決着
「へへ。良くやったな、てめえら」
「尋賀が褒めると皮肉にしか聞こえないのはなんでだろうね?」
「ったりめーだ。褒めてねーからだ」
尋賀はレーヴァテインを倒れているグレゴワースに向けている。
「大人しくしときゃーいいのに、魔王様と一緒に脚立で突撃か。勇敢なこって」
また皮肉を言う尋賀。
彼の褒め言葉は十中八九皮肉だが。
「そんでのの女。どーして峰打ちした?」
ルシェールに問うと、彼女は剣を鞘に戻し、そっぽを向いて答える。
「こいつを殺すのはサカマキなの。急にそう思っただけなの」
「お前だってカの字は憎い相手だろーが」
「ふん、なの!」
鼻を鳴らし、いつものように語尾を付けるだけだ。
彼女はそれ以上答えるつもりはないようだが、尋賀が前に話した、殺しはするな、ということでも急に思い出したのか。
それとも落ち着いてきたのか、尋賀の殺さないという言葉に影響されてか。
なんにせよどうしてそんな気になったのか、彼女は答えるつもりはないようだ。
「ふはははは! 今の連携! トリニティーユニゾンブレイブアタックとでも名付けよう!」
「あ? 三位一体合唱勇敢な攻撃? 何言ってんだ、騎士殿?」
「ねえ尋賀。もしかしたら、三方向一斉攻撃って意味かもしれないよ?」
「……尋賀も優作も嫌い」
美玲は脚立と弓と剣の三つによる攻撃に名前を付けたかったようだが、意味など考えずに適当につけたようだ。
自分の中では決まったと、嬉しそうにするのも束の間。ダメ出しを受けて美玲はげんなりしている。
「ンなことより、こいつ縛って、異世界に返却しようぜ?」
先ほどからずっと尋賀はグレゴワースにレーヴァテインの先を向けていた。
グレゴワースは吹き飛ばされるほどの一撃を受けたのにもかかわらず、気を失っていない。
それほどの一撃を受ければ、痛みで気絶できないのかもしれないが、何にせよ、戦意をまるで失っていない。
手には、未だに剣が握られている。
その剣の上に尋賀は足を乗っけているが、未だにその剣を取り戻そうと手を動かしている。
「動くなよ? てめえは負けたんだ。死者が動くんじゃーねよ」
「…………」
「騎士ってのは、どいつもこいつも駄々捏ねやがる」
負けだと言っているのにも関わらず、聞く耳をまるで持たない。
仲間の元騎士と一騎打ちした時も駄々を捏ねて、負けを認めようとしない。
その駄々捏ねた相手は今は仲間だが。
「ったく、何がこいつをここまで動かすのかねえ?」
呆れたように言う尋賀。
彼はそのままグレゴワースの腕を踏んづける。
どちらが悪人かと、問われれば、尋賀の方が悪人にしか見えない。
容赦のなさに優作は止めるべきか悩むが、再び剣を持って立ち上がられると困る。
だから、黙っているが。
「尋賀はわたし達の世界をどれだけ知っている?」
「あん? いや、ほとんど知らねえけど」
ナゲリーナは異世界についての知識を問う。
一週間程度しか旅をしていない上に、半分以上は地下暮らしだった彼らに、知ってる情報などほとんどないと言える。
「わたし達の世界はこの世界よりもずっと小さい。海の向こうなんて存在しない」
「そんで?」
「わたし達の世界は土地だって日本くらいの面積しかない」
以前にこちらの世界に来た際、世界地図でも読んだのだろうか。
ナゲリーナは続ける。
「そこで異世界の存在。何もかもを代々欲しがる王からすれば喉から手が出るほど欲しいもの」
「狙いは土地に、国民……つまりは働き手に、そんで科学技術やら物資。あるもの全部ってか?」
「おそらくは」
尋賀とナゲリーナはグレゴワースを見る。
しかし、この騎士団長は首を縦にも振らず、横にも振らずで話を聞いていたかも怪しく感じる。
「……そんなもののためにわたしの大事な友人は死んだ」
「魔王様……憎いのは分かるが、殺すな」
「……殺しはしない。『蒼炎』は人間としては生き過ぎた。それに……」
「それに?」
「結局、わたし自身は『蒼炎』と友達じゃない。でも尋賀にとっては大事な人。その大事な人を殺された尋賀が耐えるというならば……わたしはその考えを尊重する」
「魔王様……いいのかよ? てめえも絶対許さないほど憎いんだろ?」
「憎い……それは尋賀も同じ」
「ま、そっか」
ナゲリーナは少しばかり無理な笑顔を作り、尋賀に向ける。
「でももうこれで全て終わり。一番邪魔な存在が消えた。あの世界はわたしが支配する」
「支配じゃねーだろ。国を変えるんだろ」
「そう言った方が美玲が喜ぶ。魔王っぽいって」
「ま、そーだけどよ」
無理をして、笑顔で話すナゲリーナ。
尋賀は彼女を手招きすると、黙って尋賀に近づく。
何のつもりか分からないナゲリーナだったが、尋賀はいきなり彼女の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「……また」
「……ガキのクセによぉーく頑張った。オレ達が情けねーばかりにジジィは死んじまった」
「……だからわたしは」
「のの女。ちょいこっち来い。胸貸せ」
いきなり何を言い出すのか。
ルシェールは剣を抜き、グレゴワースに向けていた時と同じ殺気を放っている。
「……剣、しまって魔王様のことを頼む」
対する尋賀は剣を向けられても冷静で、焦らない。
「何のつもりなの?」
「……ちぃーっとな。魔王様を支えてやってくれ」
何を意図して言っているのか分からぬルシェールは、ナゲリーナの肩をとりあえず掴んでみる。
ナゲリーナもまた、何も言わない。
「魔王様。つれぇー時は泣いていいんだぜ」
「…………」
「泣き虫のクセに強がるなよ。こーゆー時に強がるのはオレだけで十分だっての」
そう言われたからか、耐えていたものが崩れ落ちたのか、ナゲリーナは、黙ったままルシェールに抱き付いた。
彼女の胸の中で、ひどく小さな嗚咽が聞こえる。
「さぁーて、魔王軍を討伐しに来た正義の騎士様にはご退場願おうか」
悪い顔をする尋賀。
腕を押さえつけられているグレゴワースは表情一つ変えない。
「我々はまだ、負けておらんぞ」
「第二部隊でも来るってか?」
「まだ戦力は尽きてはいない。次期に増援が来るだろう」
「そうはいかねぇー。既に将は討ち取られたんだ。やりようならいくらでもあるんだぜ?」
「将が討ち取られているならばな」
「なっ――」
力任せに踏んづけられている腕を尋賀の足ごと持ち上げる。
容赦なく踏んづけていたつもりだった尋賀だが、結果として容赦がなさ過ぎた。
足りないのだ。
もっと徹底的に倒すという非情さが足りないのだ。
「くっ――」
「形勢逆転だ」
グレゴワースの剣が体勢を崩された尋賀に襲おうとしている。
時が止まってしまったかのように、ゆっくりと剣が近づく。
ルシェールも、ナゲリーナも、優作も見ていることしかできない。
ナゲリーナもルシェールも不意を突かれ、身構えていなければ、優作はそもそも戦えない。
例えば、骨を折ってしまえば動けなかっただろう。
もっと、非情に追撃して、ボロボロにしてしまうのも手だったハズだ。
迅速に縄で縛ってしまうだとか、気を失わせるのもいい。
なのに。
なのにどうしてそういうことをせずに、腕を踏んづける『程度』なのだろうか。
相手は強敵だからこそ、油断できない。
現に尋賀は全く油断していなかった。
話をしている間も、ずっとグレゴワースを頭の中心に置いていた。
だから、グレゴワースは拘束を解除できなかった。
いや、今となってはいつでも尋賀の拘束を解除できたのだろう。
全ては尋賀に非情な判断をさせないためか。
尋賀に自信を抱かせ、腕を踏んづける程度の拘束で十分と思わせる。
そして、尋賀ではなく周りの油断を待っていたのか。
ルシェールもナゲリーナも優作も、完全に終わりきった、と完全ではないにしろどこかそう思っていた。
でも、全てはもう遅い。
どれだけ後悔しても、過去は、一分たりとも一秒たりとも戻りはしない。やり直しは出来ない。
ミスも失敗も失ったものも……これから失うものも取り戻せはしないのだから。
鮮血が舞飛ぶ。
鮮やかな深紅。
尋賀は何が起きたのか判断するには時間が掛かった。




