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元の世界より

二人は山を降り、やっと見慣れた場所に戻ってこれた尋賀は安堵の吐息を吐く。


「さすが魔王様、おかげで帰ってこられたわ。んじゃ、オレは行くけどお前はこれからどうするんだ?」


その質問にナゲリーナは無表情に答えを返す。


「この世界に興味はある。ついでにあなたにも興味がある。どっちがわたしの心を満たしてくれる?」


ナゲリーナは二つの興味の対象をどちらを選ぶか迷っていたようだった。

尋賀にとって、彼女がついて来られるのは溜まったものではない。


「オレは勘弁な。お前と付き合ってるとロクな目に遭わねえしな」

「どっちを満たすにしてもあなたにはいてもらわないと。わたしはこの世界に詳しくない」


尋賀は元の世界に戻ってこれたという嬉しさが一気に減退し、隠しきれない嫌そうな顔が表情に出ていた。


「オレ、もうお前と関わりたくねえんだけど」

「元の世界に帰ることのできた恩を返して」

「オレの身体を奪おうとしたこと、許してやるからチャラにできねえ?」


ナゲリーナは明後日の方向を向いて話を聞かない。

無視して、ついて来られても面倒だし、魔王だからとは言え、子供相手に乱暴なことも出来ない。

どうすっかな、これから寄る所があるんだけど。尋賀は左手で後頭部を抑えながら彼女をどうするか考える。


(ん?)


尋賀が困り果てていると、彼は一人の少年がこちらに歩いてきていることに気づく。

少年は尋賀の顔を見ると、ため息を吐きながら眼鏡のブリッジを上げる。

少年は尋賀と同じカッターシャツと、制服のズボンを履いていた。尋賀のボロボロでボタンが失くなってしまっているカッターシャツやズボンと異なり、アイロンをキッチリかけて皺一つない清潔感の漂う上下で、しっかりとボタンを留めていた。

尋賀がその少年に向かって手を挙げ軽く挨拶する。


「よっ、優等生。こんな山になにしに来たんだ?」


尋賀の発言にますます呆れたのか、少年は眼鏡を一度外すと、眉間を抑える。


「なにしに来たって? ボクは君を探しに来たんだよ」

「あっそ。そいつはご苦労なことで」

「何を他人事みたいに言ってるのさ」


尋賀のその答えに優等生と呼ばれた少年は、もはや諦めていた。尋賀のいい加減な態度や、学校の登校すらいい加減な彼に、何を言ってもダメだと。

彼の真面目な考え方や、キッチリした服装、眼鏡や黒色で染められていない髪は、尋賀の優等生という呼び方に相応しかった。

少年は外した眼鏡を掛け直し、再び彼に問いかける。


「そんなことより、もう山には入ったよね?」

「ん? もう山に入って獲物、狩っちまったぜ」

「やっぱり、もう手遅れだったか……」


少年は俯き、尋賀に静かに告げた。


「ねえ尋賀。その狩りをしても金は手に入らないよ」

「……そうかい。なんとなくそんな気ぃしてたんだよな」


尋賀はそう言って、あくびをする。

領主は尋賀に対して見下した目で見つめており、小さな声で悪口も言っていた。もっとも尋賀はその事をとっくに忘れているが。


「気づいてたの?」

「まあ、オレの事をあんまり良く思ってる奴なんざぁほとんどいねえって。それよりもよくそんな事分かったな」

「……美玲みれいのおじいさんが地主さんと電話しているところ、耳にしちゃってね。おじいさん、耳が悪くて電話の音量がでかいんだ。それで、電話相手の地主さんが君の悪口と、狩りに行かせておいて金は出さないって言ってたんだ」


美玲とは、尋賀の知る狩りに詳しい女性のことで、同時に騎士の妄想ばかりしている少女だ。そしてそのおじいさんは、美玲の祖父であり、同時に狩りとその『道具』の扱いを教わっている先生で、山の領主が雇おうとしたその手のプロでもある。


「ふーん。それで?」

「あとは君のところの大家さんに話を聞いて、それでここまで来たんだけど……」

「伝えるならもう時遅しだっての」

「君と違ってボクには授業があるんだよ。いつもサボってる君とは違うんだ。そんなことよりさっきから気になってたけど……」


少年はナゲリーナを指さす。


「一体この子、どうしたのさ!」

「山に落ちてたから拾ってきた」

「そんなポイ捨てされたゴミじゃないんだから、そんな言い方しなくてもいいだろ!」


別に少年は怒っているわけではないが、尋賀は捻くれた言い方しかしないしないため、彼には思う所があるようだ。もっと他に適切な言い方があるハズなのだ。それをしないのが彼には納得いかないらしい。もっとも、尋賀の事をよく知る彼は、尋賀のキツイ物言いや、相手を小馬鹿にするような発言は昔から治らない、病のようなものだと、やや諦めかけているが。

少年はナゲリーナと話しやすいように膝を曲げ、目線を合わせる。


「ボクは天城あまぎ 優作ゆうさくって言うんだ。君の名前は?」

「……ナゲリーナ」

「ナゲリーナ? ……外人さんかな? とにかくよろしくね」


優作はナゲリーナに優しく微笑みかける。

そして、すぐに尋賀に問いかける。


「ねえ、尋賀。この子の両親は?」

「どっか遠くに旅行してるんだと。それよりもこいつ、別に迷子じゃねーからほっといても問題ねえから」

「よくないさ。こんな小さい子、しかも外人さんでしょ? きっと、土地勘ないだろうから一人にさせておく訳にはいかないさ」


こんな小さい子……ねえ。

尋賀は心の中で、そう呟きながらナゲリーナを見つめる。

こんな小さな少女が魔王だなんて誰も思わないだろう。

この子供が魔王だという確証はないが向こうの世界の人間は少なくとも彼女を魔王だと認めているようだ。ならば、この子供は恐らく魔王で間違いはないのだろう。

魔王だと言うならば、彼女や尋賀が口に出さない限りその事が広まる事はない。余計な事を広める必要はない。

第一、それを言った所でこちらの世界で信じてもらえる話ではない。


「どうしたの、尋賀?」


優作は黙っている尋賀に首を傾げる。


「いや、腹ぁ減ったから今晩の晩飯想像してた」

「ふーん。珍しく考え事してるから何かと思ったら、やっぱりそんな内容なんだね」


尋賀は適当に誤魔化す。

そんな時尋賀は優作の顔を見て、あることを思いつく。


「そう言えば優等生。これから予定あるか?」

「ん? 特にはないよ」

「そいつを聞けて安心したぜ」


尋賀はそう言うとナゲリーナの首根っこを掴む。

掴まれたナゲリーナは宙ぶらりんになる。放して、とナゲリーナは言うが尋賀は無視する。


「……なあ、優等生。暇ならこいつの面倒見てくれねえ? こいつ、オレの事好きすぎて離れてくれねえんだわ」


ナゲリーナはすぐに違うと言うが尋賀は聞く耳を持たない。

優作はそんな彼に呆れた口調で話す。


「君が最後まで面倒みなよ。懐いてるんだったら君の方がいいだろ?」

「そうしたいのは山々なんだけどな、これからジジィのところに行くからこいつ、邪魔なんだよ。だからしばらく預かっといてくんない?」

「それなら、ちょっとだけ預かっておくよ。警察に連れて行けばいいよね」


警察に連れて行くと言われて尋賀は一瞬焦った。

彼女は異世界から来た人間である。

そんな彼女を警察にでも連れて行けば、魔王である彼女が何をしでかすか分らない。と言っても、どこに魔王がいても何をしでかすか分らないのは変わりないが、山の近くならば元の異世界に帰らせることができるかもしれない。

警察に連れて行くという選択肢を削った方が賢明だ。


「警察に連れて行くなって。ガキなんて適当にほっとけばいいんだよ」

「そういうわけにはいかないさ。だったら君の家に連れて行くよ」


ビンゴ。

尋賀は心の中で指を鳴らした。

優作が真面目な性格で、一度尋賀の家でナゲリーナをどうするか話し合おうとでも考えたのだろう。

事実、彼はナゲリーナとちゃんと話し合ってから、警察に届けるのか両親の元に届けるのか尋賀も混じえて話そうと考えていた。

尋賀はナゲリーナを優作に押し付ける。

そしてナゲリーナに向かって尋賀は軽く手を振る。


「それじゃ、大人しくしてるんだぞ。また変なオモチャ使ったら拳骨な」

「わたしの主張は?」

「聞かねえよ。今はお前について来られると迷惑なんだって。それにこの辺りの観光なら優等生にだって聞けるだろ」

「なるほど。それじゃあそうする」

「えらく聞き分けがいいことで」


あまりにも聞き分けのいい彼女に、また良からぬ事でも考えているのではないかと、尋賀は疑いそうになった。だが、尋賀と後で合流すれば、この世界の興味と尋賀の興味を両方を満たせる事に、尋賀は気づく。

尋賀は、安心しながら厄介者を押し付け、早々にその場を離れようとするが優作に呼び止められる。


「待って、尋賀! 君に伝えとかないといけないことが!」

「ん? まだ、何かあんの?」

「美玲の事なんだけどね。彼女、今日は気が立ってるみたいだ」

「ああ、妄想騎士様か……。それで、その妄想騎士様がどうしたって?」

「今頃躍起になって君を探しているよ」


優作が言うには、こうだった。

今日、山で尋賀と同じく美玲の祖父を含む数人で狩りに行ったが、美玲という女性もついて行くと言ったのにも関わらず、その祖父が彼女を連れて行かないと言った。

それが原因でイライラしていた彼女は、地主と祖父が電話してる時に、尋賀が山に行った事を聞いて、家から飛び出したらしい。


「オレの事、心配でもしてくれてるわけ?」

「絶対そんな事ないと思うけどなー」


優作は呆れた口調で言う。誰がどう考えても美玲は心配して尋賀を探してるというわけではなく、自身のストレスを尋賀にぶつけようとしてる……とでも言いたげな顔だった。


「全く、あいつの事はよく分からねえ。あいつの妄想も含めて、な」


尋賀もまた、優作と同じように呆れた口調で言う。

そして最後には二人は同時にため息を吐いた。

優作は話を続ける。


「それで、彼女、やじりのついた弓矢を持ってそこら中をウロウロしてるんじゃないかな?」

「……あいつ、その内捕まるんじゃねえの?」


尋賀は横っ腹を抑える。この間、美玲に弓矢を射られてかすりかけた場所だ。

いつもいつも本気で弓矢で狙ってくるため、尋賀はいつも命の危険があった。


「君にしか矢を向けないから大丈夫だって。それに君なら躱せるし」

「ははは。普通の人間がそんなに簡単に躱せるかっての」


冗談はよせと笑う尋賀に、優作は静かに呟く。


「普通の人間? 君が? 伝説の不良、坂巻 尋賀が?」

「……あんまりそういうこと言うんじゃねーよ」


伝説の不良。そう言われた尋賀は思い出したくもない過去をほじくられたかのように目を背ける。

それは、心の隅にしまいたい記憶の類ではなく、償わなければならない記憶だった。

優作は他人の心の傷を抉って楽しむような男ではないが、尋賀のそれは心の傷ではないことを知っていた。


「分かったら返事でもしてみたらどうだ」

「君のように捻くれて言うと、はいはい分かってますよーだ」

「あんまり似てねえのな」


とにかく、と優作は話を戻す。


「美玲が今は通り魔状態になってること、伝えたからね。この子は、しばらくボクが預かっておくから、適当な時間が経ったらこの子、君の家に連れて行くよ。その時にこの子の事、詳しく聞かせてもらうよ」

「へいへい。分かってますって」


尋賀は、どう説明しようかな、と悩む。

彼が一人で悩んでいる間に、二人はどこかに歩いて行く。


(あっちの方向ってことは図書館、か……。さすが優等生、本でも読めば時間を潰せるってか)


図書館なら、子供でも楽しませられるという考えだ。

一人になった尋賀は二人とは反対方向を歩き始めた。

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