になる。
そこまで嫌な発言だったのか。
「ここのところ尋賀、変だよ」
「オレが変じゃなくて、てめえが変なだけだけどな」
「……まあいいや。競争せぬならば、何をするのだろうか!」
「真っ直ぐ歩け」
突如として演技口調を止めて、変などと言う美玲。
いつものようにあしらう尋賀だが、何がおかしいというのだろうか。
尋賀にも、優作にも分からない。
「なんか大きな箱があるの!」
美玲と同時に異世界人達の暴走はすでに始まっていた。
自動販売機に興味津々のルシェールに、道歩く人々を平然とメモしているナゲリーナ。
やや悪目立ちし始めている。
「そいつは貯金箱な。貯金したら、金戻って来ねえから気ぃーつけろよ」
「ナゲリーナ。異世界の知識に興味津々なのは分かるけど、向こうでメモしようか?」
尋賀と優作は、ルシェールとナゲリーナを止めようとする。
多少悪目立ちするのは仕方がない。
だが、そこから何をしでかすのか分からない。
だから止めなくてはならない。
「じゃあお金を入れてみるの!」
「優作。じゃあアレは?」
止めなくてはならないのだが、抑止力となっていた尋賀が、ルシェールの剣を見てから勢いをなくしてしまったせいか彼女達の暴走は止まらなくなっていく。
まるで積木と同じ。下を崩され、次々と崩壊していくような。
「入れてみるの!」
「ん? なんでてめえ、五百円玉を……おい、どっから手に入れやがった!? 待て! 入れんな!」
「これが異世界の道具……興味深い」
「ちょっと、ナゲリーナ!」
尋賀の言葉で止まらず、どこで手に入れたか分からぬ五百円玉を自動販売機に投入するルシェール。
道歩くサラリーマンが触る携帯電話を覗き、並んで歩くナゲリーナ。
「なんか光ったの!?」
自動販売機の商品下のボタンが点灯する。
訳も分からず彼女はボタンを連打した。
「……五百円消えちまった」
「ごめんなさい、ごめんなさい! ほらナゲリーナもあやま……待ってよ、ナゲリーナ!?」
いきなり苦労が止まらない尋賀と優作。
恐らく拾ったであろう五百円玉は、尋賀が貯金箱と言う自動販売機に吸い込まれ、代わりに飲み物を受け取り口に落ちてくる。
尋賀にとっては五百円は大金のようで、かなり落ち込んでいる。
そして、ナゲリーナの方は、謝りもせずに次の興味の対象に移っている。
ここまで異世界人がやりたい放題をした。
ならば、当然、黙っていない人物がいる。
「ふはははは! この矢薙美玲! この世界の全てを解説するぞ!」
初めて触れる文化。始めて見る物。
異世界から来た者達はそのギャップがある。一種のカルチャーショックだろう。
ゆえに惹かれるものがあり、現に彼女たちはそれが理由で舞い上がっているのだろう。
でも美玲は違う。
彼女は元から日本育ちの日本生まれだ。
当然、ルールは知っているし、この町で見れるものは珍しいものでもなんでもない。
……ハズなのに、暴走するのは彼女の悪い癖なのだ。
「尋賀。明後日雨だってさ」
「なら大家の洗濯物の手伝いでもすっかな? お駄賃でも稼がねーとな」
「本当は無償でするクセに」
「へへ。オレは金をせびるぜ? それにしても……」
舗装されたコンクリートの道。
歩く学生たちや、スーツ姿サラリーマン。
久しぶりに異世界から帰ってきたことを尋賀達は実感した。
そして、
「雲一つねえ青空だ……」
「本当にね……」
空を仰ぐ尋賀と優作。
後ろにいる三人は大きな声で謎の単語を解説する美玲、それを全て信じ込むルシェール。
アクティブに、他人の家の敷地にまで入ってメモをしているナゲリーナ。
もう尋賀達は三人を止めるのをやめた。
ーーー
学校に到着した一行。
ルシェールのマントをして登校だとか、ナゲリーナの謎の白衣やら片眼鏡で注目はされたが、なぜか誰も止めようとしなかった。
教師とも目があった。
なのに見て見ぬふりをする。
関わりたくもないと暗に言っていた。
「それでそのしらたきを海に浮かべてさ」
「ワカメとクラゲと一緒に醤油でってか。止めとけばよかったのにな?」
「一時海水浴場が閉鎖されたらしいよ?」
「世の中、とんでもねえ悪人がいるもんだな」
「君が言う?」
同じく見て見ぬフリをする尋賀と優作。
いったい、二人は何の話をしているのだろうか。
内容はともかく、二人は後ろを歩く三人を、何をしていてもされても悉く無視している。
「その有人ロケットというものに乗ってみたいのだが」
「この騎士、矢薙美玲に任せるのだ! 必ずや乗船して見せようぞ!」
乗船できるわけがない。ないのだが、侵入しに行きそうな勢いではある。
というよりも、今すぐにでも回れ右してすぐにでも行きそうだ。
「さあさ、いざ行こうぞ!」
調子の良い美玲は腰に手を当て、明後日の方向を指さす。
異世界から来た二人を前に彼女は舞い上がっているのか。
「それよりもまず、学校」
「むっ!?」
そんな彼女の暴走を止めているのはナゲリーナだった。
そのナゲリーナも有人ロケットに乗るなど、どことなく不安な話をしているが、恐らくは大丈夫だろう。
しかし、魔王、宇宙に行くなどをされた日には、世界崩壊はどうなるのか。
ただでさえ、世界が滅ぶという状況で呑気に学校に登校しているのだ。
不安しかないが、尋賀は話が聞こえても考えないようにした。
優作は不安気だが、意味不明な行動をしそうになったらきっとナゲリーナが止めてくれるだろうと、胃がキリキリしながらも無視を続けた。
そのまま尋賀達の教室へ。
教室に尋賀が入った途端、そこら中から聞こえていた話し声は一度小さくなる。
すぐに皆が元の会話に戻るが、普通の学校生活では味わえない異様な雰囲気がそこにはあった。
「今の間は何なの!?」
「気にすんなよ。オレが嫌われてるってだけの話さ」
尋賀は特に気にしていない口ぶりだが、反対に優作は隠し切れないほど気にしているようだ。
「まあサカマキが嫌われてるっていうのは分かるの」
「フォローの一言でも入れろよ」
「やーなの」
坂巻尋賀。
伝説の不良ではないかと噂されていた少年。
例え、同じように伝説の不良を名乗る者が捕まっても、その疑いは未だに消えていない。
「ま、何言われてもしゃーねーよ。どんだけ謝っても許されねーことは世の中あるしな」
「誰に謝るの?」
詳細を知ってか知らずか、ルシェールは尋賀に悪びれもなく問う。
彼は何も言わずにズカズカと教室を歩き、自身の席に座った。
「また今度話してやるよ」
尋賀はそう言って、机の上に足を乗っけた。
普段からそういう態度だからクラスで孤立するのだが、どことなく尋賀は諦めてしまっている。
「やめなよ。それ」
「へっ! 今日はゆっくり寝ていたかったんだがよ」
尋賀はそう言って、足を下ろし、椅子にもたれかかるように座る。
口が悪ければ態度も悪い。
そして、不良としての彼を知っているクラスメイト達は彼を避けていた。
優作は尋賀の二つ前の席に座る。
「……真面目にしていれば皆心を開いてくれると思うんだけどな」
「知ってるか、優等生。異端ってやつはな、受け入れられることはないんだぜ?」
「だったらその異端を止めればいいのに」
「不良のオレに性格を矯正したところで意味なんざぁーねーだろ」
根本から捻じ曲がっている。
そんな人間の性格が変わることはないという、諦めた口ぶり。
「ふむ。気にする必要はないのではないか?」
そんな尋賀に、意外なことに美玲がフォローを入れる。
彼女は尋賀と優作の真ん中、右隣の席に座る。
「どーしたよ騎士殿。励ましてくれてんのか?」
「もちろんだとも! 貴様が変わったことを私は知っているからな!」
小さな声で「お前もな」と尋賀でも優作でもない男性の声が聞こえる。
昔の美玲を知っているクラスメイトの誰かが言ったのだろう。
大人しく、暗い感じの女子生徒がある日、不良と仲良くなって意味不明な発言ばかりするようになった。
十分な変化ではある。
「話の途中だが、わたし達はどうすればいい?」
初めて来た異世界の学校にやや戸惑いを見せるナゲリーナ。
「魔王様。怪しまれないか?」
「恐らくは大丈夫かと。『神託』の力は計り知れない。任せておけば……」
言ってから気付く。
周囲の眼が完全にナゲリーナの方へと向いていることに。
「あれ?」
「あれ? じゃねーよ。どこの世界にンな格好した奴がいるんだよ」
片眼鏡、白衣、試験管、高校生には見えない背丈。
仮に記憶の改竄がクラスメイト達にあったとしてもだ。
疑わしく思うのは当然だ。
「せめて小学校とかに放り込んどけよ、ボケ神様……」
どうして高校などと、無茶な所に所属させたのか理解できない。
「まーいーや。優等生、魔王様の席は?」
「ここだね」
優作が指さしたのは、美玲の左二つ隣の空いている席。
どうやら、優作の持っているプリントに席順が書かれているようである。
そんなものにまで名前が追加されていることに、芸が細かいと尋賀はある意味感心する。
「で、のの女は?」
そう言われて優作はナゲリーナの一つ右隣を指さす。
その位置は優作の後ろであり、ナゲリーナの右隣であり、美玲の左隣であり、尋賀の前である。
これが意味することは、
「囲まれてるの!」
ということである。
「ほら来いよ、のの女。この四面楚歌にな」
嫌すぎる。
漫画などで、転校してきた人物が主人公の隣の席などというシチュエーションはあるだろう。
だが、転校してきたら周りを敵で囲まれる。これほど嫌な席順はないだろう。正確には敵ではないが。
どうして一番後ろの席が空席ではないのか、疑問もあるが、嫌な顔をしながらルシェールは座る。
「うぐぐぐなの……すごいプレッシャーなの……」
何とも言えぬ重圧。
逃げ出そうにも四面楚歌状態。
逃げ場がない。
「とりあえず、授業が終わるまで我慢してろよ?」
学校のチャイムが鳴り響く。
彼女の語られざる試練が幕を開けたのだった。




