騎士団の団長、再び
「出やがったな……カの字」
尋賀は憎き相手を屋根から見つめる。
「潰してやるの!」
「わたしも……!」
屋上を走るナゲリーナとルシェール。
「走るなよ、落ちたら危ねえだろ」
「ふぎゃなの!」
「……離す!」
尋賀はレーヴァテインを放置し、二人の白衣とお手製の服を掴んで止めた。
落ちるも何も二人は屋根から飛び降りようとしているのだ。
二階建てのアパートの屋根とはいえ、飛び降りようとするのは少々周りが見えなさすぎではないのだろうか。
「魔王様、魔法をすっぽかしてどこに行くつもりだ?」
「……あいつを倒さないと」
「流石に魔王様でも大人数を相手にするのは無理だっつーことくれー分かるわな」
「……くっ!」
彼女は苦虫を噛み潰したような顔で大人しくなる。
もう片方の手で掴まれてるルシェールも尋賀は止めようとする。
「てめえ、カの字……騎士団長はともかく、いままで仲間だった騎士団の連中斬れるのかよ」
「……っ! 無理……なの」
「だろ? だからちょいと暴れるのは待てよ。周りの騎士どもがいなくなってから喧嘩の本番だ」
ルシェールもまた、暴走するのを止める。
だが、二人の殺気は変わっていない。
冷静さを取り戻したわけでもない。
とりあえず、目先の無茶な行動を止めただけだ。
二人が少し静かになったところを見計らって優作は横から入って来る。
「ねえ、二人とも。騎士団長を殺すのは止めにしない?」
「断る!」「断るの!」
しかし、彼の発言は再び二人を燃え上がらせた。
「優等生らしくねーな。もうちょい他の言い方なかったのかよ。オレならブチギレるぞ」
「……君ならともかく、二人を止める言葉って他にある?」
「ま、ねーよな」
一度尋賀が言って聞かなかった話を優作が繰り返しても、意味がないと分かっていたのに彼はやってしまった。
それでも命を重く考え、例えどんな相手でも死ぬべきではないと考えている優作にはこのような愚直で真っ直ぐに何度も同じ話をして説得するのが一番だと思っているらしい。
だが尋賀はあえてそうすべきではないと考えていた。
相手はそれだけの強敵だ。殺す気でいかないとやられるかもしれない。
彼は説得せずに今の状況を問いかけた。
「魔王様。魔法はどれくれぇーで完成するよ?」
白衣を掴まれているナゲリーナが空を見上げる。
というよりまだ離していなかったのか。
「あとちょっと」
そう言いながら彼女は卵の入った試験管に別の試験管の薬品を注ぎ始めた。
騎士団は既にアパートの眼と鼻の先にいるからだ。
彼女が屋根から試験管を投げる。
投げられた試験管から針が剣になっている大きな蜂が数匹現れ、下にいる騎士団を混乱させる。
「尋賀! レーヴァテイン!」
ナゲリーナに急かすように言われた尋賀は二人を放して、足下に置いてあるレーヴァテインを足で器用に掬い上げ、飛ばした。
宙で回転するレーヴァテインを難なくキャッチした彼は構える。
「魔王様、それでどうすりゃいい?」
「まず間違いなくわたしの魔法を止めようとしてくる。だから――」
突如としてアパートの屋上全体に幾何学模様が浮かび始めた。
尋賀が下を見ると、騎士団の先頭に立っているグレゴワースが友情の証を握っていた。
何匹かいたハズの魔物は少なくなっており、黒い靄も漂う。
「尋賀! レーヴァテインを魔法に!」
「あん? こうか?」
レーヴァテインで、具体的に魔法をどうすればいいのか分からなかったが、直感的に幾何学模様目掛けてレーヴァテインを突きたてる。
レーヴァテインには変化は起きなかった。
変化が起きたのは幾何学模様の方だった。
まるで着色された液体に無色の水を垂らしたかのように、レーヴァテインの周りから幾何学模様が一部分だけが消える。
屋上に展開された幾何学模様は、誰がどう見ても一部だけが不自然に抜け落ちた模様となり、変化は何も訪れない。
「こいつは……」
尋賀はこれをどこかで見たことがあった。
いや、見たというよりも体験したという言葉が正しいのかもしれない。
「なんだ?」
下の方では騎士団長が何も起きないことに驚きで眼を見開いていた。
その上、彼が行おうとしていた魔法は何も起きないのに、空に浮かぶ魔法には変化が起きた。
ついに完成したのか、それは強烈な発光をしては消えの点滅を繰り返している。
「みんな! 尋賀を掴む!」
「は?」
ナゲリーナは空の様子を見て、優作達全員に言う。
優作達は訳も分からず、そのまま尋賀に迫る。
「おい、魔王様! どーゆーことだよ! って、眼ぇ塞いでる奴どいつだ! 両足も掴むな!」
全員、思いついたところを次々と掴んだ。
優作は肩を触れているが、他の面子は目を塞いで前方の視界を完全に失くしている美玲だったり、タックルをしているような姿勢のナゲリーナだったり、掴むと言われて思いついた場所がよりにもよって両足という足枷になっているルシェールだったり。
完全に拘束されているようにしか見えない。
「尋賀! 前!」
「言われても前も将来も見えねえよ!」
尋賀達の前に巨大な炎の竜が迫っており、優作は声を荒げるが……尋賀には何も見えない。
「レーヴァテインを!」
やはりナゲリーナはレーヴァテインを使って何をするのか言っていない。
それでも尋賀は何をどうするのか分かっていた。
レーヴァテインを前に差し出すと、巨大な炎の竜は尋賀達を飲み込むことなく一瞬にしてその姿を消した。
「……何!?」
眼を覆い隠されているにも関わらず、尋賀はグレゴワースが驚いている姿が脳裏に浮かんでくる。
だが脅威はグレゴワースの魔法だけではない。
周りの大量の騎士団が、アパートに上ろうとしている。
脚立はなくとも、人海戦術で強引に。
敵がすぐそこまで迫っているにも関わらず、ナゲリーナはニヤリと笑った。
いつもの無表情の彼女からは想像つかない顔だった。
「完成。さあ、異世界へと帰るといい」
その一言でグレゴワースは友情の証を構える。
そして、強烈な光が空から走り、全てを包み込んだ。




