激突
「もう大丈夫。この世界にいた異世界人は元の世界に帰った」
ナゲリーナが呟くと、尋賀の身体に触れていた者達が手を放した。
やっと解放された尋賀だが、不満げだ。
もちろん、解放されて不満などではなく、四人がかりで突然拘束されたことに対する不満だ。
視界も塞がれた上に、足枷まであったわけだし。
「ったく、なんでオレを掴まないといけないんだって」
「それは緊急時だから」
「緊急時だぁ?」
「そう。時間がなかったし、危なかったから」
淡々と答えるナゲリーナ。
さっきまで怒りで周りが見えなくなったいる状態とは対照的だった。
「本来ならレーヴァテインを皆で持てば良かった。でも相手がすぐそこにいたから」
「つーか、魔王様の傍にいたら良かったんじゃねーのかよ。一斉に掴みやがって」
「そう。そのために必要な陣もすでに描いてあった。尋賀が一緒に消しちゃったけど」
一緒に消したと言われて、尋賀は足下を見る。
何やら先ほどとは別の幾何学模様が浮かんでいるが、それも一部が欠けている状態だった。
察するに、本来はこの幾何学模様で異世界に飛ばされるのを防ぐつもりだったらしい。
「だから急遽、レーヴァテインを使うことにした。思った以上にレーヴァテインは持ち主を守ってくれるらしい」
空を見上げる尋賀達。
山の上には異世界が広がっていたが、それが尋賀達の頭上にも広がっていた。
ただし山の上に広がる異世界は山周辺だけだったが、今回はナゲリーナの研究所の外。
ついこの間まで居た場所だった。
そこに大量の騎士団の人間たちが周りを見回し突然知らぬ場所に飛ばされたせいか、遠目でも慌てている様子が分かる。
やがて空に新しく浮かんでいた異世界の光景は狭くなっていき、すぐに消え去った。
「へへ、上手くいったな。後は……」
尋賀はアパートの下を覗く。
大量の騎士団の人間はいなくなり、騎士団の人間は独りだけになる。
その独りだけの男は剣を構え、鱗のようなガラスに身を守られているかのようだった。
「魔王様の言う通り、身ィ守りやがったな」
グレゴワースは頭上にいる尋賀を見上げる。
本人にとっては身を守るための手段だったのだろうが、ナゲリーナの思惑に嵌ってしまい完全に孤立していた。
魔法が消える。
それと同時にグレゴワースは駆け出した。
そのままグレゴワースは巨体であるにも関わらず身軽に、そして身長を活かしてアパートの屋上にまで上って来た。
二階建てのアパートであるにも関わらず、アパートに備え付けられたモノを足場にここまで上って来たのだ。
それでも余程の身体能力がないとほぼ不可能に等しい。
というより無理だ。
「けっ。やっぱ足場になるから考え直せ言ってたのにこのザマか」
尋賀は大家に対して前から言っていたのだろう。
外付けの機器が多いから、二階に泥棒が入ると忠告でもしていたのだろうか。
二階どころか屋上にまで来ているのだが。
「これより、シュヴァルツレーヴェ、指名手配人及び、協力者各名をこのブルエンス・グレゴワースが罰をもって罪を制す」
剣を向けられる。
部下たちが全員いなくなってもその表情に焦りも何も見えない。
まさしく機械的で、人間味を感じさせない。
機械だとか機械という言葉が異世界に通じるかは知らないが。
「ま、倒されるのはてめえの方だけどな。こっちとらてめえをぶっ倒したい奴しかいねーんだよ」
尋賀はレーヴァテインを肩に乗せ、トントンと叩き、普段の余裕ぶってる表情と態度だ。
だが、彼以外の皆が普段とは異なる表情を見せている。
「お前だけは……お前だけは絶対に許さない……! わたし達の友情の証で……!」
怒りでわなわなと震えるナゲリーナ。
怒りだけではない。
涙も溢れている。
「騎士団がどうして命を奪うか知ってるの!?」
金で出来た天使の羽のナックルガードを物ともせず、くるりと一回転させ、右手のサーベルをグレゴワースに向ける。既に相方のマンゴーシュも左手に持っており、臨戦態勢だ。
「法を犯した者を裁くため、国家のため、陛下のため、我々は存在している」
「違うの! 騎士団が命を奪うのは大事な仲間のためなの! 仲間を平気で斬るお前は騎士団の団長なんかじゃないの! 仲間を殺し、仲間の大事な人間を殺したお前だけは絶対にこの場で殺すの!」
ルシェールは剣をグレゴワースに向ける。
倒すべき相手として、そして騎士団の仲間ではないという宣言でもあった。
剣を構えているルシェールに、優作は肩に触れて彼女の怒りを少しでも鎮めようとする。
だが、彼にも言いたいことはあった。
「例えどんな理由があろうと、人が人を殺したらダメなんだ! どんな人間だって未来はある! それを奪う権利なんて誰にもないんだ!」
無力なのを理解しながらも熱くなる優作。
この男は二人も命を奪った。
ルシェールは殺した命の分を背負うことを誓った。
対して、この目の前の相手は、友人の大事な人物の命を奪い、また命を奪おうとしている。
だから……許さない。絶対に止める。
尋賀から見ても、その心情がありありと分かった。
「もうこれ以上誰も死なせない! ボクは非力でも、みんながお前を必ず止める!」
尋賀はおいおいとツッコんだ。
折角熱くなってるのだから、他力本願みたいなことを言わないでくれ、と。
まあ、実際に彼が出来ることは他人に任せることしかできないが、それでももうこの場にいる誰も死なさせないという覚悟が伝わって来る。それも、敵も味方も全部ひっくるめて命の灯を消させない。そんな決意。
「ふっ!」
そして、美玲は今度は自分の番だとでも言いたげに鼻を鳴らす。
「……ふっ」
「なんか言えよ」
再び鼻を鳴らす美玲。
尋賀には分かっていた。
何も思いつかなかったのだろうと。
「……貴様は騎士などではない! 騎士は人々を守るために存在する者なのだ!」
ようやく思いついたらしく、さっきまでの二回「ふっ!」はなかったことになったらしい。
「そういえば尋賀って、前回法とか何とか言ってなかったけ?」
どうして熱いことを言ってる最中に演技口調を止めて、素に戻るのだろう。この騎士は。
しかも前後の繋がりなんてあったものじゃない。
完全に思いついたから言ってみたらしい。
尋賀は天を仰いだ。いっそのこと、一緒に異世界に飛ばしてくれればいいのになどと考え始めた。
誰が、とは分からないが。
「法? シュヴァルツレーヴェを逃したら罪ならば、シュヴァルツレーヴェを意図的に異世界から遠ざけたのであれば罪ではない」
おかげで先方も完全に話題が変わってしまっている。
「どうせ大方、前回会った時、異世界進行の邪魔になりそうな魔王様をどかしたんだろーよ。でも結局魔王様は来ちまったって話だろ。そんじゃ仕切りなおせ、ボケ」
早く本筋に戻ってほしかった。
尋賀の意図に気付かない美玲は、再び演技口調に戻る。
「貴様は騎士ではない! 騎士は人々を守るために存在するのだ!」
先ほどと同じ言葉を繰り返す。
不思議と聞いていると、イラッとするのは尋賀だけではなくこの場にいる尋賀の仲間たちだ。
熱さも微塵に感じられない。
折角、普段の妄想が活かされそうな場面なのに、台無しにもほどがある。
「貴様を倒し、この私が本物の騎士とは何たるかを教えてくれる! 私が騎士団ちょ……じゃなくて、貴様を倒し、必ずや皆を守る!」
美玲はチラリと尋賀達を見た。
今絶対に私が騎士団長になるとか言おうとしたろ、という冷たい視線が全員から送られている。
「よし、決まった」という小声と共に嬉しそうにする美玲。
完全に賞賛の視線と間違えている。
「美玲、こっち」
優作は何とも言えぬ表情だった。
何と言うか、自分に出来る仕事が見つかったような、そんな感じの何か。
「邪魔になるからこっちで見てようね」
今回ばかりは邪魔にしかなっていない美玲。
さっきから大滑りしている。それに尋賀としては大人しくしている方が気楽だった。
「むッ! 私は坂巻尋賀の背中を任されているのだ! 私も戦うぞ!」
言うことを聞かない美玲に、尋賀は彼女の背を叩いた。
「下がれ、騎士殿」
「なっ――――」
そのまま尋賀に優作の方へと押されてしまう。
どうして、と驚きの表情だった。
さっきからのテンションの乱高下……が、理由ではなかった。
「下がってくれよ。騎士殿」
「……尋賀?」
戦ってほしくねえから。声には出さなかった。
美玲はそのまま固まってしまった。
言い返すもなく、首肯もない。
ただ、信じられない。
そんな風に、尋賀を真っ直ぐ見つめている。
その尋賀の視線の先は敵であるグレゴワース。
「へへへ。なんだ。ずっと待ってたのか。こっちとら不意打ちかましても良かったんだがな?」
「不意打ちか。ならばもうしている」
尋賀はその言葉に焦ることもなく、ゆっくりと眼だけを動かして周りを見る。
アパートの上、所々に幾何学模様。
それら幾何学模様から、なんとグレゴワースに瓜二つな男が出てきた。
瓜二つというよりも、持っている物から鎧まで完全に同じだ。
「……へへ。そー来たか」
何が起きているか分かっているわけではないが、尋賀は態度を崩さない。
崩さないようにしていた。
「んじゃ、そろそろおっ始めようぜ。喧嘩をな」




