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七日目の決戦手前

尋賀達が一週間の間滞在したナゲリーナの研究所の扉は閉じられ、一行は馬車を調達しに行く。

思い返せば、異世界はナゲリーナの研究所とフェルデファンとデラッセ村の三つしか行っていない尋賀達、日本出身者達。

だが、他の場所に行っている時間の猶予はない。

……なかったのだが、馬車の調達を町で行い、デラッセ村まで走ってくれる御者がなかなか見つからず、夜中にようやく見つけることができた。

結果的に四つ目の異世界の町を堪能できたわけだが、堪能したのは毎度のことながら暴走する美玲と、最後に眼に焼き付けようとしている優作のみで、尋賀、ルシェール、ナゲリーナの三名は特に何も思わず、何も変わらず、いつも通りだった。

そんなこんなで、御者と馬以外全員が、揺れるために寝心地が悪い馬車で寝ていた。

ちなみにナゲリーナと優作は二度目になるが、慣れないのか寝にくいのは変わりない。

朝日が刺す頃にはデラッセ村周辺に到着していた。

ナゲリーナは高い代金を払うと、馬車は走り出す。

不眠不休で馬車を走らせていたのだ。どこかで休むのだろうと優作は考えながらも、デラッセ村を見る。


「ウェルカムデラッセ村って感じじゃないよね」

「お母さん……」

「大丈夫だよ。きっとね」


騎士団らしき人物達が遠目に大量にいるのが眼に見える。

それも相当数。村の外周辺にも、なかったハズの大量のテントにもいる。

この村は閉鎖されているらしく、住人の姿は見えない。

恐らくナゲリーナの母親は今は別の所にいるのだろう。

優作はナゲリーナを宥めると、急ぎ、考える。


「これ……絶対歓迎されないよね? しかも迂回できないよね……」

「歓迎はされるんじゃね? 皆から剣向けられてな」


優作は眼鏡を外し、困ったと眉間を指で数回叩く。


「通るための策……この策はダメだし」

「言ってみろよ」

「ダメだよ。絶対ダメ」

「どーせ囮とかその辺りだろ?」

「!」

「ほーら図星だ」


優作は戸惑いの表情を見せる。

こんなことを言えば、誰かが囮役をすると言い出しかねない。

ナゲリーナの逃亡に協力した上に顔がある程度ばれている尋賀、優作、美玲。

騎士団が千年かけて追っている魔王、ナゲリーナ。

そして、その魔王討伐が果たせず、騎士団の法により死刑となり、逃亡したルシェール。

その誰もが適任だ。


「私が囮になるの」


果たして、優作が思った通りルシェールが言い出した。


「やめとけって。意味ねーよ」

「私が時間を稼げないとでも言うの! 私は騎士団の隊長クラスの実力なの!」

「どーせ全員向かってこねーだろ」

「向かってくる奴らを全員……倒せばいいの!」

「無理だろ。てめえ、仲間を傷つけられねえだろ。元が付いても、な」

「……うぐぐ、なの」

「それにてめえが囮になってもこの人数だ。大した効果もねーよ」


折角、決意のこもった言葉を出したのに、尋賀に簡単に論破されてしまった。


「ならわたしが薬品で爆発を起こす。混乱に乗じて町を駆け抜ければ」

「それも厳しいよ」


今度は優作がナゲリーナを止めようとする。


「なぜ?」

「やっぱり単純に数の理があるからね。この様子だと百人、二百人じゃ済まない。それを相手に強引に中央突破するのかい?」

「…………」

「それにデラッセ村の向こう側にも騎士団のテントがあるかもしれない。となったら山まで走る必要が出る」

「…………」

「それを爆発の混乱『だけ』を頼りに駆け抜けて、突破できると?」


ナゲリーナは頭を横に振る。

今度は優作がナゲリーナを論破した。


「ふはははは! この矢薙 美玲! 名案を思い付いたぞ!」


大きな声で宣言する美玲。

悲しいかな、全員頭を捻りはするものの、誰も聞く者、聞こうとする者はいない。

それでも構わずに美玲は言う。


「そう、空には敵がいない! ならば空を飛べば突破できるではないか!」


誰も反応しない。

誰も美玲の答えに対していちいちツッコもうとしない。


「あれ?」


いつもの演技口調も抜けて美玲は首を傾げる。

無視されることがそんなに予想外だったのだろうか。


「優等生。なんか案はねーのかよ」

「ふははははは! 実はもう一つ、穴を掘って突破する作戦があってな!」

「待って。もう少しだけ考えさせて」


尋賀と優作の間に割って入るもやはり、美玲は無視し、優作は何か方法はないかと作戦を練り続ける。


「もーいいよ! 騎士だって言って通してもらう!」


演技口調を止めてプンスカ怒りながら大きな歩幅で歩く美玲。

尋賀が呼び止めようとしたとき、優作は思いつく。


「騎士だって言って……? そうか、なるほど」


ーーー


「あのーすいません……。私、騎士団に入団したくて……」


視線を上げぬ少女が、テントで駐留している騎士団の団員に向かって言う。

服装はマントによく分からないオリジナリティー溢れているのが眼に見て分かるものだが、奇抜な服装の割に少女はしおらしい。恥ずかしがり屋なのか視線は常に下を向いており、眼は髪で隠れていて見えない。

そんな少女に対して男は表情を険しくして言う。


「騎士団の入団テストはここでは行っていない」


少女に鎧を着た男たち四人が取り囲むように集まる。


「と、友達と皆で騎士になりたくて、き、来たんです。お、お願いです」

「いくらなりたくてもここでは入団テストはできん」

「こ、こっちに友達も来てるんです、き、来てください」


少女はするりと男たちの間を抜けると、テントの裏側の方に回る。

男たちは互いの顔を見合わせると、四人とも後を追うようにそのテントに向かう。


「おいおい、やる気があるのは結構だがここでは――」

「そーか。オレのる気も見てくれよ」


尋賀の拳が騎士の男の一人に食い込む。


「なっ――」

「この演技派騎士のやる気もな!」


美玲は弓で騎士の男の顔を殴る。


「敵――」

「っと、黙ってろよ」


尋賀は布に入ったレーヴァテインを短く持ち、短い方で一人、長い方で一人の騎士の首筋を絶命させぬ程度に軽く叩き、気絶させた。


「加減はしたぜ。しばらく眠ってな」

「ごめんなさい! ちょっとだけ眠っててください!」


尋賀は久しぶりに喧嘩が出来て嬉しかったのか、口の端が上がる。

反対に気絶する騎士たちに聞こえてもいないのにも関わらず謝る優作。

そして、


「見よ! この演技派騎士、矢薙 美玲の演技力を!」

「……申し訳、ないの」


自身の、曰く『騎士団になりたいけど人と話すことが苦手で、だけど友達が勝手に自分の分まで申請したので折角だから友達と一緒に騎士団に入団テストに受けに来ました』という演技で見事演じきったことを誇る美玲に、反対に悲しそうに呟くルシェール。

パーティのメンバーそれぞれで対極的だ。

というよりも美玲のその演技は、そのまま友達が受からずに自分だけ受かってしまうノリではないのだろうか。


「落書きキース……こんな形で再会したくなかったの」

「知り合いか?」

「同じ隊だったの」

「わりぃ。緊急時だからな」


尋賀達は倒した四人から鎧を剥ぎ取る。


「今は前進むことだけを考えよーぜ」

「分かった……の」

「てめえには負荷は掛けさせねーよ。流石に倒さねーといけねーときは来るだろうけど、そん時はオレがやる。必要以上に怪我させねーから安心しな」

「……分かったの」

「……なるべくてめえには無茶させねーようにはするし、辛いもんはなるべく見せたきゃーねーけど、いざって時は頼むぜ」

「……仕方ないの。皆敵なの」


ナゲリーナを除いた四人は服の上に鎧を被る。

ルシェール以外の全員、苦労したものの何とか鎧を被れた。

しっかりと装備できているわけではないものの、とりあえず付けておけばいいというのは優作の言葉だ。


「このまま中央突破するよ。ナゲリーナを中心に隠して、ボク達は徒歩で、なるべく早足で進むよ」

「りょーかい、優等生」


優作の言う通り、皆がテントを離れ、デラッセ村の正面の門へと向かう。

優作の建てた作戦はこうだ。

まずは、テントの陰で騎士を四人連れて来て、その騎士たちから鎧を剥ぎ取る。

ルシェール曰く、鎧は騎士の象徴らしく、「騎士団は鎧さえつけていればそれでいいの!」、らしい。

なので、とりあえず鎧を装備し、一瞬だけ見れば「騎士だ」と思わせる作戦らしい。

多少目立ってもすぐに通り過ぎれば、正体を気付かれる前に通り過ぎることができるし、後から正体に気付かれてもすでに異世界に渡っているだろう、というのが作戦だった。

それにこの世界に写真はなく、彼らの顔は恐らくは口頭でのみ伝えられているのではないか。それならば、一瞬チラッと見た程度では、ほぼ正体に気付く可能性はないに等しいというのが優作の考えだった。

また、騎士団に顔が完全に割れているルシェールに関しては、ナゲリーナの後ろを歩き、その顔を見れないようにする。

その程度の対策しかなったが、それ以外に作戦がなかった。


「賭けになるけど……皆大丈夫?」


優作は門の一歩手前になって改めて確認する。

美玲の服は悪目立ちするし、皆がナゲリーナを隠しながら歩いても完全には隠し切れない、何名かは不審に思うだろう。

さらにルシェールに至ってはこの中でもっとも顔を見られてはならない。

だから、この作戦は危険度が非常に高い。


「立ち止まってた方がリスク、高くなるだろ。とっとと行けよ」

「うわっ」


鎧に慣れない優作を押す尋賀。

彼を置いて、先頭を歩き始める。

その後ろにピッタリと付いて行くナゲリーナに、同じくその両隣をピッタリと付いて行く優作と美玲、そして後ろのルシェール。

一行は門を通り、騎士団の団員達が大量にいる村の中を歩いていく。


(どうか気付かれませんようにどうか気付かれませんようにどうか……)


作戦を提案しながらも内心、祈るような気持ちで歩く優作。

すでに奇抜な格好をした者達が集団で歩いていると悪目立ちしている。

これでは話しかけられる危険性が高い。

多少のリスクは覚悟していたものの、話しかけられでもしたら、そのまま連れて行かれて一貫の終わりだ。


「……堂々としてろ」


尋賀に言われ、優作は唾を飲み込み、自らの呼吸を整える。

今、この一瞬さえ気づかれなければいい。

それだけだ。

ここを通り抜ければ命の危険から脱出できる、と。

ただ、そう考えを張り巡らすたびに、現状の命の危機を再認識させられ、心臓の鼓動が速く。

そしてより一層、呼吸の乱れが激しくなるのだった。


「……優等生!」


荒い呼吸が完全に尋賀に聞こえており、彼はその一言に「その荒い呼吸を止めろ」とでも込めたかのように言う。

優作はそのことを理解してはいるが、頭では理解できても体が言うことが聞かないらしい。

自分たちに向けられた視線が、向けられた銃口のように感じ、恐怖と焦りを加速させる。


それでもなお、彼は平静を取り繕う。

バレた時、優作だけではない。

尋賀も美玲もナゲリーナもルシェールも。

皆の命すらも危険になる。

人数分だけプレッシャーは膨れ上がるが、その分だけ優作の意思は、気持ちは強くなる。

鎧を着て、道を歩くだけで、重く、苦しく、息が苦しく、緊張し、汗は滝のように流れ、不安が募り、尋賀達に聞こえてるのではないかと思わせるほどの心臓の鼓動、何よりもいつまでも終わりが見えないことに心が押しつぶされそうになる。

けれども彼は独りじゃないと必死に自分を奮い立たせる。

一歩踏み出せば、奮い立たせ。

また一歩踏み出せば、奮い立たせ。

重い一歩を、確実に進めていく。

やがて……、


「やっと出口……!」


優作は出口の門が見えたとき、思わず重圧から解放された安堵からか、思わず声を漏らしてしまう。

まだゴールは見えていなかったものの、一つの中間点として、門が見えてきたのが相当嬉しかったようだ。

頭ではゴールはまだまだこの先で、気を抜けないと言っている。

だが、心は一つのゴールに到着したことに歓喜を上げている。

実際、出口にも多数のテントが見えており、まだまだ気を抜ける雰囲気ではない。

だが、心は頭で制御するものでもできるものでもない。

だから、一瞬の気の緩みに繋がったのが原因からか。


「おい。貴様ら。どこの隊だ!?」


門の前に立っていた騎士らしき男が不審に思ったのか話しかけに来た。

恰好からして、門番というわけではなさそうで、ただただ不審に思い、話しかけただけのようだ。

その何気ない疑問が……彼らをピンチに追い込む。


「あっ……」


優作はすぐに何か打開策を出そうと口を開くが、いつものように口が回らない。

口の中は酷く乾いており、のど奥まで乾いている。

言葉を出そうとして代わりに出たのが、無理をして漏れた息が「あ」という言葉になっただけ。

冷静に。

平静に。

利口に。

早急に。

そうやって無理矢理思考をフル回転しようとするが、むしろ真っ白になってしまう。

どうすればいい。

そうやって自問するが、答えが出る気配がない。

どうすればいい。

もう一度自問する。

質問されてから一秒二秒も経っていない。

が、焦りが死の間際の走馬灯が流れているかのように、一分にも二分にもひたすら長く感じられた。


「あ――」

「悪ぃ急いでんだ。団長の伝令を至急前にいる奴らに伝えなきゃなんね!」


優作が言葉にならない二の句を紡ごうとした時だった。

尋賀はさも急いでるかのように、いつもよりも早口で言う。

その雰囲気に騙されたのか、騎士の男も釣られて早口になる。


「早く行け! でないと先遣隊はもうじき出陣だぞ!」

「おう! 任せろ!」


まるで騎士団に長く在籍していたかのように、まるで伝令係担当のようにやり取りする尋賀。

多少のことでは動揺しない、彼の達観した性格と嘘で一行はこのピンチを切り抜け、先に進む。

途中、騎士の男が「子供?」と呟き、首を傾げたが、すでに男は背中。それも呼び止めるには急いでいるという事情が彼の頭の中にあることもあって、呼び止めようと考えるに至るには距離が遠すぎた。


一行はテントの群れの中を歩く。


「さっきはゴメン! 尋賀!」

「どーいたしまして。でも謝ってる暇があるなら急ごうぜ、優等生! もうすぐ出陣だってよ!」


彼らは山まで後もう一歩というところまで来ていた。

彼らが急いでいるのはテントの中にも騎士団の団員達が戦の準備をしていることと、空に浮かぶ異様な光景が広がっていたからだった。


「……ったく、久しぶりに戻ってきたら随分と変わってるじゃねーか」

「変わってるなんてレベルの話じゃないよね」

「男子三日合わざれば刮目して見よって言うもんな」

「意味違うし、男子関係ないよ。ワザとでしょ?」

「ンなことどーでもいいって。それよりも、『これ』どーにかしねーと」


歩きながら尋賀達は空に浮かぶ自分たちの町が、下を向いている姿を見ていた。

その光景は異様で、こちら側の世界の山が向こう側の山と隣接寸前まで接近しており、そこからを中心に地平線のように湾曲して山の近くの町の光景が見えている。

町の端っこは途中で切れており、雲一つない綺麗な青空が覗いている。

しかし、日常の中に非日常的光景が混じっていることが、彼らに異様な光景から来る、焦りや危機感を抱かせる。


「ちょっと見ないうちに大分とイメチェンしてるじゃねーか」


尋賀は前情報を知っているからか、いつもの軽口は変わらず、どう見ても彼だけは焦りや危機感を抱いていても焦っているようには見えない。


「イメチェンも違うよ。……それにしてもこの光景はまさしく……」


優作はフェルデファンのノデランスノ家で、ルシェールの父親から聞いた単語を思い出す。


「天よりも落ちる町」


ナゲリーナが続く形でその名称を代弁する。


「これが、私達の町だと言うのか!」


美玲は空を見上げながら目を見開く。


「これがサカマキ達の住んでる世界なの? ひっくり返って生活しているの!? 落ちないの!?」


驚きの声のルシェール。

だが、その驚きは本当に皆と同じものだろうか。


「急ぐぞ、てめえら。オレ達に時間、あまりねーみたいだ」

「でも騎士団を撃退する方が先」

「何にせよ急ごーぜ?」


慎重に、急いで。

彼らは歩んでいく。

騎士団の団員達は彼らを点で気にしておらず、戦いに向けて皆が精神統一を行っているようだ。

町の中以上に注目されず、呆気なく山のふもとにまで到達する。

鎧を適当に地面に捨てる。

優作は戸惑ったものの、持っていると邪魔になってしまうので仕方なくその場に置いた。

尋賀は胸をなで下ろす優作に、何でもないかのように言う。


「ここまで着いたら安心だろ」

「油断できないよ。先遣隊の出陣って言ってたから」

「……だな。急いでオレ達の世界に戻ろーぜ」


尋賀は一瞬、お前が言うなとでも言おうか考えたが、本人は自身の油断を自覚しているようで、その油断を振り払おうと自分に対して油断できないと言ったことを尋賀は感じ取った。

尋賀はそのままナゲリーナに視線を向ける。


「このまま山の中を歩けばいい」


尋賀の言わんとしていることを彼女は感じ取っていた。

一行は山の中を歩いていく。








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