真実
立ち上がった尋賀は、空を見上げる師匠を見下ろす。
今までならば空を見ることになるのはいつも尋賀だった。
彼は間違いなく、師匠に勝つことが出来たのだ。
今まで一度たりとも勝つことのできなかった相手に。
「…………」
だというのにも関わらず、彼の心は勝ったという嬉しさも、戦闘狂の狂喜も見られない。
「ついに……わしに勝てたのう」
「ああ……」
尋賀の抱えた暗い感情が、横たわる者を責める言葉を紡ごうとした。
勝ったところで嬉しくない! と。
だが、らしくない言葉など出てこない。
「……そーだな」
悲しみも何もかもを飲み込んで、適当に曖昧に返事する。
誰に対して強がっているのか。
目の前の師匠に対して強がって見せているのか。
ただ一言言えるとすれば、彼の強がりは師匠にもルシェールにもばれているということだけだ。
「なんじゃ、もっと喜んで見せたらどうじゃ」
「てめえが死なねーって言うんならゲラゲラでもへらへらでも笑ってやるよ」
「もう少し愛想よく笑えないのかのう?」
「へへ。オレ、不良だからな。ンなことできねえーよ」
「相変わらず捻くれておるのう」
「しゃーねえよ。オレ、不良だからな」
二回不良と言っている。
とりあえず不良と言っていれば何でも通りそうな口調だ。
「なあ、ジジィ。これで満足か?」
「そうじゃのう。見事合格じゃ」
「それで後のことは全て任せられるってか? 弟子に全て丸投げしちまうのかよ」
「丸投げではない。成長したから後のことを託すんじゃよ」
「託す……」
「そうじゃ。師匠を超えた弟子に、じゃ」
師匠はそう言うと立ち上がり、静かに尋賀と正面を向き合った。
「師匠を超えた弟子には知る権利があるのう」
「オレの親か?」
師匠は真っ直ぐ尋賀の眼を見たままだ。
うんとも言わず、頷きもせず、ただじーっと見つめる。
「復讐はどう考えておる?」
そして、師匠は問う。
尋賀は、首を横に振った。
「分からねえ。……分からねえ、けど」
彼を捨てた親を憎み、親からの家庭という保護も愛も受けられず、復讐という言葉に憑りつかれて生きてきた彼だった。
孤児院に入れられ、脱走し、不良のたまり場で金を巻き上げ、時には逃走し、時には雑草などで飢えを凌ぎ、そんな生活をしているストレスからか、彼の頭髪は白くなり。
恨みを募らせ、他者の痛みを知って改心してからも尋賀の憎しみだけは消えなかった。
だけど、彼の知った親たちは、子を愛し、子を守る。
さらには、目の前にいるのは義理の子を守るためならば自らの全てを投げ出そうとしている者までいる。
「復讐したいかって、すぐに殺してやりたいかって聞かれたら……答えられねえ」
「それがお主の回答か?」
「……てめえさえ死ななきゃぁー親の居場所なんざどうでもいいって答えてやるけどな」
「そうかのう。じゃがわしは止められんぞい」
「へっ! 勝った上にこんだけ言っても止められないとはな」
再び強がって見せる尋賀に、師匠は表情を寸分も変えずに言う。
「お主の知りたがっていた親の居場所じゃが……」
居場所を言葉にせず、師匠は黙って天を仰いだ。
「……結局、そーいうオチかよ」
ただそう言って、尋賀も天を仰ぎ、空にいる者を見つめようとする。
雲と青空、そして異様に広がる異世界しか見えない。
「お主が弟子入りしてからじゃ。わしもお主の両親の居場所を探してみたんじゃ。時間は無限に存在するのでな」
千年を生きた者が莫大な時間対してその一瞬だけの記憶だけは忘れられない、と複雑な面持ちで語る。
「両親は死んでおった。交通事故だったそうじゃ。引き取り手がいなかったお主はその後、孤児院に入れられ、そして脱走したのじゃ」
「…………」
「お主の事をちゃんと調べてみると行方不明者にされた後、死亡扱いになっておったわい。幸い、この土地は身元不明者を調べられぬよう、色々と手を回しておったから良かったものの」
「身元不明者を調べられない……手を回す……まさか」
「そうじゃ。コネクターズカオス現象で異世界から来た者……つまり、わしや偶然、異世界からやって来たものを一時的にこの土地で住まわせるためにじゃ。死亡扱いになっておるお主が学校に入れたのもそのためじゃ」
この町には尋賀の知らない部分がまだまだ隠されている。
そんな気がしたが、今尋賀が知りたい話はそういう話ではない。
師匠は脱線したと、一言いうと、話を戻す。
「ここから推測域じゃがのう。両親の突然の死を報されたお主は、そのことを信じられず孤児院を飛び出した。お主は親を探すために様々な地を渡り歩き、お主を探す者達から逃れた」
「……長ぇ旅だった」
「まだ子供だったお主は、お金を略奪したりして何とか飢えを凌いだのじゃ。その苦しみでお主は……」
「その苦しい旅のせいで、親を探すという目的に、復讐心が付いて来ちまった……ってか」
尋賀は昔を思い出そうとする。
だが、記憶は霞掛かっており、彼に思い出せるのは『一人になった』という記憶や、『孤児院に入れられた』、『逃げ出した』、『苦しい日々』だった、と。
要所要所、出来事を部分的に抜き出した言葉だけだった。
つまり、彼の憎しみの記憶は偽りだったということになる。
「……ははは。オレはこの世にいねえ親を殺すために探し続け、ありもしねえ憎しみの記憶を励みに生きてきたって訳か。おかしくてたまらねーぜ」
尋賀は手で顔を隠しながら笑う。
表情は見えず、ルシェールは不安や心配を込めて見つめる。
「大丈夫……なの?」
「平気じゃねーな」
彼の心中はどうなっているのだろうか。
突然憎んでいた両親への憎しみは偽りだったと知り、その両親は他界していることを知り。
そして、
「さあ、二人とも行くのじゃ」
親代わりの師匠も死にに行こうとしている。
尋賀は、声にも出さず、表情にも出さず、ただただ耐えている。
「ジジィ……最後に聞いていいか?」
「なんじゃ? わしはこれからお主の両親に会いに行かねばならぬ」
「二つだ。二つ聞きてえ」
「まず一つ目はなんじゃ?」
「一つ目はどーしてオレを弟子にするなんて気になった?」
師匠はゆっくりと手を顎に当てる。
そして、答える。
「ただの気まぐれじゃて」
「気まぐれで弟子なんて取るのかよ」
「何となく、そういうつもりになっただけじゃ。わしは千年生きて、人生の目的も持っておらんかったからのう。暇つぶしのつもりだったのかもしれん」
暇つぶし。
本当に暇つぶしだったのか。
その本心は表情からも言葉からも読み取れない。
納得できない尋賀だが、言及せずに二つ目の質問に移る。
「てめえの本名は?」
「千年生きている間に呆けてしまったわい」
はぐらかされているのか。
結局、知りたいことを何一つとして教えてもらってはいないではないか。
だが、尋賀はそれで納得したかのように、黙ってレーヴァテインを布にしまい、背を向け、アパートの方を見る。
アパートの上に出来ている幾何学模様は、未だに完成とは言えなさそうだ。
「まだまだ時間、掛かりそうな気がするな」
「じゃのう」
「オレ達はもう行くぜ」
時間ももうなさそうだしな、と言い添える。
ルシェールもまた気配に気づいた。
大人数の騎士たちが足並みを揃えてこっちの世界へやって来ている。
ぴりぴりとした殺気がこっちの方まで伝わってくる。
もう、時間がない。
「ジジィ……いや、師匠。じゃあな」
「そうじゃのう」
「今まで指導、ありがとうございましたってな」
尋賀は自分に合わない言葉を、淡々と言い、わざと感情を込めないようにしてらしくない言葉を無理矢理使う。
彼の頭の中では、「師匠。今までありがとうございました!」という、素直な言葉が出てくるが、そのまま口に出すことはできなかった。
無理をしている。
だが、ここで感極まるわけにはいかない。
弟子の成長を見せつけなければならない。
それに、まだ何も終わっていない。
だから、彼はいつもの調子を崩すまいと、達観した様子を見せつける。
でなければ、師匠に成長を見せられない。
「行くぞ、のの女」
「待つの! 私は納得してないの!」
「頼む、ルシェール」
突然、自身の名を呼ばれたルシェールは驚き、尋賀の顔を見る。
本当に一番納得していないのは尋賀だ。
だからこそ、彼女は、渋々黙って頷いた。
「てめえも同じ辛いモン背負ってるからな。……気持ちはありがたいぜ」
「……さっさと行くの!」
ルシェールは走り出す。
尋賀は少しだけ立ち止まったまま、
「後は全部任せろ」
とだけ言って、後を追う。
「全く、強くなったのう」
走っていく弟子の背中に対して呟く。
「きっと、お主は力を求める強さから、誰かを救うという力に変わったんじゃろうな」
尋賀の一週間で変わった『何か』。
ルシェールを救い、ナゲリーナを救い。
力さえあれば何でも解決できると豪語していた時とは違う。
尋賀と仲間たちとの繋がりが、彼をそうさせたのか。
そして、その力さえあれば世界まで救えるか。
この僅か一週間のうちに師匠を倒せるほどになったのだ。
きっと世界も救えると師匠は少し顔を綻ばせる。
「さてと、弟子が活躍できるようわしも気合を入れなおさないといけないのう」
薙刀を拾い、たすきと鉢巻きを締めなおす。
師匠は、一人、大勢の軍勢へと歩を進める。
老兵の貫録と、子を守るために死兵となって向かう者の覚悟。
両方を持って、山の方へと歩いて行く。




