純白の屋敷
尋賀が途中で割り込み、彼は積もる話は家で、と少年とお付きの者をノデランスノ家に案内させた。
見るものを圧倒する大きな屋敷。だが、街と同じく混じり気のない純白で、大きな屋敷が街の景色を潰すことなく、むしろ街のシンボルとまで言えるほどマッチした屋敷のデザイン。
優作はその美しさに息を呑む。
「これがルシェの家か……何というか凄いね」
「うう……なの。戻ってくるつもりはなかったの……」
ルシェールは下を向いて屋敷を見ないようにしているが、反対に優作はそれ以上の言葉が出てこないほど感動さえ覚えている。
そして、もう一人嬉しそうにしているルシェールの弟らしき少年。
ルシェール曰く、人違いらしいが。
「おとうさまにおつたえしにいってきます!」
少年は元気よく走っていく。
「おい。そんなに帰ってくるのが嫌なのかよ」
尋賀は肘でルシェールの肩付近を突く。
「帰ってくるなって言われたの。あと名前変えろとも言われたの」
「勘当されてんじゃねーか」
名前が違うわけだ。
「つーか弟なんだろ? 顔、覚えてねーのかよ」
「知らないの。覚えてないの」
「薄情な奴だな」
尋賀に言われたくないようで、嫌そうな顔をしている。
「だったら本名教えてもらっていい?」
「ルシェール・ド・ノデランスノなの。もう随分とこの名を語ったことなかったの」
「ドって言ったらフランス貴族っぽいね」
その一言で美玲が眼をカッと見開いて、優作を睨み付ける。
「ナ、ナゲリーナのフォンとかもドイツ圏の……」
彼女はグイグイと優作に迫っていた。
「フランスだとかドイツとか知らないしー。ここ、異世界だしー。関係ないしー」
「いや、でも……」
「知らないしー。たまたまの偶然だしー」
どんどん迫ってくる。
気に入らないことは言わせようとしない、どこかの不良の影響を受けている。
「そ、そうだよね。偶然だよねっ!」
「うむ! その通りだっ!」
完全に押されきってしまっている。
それもそのはず、彼女が近づいてくるために触れてしまうのだ。
顔を少々赤くさせ疲れ切った顔でぐったりとしている優作に対し、美玲は相変わらず活き活きとしている。
「そういやー魔王様。さっき魔王様と一緒に行動してるって言っておいたけど大丈夫か?」
主語が魔王様しかないが、もう一つルシェールの弟に、が入るのだろう。
「それで問題はない」
「そっか。魔王様ならアポなしで突然押しかけても歓迎してくれんのか?」
「ここの領主は歴代の誰もがわたしを最優先にしている。たぶん狼煙で連絡がきていると思う」
街の入り口の門番たちが狼煙を上げたのだろう。
「へえ。だったら話もスムーズにできそうだな。どんな話すんのか知らねーけど」
屋敷の中から男が一人出てくる。
隅々まで整えられた服装や髪形、第一印象から何から何まで一般の者とは違う。高貴な雰囲気をだしていた。
そして彼の髪色もまた、ルシェールや、その弟と思われる少年と同じ金髪。
「遠路遥々(えんろはるばる)ようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞ屋敷にお入りくださいませ」
男はそう言ってお辞儀した。
(語尾ねーのかよ)
(語尾は?)
(語尾がない?)
尋賀、優作、美玲の三人はそこにだけ注目していた。
屋敷の中に入る五人。
彼らは豪勢なインテリアや、絵画などを見回しながら案内される。
屋敷の入ってすぐの部屋、応接間に入る。
「どうぞおかけになってください」
彼ら五人に対して言う。
が、先ほどから妙にルシェールに無関心だ。
彼がルシェールの父親ではないからだろうか。
語尾がないし。
「失礼します」
優作は一礼してから椅子に座っているが、彼以外は何も言わずに座る。
彼は視線で注意するが誰にも届かない。
「本題の前に現在の器のお名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうかシュヴァルツレーヴェ様」
「…………あん?」
一間おいて、尋賀は自分に視線を向けられていることに気付いた。
彼は隣に座っているナゲリーナに視線を向ける。
「…………」
だが助け船が来ない。
優作や美玲など、他者にも視線を向けて助けを求めるが、美玲は気付かない、優作は先ほど無視されたからかそっぽを向く。
ルシェールには助けを求めたところで意味はない。
どうやら孤島に救助は来ないようだ。
「えー……」
尋賀はどうしようかと悩む。
正直にナゲリーナがシュヴァルツレーヴェだと言ってもいいが、彼女は子供。
信じられない可能性もある。
そんなことよりも、現状で助け舟を出さない仲間たちをどうするかを彼は考えていた。
「オレじゃなくてこいつが魔王様だ」
「ええー!?」
尋賀は優作を指さした。
その悪い顔は完全に船を沈みに行かせてる。
「それは申し訳ありません。では、改めてお名前を」
「え、えーっと……」
優作もまた、ナゲリーナに助けを求める。
やはりというべきか助け舟は来ない。
「え、えーっと……ナゲリーナです。ナゲリーナ・フォン・シュヴァルツレーヴェ」
「ナゲリーナ様ですか。承知いたしました」
今、彼は替え玉受験をしているような罪悪感に苛まれる。
実際に嘘を吐いたのは尋賀で、優作は嘘を吐いていないのだが、勘違いさせてるあたり彼が嘘を言っているようなものだ。
「前回の取引では様々な嗜好品の提供、ありがとうございました。とくに水を使ったあの芸術品が素晴らしかったですな」
あのと言われても優作にはどのあのもない。
「この街には芸術品が似合う。無償で提供したくなるほど」
「え、えーっと、この街の美しさは素晴らしくて、その美しさをさらに際だてられるならボクは喜んで作ります」
ナゲリーナが淡々と喋り、それを優作が表現を変える謎の通訳が起きている。
ナゲリーナが感情を込めて喋らないからか、それとも視線が常に何もないところに向いているせいなのか、ぼそぼそ喋っているからか、男は気付いていないように見える。
「今回はいかがいたしましょうか? 大抵の物は用意しておりますが」
「今回は物資は少々でもらえればそれでいい。今回の目的は別にある」
「きょ、今日のところは少しだけ頂けたらそれで結構です。それよりも本題ですが……」
優作は言っている途中で通訳なんていらないのではないかと思うようになってきた。
「この街の土地を欲しい。できる限り広めの土地を」
「この街の土地を譲っていただきたいのですが、よろしいでしょうか? 本日はそのことで参りました」
優作は言っておきながら不安になりながらも通訳する。
実はこれが本題じゃなかったとき話がこじれるじゃないか、などを考えながら。
「はい、仰せのままに。広さはいかがいたしましょう?」
「魔法を教えるための学校を作りたい。数百人規模の人間が出入りできるような広さの土地が欲しい」
「学校……ええっ!? 学校!?」
驚き、戸惑う優作。
おかしな通訳をしている二人を見ていて笑っているだけだった尋賀が表情を変える。
「どうかなさりましたか?」
「い、いいえ。その土地を使って魔法教育の専門機関を作りたいのです」
動揺。突如として学校を作りたいと。今までそのような素振りを見せたこともなかったのに。
「オレ達の世界からパクったんじゃねーの?」
口元を手で覆い隠し、小さな声と共にナゲリーナに視線を向ける尋賀。
「基本は丸パクりするつもり」
すぐに白状した。
しかも全てパクるらしい。
「魔法教育の専門機関と言うと学校のことですかな?」
「はい。その専門機関の建設と引き換えで取引を行いたいのですがいかがでしょう?」
「内容は分かりませんが、それならばこの領土に移住する者も増え、収益も上がることでしょう」
戸惑いつつも話をする優作。
早く助けてくれと言わんばかりに、ちらちらナゲリーナを見ている。
「……取引の内容はわたしの研究成果、その全ての開示」
「専門機関の建設の代わりですが、持っている研究のデータ全てと交換……え?」
言っている途中で気が付いたらしく、優作は再び動揺する。
間違いなく、全ての研究成果を渡すと言っていた。
「全ての研究成果をですか……!? こちらとしては願ってもないことですが……」
「は、はい。全ての研究成果と、交換で商談成立……でいかがでしょうか」
互いに隠し切れぬ動揺。
そんな中で尋賀は冷静にナゲリーナに問う。
「何のつもりだ? 魔王様」
「全ての研究成果を開示し、この世界を魔法で溢れた新たな世界にしてみせる」
「それで学校作るなんて言い出したわけか」
「そう。この世界は尋賀の世界よりも、魔法で進歩した世界へと生まれ変わる」
魔法で進歩した世界。
皆が魔法を使え、皆が魔法具を持つ。
そんな世界の姿が尋賀には見える。
「具体的には全ての研究成果を開示し、望むものには魔法を扱えるようにする。そして、学校でわたしが講師となって魔法を教え、最終的にはここが国の頂点となるまでに成長させる」
「え、えーっと……」
優作が戸惑う。
驚愕の連続。衝撃的な内容。ゆえに仕方がないかもしれない。
「つまりだ。魔王様は魔法を皆で使えるようにしたいんだよ」
尋賀がナゲリーナの肩に手を置いて言った。
彼なりのフォローかもしれない。
「それと兵器運用はされたくない。だから国にも騎士団にも魔法は渡さない」
「むっ! つまりはどうしたいのだ?」
尋賀も喋りだしたためか、美玲も喋り始める。
「兵器転換できる魔法は規制した上で、この街は国として独立。新たな住民を積極的に受け入れ、騎士団の圧政からの脱却および、国の衰退を促す」
「するとどうなるのだ?」
「住民たちは高い税を払わずに済む。問答無用の死刑もなくなる。独立には力も必要ない……つまり戦争を起こす必要もない。かつてないほどの歴史の転機となる」
かつてないほどの歴史の転機。
誇張とも思える表現に尋賀は笑って見せる。
だが、彼は決してバカにしておらず、むしろ面白い話を聞いて笑っている。
「へぇー。そんな簡単に上手くいくのかよ?」
「やってみないとどうなるか分からない」
分からないと彼女は言った。
今までは全てを分かっている口調だった彼女が分からないと。
「そっか」
尋賀がナゲリーナの頭に手を乗せる。
彼女は少しだけ微笑んでみせた。
「一体、何が何やらさっぱりなのですが……」
男はナゲリーナを見ている。
やっと彼女が喋っていたことに気付いたようだが、男は彼女の存在を疑問に思う。
「悪かったな。こっちが本物の魔王様だ」
「この娘が、新たなシュヴァルツレーヴェ様……ですか?」
やはり信じられない、といった眼で見ている。
「シュヴァルツレーヴェ様の転生の魔法は知っていましたが……子供だと何かと不便なのでは?」
「いつかは大人になる。身長だって伸びる」
男はそうですか、と言うと黙る。
疑い半分、信用半分といったところか。
「先ほどはボクがナゲリーナだって言って申し訳ありませんでした。それで、商談ですが……」
実際には尋賀が、嘘を吐き、彼が主語をつけなかったために勘違いされただけだ。
「それならば商談は成立させていただきます。シュヴァルツレーヴェ様の商談は今までハズレはありませんから」
「当然。わたしは最も優れた研究者の記憶を持っている」
踏ん反りかえる。無表情なのに。
誰かのマネだろうか。
「魔王様。もうちょい見下すような笑みがいてっ」
「子供にそんなことを教えない!」
「笑みができたら一人前の大魔王様だな」
「止まらないよね。君も……」
優作のチョップも、彼を止められる力は持っていない。
ちなみに『も』には美玲も入っている。
「フォーゲロンに連絡してほしい。それと昼食と交通費を用意してくれれば、後日研究データを全て渡す」
「承知いたしました。すぐにフォーゲロンに連絡いたします。それから……」
男はチラリとルシェールを見る。
彼女はずっと黙っており、終始横を向いている。
「いえ、なんでもございません」
(ルシェ……連れてこない方が良かったのかな?)
親子には想像以上に深い溝があるのかもしれない。
嫌がっていたものを無理矢理連れてきたことに、優作は罪悪感を感じる。
「優等生。仕方がねーだろ」
何も言っていないのに、察したのか尋賀は優作に対して言う。
「死刑になっているルシェを一人にする方がもっと危ないよね」
まるで自分に言い聞かせるように、小さな声で言う。
「お連れ様のお食事をご用意させてもらいます」
連れと言われて尋賀は気付く。
美玲がいないことに。
「どこに行きやがった騎士殿……」
またろくでもないことが起きそうな気がしてならない尋賀だった。
「失礼ながら私めも食事に参加させていただいてもよろしいですかな?」
男は彼らに尋ねるが、その視線はルシェールから離れていない。
(こっちもこっちで一悶着ありそうだな)
尋賀の視線は野生の狼の如く、男を睨んでいた。




