終わりの始まり
舞飛ぶ鮮血。
屋上に飛び散る赤色。
落とした武器が鳴らす乾いた金属音。
「尋賀!」「……尋賀!」「サカマキ!」
優作が、ナゲリーナが、ルシェールが、叫ぶ。
「くっ……」
グレゴワースは腕を押さえながら、膝をついた。
「動かぬ……か」
押さえている腕には、弓矢が一本。
それも貫通している。
それが、血の正体。
「騎士殿……?」
この場で弓矢を使える人物は一人しかいない。
美玲がやったのだ。
「…………」
無言で弓を構えている美玲。
今にも二本めを射ようとでも言わんばかりに矢を持っている。
その姿はいつもの演技の妄想騎士でも、素の彼女でもない。
獲物を狩る狩人の眼。
「騎士殿。オレぁ下がっとけっつったハズだぜ? 何してやがる」
尋賀が問うて、一間置いた後、美玲はいつものように自信満々の演技口調に戻りながら、彼女は答える。
「なに。この最強の騎士、矢薙美玲が、貴様を守った! それだけだ!」
「……てめえ、何したか分かって言ってンのかよ」
「無論だ! この私が、貴様の背を任されているのだ! だから私は貴様のピンチを救ったのだ!」
「……美玲、こっち来い」
突如、美玲を呼ぶ尋賀。
彼はナゲリーナを呼んだ時のように手招きではなく、指をくいくいと動かす。
「背ぇ向けろ」
美玲は、すぐにたくましい妄想力で、背中合わせで決めポーズをとるのだと勘違い。
……しているのだと、全員がスキップ混じりの歩きから察した。
案の定、誰に向けてか分からない決めポーズ。
恐らく、自分に酔っているので、自分に向けてなのだろうが。
「……しゃーね」
尋賀は彼女の背中を蹴った。
「ぬお! 貴様、突然何をする!」
「黙ってろよ。それで勘弁してやるっつってんだ」
「何を勘弁だと言っているのだ!」
優作はすぐに美玲をたしなめに行く。
彼女の背中を蹴った尋賀は無言だ。
「ねえ、美玲。殺す気だった?」
優作はストレートに聞く。
他に言い方もあったのだろうが、遠回しに言えば、美玲に対しては伝わらなさそうだ。
「ふっ。あるいは」
「……君、それを本気で言っているの?」
「本気だ」
この妄想騎士は何を理解して、何を理解していないのだろうか。
尋賀と優作には量りかねない。
ただ、二人の表情は、どこか陰りを見せる。
美玲もまた、演技口調を止める。
「尋賀が殺されるかもしれないのに、黙ってる方がどうかしてる」
優作と尋賀は同時に眉間を押さえる。
彼女の言っていることも正論だ。
だから、強く言えない。
「……美玲。尋賀は君に感謝してるんだ」
「むっ? ならばなぜ私を蹴るのだ!?」
再び演技口調に戻るが、そこは無視する優作。
「君が相手を怪我させる、もしくは、相手を殺すかもしれない。それがどれだけ罪深いか、君は分かっているよね?」
「ふっ。何を今更」
「えっと……ま、いっか……」
言いたいことはあるのだろうが、言っても意味ないのだろう。
「でも君が尋賀を助けようとしなかったら尋賀は死んでた。だから、感謝もしたい、怒りもしたい。その結果が蹴ったことの答えじゃないかな?」
優作は尋賀の方にチラリと視線を送る。
尋賀は良く言ったとでも言いたげにサムシングポーズを作るが、この捻くれ者相手にはどうしても逆の意味にしか捉えられない。
だが、逆の逆もあり得る。彼はかなり面倒な存在だということを忘れてはならない。
「でもね、美玲。怪我をさせたら君は重い責任を持つ必要がある。殺したりするのはもっと重い。殺した人の残りの一生は二度と帰らない」
「……だから私は、尋賀の代わりに罪を背負う」
「……騎士殿? 突然何言い出しやがる?」
何を理解しているのか本当に分からぬ尋賀以上に厄介な存在、矢薙美玲。
その言葉が本当に妄想なのか、真剣に真面目に答えているのか、尋賀ですら分からない。
「尋賀が辛いものを背負うなら、私も背負う。だって私は……。だって尋賀は……」
「あんだって? 早く答えろよ」
「ふっ。なぜならばこの私が最強の騎士で、貴様が最強の不良なのだ! この二人が揃えば何も適うまい!」
(なんだ? 今、無理して誤魔化さなかったか?)
演技口調になり、彼女は答えようとしない。
しっかりとは聞こえなかったものの、美玲は違うことを呟いていた。
それを最強の騎士だとか最強の不良だとか、相変わらずの回答で誤魔化す。
尋賀が問い詰めようとしたとき、
「それよりもこいつ、何とかするの!」
会話を中断させるかのようにルシェールが言う。
彼女は自身の剣の切っ先をグレゴワースに向けている。
……そして、元上司をこいつ呼ばわりである。
「ルシェール・ノノ。敵への容赦のなさはどこに消えた?」
「容赦なんてしてないの。あの時と逆なの」
剣の切っ先を首元に近づけていくルシェール。
彼女が騎士団を除隊させられ、死刑となった時。
その時と二人の立場は逆になっている。
なのに、グレゴワースはまるで物怖じしていない。
「動くななの!」
「言ったはずだ。騎士団の任務で人の命を殺めたのなら、自らの命を捧げることも容易いはずだ、と」
「だからどうしたの!?」
「任務失敗は死。私は私自身を罰する。それが騎士団長としての責務」
ルシェールの剣を無視するかのように、グレゴワースは立ち上がる。
彼女は、物怖じせぬその行動と気迫に押され、斬ることを出来ないでいる。
「止まるの! 止まらないと斬るの!」
「斬れば良い」
「よせ、のの女! 斬ればそいつの思うつぼだぞ!」
左手で剣を拾うグレゴワース。
弓矢が貫通し、血が垂れている右手は動かせないのだろう。
ぎこちない動きで左手で剣を持ち、剣を自らの腹部へと向ける。
「切腹する気だ……! ルシェ! 早く止めて!」
「どうやって止めるの!? 腕を斬り捨てるの!?」
「いや、そうじゃない! ええっと――」
「ま、オレが介錯人してっやっから任せとけって」
何を言い出すのか。
介錯人と言えば、切腹の際に、首を斬り落とす係ではなかったか。
そんなことを尋賀が進んでやるような人間ではないはずだ。
だのに彼は躊躇せず介錯人を買って出る。
「おら、こっちはいつでも準備できてるぜ?」
「…………」
約束の鍵レーヴァテインと名付けられた鉄棒を持って。
「ほら、斬れよ。オレも同時か、ちょい早めに斬ってやるぜ」
刃物ではない。当然、斬れない。
何をどうすれば、介錯できるのだろうか。
「手元が狂って腕の方に行っちまうかもな? そん時のために先に謝っておくか」
「……何のつもりだ?」
「介錯人だけど?」
「……そうか」
剣を腹部に近づける。
レーヴァテインも動く。
明らかに腕を狙って。
剣を離すと、レーヴァテインも初めの位置に戻る。
「……何のつもりだ?」
再び問われる。
「介錯人だけど?」
同じ回答。
「なぜ私を殺さない? 殺させもしない?」
「じゃあ逆に聞くけど、なぜ殺さないといけない? 死なせねーといけねぇーんだ?」
「殺すのは戦争。死ぬのは潔い自決だからだ」
「潔いだぁー? 死ぬことが?」
尋賀はグレゴワースの持つ剣の柄を蹴り、吹っ飛ばす。
剣は摩擦で音を立てながら、見事屋上から落ちた。
「そこにいるのの女を見てみろよ。魔王様と一緒になって惨めに生きてるぜ?」
惨め言うななの! と抗議が聞こえるが、尋賀は軽く無視する。
「オレだって、親がいなくなっちまって、一人で雨風晒されながら惨めに生きてたんだぜ?」
「さっきから何を言っている?」
「オレが言いてぇのは、そんな生き方をしているオレ達よりも死ぬことは惨めだっつってんだよ」
尋賀の言っていることは通じているのだろうか。
それでも尋賀は続ける。
「いいか? てめえは死ぬことを美徳かなんだか知んねえけど、それで全て解決した気になってるけどな。その気になってるだけだ」
「…………」
「実際はなんも解決しちゃーいねえ。それじゃあてめえのせいで死んだ命、何一つ報われねぇーんだよ!」
尋賀はグレゴワースの鎧の隙間の胸倉を掴む。
「惨めだろーが、責務だろーが、関係ねえ! 死ぬんじゃねーよ! 生きて償わなきゃー、罪と向き合わねーと何も解決しねーんだよ!」
「私は陛下のためにある。その陛下が私を罪だと言うのならば、私は甘んじて受けよう」
「ああ? てめえの罪はその陛下が言う罪だって言いてぇのか? ちげえーよ! 殺したり傷つけた奴らに向けた罪対する償いだよ! ジジィも! おっさんも! てめえのせいで死んだんだろーが! その罪を償えって言ってんだ!」
「どちらも正当な理由あってのこと」
「知らねえよ! どんな理由があっても傷つけて殺した命は、向き合って背負わなきゃーいけねえ! 最後まで生きて、責任とれよ! でねえとオレもルシェールも、殺した奴らも、生きてる奴らも、地獄でてめえをボコボコになるまで殴ってやる! 最後までしっかり生きろよ!」
いつでも殴り掛かりそうな凄まじい剣幕。
尋賀はすぐに元に戻る。
「言いてえことはそんだけだ。もうどの道てめえはここで全て失った。あとは残ったもんがあるだろ? 罪とか、譲れねえ大事なモンとか」
「……ふっ」
「……何がおかしい」
「全ては陛下のためにやってきた。だが、大事な剣を失い、敗北を喫した私はもう騎士団長ではない、か」
尋賀はグレゴワースを掴んだ手を離す。
グレゴワースはゆっくりと口を開く。
「私はこの地で敗北し、戦死した」
「やっと生きる気になったか」
「向こうの世界で妻が待っている。迎えに行かねばと思ってな」
何を思って自害を止めたか。
口からは語られていない。
「これからどーする気だ?」
「妻と共に、逃走者として惨めに生きてみるのも悪くない」
「つーか既婚者ってのにビックリなんだがな」
「思い残したものがなければ良かったものの……余計な荷物だ」
「へっ! 一生罪と向き合いながらのろけてろ」
「……貴様は騎士団の誰よりも強かったぞ。初代騎士団長も言っていた。私を倒すだろうと」
「ンなこと言ってたのかよ。ジジィ」
「そして散り際にも言っていた。大事なものを全て守れる人間だと。騎士団に所属していればその力を活かせたかも知れぬ」
「……そうかよ。だったらとっとと消えな。ここにいる全員がてめえを一生許さねえってのを覚えておけよ」
グレゴワースは立ち去る前にそのままルシェールの方に向く。
彼女も言いたいことがあるのだろう、睨み付ける。
「お前のせいでレングダは死んだの!」
「だから仇を取るのだろう?」
「仇はとったの! お前から騎士団長の称号を奪ったの!」
「……貴殿を騎士団から除隊させずに済めば、私の敗北はなかったかもしれぬな。ルシェール・ノノ殿」
「なんで急に態度を変えるの……?」
「優秀な剣士だからだ」
忘れていたとでも言うように、ナゲリーナや、美玲や、優作を見る。
「魔王、ナゲリーナ・フォン・シュヴァルツレーヴェ。わざわざ異世界まで来て騎士団を止めようとするとはな。そこの者も、まさか私に一撃を加えるとは思わなんだ。そして、この世界の騎士よ」
びっくりしたように眼を見開き、自分を指さす美玲。
「私?」と暗に言っている。
「この私に止めを刺すとは。この世界の騎士の実力は相当なものだな」
美玲の『騎士』は妄想なのだが、言われた本人は満更でもなさそうで、言った本人は騎士があるものだと勘違いしているようだ。
言いたいことだけ言い残し、貫通したままの腕を押さえながら立ち去ろうとする。
(! なんだ!? 気配が……!?)
何か不穏な空気を尋賀が感じ取った。
グレゴワースもルシェールも同じように身構えている。
(……数が多すぎる!? 一体――)
突如として、アパートの屋上を囲むようにたくさんの人間らしきものが立っていた。
足場がない屋上の向こう側で立っている……つまりは宙に浮いている上に、突然湧いて出た者達。
「ンだよ、こいつら……!?」
宙に浮いている者達は、それぞれが全く異なる服装をしていて、中には奇抜としか言いようがないものすらある。
宙に浮いている時点でそうなのだが、不思議な雰囲気を持つ者達。
「一体これは……?」
グレゴワースは思わず口に出すが、尋賀達も状況は飲み込めない。
ある程度、不思議体験はしているはずだが、それ以上に超展開なのだろう。
いや、彼らは同じことを経験していた。
尋賀には二回、ナゲリーナにとっては数えきれないほど、か。
「てめえら……一体何モンだ?」
尋賀はレーヴァテインを構えて言う。
何が起きてもすぐに対処できるように。
「我と同じく世界を管理する者」
男の声がする。
男はローブを着ており、その男もまた、宙に浮いていた。
「ボケ神様……! てめえ何のつもりで……!?」
ナゲリーナに『神託』と呼ばれている男は、宙を歩き、アパートの屋上へと足を踏み入れた。
この話より、物語の最終章に入ります。
今まで読んでくれた皆さま、最後までよろしくお願いします。




