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不良と師匠

尋賀達の住む田舎町の端にある小さな道場。

辺りには人が住んでおらずある程度の手入れがされた道場が一つポツンとあるだけで周りはほとんど寂れ、誰も住んでいない場所に尋賀はやって来た。


「ジジィ! いるか!?」


尋賀は道場の勢い良く引き戸を開ける。

中は、道場の外見よりは綺麗に掃除されており、木刀や訓練用の道具が隅っこで並べられている。

その道場の中央付近で尋賀と同じ白髪頭で、シワと額の傷跡が目立つ八十路のような見た目の老年男性が袴を着たまま正座している。


「……なんじゃ」


瞑想でもしているのか、目を閉じたままその状態で全く動かずに老年男性は口を開く。

尋賀はバットケースから二つに別れた棍棒を取り出し、床に投げ捨てる。


「あんたからもらった棍棒、使えなくなっちまったぜ? お師匠様?」

「こっちに持ってくるんじゃ」


尋賀は投げ捨ててすぐの棍棒を拾う。地面に転がる二本の棍棒を拾うと、尋賀は師匠のすぐ目の前で胡座をかく。

そして、棍棒を受け取ると、師匠は目を開いて、棍棒の切れた面を見ている。


「これは……。また力で解決しようとばかり考えよって!」

「切り口だけで分かるのか?」

「この二箇所の切り口から見て、細剣と戦いおったな。一箇所は受け止めようとして、もう一箇所は細剣を折ろうとして相打ちになったみたいじゃな」

「そんな事まで分かるのかよ」

「……戯け者め。相手の細剣が折れなかった時、どうするつもりだったんじゃ。うまく相打ちまで追い込めたみたいじゃが、腕のいい使い手だったら反撃を受けていたじゃろうな」

「大丈夫だっての。力でねじ伏せられるから」


尋賀のその発言を聞いた途端、師匠は何も言わずに立ち上がり、道場の隅に立てかけている棍棒を二本持って尋賀のところまで戻ってくる。


「お主が力で解決できると言うなら……今からそれをわしに証明してみせい!」

「いいぜ。久しぶりに稽古するからって、気ぃ抜いたらジジィ、怪我だけじゃあすまねえぜ!」


尋賀は棍棒を受け取ると、やや距離をとり、棍棒を頭上で旋回させる。

渡された棍棒はいつも尋賀が使っているものよりもやや長い。

回しているうちに重さが異なる棍棒が手に馴染んでくると改めて尋賀は棍棒を構える。

対する師匠は何も行動せず、棍棒を構えもせずに自然体でいる。


「んじゃま、動かねえなら先にオレから動かせてもらうか」


尋賀は棍棒を右手だけで持って、棍棒で突く。師匠がそれを半歩横に動いて躱す。その瞬間を突いて尋賀はすぐに次の行動を起こす。


(もらった!!)


右足が前に出ている状態から、今度は左足を前に出し左手で脇腹を狙って拳を繰り出す。

だが、拳は師匠の脇腹ではなく師匠の棍棒に当たっていた。


「ッ!」


棍に当たった拳に痛みが伝わったのが原因か、見事に攻撃が失敗したことが原因か顔を歪める。


「力ばかりを信じよって。戦いに技術や優雅さの欠片もないわい」

「右手で棍で攻撃して、足か左手で追撃……これでも技術を磨いてきたつもりなんだけどな」

「いつも決まって同じ行動しておれば技術なんぞ持ってないと同じじゃぁ!」


年老いた見た目とは裏腹に大きな声を挙げた師匠は、袴を着ているのにも関わらず、足袋を履いた足で素早く尋賀の膝を蹴る。


「痛ッ……!」


尋賀は蹴ってきた足を棍棒で弾こうとするが、膝はすぐに引っ込められる。

師匠は棍棒を支えに片足で立っていた。


「くそジジィ!!」


思わぬ反撃と、舐めた体勢をとっている師匠に尋賀は頭に血が上るのを感じた。

尋賀は棍棒を振り、突き、回す。

彼が棍棒でできる全ての攻撃方法で師匠に攻撃する。

それに対して師匠は片足を上げ、棍棒を支えにした状態で足袋を履いた足で受け止め、棍棒を蹴り、足で受け止めにくい突きは小さな動きで回避する。


「戯け者! これがお前の言う力じゃぁ!! 力で解決できる? そんなもの、できておるならとっくにわしに勝ってるじゃろうがぁ!」

「うるせえっての! 足袋の裏に木ぃ入れてインチキしてるくせに何言ってやがる!」

「力で解決できると言ったのはお前じゃぁ!」


師匠は両足で立つと、自身の棍棒を両手で持つ。


「ふぅん!」

「何ッ!」


大回転とも言わんばかりに師匠は棍棒を振り、尋賀の棍棒を弾く。

そして尋賀の顎を飛ぶように蹴り上げた。


「ぐっ!?」


ガッという音が道場内で鳴り響く。

それと同時に尋賀は吹き飛び、背中から床に落ちる。

師匠は身体とほとんど平行状態になった足を下ろす。とんでもない柔軟性だった。


「ぐぅ……顎の骨、砕けたんじゃね……これ」


尋賀は天井を見上げ、仰向けになった状態でいつもよりも弱々しい声で呟く。

同時に尋賀の対師匠の敗北数にプラス1されてしまった事に、尋賀は奥歯を噛みしめることしか出来なかった。


「安心せい。ちゃんと怪我をせぬようにつま先で蹴ったわい。つま先には怪我をしないように工夫してあるから大丈夫じゃ」

「どんな工夫だよ……」

「しばらくは意識がはっきりしないじゃろうからしばらく横になっておれ」


そう言うと師匠は棍を床に置き、再び正座する。


「これが力だけで解決しようとする結末じゃって。力だけに頼っていては勝てる相手も負けてしまうじゃろう」

「へいへい、ご教授ありがとうございやした」

「うむ。特に相手の実力が上、もしくは武器の性能が上の場合は特にじゃ。相手によっては命にも関わってくるからのう。それだけは覚えておくのじゃ」

「だから分かったって」


尋賀は天井を見上げた姿勢のまま、ふと疑問に思ったことを口にする。


「……なあそういや、ジジィ。なんでさっき細剣だって分かったんだ? このご時世、剣なんてほとんど出回ってねえよな」


仰向けの状態で、めまいもするが、暇を潰したかった。だから、適当な話題を出してみた。


「……長い間生きておると知らない事が減ってくるんじゃよ」

「なんだそりゃ」

「年寄りにもいろいろあるんじゃって」


師匠は続けて言う。


「いろいろついでにわしの昔話をしてやろう。わしも力で何もかもを解決できると思っていた時の話じゃ」

「爺さん婆さんの話って長くなりそうで聞きたくねえんだけど」

「じゃからって暇くらいは潰れるわい。わしが若い頃、わしも力で何もかもを解決できる、力で出世できる、そう信じてた時があったのじゃ」


師匠は遠い目をしながら語る。遠い記憶を呼び戻すかのように。


「力をつければ確かに出世した。しかも普通の人間では築けない友情もできたのじゃ。しかし、今のお主のようにオツムの方がよろしくなくてのう。何も考えずに命令されたままの行動をしておったのじゃ」

「…………」

「わしもあの頃は若かった。罠に嵌められ、わしは呪われた。呪われたわしは友の一人に命を狙われるようになった。当時、わしの友は二人いたのじゃが、もう一人の友に助けられなければ今のわしはいなかったじゃろう」

「……それで?」

「わしらの友情は消えてしまったのじゃ。わしらが人間じゃないとは言え、力ばかりに目が眩んだばかりに、わしらの友情は消え、我らが友情の証は奪われ、それぞれが違う世界に……いや、少々口が軽くなりすぎたようじゃのう」

「もう遅えっての。人間じゃないとか、違う世界とか言っちまってるじゃねーか。隠す気、全然ねーだろ」

「どうせ、いずれは話すことになるじゃろうて。今はここまで教えておくかのう」


両者ともに表情を変えない。

だが、口を滑らした師匠が再び口を切る。


「お主はどういった者と戦ったのじゃ? 異世界の騎士じゃないかのう?」

「……ああ。騎士の女だったな。やたら剣振り回すのはえーのなんの」


尋賀が騎士と言った直後、師匠は立ち上がり、道場の奥の部屋へと入っていく。

しばらくすると、布に包まれた何かを持って戻ってくる。

尋賀は仰向けの姿勢のまま持ってきたそれを見つめる。


「新しい棍棒? 今度は布つきでくれんの?」

「……お主はもう一度その騎士と出会ったらどうするのじゃ?」

「さあてね。一応引き分けみたいなものだけど、ほとんどオレの負けみてえなもんだし、リベンジでもしてえな」

「ならば念のためにわしからの贈り物じゃ」


師匠は布に巻きつけられた紐を外し、中身が露わになる。

見た目だけでも非常に重量感感じさせるそれを見て、尋賀は目を見開く。


「オレの昔振り回してた鉄パイプじゃねえか! そんな物捨てちまえいいのにそんな大層に保管してたのかよ。わざわざ新しい布に入れてよー」

「そういうわけにもいかんのじゃ。もし、お主が刃を振るう相手と戦う場合、木製だと切れてしまうからの」

「今までのは訓練用、兼困った時用だろ? んなもん振り回した日には死人がでるっつうの」


尋賀の発言に師匠は首を横に振る。


「どこをどうすれば致命傷になるかはよくわかっているはずじゃ。それに、どこで騎士と手合わせしたかは知らぬが、好戦的なお主なら再び戦いたくなるはずじゃって」

「オレの事、よく分かってるじゃねえか」

「何を言っておる。捻くれている上に、昔から喧嘩好きが治らないだけじゃろうて」


確かに尋賀は心のどこかで、もう一度異世界に行ってみたいという気持ちがどこかにあった。

異世界に行けば、この世界にない戦い方をする人間達に出会えるかもしれないという考えが、彼の戦闘本能を刺激していた。

とにかくと言いながら、尋賀はふらふらしながらもゆっくりと立ち上がる。


「もういいのかのう?」

「さあてね。ちょいとくらくらすっけど、一度これよりもキツイ目にあってっからもう平気だ」


ナゲリーナにやられた事を思い出し、やや苦笑いしながら鉄パイプを見つめる。

彼が昔に振り回し、暴虐の限りを尽くしていた時の武器。

当時、彼が善悪の判断もできずに振り回した忌まわしき武器でもある。


「……あんまり良い思い出のもんじゃねーんだけど」

「じゃからといって、木製の棍棒を渡して、お主を死なせる訳にはいかん。わしにとってお主は息子みたいなものなのじゃ。お主ならこれを振り回しても殺さずにできるはずじゃ」

「ふーん。まるで今後も剣持った相手と戦う機会があるって口ぶりだな」

「ここの山は異世界に繋がるコネクターズカオス現象が起こるからのう。好戦的なお主の性格から考えてすぐに戦うことになるじゃろうて。わしとしてはあまり関わってほしくはないがのう」


ジジィ……あんた、一体何者なんだ。

尋賀は口には出さず疑問を心の中でとどめる。

異世界を知っている口ぶりだ。

コネクターズカオス現象も知っている。

呪われている、人間じゃないとも言った。

師匠に対する彼の疑いは大きくなるが、それでも彼は口には出さない。

それが彼にとっての信頼のしかたなのかもしれない。

彼は師匠の知っている事を言及せずにいると、師匠は言う。


「今は力で解決できるのならそれでもいいがのう。力ではどうにもならぬこともある。強さもしかりじゃ。強さがあってもどうにもならん。わしのかつての友情が元に戻る事も、そしてお主の両親を見つけることも全ては叶うまい」


尋賀は、静かに答えを返す。


「いいや、やっぱオレは力で、強さで解決すると思ってる。強くなりゃー、あんたに勝てる。強くなりゃー、できることも増える。あんたに勝てれば、オレの親の居場所、教えてくれるんだよな? そもそもそういう話だったろ」

「うむ。そうじゃ」

「それでも力、一辺倒じゃあ勝てねえから技術とか他の方にも磨いてみるわ」

「好きにすればよい」


尋賀は、師匠から鉄パイプを受け取ると布と紐で包む。

いつもの木製の棍棒と比べて何倍にも重く感じた。

質量の重さも尋賀にとっての罪の重さも。


「じゃ、もし使う機会があったら使わせてもらうわ」

「昔のように善悪の判断もなく振り回すんじゃないぞ」

「さあ。今もあんまり変わってねえと思うけどねえ」


と、自嘲気味で話すが、彼は確かに昔と変わっていた。酷かった昔と比べて。


「反省とある程度の線引きができておるならお主には十分じゃって。不良のお主が気に病んだところで意味はないじゃろ」

「お、言ってくれるじゃねえか」


尋賀は一本取られたとでも言いたげな顔をしながら師匠に背を向ける。


「んじゃ、もう行くから。稽古と武器、ありがとさん」

「……もし異世界と関わったとしても絶対にわしの元に帰ってくるのじゃ。お主がどこまで知っているか、どこまで興味を持ってるかはわしは知らん。だが、お主が死ぬのだけはそれだけは絶対に許さん」

「大丈夫だって。異世界に興味はねえって。……異世界の騎士とはもう一度戦いたいけどな」


それだけ告げて道場から出て行こうとする。

だが、すぐに師匠が何かに気づく。


「むっ。人の気配じゃな。微妙に殺気立っておる」

「ん? 誰だ?」

「恐らくお主の変わった友人、それの騎士ごっこの方じゃな」

「美玲か……よっぽどオレに会いたいらしいな」


尋賀のよく来る場所はここ。ならば適当にうろついて探すより、ここに来た方が尋賀に出会える確率高いからの判断だろう。


「随分と良い恋仲じゃのう」

「うるせえよ、耄碌もうろくジジィ。あんたにゃあ、いつも一方的に迷惑ばかりかけてくる美玲を見てどうして男女の仲だって思うんだよ。オレ達、寒いんだよ、恋愛関係はよぉ」

「外でずっと待っているみたいじゃのう。早く行ってくるんじゃ」

「待ち伏せかよ。しゃーねえ」


まるで本当に恋人を待ってるみたいだな、と尋賀は苦笑する。

引き戸を開ける。

開けると尋賀の目にはすぐに友人の姿が目に映る。


「オレ、今日の占い、騎士がアンラッキーパーソンなのかねえ」


尋賀と同じ学校の女子の制服に身を包み、首にゴーグルを掛け、長いロングの髪はダークブラウンに染められている。

特に顔は美人で、何も喋らなければ見た目だけは清楚なイメージを受ける。


「さあさ、見つけたぞ! 坂巻 尋賀! 今日こそはこの最強の騎士、矢薙やなぎ 美玲みれいが相手になるぞ!」


しかし、口を開けば、演技めいた口調で大きな声を出し外見とは受ける印象が大きく異なる。


「なあ、騎士殿。オレ、か弱い一般市民だから許してくれねぇ?」

「何を言うか! おじいさまの狩りに私はついて行けなかったというのにお前という男は!」

「んな事言ったってこっちは遊びで狩りに行ったんじゃねえっての。それに狩りに行ったら行ったで散々な目にあったんだ。許してくれって」

「問答無用ッ!!」


美玲は背中に背負った二つのお手製の袋のうち、片方の袋から弓と弓籠手ゆごてを取り出す。

そして背中に背負ったもう片方のお手製の袋から弓矢を一本取り出す。


「おいおい、鏃のついた弓矢はまずいんじゃね? 警察沙汰になるんじゃねえか?」

「ふっ、それでも構わないさ。貴様に勝てるのならな!」

「何が構わねぇんだ? 冗談じゃねえ。だからオレ、お前が苦手なんだ」


尋賀は仕方なく布から鉄パイプを取り出す。

その様子を見て美玲は笑みを見せる。


「やっと戦う気になったか! 本気でいくぞ! 坂巻 尋賀!」

「ちげーよ。戦うんじゃなくてこっちが怪我しねえように……聞いてくれるわけねーよな」


尋賀は道場の前から離れ、美玲から距離を取る。


「行くぞ!」


美玲はその言葉と同時に尋賀に向かって走り出した。


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