脅威
尋賀達は再び山の麓に来ていた。
彼らはグレゴワースを人目に付かないように、道を選びながら進んでいたため、ようやく山に着いたと、一度休憩を入れている。
グレゴワースは利き腕を弓矢で怪我をしている。
しかも、優作が止血すると言っても聞かずに、そのまま弓矢を引っこ抜いた。
道には生々しい血の道が、山の方まで続いていたのだった。
「行くぞ、てめえら」
「行くってどこになの?」
「帰るって意味だよ」
尋賀は一度、大きな欠伸をして、そのままアパートの方へと足を向ける。
「ねえ、尋賀。帰るって……」
「むっ? 貴様は!?」
優作が何かを言いかけた所で、美玲が山の方からやって来たグレゴワースに気付く。
異世界に帰って行ったのではなかったのか。
その後ろには、眼鏡を掛けた黒髪の女性がいる。
かっちりとした騎士団の、それもルシェールとはまた違ったどこか特別な立場の人間が着ているような服とズボンにブーツ。
服装とは裏腹に、誰にでも笑顔で接しそうな優しそうで物腰柔らかな雰囲気。
そして、腰には異世界人であることを証明できるかもしれない、細剣を帯刀している。
「うげっ、なの! どうしてっなの!?」
ルシェールは顔を真っ青にしてナゲリーナの背中でしゃがんで隠れる。
「なんでこっちに来るんだよ……」
尋賀の大きなため息を一つ。
つまりはこういうことだ。
グレゴワースは異世界で逃亡者として生きるのではなく、妻を連れ、世界を超えて亡命した。ということになる。
まあ、当然ではあるかもしれない。
ここに異世界に亡命しようとしている元騎士が、この場にいるのだ。
グレゴワースも追われる立場になるのだから。
ならば、簡単には追って来られない異世界に逃げ込んだ方が良い。
「まあ、いいか……。二度と関わらねえならな」
「……そうか。慣れぬ異世界生活だからな。ご教示願いたかったのだが」
「丁寧に言われたって誰が親切に教えてやるか。……ま、でもその帯剣してるのは捨てといた方がいいぜ? 銃刀法でいきなりしょっ引かれるのも嫌だろ?」
指さすのはグレゴワースの妻の細剣。
ちなみにグレゴワースの剣は、尋賀達との対決の際に、尋賀が屋上から落とした。
その剣は、今、尋賀の部屋で隠してある。
後でこっそり埋めに行く予定だが……まるでバレたくないものを埋めに行くようで何となく嫌な光景だ。
「しょっ……? この世界の治安を維持する者達にか?」
「おうとも。どっかの誰かと違って察しが良いじゃねぇか。誰かに押し付けるか捨てねえと白と黒の二色の馬が飛んでやってくるぜ?」
白と黒の二色の馬。
警察のパトカーのことだろうか。
そして、比べられているどっかの誰かとは誰のことだろうか。
恐らくは美玲辺りなのだろうが。
グレゴワースの妻らしき女性は帯刀している細剣を、鞘ごと腰から抜く。
「はい。これをルシェールに」
彼女は両手で剣を持って、ナゲリーナの背中にいるルシェールに差し出す。
ルシェールはそのまま、ナゲリーナの向きを変えて壁にする。
「さぁーてなの? ルシェールなんて知らないの? 私、シュヴァルツレーヴェって言うの」
途中から、嫌な顔をしながら口パクをするナゲリーナ。
何度も背中から小突かれ、「やれ」とでも暗に言われたのだろう。
「そう? じゃあシュヴァルツレーヴェさん。ルシェール・ド・ノデランスノと言う方に伝えてほしいのだけど」
ぴくりと背中で隠れるルシェールが震える。
……ほぼバレバレなのに隠れる必要あるのか。
「細剣はどーしたんですの? 細剣じゃなくて、別の剣に変えたんですの? 指名手配中のあなたがどうしてここにいるんですの? しかもシュヴァルツレーヴェと一緒に行動してるのは何故ですの?」
おしとやかさと朗らかさ、その両方を感じさせる声音に、確かな殺気がこもっている。
「な、なにを言ってるのか知らなーいの!」
「とぼけたって無駄ですのよ? 話は夫から聞いてますの」
「ふぎゃー、なの! やっぱり先生の夫はグレゴワースなの!?」
「ええ、ルシェール」
満面の笑み。
なのに、ずごごごごと大地が震え上がるかのような殺気。
ルシェールは思わずぶるっと震える。
「さあ、早く答えるのです。その、細剣はいつ、別の種類の剣に変わったんですの?」
「い、いや、これはその……な、中身は高級品のままなの!」
「では、前の刀身はダメにしたのですね?」
「バ、バレたの!」
逃げ始めるルシェールに、追う騎士団長の妻。
一体、この構図は何なのだろうか。
「普段はあれほど騒々しいのではないが、あれが私の妻だ」
「あの人、ルシェールの先生なんですか?」
「らしい。詳しくは知らないが、剣の師匠だそうだ。ルシェールを騎士団へと推薦もしたらしい」
「……奥さんの弟子をあなたは殺そうとしたわけですか。あなたはそのことに抵抗はなかったのですか?」
「ない。私はただ、感情を捨て、任務を完了させる。それが全て……だった」
優作は、グレゴワースの話を聞いて、すぐには感情的にならず、あくまで冷静を装う。
しかし、装うと言っても、もはやグレゴワースには何もできないと、そんなに気負ってはいない。
なにせ、その腕は負傷し、全く動きそうにない。
今でも止血しておらず、血が流れている。
グレゴワースは平然としているが。
「……奥さんが無事で何よりでした」
連れ去らわれたと思っていた奥さんが無事で優作は、内心ホッとしている。
咄嗟にそのような言葉が出てきた。
「あれには前線に立たずに、後方で待機し、後方支援という形で衛生兵を務めさせていた。実力はあるが、戦場に立ってほしくなかったのでな」
「意外ですね。そんなに奥さんを大事にしてるんですか。……ならお子さんは? 連れてきてないんですか?」
「いない」
「……あ、ごめんなさい。不躾な質問をして……」
「この人、仕事ばかりで構ってくれないのよ」
グレゴワースの妻は、ルシェールを引きずりながら会話に入って来る。
なんと言えばいいのか、恐ろしい女性だ。
「おかげでいつまでたっても子供なんて出来ないの。わたくしに愛してるとは言うのだけど、仕事ばかり。そろそろ子どもの一人や二人は欲しいのですが」
「プラトニックな結婚生活は憧れますよ」
と、平静を装って答えているが、優作の顔が少々赤い。
どうして赤いかは、触れない方が彼のためだろうか。
「むぅ? しかし、先ほどの者達の話によれば、異世界侵攻の部隊は皆連れて行かれたのであろう? なるほど、あの者達を撃退するほどの実力を持っているのか……」
疑問に思った美玲は口に出しながら、そのまま自己完結。
なんのための質問かと、尋賀は思ったが、グレゴワース夫人の服装やらの細かい細部を見るため彼女の周りをグルグルし始めた。単にいつもの病気で何かのインスピレーションを刺激されたのだろう。
グレゴワース夫人は何かを疑問に思ったのか、首を傾げながら人差し指で口元近くを触る。
「あの者達? では控えていた本隊第二部隊が全て姿を消したのは、全員連れ去らわれたから……ですの?」
彼女の疑問に答えるのは夫の方。
「うむ。後方支援の部隊を除き、全て異世界侵攻の罪で連れて行かれたらしい。……少なくとも、お前が残っていたことは嬉しく思う」
「ええ。眼を離した隙に皆消えてしまい、わたくしもどうなるかと不安に思っていましたの。こうしてまたあなたに会えたこと、とても嬉しいわ」
「ふっ。私も任務失敗の責から、お前に二度と会えぬと思った。それにお前が連れ去らわれたかもしれないと、一度全てを諦めてしまったがな」
「それはわたくしもいつも思ってますの。あなた、いつも陛下のため陛下のためとしか言わないもの。陛下のためなら死ぬんだ、があなたの常識ですものね。……生きて帰って来てくれてよかった」
「けっ。のろけるならよそでやれっての」
二人の愛に水を差す尋賀。
「尋賀、なんてこと言うんだよ……」
「……忘れんなよ、優等生。こいつが生きて帰れてもジジィは生きて帰って来ないことを」
「分かってるよ。それでも、ね?」
「ふん!」
そっぽを向く尋賀。
今、愛を確認しあっている二人の夫婦の内、夫の方は憎むべき相手なのだ。
尋賀が快く思うわけがない。
「ところで優等生。気付いたか?」
「正直、かなり疑問が多いけど、何?」
「のの女の語尾。遺伝じゃなくて、カの字妻から受け継いだらしい」
優作に衝撃が走る。
そう言えば、ルシェール相手の時には「ですの」を連呼している。
それに、良く思い返せば「の」が多い気がする。
つまり、彼女の語尾は遺伝ではなく、先生譲りの訛りだったわけだ。
「そうか……! ルシェの剣の先生なら、それもあり得る! ……じゃなくて! もっと疑問な点が山ほどあるでしょ!」
その理論で行くと、坂本龍馬の弟子にでもなれば土佐弁になると言っているのと同じだ。
しかも、それがさも重要かのように話しているが、必要なのだろうか。いや、必要ない。
「むっ!? なんだアレは!?」
美玲は何かに気が付いたようで空を指さす。
空に、フードを被った人が浮いているのだ。
「『神託』……じゃない?」
ナゲリーナは記憶の中の友と、その者の雰囲気を重ねるが、どうにも違うようだ。
「隠れた方がいいよね?」
隠れる場所は近くにないものの、優作はグレゴワースとその妻を心配して言う。
二人が再び異世界侵攻の罪だとかで、連れて行かれる可能性は十分ある。
それを心配しているようだったが。
(気付いてやがるな……)
ちらりと、こちらに視線を向けられたことに気付いた尋賀は、わざと見逃されているのだと気付く。
(カの字を追っかけ回す気はない、かぁ)
なぜ、グレゴワースを無視するのか。
異世界侵略の罪があるのではないか。
それも、異世界侵略を率いていた者だ。
連れて行くなら、もっとも優先順位が高いハズ。
それなのに、連れて行こうとしない。
一体、何を考えているのか。罪とは名ばかりで、連れて行く……拉致が真の目的なのか。
敵の真意など、尋賀に分かるわけがない。
「敵……か」
どうして、ふと敵の真意、などと思ったのか尋賀には分からない。
敵対しているわけでもないのに。
「山が……!」
「一体何が起きたのだ……!?」
ナゲリーナとグレゴワースの驚きの声で尋賀は我に返る。
目の前の山が、徐々に姿を消していき、あっという間に山という巨大な存在が消え去ったのだ。
「空が! どうして!?」
「? 何もおかしいことないの。普通の空なの」
「違うよ、ルシェ! 異世界がないんだ!」
上空にあったはずの異世界の景色。
その異常な光景が無くなっているのが異常だ。
あるいは正常に戻ったとも言えるが……果たして一緒に山まで消されてはどこまで正常と言えるだろうか。
「あいつがやりやがったのか……?」
尋賀が上空のローブの男の方を見るが、もういない。
用が済んだのか、もう消えたのだろう。
「ちっ! めんどくせえ連中だ」
何を考えての発言だろうか。
ただ言えるのは、食えぬ相手、自分たちよりもはるかに強大な相手、ということだけだ。




