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六日目の結束

フェルデファンを出た一行は再び馬車に揺られて1時間。

それぞれが得た武器を持ち、ナゲリーナの研究所に戻ってきた一行。

新たな布に入れられた尋賀の鋼製の棍棒に、ルシェールの腰に刺されたサーベル、美玲の袋の中に満杯一歩手前まで入れられた弓矢。

これらを手に入れるためにフェルデファンに行ったのだ。

その中で主目的は、仰々しい名称を付けられた、ナゲリーナ曰く約束の鍵レーヴァテインという名前の鋼製の棍棒なのだが、今はまだ鋼で出来た棒切れでしかない。

北欧神話から名づけられたそれは、今できることは完全な物理のみという代物で、まだまだ未完らしい。

そんな未完の代物でも、美玲にとっては、レーヴァテインという名前が心に来る物があるらしく、尋賀から奪い取ったそれをじっくり眺めている。

……名匠が作ったとはいえ、本当にただの鋼製の棍棒なのだが。


馬車から降り、徒歩で研究所があるところまで戻る。

戻ったところに、尋賀とナゲリーナの顔見知りが岩の上で立っていた。


「……また出やがった」


来るな、もしくは、顔を見せるなとでも尋賀の顔に書いてある。

茶色いローブ、身長の高さの割には引きずってしまうほど長い蒼い髪。

浮浪者と言われても間違いないかもしれない格好の男。


「……『神託』」


ナゲリーナが少ない表情の変化だが、声は僅かに上擦っていた。

『神託』と呼ばれた男はナゲリーナを見つめると、その表情はみるみる落胆で暗くなっていく。


「……やはり『黒獅子』は死んでしまったか」


その一言で、どこか嬉しそうだったナゲリーナの表情は暗くなり、酷く落ち込む。


「久しぶりに会って一言めがそれか? ボケ神様?」


尋賀は男を睨み付ける。

この『神託』と呼ばれた男はナゲリーナの、引いては千年前のブレアーの友人であるハズである。

それが、出合い頭に傷つける発言をしている。


「……尋賀、この人」


優作は尋賀の背中で、小さな声で確かめるように聞く。


「夢の中で出てきたろ? あいつがボケ神様だ」


反対に尋賀は『神託』にも聞こえる声で返す。

頷くと優作は思わず一歩下がる。

『神託』の妙な敵意に押されて。


「ボケ神様。そんな険しい顔してっと友達無くすぜ?」

「我の元友はすでに亡くなった。その存在を喰われてな」


尋賀は暗い表情になっているナゲリーナの背を叩く。

彼の言おうとしたことに気付いたのか、彼女は黙って後ろに下がった。


「そんで、今日は何の用だ? ボケ神様。魔王様の研究所はセールスお断りなんだけど」

「その者は『黒獅子』ではない。記憶を奪っただけの存在だ」

「今日は、何の、用だっつてんだ」


区切り、強調し、こちらも敵意をむき出しにし。

『神託』の目的は分からない尋賀だったが、前から気に入らないと言っていた彼は、完全に信頼していない。

一度、喧嘩で負けていることも彼が敵意を見せている理由にあった。


「我が来たのには理由がある」


『神託』が指パッチンと共に宙に現れたのは曲がりくねり、何か、巨大な生物に強引に引きちぎられたような鉄の棒。

その鉄の棒は地面に落ちる。

尋賀はそれを良く知っていた。


「オレの鉄パイプか。……随分と変なモンに転生しちまったな」


違うって、という小さな声でツッコみが聞こえてくる。

一度、鉄パイプが転生しただとかそういった話をしていたなと思い出しつつ、尋賀は続きを尋ねる。


「……で? オレのためにわざわざ届けに来てくれたのか? そいつぁーありがたいねぇー」

「違う。我の用はこれを届けることではない。これがなぜ、異世界に落ちていたかを尋ねている」

「さあ? 世の中、超常現象の一つや二つ、あんだろ」


『神託』は睨み付ける。

適当なことを言ってはぐらかす尋賀ではなく、後ろで、自らの胸を押さえ、心の痛みに黙って耐えているナゲリーナを。


「無秩序に世界の扉を開いたな」

「……そう」

「世界中でコネクターズカオス現象が起きた。そのせいで我の同業者達はこの世界の状態に気付いたぞ」

「……!」


表情に焦りを見せるナゲリーナ。

『神託』は続ける。


「もうじき異世界から異世界を管理する者達が大人数でやってくる。もはやお前たちがコネクターズカオス現象を解決する前に終わってしまうだろう」


突然の宣告。

ナゲリーナがそのまま黙り込む。


「んで、それだけか」


だと言うのにもかかわらず、尋賀は何でもないかのように言う。

ナゲリーナは驚き、尋賀の顔を見つめる。


「わぁーたからとっとと帰って、同業者に連絡とって、飯食って、テレビ見て寝てろ」

「前回と同じようなことを言っているな」

「なんだ。覚えてたのかよ。てっきり覚えてねえもんだと思ってたぜ」


煽る尋賀。

『神託』は態度を崩さずにいる。


「『黒獅子』も救えない貴様を信用できない。我の道具も貸した。我の魔法で我らの記憶を見せたりもした、結局は無駄だったようだな」

「その点は感謝してるんだけどな」


本当に感謝しているのかどうかは尋賀の表情からは読み取りにくいが、今の態度から言えば『どちらかと言えば感謝していない』が一番近いのではないだろうか。


「それだけだ。不用意に世界の扉を開いてしまったことを後悔するのだな」


背を向ける『神託』。

だが、勇気を振り絞ったかのような、かなり上擦った声でナゲリーナは呼び止めた。


「待って! わたし達に協力して!」

「協力だと?」


背を向けたままの神託に対して、ナゲリーナは息を整えてから話し始める。


「そう、協力。協力してくれればコネクターズカオス現象を止められる」


ナゲリーナの、表情の変化や慌てようは尋賀達にとって非常に珍しかったものであり、彼らにとって少しずつ当たり前とかしてきていたものだった。

だが、その変化を『神託』は旧友が完全に変わってしまったかのような、そんな悲しさを含んだ態度と口調しかしなかった。


「我は協力などせぬ。自力で解決策を練るのだな」

「……聞いてくれても」

「聞かぬ。我らがコネクターズカオス現象を解決するまでの間に解決すれば聞いてやる」

「それじゃあ遅い」

「と、言っても三日もすれば我らの準備は整うがな」


そうとだけ言うと、『神託』は姿を消した。

文字通り、一行の視界から一瞬にして。


「待って! ……待って」


ナゲリーナの制止は、届かず、無念そうに、悲しそうに、届かない言葉を虚空に向けるだけだった。


「ナゲリーナ……こんな言葉しか言えねぇーけど……大丈夫か?」


尋賀は明後日の方向を向きながら、慰めているつもりかどうか、分からない言葉を言い放つ。

ナゲリーナは無表情ながらも気丈に返事をする。


「大丈夫。ブレアーと『神託』は友達……でもブレアーの記憶を持つナゲリーナは友達じゃない。ただの器。だから、わたしと『神託』は友達でも何でもない」


無表情に淡々と、僅かに淀んだ声ではあるが、抑揚のない言葉。

だが、無感情というよりも無感情を演じている風にしか尋賀達には聞こえなかった。


「大丈夫。それよりも急いだ方がいい。期限が明確に決められてしまった」


皆がナゲリーナを心配する言葉を掛けようと、励ましの言葉を掛けようとした瞬間、それらを遮る形で彼女の口が開き、再び大丈夫という言葉を今度は皆に向けた。

それ以上、心配させないために。


ーーー

ナゲリーナを除く、尋賀一行は現在、ナゲリーナの研究室の入り口前で待機している。

曰く、「すぐに出発できるように」だそうだ。

彼女は約束の鍵レヴァンテインを持って研究所内に入り、二つの世界を救うための最後の仕上げをしている最中だった。


「……大丈夫かな?」


不安気に呟く優作。

何もなかったかのように、いつもの表情の尋賀は聞いているだけだった。


「この前のことで彼女のことが心配で……」


尋賀はまだ黙って聞いている。


「コネクターズカオス現象もそう。期限が三日なんて言われるし……」


そのことに関しても尋賀は答えない。


「異世界から異世界を管理する者が来る。この人たちは神って呼ばれている存在で……もうじき一斉に来るんだよね?」


彼の疑問に対しても答えない。

ただ一つ、コクリと頷くだけだ。


「期限が一か月だったはずなのに、どうしてこんなことに……。しかも、君の鉄パイプが異世界に渡って、そのことが原因でこの世界とボク達の世界がコネクターズカオス現象の問題が起きていることが神って呼ばれる人たちが知って、彼らはこの世界を壊すことでボク達の世界を救おうとしてるんだよね」


それでも尋賀は口を開かない。


「尋賀?」


いつまで経っても返事しないで黙ったままの尋賀。

彼が何かおかしなものを食べたのではないかと、顔を近づけると、視線を合わし、ようやく口が動いた。


「……協力って言ってたよな?」

「うん」

「そんで、世界を救うためには巨大な力がいるともこの前言ってたよな」

「……うん」

「そんじゃーもしかするとボケ神様から力を貰おうとしてたんじゃねーのか?」

「……かもしれないね」


尋賀は聞こえない声で気付いてたかと、口を動かす。

もしも、協力を得られれば問題の解決に一層近づいたかもしれない。

それどころか、最悪の場合、問題解決が不可能になるかもしれない。

様々な可能性を尋賀は想定していた。


「…………」


腕を組んで、再び黙る尋賀。

どうなるか、どうなっているか。

その真実を知っているかもしれないのは、この面子では今のところナゲリーナしかいないだろう。


「随分と難しそうな顔をしてるの。きっと変な物でも食べたの!」

「ふむ。何を考えているのか私にも聞かせてもらいたいものだ」


騒がしい二人が絡んできたことで、尋賀の顔は少し険しくなる。

達観していても、嫌な顔にはなるようだ。


「そーだな。トリカブトでも食ったかもな」

「何ッ! トリカブトだとッ!」


大げさなくらい驚く美玲。突然の大声で耳を塞ぐルシェール。

彼女が大きな声を出すのも驚くのも当然だ。

猛毒の植物なのだから。


「あれ食うと調子悪くなるよなぁー。夜、眠くなっちまう」


あまりにも適当な話だ。

というよりも彼はトリカブトの猛毒性について詳しく知っているハズだが。


「夜中に眠くなるのは当然だよ。尋賀のそれはバカは風邪を引かない、だね」

「……冗談になんつーこと言いやがる」

「トリカブトを食べれば酷くなるのは当然ではないか!」

「……そーだね」


適当な話にやや辛辣なツッコみを入れた優作。

そこまで適当に流されるだろうと思っていたが、ここまで言われると思っていなかった尋賀。

適当な話のツッコみに大きく反応する美玲。

優作の態度までもが適当になる。

無視されていた(もしくは話に入れていなかった)ルシェールが間に入る。


「それで何を考えてたの?」


他の二人を置いておき、尋賀に問うルシェール。

流石に観念したのか、ちゃんと彼女に説明する。


「世界を救うことで考え事をしててな」

「……サカマキは救えるの?」

「さあ? オレ一人じゃあどーにもなんねーからな。ちゃんとてめえらが手伝ってくれねえとな」

「当然なの! この私の力を見くびるななの!」


根拠のない自信を顔に浮かべたルシェールに、尋賀は考えている自分の姿が少しバカらしく感じてきた。


「わたしの手伝いを尋賀達がする、が正しいかもしれないが」


階段を上って来たナゲリーナ。

二人の話を聞こえていたらしい。


「よぉー魔王様。用事は済んだか?」

「もちろん」


ナゲリーナは布に包まれたレーヴァテインを両手で持って、尋賀に差し出す。

尋賀は何も言わずに受け取ると、布からレーヴァテインを取り出す。


「……特には変わってねーな」


最後の仕上げをすると言っていた割には何も変わっていない。

尋賀は、何らかの魔法を使えるようにするとは思っていたが、見た目も感じとしても変わった気配すらない。


「ここからがしんどい。これを完成させないといけない」

「まだ完成してねーってか。どうやって完成させんだ?」


尋賀は普通に質問した。

なのに彼女は寂しげな瞳で答える。


「友情の証を……破壊すること」

「友情の証って、今騎士団長のカの字が持ってるやつか?」


ナゲリーナは黙って頷く。


「でもそいつはジジィとボケ神様と魔王様の大事な剣じゃねーのかよ」

「大事。でも『神託』が力を貸してくれれば何も問題なかった。……だけど」

「……ボケ神様め。最後まで話聞かねーで行っちまいやがって」


勝手に言いたいことだけ言って去って行った人物に文句を言いつつ本題に戻す。


「そんで、コネクターズカオス現象解決には何が必要だったんだ? ボケ神様の魔力か? それの代用品が友情の証の魔力か?」

「……そう」


元気なく返事するナゲリーナ。

力……魔力。

『神託』の持っている力と友情の証が持っている共通の力は魔力くらいしかない。

だが、ナゲリーナの持っている魔力も、この世界で手に入る魔力も、少ないらしい。

だからその二つのどちらかから魔力を貰うのだろう、と尋賀は考えたのだった。


「しんどいのはそれだけではない。魔導砲を異世界の狭間に送るのに……三日かかる」

「……期限と被ってんのかよ」

「……そう」


再び元気なく、同じ返事をするナゲリーナ。


「まずが、デラッセ村に戻る。今、ここから出発しても半日近くはかかる。さらに御者もいるかどうか、だから」


馬車はこの世界における一番足の速い交通手段だとして、その馬車を操る御者がいなければ当然、待つことになる。

一行をナゲリーナの研究所近くまで運んだ馬車の御者には高い金を払っているらしく、本来のコースを大きくどころか、普段行かないところまで行ってもらったらしい。

一行をフェルデファンにまで送った馬車は定期的に往復する私営の交通機関のようなものらしかった。

つまり、かなりの距離を快く運んでくれる御者がいるかどうか、それによってナゲリーナの時間計算は左右されているらしい。


「ただし朗報もある」

「……朗報ねぇ? その朗報、オレ達にとっちゃー嬉しくねー話なんだけど?」

「……ごめんなさい。でも……世界を救えるなら……」

「ま、でも戦争の話がここに来て悪い話じゃなくなったかもな」


尋賀は、嫌な顔一つせずにむしろ笑っている。

戦争。

前回、『神託』が現れた際に、突如もたらされた情報。

それは、異世界の騎士達と尋賀達の世界が戦争になりそうだということだった。

『神託』曰く、現在は彼の力によって、尋賀の師匠が一人だけいる状態らしい。

もし。

もしも戦争になるというのであれば。

騎士団長のグレゴワースはその戦争に出陣するためにデラッセ村に来ていたのではないだろうか。

だとするならば、未だにグレゴワースが滞在している可能性があり、もう一度グレゴワースと戦うチャンスが生まれる。

同時に本目的である友情の証の破壊もでき、残り僅かの時間の中で、少ない時間で行動できる。

ちなみにルシェールは会話に参加する気配もなければ、知ってる情報がないらしく、騎士団内での戦争の話は何も知らないようだ。

……自称、実力だけならば騎士団で隊長クラスらしいが。


「へへへ。随分と楽しい喧嘩祭りになりそうだぜ。勝ち目ねーけど」

「勝ち目は、ある」


予想外の言葉に尋賀は驚きつつもナゲリーナの眼を見つめる。

真剣で、根拠がある。

自信に満ち溢れた眼だった。


「……そいつは聞きたいねえ? オレは勝てねえって思ってたんだけど」

「勝てる。そのための魔法がある」

「へへへ。オレ、魔王様の魔法を侮ってたみてえだな」


――それで、どんな魔法だ。

尋賀は続ける。

笑っていながらも、こちらも真剣な眼差しで。


「まずは向こうの世界で待ち伏せを行う。そこからわたしの魔法で『ここ』に強引に騎士団の団員を送る。そうすれば友情の証で身を守るはずのグレゴワースは独り、残される」

「魔王様。それ、上手くいくか?」

「尋賀の家の屋上でやれば」


尋賀は黙ってナゲリーナの眼をもう一度見る。

彼女は美玲のような妄言でもなければ、根拠のない言葉でもない。

上手くいくと確信している瞳だった。

そして、尋賀はふっと笑うと、彼女の髪をくしゃくしゃとやや乱暴めに撫でた。


「やめて」


嫌がる彼女に対し、笑う尋賀。


「ははは。勝てねえと諦めてたけど勝機が見えてきたんじゃね? 流石は弱くても肩書だけは魔王様ってことだけはあるぜ」

「弱いは余計」

「へへ。アパートの屋上に上りたきゃー、アパートの裏側に上るための脚立があるからよぉー。そいつ使って、上に上って、魔法使えたらオレ達勝てるんだよな?」

「まだ。グレゴワースがいる。騎士団をどうにかできても、グレゴワースを倒さないといけない」

「だったら大丈夫だって」


眼鏡のブリッジを上げる優作。

弓を持つ美玲。

サーベルを抜刀するルシェール。

髪を触るのを止め、鋼製の棍棒、約束の鍵レーヴァテインを肩に乗せる尋賀。

皆、やる気満々と言った感じだ。


「こいつらがいるからな。オレ達に負けはねーよ」

「うん」

「あと、殺すなよ?」

「分かっている」

「それにジジィもいるし、こりゃー勝ったも同然だな」

「その前に騎士団よりも先に異世界に渡っておかないと意味がない」

「わぁーてらー。騎士団が異世界に渡ってなくて、騎士団よりも先にオレ達の世界に戻れば勝利だろ? つっても、騎士団がいても、オレがぶっ飛ばすしな」

「……うん。期待してる。皆に」


皆が頷き、尋賀が笑う。


「さあ行こうぜ。ド派手な祭りにな」


尋賀はレーヴァテインの剣尖、というよりもレーヴァテインの先っぽを向ける。


「そっちはデラッセ村の方向じゃない」

「見え透いた冗談言ってんじゃねーよ」

「バレた」


皆が笑った。





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