超えるための覚悟
薙刀の突き。
鉄棍、約束の鍵レーヴァテインを使った大振り。
そこから尋賀の抉るようにして繰り出す左手の追撃。
手刀で弾いた後ひじ打ち。
いなすように肩で受け止め、レーヴァテインを短く持った柄で顔に目掛けた一撃。
しゃがみ、足下を刀身で斬り払い。
その場で瞬時に飛び上がり、片手で倒立。そのままかかと蹴り。
薙刀を持っているにもかかわらず、両手を交差させて一撃を受け止める。
倒立状態からそのまま方向転換。すぐに足で着地。
元の体勢に戻る際の隙を突くように、薙刀を短く持ち、刀身による擦り切り。
背を逸らし、レーヴァテインを頭上高くに投げる。
そのレーヴァテインに気を取られず、裏拳。
腕を掴み、裏拳を止めてニヤリと笑う尋賀。
落ちてきたレーヴァテインを表情一つ変えずに薙刀で弾くようにガードする師匠。
再び倒立した尋賀は足で、弾かれたレーヴァテインの動きを止め、立ち上がる際の勢いに合わせて、レーヴァテインを足で操る。レーヴァテインは再び空を舞い、今度は尋賀の手に戻った。
「なんなの……? この対決は……なの!」
今見た光景を疑うかのように、ルシェールは眼を見開いている。
尋賀も師匠も、激しい対決を繰り広げているのにも関わらず、二人ともその場から一切離れていないのだ。
足こそ機敏に動いているものの、両者ともにその場に完全と言ってもいいほどその場から離れていない。
それが、ルシェールには異様な光景に見えた。
まるで演武のようで、初めに打ち合わせしてから戦っているようにしか見えなかった。
だが、この戦いに打ち合わせはない。
本気でぶつかり合い、互いに力が拮抗している。
だから、高度な戦いが繰り広げられている。
「おらッ!」
鍔迫り合いになり、押し合っている最中に左手のストレート。
鍔迫り合いになっているにも関わらず、薙刀の向きを変え、攻撃を逸らす。
「まだじゃぁ! もっと力を見せい!」
「ったりまえだ!」
さらに鍔迫り合い中にヘッドバットする尋賀。
師匠は後ろに身体を逸らして躱すが、尋賀の姿勢は全く崩れていなかった。
むしろ姿勢が崩れているのは師匠の方に見える。
「隙ありってな!」
ヘッドバットのフェイント。
生まれた隙を逃さぬよう、両手でレーヴァテインを持ち、薙刀を回り込むように向きを変え、師匠目掛けて動かす。
「躱されたの!」
その一撃は、さらに身体を逸らすことで躱される。
「読めてんだよ、そこまでな!」
一歩踏み込み、さらに落とすかのようなひじ打ちを、背を曲げている師匠に追撃。
「わしもじゃ」
その一撃を、いつの間にか薙刀から離した手で受け止める。
「そんじゃ読みあいと行こうぜ!」
いつの間にか、ひじ打ちを受け止められている方の手にも、もう片方の手にもレーヴァテインが握られていない。
「また投げたの!?」
何度目かのレーヴァテイン放り投げ攻撃。
二人の上を綺麗な回転運動をするレーヴァテインが飛んでいる。
「これは読めてるよなァ!?」
受け止められた腕を強引に離し、尋賀の頭の後ろでレーヴァテインをキャッチして、半月の弧を描くよう柄をぶつけようとする。
「期待通りじゃて」
師匠は不安定な姿勢であるにも関わらず、向きを変えて身体を地面に倒す。
片手で受け身を取ると、全身を地面に預け、転がって回避する。
立ち上がり、距離を取り、再び構える師匠に対して、尋賀はレーヴァテインで自身の肩をゆっくりと叩き始めた。
「ま、そーだろーな」
「読めておったのじゃったら追撃できたじゃろ」
「でもあんたをその場から離れさせたぜ」
今まで互いにその場から離れない凌ぎあいをしていた。
その結果、尋賀の師匠の方から先に離れた。
「何を言っておる。これはそういう競い合いじゃないじゃろ」
「そんだけで勝った気になれんだけどな」
「勝負はこれからじゃ。まだわしには勝てておらんぞ」
「へへ。そーだな、喧嘩はまだ終わっちゃいねー」
レーヴァテインをゆっくりと師匠の方に向ける。
「じゃ、もっと全力でぶつかり合おうぜ」
「当然じゃ。わしは本気を出し、お主の合否を判定する」
「合格は勝利、失格は死亡ってか?」
「今ならわしにだって勝てるじゃろ」
「勝てるかどうかまでは分からねえ。でも勝たねえといけねーんだろ?」
「そうじゃ」
尋賀が一気に二歩三歩踏み込んで距離をレーヴァテインの射程圏内に入れる。
素早い大振り。
それを師匠は難なく避けるが、大振りの反動をものともせず、尋賀は流れるようにレーヴァテインを振り続ける。
振り下ろし、突き、振り上げ、振り上げた勢いを利用して後ろを向き、その状態から脇を通して足を狙った突き、今度は逆に前を向く際の勢いに合わせて大振り。
彼の攻撃は止まらない。
さらなる突きに加え、ボディーブロー……拳による突き。
さらには回し蹴りで師匠の顔を狙うが、その一撃を薙刀の柄で受け止めた。
「今度はわしの反撃じゃ」
尋賀は素早く足を引っ込め、後ろに飛び込む。
その動きを察知していたかのようにすでに、薙刀の突きが迫っていた。
だが、尋賀は意図も容易く上半身だけ向きを変えて躱した。
「この程度の突きならのの女の方が怖ぇーよ」
「どういう意味なの!?」
「どういう意味もなにも褒めてんだけど?」
尋賀は一度、ルシェールと戦った。
その時、彼女の高速の突きが頭の中で残っているらしく、それを師匠の突きと比べると、ルシェールの方が速くて恐ろしいらしい。
「ならば躱し続けてみせるのじゃ」
師匠は休むことなく薙刀による突きを繰り返す。
尋賀はそれを、後退しつつ、時には刀身がない部分を腕で弾きながら身体を様々な方向に逸らしながら迫りくる攻撃の数々を躱していく。
(そろそろ突きを止めるな)
尋賀の予想通り、突きの状態から薙刀を引くと見せかけて踏み込んだ状態からの追撃。
迫る刃を背を海老ぞりになって躱す。
「棍術の突きは槍と一緒で内側に入られると弱いんだっけな?」
レーヴァテインを短く持ち、レーヴァテインを振り下ろす。
だが、直撃する前に止まる。
腕で止められたからだ。
「!?」
薙刀から片手を離して腕で受け止めた師匠。
薙刀を引く動作を見た尋賀は、すぐさま後ろに下がった。
僅かに動揺しながら。
「……今のは効いたわい」
「そーかよ」
師匠の腕を見る。
袖で隠れていて、今はどのような状態なのか分からない。
しかし、尋賀には今、彼の腕がどうなっているのか想像できた。
(今、いなさなかった……いや、いなせなかった、か)
例えば攻撃を腕で受け止めるとして。
そのまま真正面から受け止めるなら、同じ力で受け止めなくてはならず、さらにはそのままダメージが腕に腕に来る。
だからこそ、相手の攻撃を受け止めるときは相手の力を受け止めずに『いなす』か止めようとするのではなく『引き気味』がいいというのが、尋賀がかつて師匠に言われた言葉だった。
それをせずに、そのまま腕でガードしただけということは、師匠には尋賀の攻撃をいなす余裕がなかったことになる。
「随分と強くなったのう」
今まで手も足も届かなかった相手の褒め言葉。
その言葉を尋賀は信じられなかった。
「手ぇ抜いてるって訳じゃねーよな」
「無論じゃ。お主の本気がわしに届いている。それだけじゃ」
やはり信じられない。
今まで一度も勝つことが出来なかった相手に、たった一週間でこんなにも善戦できるほど強くなったとでも言うのだろうか。
「なんじゃ、その顔は?」
「……さーて。手ぇ抜かれてからかわれてるんじゃねーかって思えて来てな」
以前、彼は『喧嘩で本気を出されないのは嫌い』といった旨の話をしたことがある。
それと同時に、彼の中では嘘であってほしいという希望もあった。
もしかすると、ただの冗談で、自身を囮にして犠牲にする、などという話も嘘ではないか、と。
今でもそうじゃないかという希望を引きずっている。
「言ったじゃろ? わしは本気を出しておる。ただ、お主は異世界に行く前と帰って来てからでは何かが違うということだけじゃ」
「何か……?」
「そうじゃ。きっと今のお主はそれが力の糧なのじゃろう」
尋賀にはその『何か』というのは分からない。
だが、その『何か』は、確かに尋賀の中にあることを、自身で感じていた。
だから、この試練に覚悟を持てたのかもしれない。
「……これで喧嘩、終わりじゃねーだろ?」
「この程度で合格を出せるほど、わしは甘くないのじゃが?」
「へへ。そーかよ。囮になるときにバテちまったら意味ねーけどな」
「そうじゃのう。その辺は気を付けるとするかのう」
「……いくぜ」
またしても始まる激しいぶつかり合い。
両者は攻めの手を全く緩めない。
突く、振る、回す。
尋賀は師匠から教わった棍術を師匠に対して繰り広げる。
そこに彼は、拳や蹴りを交え、手数を増やす。
「動きは完璧じゃのう」
師匠も薙刀で同じように突く、振る、回すといった動作を綺麗にこなす。
二人の対決は鋼製の棍棒対薙刀というよりも、棍対棍の対決を連想させる。
(いつだっけな。こうやってジジィに動きはこうじゃとか言われながら棍で殴られたっけかな)
尋賀は思い出す。
師匠との修行の日々を。
尋賀の師匠はスパルタで、棍術は全て尋賀に文字通り叩き込んで教えさせられた。
動きはこうだと言って、殴られる。
口で説明はない。
尋賀が動くまで待たれることもない。
ただ、実戦の中で動きをモノにできるか。
動きを見せて、その動きを真似できるかどうかで叩き込まれる。
だから尋賀は、師匠の動きを覚え、さらに自身の戦い方も組み入れたりもした。
新たな手を編み出しては敗北し、また強くなっては敗北しての繰り返し。
(懐かしいな。ホント、懐かしい)
それでも彼は力を付けていった。
そうやって力を付けてどうするのか、親に復讐するためか、喧嘩が好きだからか、それとも力を付けなければ飢え死にしてしまうからか、はたまた別の理由か。
どのような理由であれ、彼は来る日も来る日も師匠に挑んだ。
弟子入りを決めた日も。
アパートに連れて行かれた日も。
高校の入学試験日も。
その合格発表の日も、入学式の日も、優作と再会した日も。
美玲と出会う一日前も。
美玲とぶつかり合った日も。
美玲に変わると誓った日も。
異世界に行って、帰ってきた日も。
昔はただただ力を付けるために師匠と戦い、美玲との一件以降は力をつける以外にも師匠と親しく話しながらも戦った。
(……ホント、どーしてこんなことになってんだか)
ただ。
そうやって在りし日を思い出せば思い出すほど尋賀の心は淀み、今の状況を受け入れられなくなる。
目の前の相手は倒すべき相手ではない。
だのに、倒さねばならない。
この相克こそ、尋賀にとっての心の負担であり、その負担は数々の思い出がのしかかり、一層重くなる。
二人は師匠と弟子であり、ただそれだけである。
その、それだけが、どうしようもないほどに重い。
「おらッ!」
それでも。
声を荒げ、気合を入れ、自身の一撃に集中し、相手の一撃を集中して躱す。
彼は答えなければならない。
師匠の思いに。
だからこそ、彼はこの戦いを止めることこそ、間違いなのだと自身に言い聞かせる。
弟子の成長を見せなければならない。
この壁を超えられなければ、幻滅させることにもなるし、二度と師匠と会う機会も生まれない。
「……なんて戦いなの!?」
ただ見ているだけのルシェールが、せわしなく眼を動かす。
二人の戦いは攻防一体で、休む暇なく全身が動いている。
それなのにも関わらず、二人とも致命的なダメージは一度も受けていない。
何度も武器同士がぶつかり合い、拳や蹴りをいなし、隙を突いては躱し躱されの繰り返し。
「まだまだッ!」
何度もレーヴァテインを振るが、その一撃一撃は師匠に当たることはない。
振り切った後の致命的な隙を師匠は文字通り突くが、尋賀の蹴りが、薙刀をあらぬ方向に向けさせる。
また、その隙を突いて尋賀の反撃が繰り出されるが、薙刀の柄をぶつけて逸らし、レーヴァテインをあらぬ方向に向けさせては、反撃。
そうやって反撃に反撃を積み重ね、反撃を行った回数を数えるのが面倒になるほどのぶつかり合い。
そうしたぶつかり合いの中で、
「はぁ……はぁ……」
変化は唐突に訪れた。
尋賀は反撃に出ることなく、そのまま後退した。
呼吸が乱れており、垂れるほどの汗と共に肩が上下する。
「体力切れたの!?」
ルシェールは口で呼吸している尋賀の姿は初めて見た。
無論、尋賀とはまだ出会って一週間ほどの間柄。
戦っている姿を見た回数はおろか、彼と共闘したこともない。
だが、彼女との戦いでも息を切らしていなかった彼が、ここに来て限界を迎えている。
それが、彼女にとって異様な光景に見える。
「へへへ。何言ってやがる。喧嘩はこっからだ」
汗水を垂らしながら強がりをルシェールに向ける尋賀。
「全く、嘘を言いおって」
その姿を少々笑いながら言う師匠。
尋賀と違って口から呼吸をしていない。
だが、涼しい顔をしているというわけでもない。
額の怪我の痕から、僅かに流れ落ちる汗。
(互いに体力は残ってねえ。次で……決まる)
師匠の言う嘘とは、喧嘩はこれからが本番という旨の言葉だった。
もう、互いに体力は残されていない。
次の攻防で決まる。
両者はじりじりと、間合いを調整し、集中力を極限にまで高め、相手の繰り出す攻撃を予測し、こちらの出方と相手の出方を予測する。
空気がピリピリと殺気のようなもので支配され、見ているだけのルシェールも戦場の張りつめた空気に心臓を鷲掴みにされているかのような錯覚に陥る。
異世界の騎士であるルシェールには、その感覚は何度も経験したことがある。
時に騎士団を総動員して、悪党の跋扈する屋敷や町に突撃し、戦場の殺伐とした空気を経験している。
仲間や敵。
その両方の陣営が相手を倒そうと、気持ちを昂ぶらせ、異常な空気を生み出す。
ところがどうだ。
それが、たった二人の人間が放つ殺気だけで、その異常な空気を作り出している。
相手を倒すという殺気に満ちた空気が、全ての感覚を鈍らせて、呼吸を乱れさせ、汗を流させる。
そんな気迫を、たった二人で――それも、今までと比べ物にならないほど――放っている。
「行くぜッ!」
「わしも行くぞい!」
二人は言い終える前に、足に力を込めて駆け出す。
そして、残されるのはズサッと倒れこむ音とからからと転がる乾いた音、その二つの音のみ。
「何が起こったの……!?」
今のやり取りを、ルシェールは正確に捉えることが出来なかった。
「くっ……」
尋賀はレーヴァテインを支えにして座り込む。
そして、その場にあったのは、地面に力なく転がっている薙刀に、離れた位置に横たわる師匠。
今の二人のやり取りはこうだった。
互いに距離を詰める二人。
師匠は先に薙刀の自身の速度を掛け合わせた渾身の突きを繰り出す。
対して尋賀が狙っていたのは、その薙刀の方だった。
力強く、薙刀を渾身の力で弾く。
渾身の力を利用して、放たれた渾身の一撃は、薙刀を吹き飛ばす威力となり、無防備となった尋賀の師匠に対して、強烈なアッパーカットを叩き込み、その一撃が師匠を吹き飛ばした。
「……勝った、ぜ」
尋賀はレーヴァテインを支えに、決して倒れまいと、力を込めて握りながら、勝利を宣言した。




