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吸収

「察するにその鉄棒は魔法を消し去るが、そうするには時間が掛かるのだろう?」


グレゴワースは全てを見切ったかのように自信満々な態度だ。

チラリと友情の証を鞘から少しだけ引き出す。

自らが発する青白い光と、太陽の光の反射。

この剣の魔法はレーヴァテインが全て消し去ったというのにも関わらず、一度レーヴァテインに触れたこの剣自体には大した変化は見受けられない。

そして、尋賀達を苦戦させた幻が全て消えた。その役割はもはや必要ないと言わんばかりに。


「かもな?」


対して、多少無理をして余裕な態度を見せている尋賀。


「……人の友情の証で勝手なことばかり」


自身の感情を微塵も隠さないナゲリーナ。

今までの二人と比べると対照的だ。


「どうした? 掛かって来ないのであればこちらから行くぞ」


掛かって行かないのではなく、下手に動くことが出来ない。

どんな魔法が飛び出すか分からない以上、向かって行くことはできない。

それはレーヴァテインを持つ尋賀も同じだ。

きっと魔法が来れば、レーヴァテインが守ってくれるだろう。

だが、尋賀一人しか身を守ってくれない。

レーヴァテインを持たない優作達を魔法から守るためには仕方ないことだった。


「燃やせ」


グレゴワースの言葉と同時に優作と美玲、二人の目の前に幾何学模様が出来る。


(やっぱ狙いはそっちか!)


今まではレーヴァテインの力を探りを入れるために尋賀を狙っていた。

もう全てを見切ったグレゴワースには、最早その必要もないのだろう。


「ちっ! 狙う相手が卑怯すぎるんだよ!」


尋賀は優作と幾何学模様の間に立ち、レーヴァテインを目の前で旋回させる。

幾何学模様から数発の火球が飛び出すが、レーヴァテインに触れた途端、一瞬で消え去る。


(こっから離れるわけにはいかねー。どうする? どうすりゃいい?)


尋賀は優作達の目の前で立ち尽くしていた。

グレゴワースに向かって行けば優作達がピンチになる。

だからと言って彼らを守っていれば防戦一方になる。

この状況を打破するにはグレゴワースの魔法をどうにかしなければならない。


(くそっ! やりづれえ!)


どうにも彼の足は動こうとしない。

感情を怒りで支配されていた時は相手を殺すことしか考えていなかった。

だが今のようなある程度の冷静さを取り戻した今は消極的だ。

それには理由が二つ。

一つは当然、彼らを守ること。

そしてもう一つは、


(……もうあんなことはごめんだ)


彼の師匠と同じ目に遭わせないこと。

二つのことは似ているようで、違う。

孤独になりたくない。

そんな切実な願いがどこかにあった。


「ねえ、尋賀」

「ああ? どーしたよ騎士殿?」

「……何でもない」


美玲はいつもの尋賀ではないことを感じ取っていた。

だが、そんなことは先ほどからずっと分かっていた。

だから、今更どんな言葉を投げかければいいのか分からない。

そんな彼女の気持ちを汲み取ったのか、優作は美玲の腕を掴み、首を横に振った。

それがどういう意図を持っているかは分からない。

あるいは単純に『邪魔するな』かもしれないし、『今はそっとしておこう』かもしれない。

そんな美玲と優作を無視し、尋賀はグレゴワースと向き合う。


(どうする? どうすりゃーいい? いや、考えるな。考えるんじゃねー。こんなときは感覚と勘だけを信じろ……)


尋賀は考えない。

そうあろうとしても、感情が彼の行動をより一層、行動を渋らせる。

考えないでいようとしているのに、頭がどうしても働いてしまう。

最悪の光景が見えてしまう。


(くそ、手はねえのか!?)


彼が攻めあぐねている間に、グレゴワースに駆けていく一つの人影。


「のの女!? 待ちやがれ!」


ルシェールは走る。

彼女にだって、魔法を止める手段はない。

それでも彼女はグレゴワースに一人、突っ込んで行く。


「サカマキ! どうして魔法を止めないの! どうにかするの!」


ルシェールは走りながらそんなことを言う。

それをしようとすれば周りがピンチになるから尋賀は動けないというのに。


「のの女! 足下!」


ルシェールの足下には幾何学模様が浮かぶ。

その幾何学模様の上で彼女は急ブレーキ。そして、バク宙。

幾何学模様から水柱が飛び出すが、彼女はそれに巻き込まれずに済んだ。


「こんなもの、大したことないの! とっととどうにかするの!」


大したことがないのであれば、どうにかしなくても良いのではないか。

そんなツッコみは誰からも飛ばず、この中で一番、魔法を躱せない優作が口を開く。


「尋賀、ボク達を守らなくても大丈夫だよ」

「ああ? てめえまで何言って――」

「攻撃は最大の防御。違う?」


優作の言うことは間違ってはいなかった。

このままずっと防戦をしたところで尋賀達に勝ち目はない。

それよりも攻撃を続けて、向こうの攻めの手を緩めるか封じさせた方が良い。

そんなことは尋賀は分かっている。

分かっていても、仲間たちを危険な状態にするわけにもいかない。


「ルシェ! 上!」


尋賀がもたついている内に、優作が叫ぶ。

その言葉でルシェールは空から落ちてくる大量の水に気付くが、飲み込まれてしまう。


「――――!」


水は水柱となり、形を維持したままルシェールを閉じ込める。

ルシェールは水柱から抜け出そうとするが、彼女の移動に合わせて水柱も移動するため抜け出せない。


「尋賀! 早く助けないと息が!」

「言われなくても分かってるっつーの」


尋賀が優作達から離れようとした瞬間、彼らの周りに浮かぶ幾何学模様。


「チッ! まただりぃーことしやがって!」


当然、尋賀はルシェールを助けに行かず、幾何学模様を消すために戻る。


「ご、ごめん。何度も」

「あのヤローやることがマジで汚ねえぜ、全く」


助けられた礼を無視し、表情からも声からも読み取れないがどうすればいいのか戸惑っている尋賀。

ルシェールは人質のつもりで、尋賀を翻弄させ、確実に一人ずつ倒していく作戦。

それが彼の推測。

おかげで尋賀は助けに行こうとしているのに、向かうことが出来ない。

息を止めていられる時間だって限られている。

この状況を何とかしなければ事態は好転しない。

だが、単純に助けに行くのはダメだ。


(どうする? 早くしねーと)


再び自問自答。

それでもさっき、答えなんて出なかったというのに。

それが原因で、今の状況が生まれたというのに。


「尋賀! ボク達の事はいいから早く!」

「言われなくても分かってるつーの!」


と言いつつも、尋賀は助けに向かうようには見えない。


(動けねえ……)


優作と美玲。

この二人を守りながら、ルシェールを救い出す方法。

尋賀が動けば、優作と美玲は狙われ、動かなければルシェールが溺死してしまう。


(だったら答えは一つしかない、かぁ!)


レーヴァテインを旋回させる。

何をするつもりか、優作がそう言う前に、


「出やがれ! やり投げ新記録!」


投げた。

レーヴァテインを。


「……?」


グレゴワースに。


「ちょっ! 尋賀! 何やってるのさ!」

「坂巻尋賀! 貴様、一体何のつもりだ!?」

「――――!」

「わりぃ、手元狂っちまった」


平謝り。

あからさまに取りやすく投げておいて、それはない。

優作も、美玲も、水の中のルシェールも彼を責める。


「何のつもりかは知らぬが、これで魔法を封じる術を失ったな」


グレゴワースはレーヴァテインを振りかぶり、アパートの屋上から投げ捨てようとする。

わざわざ遠くにまで投げ飛ばそうとする辺り、レーヴァテインを脅威に感じているのだろうか。


「わたしからもこれを」


そんな時に飛来した試験管を意図も容易く剣で斬る。

同時に、割れた破片と中身の液体が飛び散り、


「っ!」


爆発する。

爆発は一瞬にして消え去った。

グレゴワースがレーヴァテインを盾にする形で構えていたからだった。


「わたしからのプレゼント」

「おい、魔王様」

「……は、はい」


突如、言い知れぬ恐怖が彼女を襲う。

滝のような汗を流しながら後ろを振り返れば尋賀が立っている。

満面の笑顔で。


「今の、何だ?」


説明を求められる。

無論、何をしたか、である。


「ば、爆発物……」


抑揚がない返答。

だというのにやや震えた声な上に、先ほどから彼女の汗が止まっていない。


「ここ、オレん

「はい」

「屋上、ぶっ飛ばそうとした」

「は、はい……」

「ンなことしたらてめえがどーなるか、分かってるよな?」

「でもあの薬品は魔力で爆発……」

「覚悟、できてるよな?」


全力で逃げ出そうとしたナゲリーナの白衣の襟元を尋賀は掴む。

そんなことをしている間にも、グレゴワースはレーヴァテインを投げ捨てようとしている。


「尋賀! レーヴァテインが!」


優作は尋賀にそのことを言うが、尋賀は特に気にした顔をしておらず、ばたばたと逃げようとしているナゲリーナを放さない。


「ま、止めてくれるからな」


――のの女が。

グレゴワースの死角から、水に閉じ込められていたハズのルシェールが迫る。


「っ!?」


驚いた表情を見せたグレゴワースに、全身びしょびしょで息を乱しながら彼女は剣を振る。

グレゴワースはルシェールの剣を何度もいなす。

そうやって、気を取られている隙に尋賀は動き出していた。

グレゴワースに取られた(というよりも渡した)レーヴァテインを蹴る。

不意に蹴られたレーヴァテインが手から離れ、地面に転がるそれを尋賀は掴む。


「なぜ貴様がっ!」


グレゴワースは攻撃してくるルシェールに反撃を行い、彼女は大きく後ろに飛び退いた。

彼女の呼吸は大きく乱れており、髪から、服から、あらゆるところから水が滴り落ちる。

それでも、二刀を振り、水を払って彼女は構える。


「どうしてルシェが!?」


優作もまた、驚いている。

尋賀はレーヴァテインをグレゴワースに投げた。だのに、助けに向かっていないルシェールが解放されている。


「へへ。知りたいか?」


尋賀は取り戻したレーヴァテインで自身の肩を叩きつつ、捻くれ者らしく種明かしをもったいぶる。


「ま、教えてやってもいいんだけどな。一々めんどーだしな」


そう言って彼はレーヴァテインを見つめ、撫でるように触る。

レーヴァテインには変化があった。

今までただの鉄棒だったものが、複雑に枝分かれした文様が浮かんでおり、そこに青白い光が走っている。

それはどこかで見たことのある武器と同じ状況。


「……!」


グレゴワースは友情の証を鞘から抜き出す。

尋賀達を苦戦させていた魔法を使えるようになるそれは、全体的に錆びついており、鞘から抜いた衝撃だけで刃の部分が欠けてしまう。

友情の証だった物は、持ち手を除いた全てが灰と化し、風に乗って飛んで行ってしまった。


「壊れた……。時による劣化が一気に進んだから」


ナゲリーナはどういった意味を持つか分からない吐息と共に、消え行く剣を見守っていた。


「へへへ。答え合わせだ。レーヴァテインは魔力を消すんじゃねえ。吸収するんだよ」


それこそがレーヴァテインの真の力だ、と尋賀は笑うが、優作はいまいち納得していない顔だった。


「で?」

「あん?」

「消すじゃなくて吸収だからどうしたの?」

「消すつったら、触れなきゃ消せねえみたいなイメージを受けっだろ。吸収だったら近づけたら何でも吸い取っちまうイメージがあるだろ?」

「…………」

「…………」

「……え? それで終わり?」


優作はさらに納得できないと、顔をいぶかしめた。

当然だ。そんなことを言われても万人共通の感覚ではない。


「消しゴムは触れて消すだろ」

「だから?」

「…………」

「…………」

「ま、さっきの話は無しだな」


取り消した。

実際、どうして友情の証に触れていないのに友情の証が壊れたのかという説明の際、レーヴァテインの力が消すじゃなくて吸収だからと言われても、そのことがどう関係してくるか分からない。

因果関係がないと言われても仕方がない。因果関係などという言葉を使わずとも全然関係ないの一言で終わりだ。説明になってない。


「とにかく、レーヴァテインをてめえに近づけた段階で吸収は始まってたつーわけだ」


ナゲリーナはうんうんと頷く。

同時に、解説できず、やや寂しそうだ。


「このために私にその鉄棒を投げ渡したか」

「そ。ま、でも剣に変化が起きてなかった時には流石に冷や冷やしたぜ」


最初、友情の証に大した変化は見られなかった。

だから、彼は本当に吸収しているのかどうか、そしてレーヴァテインはどこまで無力化できるか疑わしく思っていた。

けれども、彼はレーヴァテインと同じ物を知っていた。

その時は鉄パイプだったが、とんでもない代物だった。具体的に言うと、魔王を倒せるくらいの。


「貴様の行った行為は死罪では足りぬ罪だぞ」


グレゴワースは表情を変えずに言う。

その言葉に腹を立てて言い返すナゲリーナ。


「お前たちがわたし達の大事な物を奪っておいて勝手な事を言うな!」

「剣は我々の物だ。壊したことは万死に値する」

「……まだそんなことを!」


感情の見せなかったナゲリーナがこうまで怒るとは思っていなかった優作は、ゆっくりとナゲリーナに近づき、彼女を宥めようとする。


「ナゲリーナ、落ち着いてよ」

「……ごめんなさい。あいつが許せなくて」

「もう剣はないんだ。あいつから取り戻せたんだ」

「『蒼炎』のところに……届いたかな?」

「うん。きっとね」


良かった、と一言だけ呟くと彼女はペタリと座り込んだ。

その表情は少し、悲願を達成したかのように満ち足りていた。


「シュヴァルツレーヴェ! 終わってないの! 構えるの!」


ルシェールは叫ぶ。

グレゴワースは剣を構えている。


「面倒な魔法が終わってもカの字は倒せてねぇーしな」

「そうなの! こいつだけは絶対に殺すの!」


グレゴワースの表情に変化は見られない。

だが、尋賀とルシェールには分かった。

先ほど以上に殺気を放っていると。


「貴様らの罪は許されざる至宝の破壊。よって、貴様らはこの場で処刑を行う」

「ンなこと言っても治外法権だろ」

「そんなものはない。貴様らの首は陛下に献上しなければならない」

「つってもぶっ倒されるのはてめえだけどな」


尋賀とルシェールは構える。

だが、両者ともに汗が流れ落ちる。


「サカマキ……!」

「分ぁーてるよ。あいつ、本気マジになってやがる」


感じたこともない気迫と殺気。


「てめえら! 死にたくなけりゃー気合入れなおせ!」


追い込んでいる。そう思っていたハズなのに。

それどころか、逆鱗に触れてしまったかのように。


「サカマキ……! あいつは騎士団のトップの人間なの! 生半可な覚悟じゃ死ぬの!」

「だからそー言ったろ、のの女」

「違うの! そうじゃないの! 気合が足りなさすぎるの!」

「はぁ? こっちとら死ぬ気で気合入れてんだぜ? 死ぬつもりねえけど」

「足りないの! 全ッ然足りないの!」

「そこまでかよ。死ぬ気以上ってどんな――」


グレゴワースは走り出す。



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