消滅の行方
ふと過去のことが蘇る。
尋賀と師匠。
その二人が初めて出会った日。
野生の獣は喧嘩を売り、返り討ちにされた。
野生の獣はとにかく喧嘩が好きだった。
強い相手ならば、負ける相手でも突っ込んでいくほどに。
喧嘩で負けたくなければ、負ける相手に喧嘩を売らなければいいのだが、彼はそのようなことを一切しなかった。
その理由の背景に、彼は負けを知らなかったというのがあった。
常時、鉄パイプを持ち歩き、子供の時から生きるために略奪を繰り返した彼は、いつの間にか負けを知らなくなり、自然と負ける相手がいなくなった。あの日までは。
二人はぶつかり合った。
勝敗は尋賀の惨敗だ。
そして唐突に弟子にすると言われた。
尋賀はその時に初めて敗北を喫した。
戦闘狂である彼は、自身の力不足を知り、そして力を手に入れるために弟子入りを承諾した。
そして、師匠は親代わりを務めると言った。
両親のいない尋賀の代わりに。
憎み、嫌う、親という存在に。
どうして彼は弟子にすると言ったり、親代わりになったりしたのだろうか。
本人の言う通り、ただの気まぐれだったのだろうか。
そして、尋賀自身はどうなのだろうか。
師匠を親として考えていたか、否か。
始めの方は本当に倒すことだけしか考えていなかった。
途中で変わることを誓った後も、いつか倒したい相手と考えていた。
強い相手をぶっ潰す。
ただ、それだけだったハズなのに。
突然、二人は戦った。
理由ならある。
最期に弟子の成長を見せてほしい、と。
師匠は死ぬつもりでいた。
だから、死ぬ前に成長した姿を見たかったのだろうか。
それこそ、死の間際に一目、子供の姿を見ようとする親のように。
その戦いに勝った。
親の居場所を聞けた。
復讐心は……無意味なものになった。
血のつながりがなくなった。
そして、
「……ッ!」
「!?」
今、ナゲリーナと尋賀は顔を歪めた。
ナゲリーナに至っては、座り込み、涙をボロボロ流し始めた。
二人には見えた。
複数の刃に貫かれた老人の姿を。
そして、その内の一本は友人三人の大事な剣、友情の証で貫かれている。
血は複数の剣を伝い、滴り落ち、血だまりを作る。
赤い液体は黒い靄を帯び始め、老人にも靄がかかる。
ほどなくして、霧散する。
そこには何もなかった。
そこには誰もいなかったかのように。
今までの記憶はまるで夢や幻のあり得ないものだったかのように儚く消える。
「……くッ!」
尋賀は拳を地面にぶつけようとする。
「……くそ……」
だが、勢いよく下ろさずに、ゆっくりと下ろした。
声も荒げず、小さく声に出すだけで留まった。
「尋賀! ナゲリーナ! 今のは一体?」
ナゲリーナの背中をさすっている優作。
彼も同じ光景を見たのだろうか。
「な、なんだと言うのだ! 今の黒い靄は魔物のモノではないか!」
だが、真相は違ったらしく、美玲が驚いた表情で二人を見ている。
視線の先はナゲリーナと尋賀。
この二人から二人の言う黒い靄が出ていた。
今はもう何もない。
そして、師匠の命も……ない。
「『蒼炎』が……死んだ」
泣きながら答えるナゲリーナ。
「……何だったんだ! 今のは!?」
冷静さを失っている尋賀に、ナゲリーナは嗚咽交じりに答える。
「たぶん……転生の魔法……」
「相手の意思を僅かに伝えられるとか言ってたなァ! 確か!?」
尋賀は転生の魔法を打ち破っている。
尋賀の師匠ははるか昔に、永遠の命の薬品を投与している。
だから、最期に師匠が死ぬ場面を見ることが出来たのだろうか。
ナゲリーナは答えることが出来ないでいる。
「くそ! ……ちくしょう」
とめどない怒りとどうしようもない悲しみが支配する。
「尋賀! 死んだって、まさか……」
「ジジィが死んだ……カの字と騎士団にやられたらしい」
「どうして、そんなことに……」
どうしてこの場にいないもののことが分かるのか、優作には分からない。
ただ、彼は掛ける言葉を見つけることが出来ずにいる。
大事な人間がいなくなった。
その真実はあまりにも残酷で、心に大きく穴が開いていることだろう。
どんな言葉で言い繕っても傷はすぐには治らない。
「許さねえ……」
悲しみで沈んでいたハズの尋賀が、ゆっくりと立ち上がる。
怒りと殺気で満たされた、復讐心とともに。
「ぶっ殺す……! あいつだけはぜってぇぶっ殺す!!」
その殺気は優作が初めて尋賀と出会った時よりも重く。
そして、悲しく。
そこには完全な復讐の鬼。
殺意に満ちた魔王がいた。
「許さない……! わたしの友達を殺した……! 絶対に許さない……!」
「……殺せなの! 絶対にぶっ殺してやるの! レングダと初代騎士団長の仇を絶対にとるの!!」
魔王の復活に呼応する闇の眷属のように、ナゲリーナとルシェールも殺気を伴いながら立ち上がる。
世界を闇に沈める魔王軍。
彼らは完全にそれと遜色がなくなっていた。
「ちょ、ちょっとみんな!? 落ち着いてよ!」
唯一、たぶん魔王軍参謀の優作は、冷静さを失っている仲間たちを鎮めようとするが誰も聞く耳を持たない。
もはや言葉は届かない。
それほど怒りに支配され周りが見えなくなっていた。
許せない。許さない。
彼らに共通した単語だ。
復讐したところで死んだ者が蘇るわけでもない。
何も生まないのにも関わらず、彼らの頭は無尽蔵の怒りが『殺す』という言葉だけに頭を支配されている。
「美玲! 皆を止めてよ!」
この場にいる中で唯一怒りと復讐心に支配されていない美玲に助けを求める。
「あれ?」
だが、彼女の姿が見当たらない。
周りを見回すが、見つからない。
まさか、屋根から降りたのかと思ったところで、
「美玲?」
優作の後ろに隠れるように立っている美玲を発見する。
「む? なんだろうか」
こんな状況でなんと緊張感がないことやら。
しかし、普段と態度が変わっていないというのは優作には好都合だった。
「ねえ、美玲! 皆を止めてよ!」
「断る!」
拒否されてしまった。
「ふっ! 野生の熊に出会ってしまった時の対処方を知っているだろうか?」
突如として何を言い出すのだろうか。
あまりにも唐突な問いに怪訝な顔をしながらも優作は答える。
「たしか、死んだふりはダメな対処だったよね? 熊は知能が高い上に死骸の肉でも食べるらしいから」
「そう、その通りだ!」
何が、その通りだ! なのだろうか。
優作は続ける。
「だから、熊と出会った時は熊から目を離さず、ゆっくりと後ろを歩いて行くんだよね?」
「うむ!」
だからどうしたというのだろうか。
「それで?」
「つまり、私にはどうしようもない! ということだ!」
そういって、自信満々に優作の背中に隠れた。
訂正、彼女も普段通りではなかった。
どうやら彼らの殺気にビビっているのだった。
「だってだって! なんか怖いもん!」
急に演技を止める。
普段は空気を読めないのに、殺伐とした空気にはビビる。
なんとまあ面倒な騎士である。
彼女にとって、熊に遭遇した気分なのか。
「あ、でも熊のこと想像したらお腹空いてきちゃった」
「まさかと思うけど、食ったの?」
彼女にとっての熊の対処方はゆっくり目を離さずにゆっくりと逃げるオア食べるらしい。
できれば、それだけのことをしてのけるなら、目の前の魔王軍を止めてほしいが、彼女には不可能らしい。
最強の騎士ならば魔王の一人や二人は止めてほしいところだが、彼女には期待できそうにないので優作は諦めて自力で止めに入る。
「ねえ皆! 聞いてよ! ねえってば!」
「ぶっ殺す! 地獄よりも恐ろしい目に合わせてやるッ!」
「わたしの友達を……! よくも……!」
「もう許せないの! 絶対潰すの!」
声を張り上げてみるが、声は届かない。
怒りに支配され、もう何も聞こえず、何も見えない。
それでも優作は必死に止めようとする。
「尋賀! 罪!」
「……ッ!」
罪という一言で魔王軍の怒りを呼応している男が止まる。
上っていた血が、ゆっくりと引いて行くのを優作は感じ取っていた。
「そうだった。オレとしたことが一時の怒りで何も見えなくなっちまった。こうなることは分かってたのに……情けねえ」
座り込む尋賀。
もう先ほどの魔王は存在していない。
今いるのは、白髪の不良少年だった。
彼は分かっていたハズだった。
現に彼は、死ぬつもりか、と師匠に問うている。
騎士団に向かっていけば騎士団長と戦い、騎士団長か少なくとも騎士団にやられることは目に見えているハズだった。
だが、師匠が死ぬ光景を見せられて怒りに支配されてしまった。
大事な人間が殺される場面を見て怒りが燃え盛り、冷静さを失うのも無理はない話だ。
頭よりも本能に任せてしまい、結果的に周りが見えなくなるまで復讐に支配された。
「……おい、魔王様にのの女。一度止まれ」
「断る……!」
「さっきまでの勢いはどうしたの!? それとも殺されて何も感じないって言うの!?」
「いやそんなことはねえ。でもさっきは冷静さを無くしすぎてた。今のてめえらのように」
「冷静でいられる方がおかしい!」
「そうなの!」
「オレと同じで完全に血が上ってやがる」
尋賀は同じく怒りと復讐心に支配された二人を止めようとする。
だが、止まらない。
「……オレが撒いちまった種か」
もとはと言えば、彼の怒りに触発されて二人は怒りと憎しみに支配されているのだ。
二人にも、憎しみを抱く理由はある。
だが怒りをここまで肥大化させたのは、尋賀の怒りがきっかけであることもまた、事実だった。
「くっ……オレだって殺してやりたいくらい憎いんだよ。オレは親への復讐心と共に生きてたからな」
「でも殺しの罪は重たいよ」
独り言を呟いたつもりの尋賀だったが、心配そうな顔をしている優作が聞いていた。
「分かってらー! 例え罰せられなくても……奪った命を一生償わないといけねえ。オレは傷つけた分、背負っていくことに精いっぱいだからよぉー」
「そうだよ! 例え相手がどんな人間だって、死んでいい人なんていないんだ!」
「でも、ちょい本気でぶっ潰すかもな? そーでもしねえーと気が済まねえんだ」
「……うん。ボク達やこの町を守るためには必要だからね」
これ以上の悪事を止めるためには必要な手段だと、自身に言い聞かせるように言う優作。
説得で通じると思えない相手を止めさせるためにはこれしか手段がないと考えていた。
何よりも、向こうはこちらを殺す気で来ている。
ならば間違いなく正当防衛だろう。
「頼む。絶対に殺すな、魔王様、のの女」
「それは無理な相談」
「あいつだけは絶対殺すの!」
しかし、この二人は過剰防衛する気満々らしい。
「しゃーねえ。ここはこのままにしておくか」
「いや、ダメだよ! 止めないと!」
「相手はジジィを殺してるんだぜ? それにやべぇー剣だって持ってんだ。殺す気でいかないとこっちが死んじまう」
「だけど!」
「もしこいつらがカの字を殺そうとしたらそん時は全力で止める。だから今はこの状態で賭けようぜ」
一瞬優作は、もしかしたら尋賀は殺しを他の誰かに任せて、自分はその罪を逃れようとしているのではないか、と深読みしてしまった。
しかし、彼は自身とその考えを恥じた。
なぜならば尋賀がそのようなことをすることはあり得ないと信じているから。
命の重さと罪の重さを知っている彼ならば、仲間にそのような重荷を背負わそうとしない。
捻くれていて、それでいて嘘やら悪口やら皮肉やらを言うがそれでも今の彼は『正義』を持っている。
だからこそ、優作は尋賀を信じることが出来る。
(お願いだ……もう命を奪わないで)
優作はもうどうしようもないと祈ることしかできなかった。
非力でこういう場面では力になることの出来ない自身を嘆く。
尋賀は喧嘩が出来て嬉しいのか、師匠が死んで悲しいのか、憎しみと怒りで支配されているのかよく分からないかなり複雑な表情で屋根から町にいる騎士団を見つめる。
「来たぜ……団体様のご到着だ」
優作達は言われなくても大人数でこちらに来ている騎士団が近づいているのはだいぶ前から知っていた。
その行進が、尋賀達の眼に映り、向こうからもこちらを映る距離になった。
尋賀はその先頭を歩く男を睨み付ける。
先頭を歩いているグレゴワースもまた、尋賀達を睨み付けた。




