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最後の日常・始まり編

朝になり目を覚ます。

相変わらず何もない尋賀の部屋。

その光景は一週間近く見れなかった慣れ親しんだ部屋だ。


「……はぁ」


尋賀の溜め息は、僅かながらの現実逃避の意味もこもっていた。

今までのことが全て夢であれば、いつもの毎日が戻って来る。

学校に適当に行くか、金を稼ぐか、師匠のところに行って鍛錬するか。

そんな毎日のうち、一つを失ってしまった。

その損失は二度と戻らず、帰らない。


「とりあえず学校に行くか……」


布に入れられたレーヴァテインを片手に玄関に向かう。

傍から見れば登校する高校生の姿には全く見えない。せめて、学生らしく授業に使う教材やらノートを持つべきではないだろうか。もしくは、レーヴァテインを置いて行くなど。

そんなことを指摘する人物がここにはいない。もっとも尋賀は指摘されたところで止めるような玉ではないが。


外開きの玄関の扉を開ける。


「あ、出てきたの」


そのまま玄関の扉を閉めて、鍵を掛ける。

かなり久しぶりに鍵を掛ける。そのせいか、やけに鍵が掛かりにくく感じた。


「開けるの! 鍵閉めるななの!」


扉をガンガン叩く音が部屋中に鳴り響く。

とりあえず玄関の防犯が済んだ尋賀は、窓の方から外へ出ようとする。


「ふっ! 坂巻 尋賀よ! この矢薙 美玲は裏の裏まで読むぞ!」


窓を閉める。

面倒になってきた尋賀は、ごろりと床の上で横になった。

もう学校に行くつもりはないようだ。

だが、現実はいつだって非情で、鍵を掛けたはずの玄関の扉は、意図も容易く侵入者に突破されてしまう。


「ふはははは! この私に鍵など通用せぬぞ!」

「ねえ、美玲。ピッキングは犯罪だよ?」


侵入者四名は誰の許可も得ずにズガズガと部屋の中に入って来る。

せめて優作は犯罪だと止めた後、中への侵入を止めてほしかった。

そんな尋賀の切なる願いは、叶うことなく潰える。


「何やってんだよ、てめえら」


部屋の住居人は四人……というよりもそのうち二人のみに主に尋ねていた。


「なんでてめえら制服なんざぁー着てやがる」


おかしい。

この前まで別世界の住人だった人間が翌日に、異世界の高校の制服に身を包んでいるのはどう考えてもおかしい。

例えば、転校手続きだとか。

転校したにしては、いくらなんでも速すぎる。

二人には決まった住所はなく、言うならば異世界人不正滞在者だ。


「それが、なぜか二人はボク達と同じクラスの人間になってるんだ」


ほら、と言って優作は一枚の紙を見せる。

その紙を奪い取る。

今まで一度も見たことがないクラスの表。

名前だとか出席番号が書かれている最後の方に、付け足されたかのようにナゲリーナ・フォン・シュヴァルツレーヴェとルシェールと書かれている。

どうしてルシェールだけ、ルシェール・ノノでもルシェール・ド・ノデランスノではなく、ルシェールと一言だけなのか気にはなるが、それよりもこんなことをしたのが誰なのかすぐに検討がつく。


「ボケ神様め。やりやがったな……」


二人をこの世界の住人にしようとしているのではないか。

そうとすら思える。尋賀達にとって、二人を異世界出身だと言うことを隠しやすくなり、話もでっち上げなくていいのでやりやすいのは間違いないのだが。

おかげで異世界人二人を学校へと登校させる羽目になった。

昨日、優作が慌てていたのはそのためである。

二人を急いで登校させる準備をさせないといけない、という焦り。

優作の選択肢に学校を休むは恐らくない。


「で、それよりも気になるんだけどよぉー」


玄関の扉を開けた時、ルシェールが高校の制服に身を包んでいるまでは良かった。

玄関の扉を閉めるまではしたかもしれないが、鍵は閉めなかったかもしれない。

それに四名が侵入してきたとき、異世界出身の二人を気にもしなかった。

だが、そういうわけにもいかない。


「どーしててめえら二人、恥ずかしい恰好してるのか答えろ」


尋賀の言う恥ずかしい恰好とは、ルシェールのマント。

どこの世界にマントを付けて、高校に行く生徒がいるのか。

異世界ならまだしも、現代日本では無縁な話だ。

だが、ここまでならまあ、マシな部類ではある。

美玲のマント姿を尋賀は幾度となく見ているからである。

許容範囲ではある。ぎりぎりだが。

問題はもう一人だ。


「魔王様。随分と凝った服装だな、おい」


彼女の身長にピッタリの女子制服。

それだけなら問題ない。

そこにプラスされているのは、いつもの大きな白衣。鎖付きの片眼鏡。そして、スカートの下、膝部分に試験管が何本も入っているホルダー。


「どう?」

「気に入ったのか? 魔王様」

「ちょ、ちょっとだけ」


嬉しそうにしている。


「ま、意味不明なドレス着せられるよかマシってか」


それでも十分意味不明だったりする。

誰がどう見ても高校生には見えないナゲリーナ。

そこに足されているのが片眼鏡、白衣、ホルダー。

果たして、彼女と同じ格好をしている高校生は世界中で何人いるだろうか。

多分、彼女一人だとは思うが、彼女はそんな事実は知らない。

だから、高校生が制服で登校する姿を知らないために変な格好を『おかしい』と気付けないのだろう。


「どうだ! 設定はドイツからの帰国子女、ナゲリーナ・フォン・シュヴァルツレーヴェ! 天才で、海外では何度も飛び級を経験した人物だ! しかし、それは設定であり、その正体は悪の親玉、魔王、ナゲリーナ・フォン・シュヴァルツレーヴェなのだ! 魔王、ナゲリーナはその科学力と、魔力、そして知識を持って地球征服を狙う――」

「ひどい」

「むっ!?」


両手で顔を覆い隠すナゲリーナ。

それを見た美玲は、喋るのを止めてしまう。

もっとも、尋賀はそれを嘘泣きだとすぐに気付いたが。

ナゲリーナは部屋の隅までのそのそと歩く。足取りが重そうだが、実際には美玲から離れて逃げているのだ。


「しっかし、魔王様と同じサイズの制服なんざぁーよく持ってたな? 騎士殿」


ルシェールならまだ予備の制服を貸せば、今着ている理由も分かる。

だが、ナゲリーナの場合、彼女と同じサイズの制服は少ないのではないか。

当然、美玲が着れもしないサイズの制服を持っているのもおかしい。

もうすでに尋賀には大方の予想はついているのだが。


「うむ。昨日、天城 優作から電話が来てな。急いで作ったのだ!」

「へへへ。流石騎士殿。当然のように言いやがる」


学校の制服を作るなど、どうすればいいものだろうか。

しかも、誰がどう見ても本物にしか見えない。

どうして才能を変な方向にばかり活かすのだろうか。


「学校指定の物以外を用意するのは気が引けたけど、授業があるからね。二人が転校生で制服を用意できてないって話ならしばらくは大目に見られると思うけど、二人がすでに在校生だったら急に制服を着て来ないのは不自然かなって」

「いいだろ。どーでも」

「ちゃんと少しは考えてよ。異世界の事とかバレる訳にはいかないし」

「別に、変に隠さなくても誰も異世界なんざぁー考えねーだろ? 騎士殿じゃあるめーし」

「ボクは隠すべきだと思うよ。ボクの両親には説明したけど」

「……大丈夫かよ、優等生」


隠すべきと言っていたのではないのか。

勉強のし過ぎでついに『痛い』存在になってしまったかと、本気で心配する両親の姿が見える。


「何を説明したんだ優等生? どこからどこまで?」

「異世界の事。今までを全部」

「優等生。脳ってやつは精密でな。ちと異常があるだけで大きな後遺症だとか最悪死に……」

「頭、打ってないよ、ボク」

「優等生。世の中にはな。虚構と現実、つまりは漫画と現実の……」

「区別はついているよ。美玲じゃあるまいし」


全て話してしまったものは仕方がない。

現状、異世界の存在を他の誰かに知られても大きな問題は起きない。

話した本人の頭が疑われるだけだ。


「優等生。両親になんて言われたよ?」

「大変な旅だったな、と。嘘と言うにはリアル過ぎる、信じよう。三人の異世界の話をいっぱい聞かせてくれ、と」

「……ふん。どいつもこいつも親って奴は……」

「尋賀。まだ、親が憎い?」

「いや。もういい」


優作は違和感を拭えないと、尋賀を見つめる。

尋賀の言葉は親への敵意だったものが、今では寂しさを感じさせる。

親に会いたい。いままでは殺すために探し出し、見つけるだったものが、寂しさを埋めるために会いたいと。

そんなことを尋賀が思うかは疑問だが、少なくとも彼の憎しみは、彼の師匠に勝った後、消失している。


「で、魔王様とのの女はちゃんと寝る場所あったか?」

「それよりも尋賀。時間稼ぎはここまでだよ?」


質問の返答が来る前に、質問そのものを切り上げられる。

溜め息が一つ。


「オレ、学校行きたくねぇーんだけど」

「ダメだよ。嫌でもちゃんと行かないと」

「別に嫌って訳じゃねーさ。暇つぶしくらいにはなるし、な」


学校を暇つぶし扱い。

だが、嫌ではないと言っている辺り、少しは前向きな考えだと言える。

真面目に授業を受けないならば、居てるだけ邪魔とも言えるが。


「……じゃあなんで行きたくないのさ? 気分じゃないから?」

「まーな」

「授業は気分でサボっていいものじゃないよ」

「授業を受けたくねえとは一言も言ってないぜ?」


優作は何も言わずに天を仰いだ。

部屋の中では空は見えない。

けれども、その表情は全てを悟った、悟りの境地にも達している。


「……例えばそれは美玲とルシェとナゲリーナのことを言ってる?」

「バカ共と一緒に行動して変な目で見られたくねーからな……てめえがここ来るまでにいっぱいやらかしたろ?」

「そうだね。ルシェとナゲリーナが昨日一日中ボクの家の中で様々な物を弄りまわし、その度にボクが説明して、時には危ない目にあって。今朝は、美玲がボクの家まで電車に乗ってわざわざ来てくれたんだけどさ。三人に増えたら暴走が凄くてさ。駅に行ったら、改札口を知らないルシェが飛び越えるし、美玲も一緒になって飛び越えるから駅員さんにボクが怒られてさ。ナゲリーナは子供料金が気に入らないらしくて大人料金で三人分払ったんだ……。電車の中も美玲とルシェが大騒ぎして、窓の外を見たら高速で走る電車で大騒ぎだし、併せて美玲も大騒ぎだし、他の利用客にボクが代表して怒られるんだ。関係のない駅で降りようともしたし、車内放送にも返事したっけ。つり革にぶら下がって車内の端から端まで渡ってたこともあったね。他人のフリをしたくとも話しかけてくる。もう止まらないし、ナゲリーナは電車の仕組みを全て話せって迫って来るし、それに――」

「優等生。もういい」

「ボクは大丈夫だよ。心を無にすれば何も感じないからね」

「……てめえは良く戦った。後のことはオレに任せとけ」


まるで死に逝く者への最期の言葉。

尋賀が学校に行きたくないのは、異世界出身者二人に、美玲が加わって、暴走し、周囲から奇人変人の仲間入りになるのが嫌だったからだ。

だが、そんなことを言ってられない。

優作の疲労は凄い。少なくとも悟りの境地にたどり着けそうなくらいに。

戦い、志半ばで倒れた友のために尋賀は負けられない。


「いいか、てめえら! 学校行くぞ!」

「ど、どうしたの? 急に大声出すの?」

「ぜってえ変なトラブル起こすなよ! バカなこと少しでもしてみろ、ただじゃおかねえ!」


態度の急変に女性三人はついて行けてない。

それは同時に、優作の苦労に気付いていないということなる。


「返事は!?」

「は、はいなの!」「はい」「むっ?」

「美玲! てめえもちゃんと返事しろ!」

「りょ、了解したぞ!」

「オレ達が向かうのは戦場だ! いいか? ぜってぇー勝手な行動をするなよ! てめえらがバカな行動をすれば周りの連中が死ぬことになるんだぞ!」

「戦場なの?」「わたしが聞いたのは学校」「なるほど、戦場か」

「黙れ! オレはてめえらの発言を許可した覚えはねえ! 返事は『はい』のみだ!」

「は、はいなの!」「はい」「むぅ……はい」

「行くぞ!」


その言葉に皆が慌てて返事をする。

これで少しは大人しくしてくれればいいんだけどな。

そんな淡い期待はすぐに潰れるだろう。尋賀の希望は、すぐに潰れる儚いものだと自分自身の中で分かってしまっていた。

それでも彼は、少しでも暴走を止めないといけなかった。

散っていった戦友のために。

その戦友は尋賀達に付いて行っているが。









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