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決戦の刻

尋賀達は山の中を歩く。

その中でも優作とナゲリーナは空を見上げ、頭上にある町を見ながら歩いていた。


「おい、てめえら。足下ちゃんと見やがれ」


尋賀は二人に対して言うが、聞いていなかった。

注意した矢先に優作とナゲリーナは揃って同じ木の根っこにつまずく。


「よそ見すんな、っと」


尋賀は二人の服を掴み、転倒を阻止した。

そこでようやく自身の不注意に気付く。


「ごめん、尋賀」

「……ごめんなさい」


二人は尋賀に対して謝る。


「ったく、そんなに空が気になんのかよ。上の空ってな」

「だってさ。頭の上にボク達の町があるんだよ?」

「わたしとしても色々興味がある。コネクターズカオス現象でこのようなことが起きるなんて」


そのままナゲリーナが続く。


「興味以外にも純粋に心配もある」


淡々としつつも、どこかに焦りを感じさせる語調。

空の方も心配だったが彼女は二つほど心配事があった。

彼女が語らずとも尋賀は不安を感じ取ったようで、彼の方から口を開いた。


「……随分としけた面してんじゃねーか」

「……心配で」

「てめえの母親なら姿は見せねーけど無事だと思うし、戦争のことだったら、上手くいくって言うんだったらオレはその賭けに乗ってやる」


彼女の母親はデラッセ村以外の場所にいるのだろう。

姿こそ見せないが、危険な目に合う理由はほとんどないし、もしも、ナゲリーナの血縁者が危険な目に合うというのならば、彼らが母親に会ったときに無事ではなかったハズ。

だから、多分無事だろうというのが彼の考えだ。

ナゲリーナは覚悟や様々な意味を持った瞳を尋賀に向けながら頷く。


「信頼してる」

「任せとけって」


手をぶらぶらさせて適当に了解とでも言ったかのような態度を取る。

そんな彼だというのにも関わらず、彼女は尋賀に対する信頼を厚くさせる。


「む? ……気温が変わった」


美玲が突然、気温の変化を感じ取った。

それは最初、尋賀が異世界に来た後、元の世界に戻る時に感じたそれと同じ。

流石に二往復分経験すると、ちょっとした懐かしさや前に来た時の情景を彼らは思い出す。

始めて異世界に来た尋賀。

始めて異世界に行くナゲリーナ。

異世界で修行みたいなものが出来るのではないかと思い、やって来た尋賀。

付いてきた美玲と優作。

突如、世界の危機を知らされた場所でもあり。


「ほんとなの! 気温が変わったの!」


その時はまだルシェールがいなかった……ことを一行は全員が全員、頭の中から抜けていた。

ある程度の情報は彼女に話してあるのだが、口で説明するよりも実際に見て、体験する方がインパクトは強い。


「サカマキ達の世界は得体の知れない生物が出てくるって聞いてるの!」


……ついでに彼女は余計な情報も美玲から受け取っている。ありもしない空想の世界観の。

彼女は警戒して、サーベルを抜刀する。


「……あながち嘘でもねーんだよな、これが」


尋賀は初めて異世界に来る前に魔物に出くわしている。

その時の光景を思い返していると、ん? と、ふと気になった尋賀は考え直す。

あれは異世界に来たから魔物に出くわしたのか、異世界から魔物が来てその後に尋賀が異世界に渡ってしまったのか。

後はどうして化け物という噂があったのだろうか。

どっちでもいいや、どうでもいいやと尋賀は思考停止する。

――どうせ大方、オレが倒した魔物が異世界からたまたま偶然渡って来て、山を下り畑を荒し、その後山に戻るとたまたま偶然異世界に戻り、その後たまたま偶然、オレが異世界に渡ってしまったってとこだろ。と自己完結する。

思考停止するまでに答えを出せるところまで考えていたようにも思えるが、本人は面倒という言葉が真っ先に口から出てくるだろう。

剣を出しっぱなしのルシェールに、山の先輩とでも言ってほしいかのように自信満々の顔の美玲が、自信たっぷりの顔で言う。


「この矢薙 美玲! 山での狩りの手解きをして進ぜよう!」

「魔物相手なら蹴散らすからいいの!」

「この最強の騎士である私に死角はない! 狩りの時はいつだって魔物に襲われた時の想定を行っているのだ!」


きっと普通の山だったらしたところで意味などなかったのだろう。

けれども、この山は普通ではない。

魔物に出くわす可能性がある。現に尋賀は出くわした。

……のだが、そういう想定はやはり無駄になるのではないだろうか。

彼女のことだから、魔物だけではなく、突然異世界に行くだの、突然未知なる力に目覚めるなど、あり得ないことばかり想定しているに違いない。

それらの話に持って行かれないように、流れを優作がスッパリと切った。


「皆、空見てよ」


そう言われて、ナゲリーナと美玲とルシェールは見上げるが、見ようともしないで尋賀は口笛を吹いている。

優作が横腹を肘で突くが、彼は動じない。

仕方なく、尋賀を無視する優作。


「さっきまでボク達がいたデラッセ村が空に……!」

「うわ……なの。ひっくり返ったの……」


空を見る四人。

その眼に映る光景はさっきまで居た村が、空で逆さまに浮いている光景。

まるで、そっくりそのまま尋賀達の世界と異世界が入れ替わったかのよう。

彼らはいつの間にか頭上にある山から、今ここにある山まで気付かぬうちに移動していたことになる。


「これが世界同士が接近した状態……」


ナゲリーナは考え込むが、すぐに止める。


「今は急ぐ。考えるのは後」


考えるよりも急がないと間に合わなくなると、ナゲリーナがやや歩幅を大きくして先頭を歩き、残りの四名がその後を追う形で歩く。

今度は山を下りていく。


山を下りてすぐに広がる光景に初の異世界であるルシェールの反応は、


「向こうに畑があるの! この道、岩で出来てるの!? 一部の道が白色なの、変なセンスしてるの! 変な棒が突っ立てるの! 紐で繋いでてすっごいおかしいの! 異世界は変わってるの!」


大騒ぎ。

それも、彼女にはこの世界がおかしな世界だと認識されている。

そんな彼女に、一足先に異世界に来たことのあるナゲリーナが彼女に説明する。


「あの畑は植物の魔物を育てていて、大きくなったら煮込んでから食べるが、引っこ抜いた際魔物の声で心臓が止まってしまう危険性があるため近づかない方がいい。この道は巨大な一つの岩で出来ているものを巨大な人間が加工し、作ったもの。一部の道が白いのは異世界人は黒を認識するのが困難だから。その棒は『電柱』と言って、その紐を通じて移動ができる異世界人の基本的な移動方法」

「そうなの!?」

「違うよ」


ルシェールの驚きの声に間髪かんはつを入れずに否定する優作。

ナゲリーナは、異世界を知らないルシェールをからかいたくなったと言っており、確実にこのパーティーに毒されている。

一行は町の中を歩き始める。

町の中は異様な雰囲気で、静閑……と言うよりは静寂。むしろ音がない無とすら思わせる空間になっていた。


「人もいねーし、車も走って来ねー。……まさか本当に誰もいねーのか」


音がなければ人もいない。

生き物も、虫の一匹たりとも存在しない。

どれだけ辺りを見回しても、彼ら以外の存在を全く感じさせない。

当たり前のように居た人々が、姿を消す。

それが彼を異世界に来たとすら錯覚を覚えさせる。


「車って、もしかして馬車が走ってるの?」


そんな無の静寂をぶち壊す異世界出身の自由人。

彼女はこの異様な雰囲気に飲まれていない。

気付いているのかどうかも怪しくはあるが、そんな彼女に対応する尋賀。


「車ってのは自分で動く車って書いて自動車ってんだ」


尋賀は続ける。


「つまりは人力車ってことだな」


自分で動くと自分で動かすでは意味が違う。

この面子は、もしや誰一人としてちゃんと説明しようとする気がないのか。

はたまた誰一人として余計なことを付け加えない選択肢はないのか。

この面子の中で唯一の良心である優作がフォローする――


「とにかく、急いでアパートに行かないと! 先遣隊だって来るんでしょ!?」


――気はないようだ。

車の説明よりも大事なのはこの町に来る侵略者を追い出すこと。

余裕がないながらも気を引き締める優作。


「おうとも。今は目先の面倒を片付けよーぜ」

「うむ! この矢薙 美玲! 前は妥協したが、この町を救えるのなら必ずや勝利して見せようぞ!」

「わたしも負けない」


人のいなくなった異様な状況よりも、目先にいる騎士団の撃退が優先という尋賀に、以前、尋賀に戦争を止めることができないと言われ、口論になった美玲。そして、覚悟の伴った声のナゲリーナ。

皆が一丸となる。

一人を除いて。


「なんか……一人不真面目みたいな眼を向けるななの……」


四人の視線が一斉にルシェールに向けられる。

彼らの言わんとしていることを感じ取り、このパーティにおける騒がしい担当も黙る。

急に真面目な態度になるから、彼女が付いて行けなくなるのではないか。

だが、彼女は何かを察知したようで、彼女も真剣な表情に変わる。


「! 誰かの気配がするの! それも上からなの!」

「と、ちょい待て、のの女」


今まで人の気配を全く感じさせなかったこの町で、不自然な気配を察知し、剣の柄に手を掛けるルシェール。

それを手で制止させた、尋賀は一軒の家屋の屋根に向かって声を上げる。


「帰って来たぜ、ジジィ。変な土産連れてな」


変な土産という言葉にルシェールはレーヴァテインを見つめるが、優作は彼女を見つめたことで気付いてしまった。

変なお土産とは自分を指していることに。

憤慨するルシェール。

そんな彼女を宥める優作。

そして、二人の事を無視して屋根から姿を見せたのは、尋賀の師匠。

八十路に見える見た目は実年齢と比べると千年分は若い。

尋賀につけられた傷跡は現在、鉢巻きによって隠れており、袴姿にたすきを交差してさせている。

右手には先端部分に刃を取り付けられた薙刀。それに加えて脇差の如く木刀も腰に差しており、臨戦態勢というのが眼に見て分かる。


「なんじゃ。思ったよりも早く帰ってきたのう」

「事情が変わったもんだからな」


尋賀の師匠は躊躇することなく、屋根から飛び降りる。


「……『蒼炎』」


『神託』の時のように悲しそうな瞳をしながら呟くナゲリーナ。


「遂には消えてしもうたか」

「……『蒼炎』も同じことを」


尋賀の師匠は黙って首を横に振る。

俯きそうだった彼女は顔を上げる。


「お主は記憶を持った器に過ぎぬ。じゃがわし達の友の記憶を持っておる。『神託』が何と言おうと旧友には変わりあるまい」

「……わたしを、友達と?」

「友情の証は強い武器を作ろうとしたから生まれたわけじゃなかろう。込められた意味があったハズじゃ」

「最高の剣、最高の研究者、最高の武人……」

「我らの友情は形は変わっても姿が変わっても消えないはずじゃ」


コクリと頷くナゲリーナ。

少し嬉しそうに頬を緩ませる彼女だったが、尋賀は二人の話の間に割って入る。


「魔王様、話は後だ。ジジィ、ちょいと話がある」

「なんじゃ?」

「これからオレ達ぁー魔王様の魔法でやって来る騎士団を追い返す。協力してくれるよな?」

「無論じゃ。して先遣隊の様子は?」

「今にもこっちにやって来そうだぜ」

「ふむ……」

「つーわけで、二班に別れて行動してーんだけど」


優作達はそんなことを聞いていない。

尋賀は彼の考えを答える。


「一つの班は魔王様の魔法の護衛、もう一つの班は先遣隊をぶっ潰す。どうだ?」

「……お主の事じゃ。班のメンバーはもう決めているんじゃろ?」

「とーぜん」


尋賀は優作達に向けて言う。

親指を師匠に向けながら。


「つーわけで喧嘩担当はオレとジジィ。残りは魔王様の護衛な」

「ええー!?」

「そんな無茶な……」


声を挙げて驚く美玲に、無理だと思っている優作。


「貴様の背中は私が守ると言ったであろう!」

「無理だよ! いくらなんでも先遣隊って言っても大人数だよ!?」


二人とも抗議の内容は違ったが、二人で尋賀を止める。

だが、尋賀は布からレーヴァテインを取り出し、肩に乗せる。

こちらも師匠と同じく臨戦態勢だった。


「うっせー。いいから、ンなこと言ってる暇あるなら、魔法の準備しろよ」

「そうだけど……無茶だよ」

「負けなきゃーいいんだよ」


言い返そうとした優作だが、言い争っている暇など彼らには残されていない。

それこそ、尋賀の言った通りにしたほうがマシだった。

優作は渋々頷き、背を向ける。


「……分かったよ。急ごう、ナゲリーナ、美玲、ルシェ」


歩き始める優作。

ナゲリーナは言い残したことがあると、尋賀と師匠に向かって口を開く。


「私の魔法は二人も飛ばしてしまう」

「あん? じゃあ魔法が完成する前に魔王様の所にでも行きゃーいいのか?」

「そう。わたしのすぐ傍なら異世界に飛ばされない」


尋賀の師匠は顎を触りながら、考え事をしている。

やがて、考えがまとまったのか、質問する。


「コネクターズカオス現象を利用するのかのう?」

「そう。山で発生しているコネクターズカオス現象を利用、異世界にあるわたしの研究所のすぐ近くに飛ばす」

「……うまくいくのかのう?」

「計算式では上手くいくとでている。例え、計算式がダメでも必ず成功させてみせる」

「計算がダメならダメじゃろう」

「これはわたしの、絶対に成功させるという意思表明」


そうとだけ言うと、ナゲリーナは優作の後を追い走っていく。


「おっと、てめえらも行けよ騎士殿、のの女」


ナゲリーナに向けて親指を向け、彼女に付いて行けと言う尋賀。


「むぅ……」

「渋るなよ騎士殿。魔王様の護衛は立派な騎士の任務だろ?」

「う、うむ。そうだな! この騎士、矢薙 美玲! 必ずやナゲリーナを護りきってみせるぞ! ……だから尋賀、お願い、私達の街を守って」

「たりめーだっつーの。オレ、そう簡単には負けやしねーからな。護衛、ほとんど必要なかったって言わせてやるぜ」

「……任せたよ。信じてるから」


美玲が彼を信じ切った瞳を向けると、ナゲリーナの後を追うために背を向ける。

そして残されたもう一人、ルシェールは尋賀の師匠の顔をじっと見ていた。


「初代、騎士団長なの?」


そして、ルシェールは下を向いてぶつぶつと呟き始めた。


「……一緒なの……」

「なんか言ったか?」

「……まるで……」


尋賀の言葉が聞こえていないようで、彼女はまだ呟き続ける。

仕方ない様子で尋賀は背中を軽く蹴る。


「もたもたしてんじゃねー。とっとと行けよ」


ルシェールは何も言い返さず、歩いていく。

途中で何度も、尋賀の師匠の顔を見ながら。


「……なぜ向こう側の班に入れるんじゃ? あの異世界の騎士は高い実力を持ってるじゃろ? 少々変わっておるがのう」

「あいつは戦力になんねー。優等生と同じ今は役立たず……ヘタすると優等生以上に役立たずだからな」

「理由があるんじゃな?」

「あいつは、絶対にかつての仲間の騎士団を傷つけることも出来ねーし、倒れるところなんて見てられねえハズだ。だから、向こうの班に入れた」

「必要もない護衛にかのう?」


達観した微笑みをし、気付いたかと尋賀はレーヴァテインを持っていない手で頭を掻く。


「へへ。しゃーねーだろ。騎士殿は危ねーし、のの女も戦力になんねーからさ」

「護衛などなくても、ここで全て倒す腹積もりじゃろ?」

「おうとも。てめえとオレなら先遣隊くれぇーなら余裕だろ?」

「騎士団の実力は相当なものじゃぞ」

「てめえや、のの女とか見てたかんな。よぉーく分かってるつもりだぜ」

「じゃったら、お主も護衛に混じってきたらどうじゃ?」

「冗談言うんじゃねーよ。オレ、負けねーし」


師匠は何かを考える素振りを見せる。

尋賀は何を考えているのか、分からなかった。

ただ、彼には騎士達との戦いの事を考えているのだろうと思っていた。

『この時』までは。


「この気配、異世界から団体様一つ、光来なさったぜ」

「それは歓迎しているのかのう?」

「無論、してるだろ。異世界から遥々やって来たお客様には、それはもう手厚く歓迎しないとな?」


どんな歓迎が待っているのだろうか。

随分と尋賀の笑顔が眩しい。

悪い顔だが。


「ははは、どんどんこっちに向かってるな? 手間ぁー要らなくて助かったぜ」

「……そうじゃな」

「……? ジジィ?」

「なんじゃ」

「……いや、一瞬、なんか変なことを考えているような気がしてな」

「気のせいじゃろ」

「へへ、そうだよな。……そうだと、良いよな」


二人の目に、騎士団が映り、それぞれの獲物を構えた。


「まさかと思うけど、殺さねーよな?」

「もちろんじゃ」

「薙刀持って来るから殺っちまうかと思っちまった。んじゃ、心置きなく喧嘩祭り楽しめるな」


二人はその尋賀の言葉を皮切りに走り出した。






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