4日目の平穏
「ねえ、尋賀」
優作は起き上がり、尋賀に問う。
「空で何があったの? その前になんで空にいたの?」
「ん、まあ……」
尋賀は横になった状態から起き上がり、その場で座る。
「それは後で話すとして、だ。のの女が相当ヤバイ状態じゃねーの?」
「それは……彼女にだいぶ無茶させちゃったから……」
優作は心配そうにルシェールを見つめる。
額からは血を流し、彼女の呼吸は、今ではかなり荒くなっており、かなり苦しそうだ。
「骨でも折れてたらどーすんだ? 優等生?」
「ボクが非力なばかりに、彼女にかなり無茶を……」
ナゲリーナがルシェールの様子を見ている。
「――ッッッ!」
ルシェールの声にもならない声が響く。
ナゲリーナが腹部辺りを触った時だった。
「骨が折れている可能性がある」
無情な診断結果をナゲリーナが告げる。
「……マジかよ」
「やっぱり限界を超えてたんだ……」
ナゲリーナは注射器を一つ取り出すと、ルシェールの腕に注射する。
「痛み止めを打った。ルシェールをわたしの研究所の中までで運ぶ」
ナゲリーナは淡々と言った。
尋賀は彼女の足を両腕と横腹で挟むと、手をポケットに入れる。
「騎士殿。のの女を運ぶぞ」
美玲は彼女の骨が折れているかもしれないという言葉に少なからずショックを受けていたが、尋賀の言葉で我に帰る。
「う、うむ」
彼女はルシェールの両手を掴むと、二人は歩き出す。
「もっとまともな運び方をするの! イタタタなの……」
運ばれているルシェールは抗議の声を上げるが二人は聞いてはいない。
「……イノシシのようだ」
「イノシシ言うななの!」
今の彼女の格好は足を紐で縛られて運ばれている途中の猪のようだ。
あるいは、焼かれてる最中だろうか。
「ついてくる。わたしが必ず治す」
ナゲリーナはそう言って先導して研究所に入る。
尋賀は彼女が何をしようとしているのか分からなかったが、彼女を信じてついていく。
ーーー
研究所内の一室。
大きな水槽が部屋を陣取っており、緑色の不気味な色をした液体が入っている。
上れるように小さな階段が取り付けられている。
「ルシェールをその中に」
ナゲリーナは水槽を指差す。
しかし、尋賀の表情が歪む。
「……魔物、大量に入ってるのにか?」
ガラスの中に見える大量の魔物。
猪、狼のような陸型の生物の魔物に、鮫のような海にいそうな魔物。
鳥のような魔物すらいる。
それら魔物のオンパレードが液体の中で浮いている。
「……大丈夫」
不自然な間を置いて彼女は言う。
だがこれでルシェールが治るならと、尋賀はとりあえず頷く。
ナゲリーナは部屋にあるボタンを押すと、部屋一面、床にも天井にも壁にも幾何学模様が浮かび上がる。
「ねえ、ナゲリーナ。これは?」
優作が尋ねると、ナゲリーナは答える。
「優作の時とやることは同じ。あの液体の中に入ることで治癒能力を極限にまで上げることができる。ただし…………」
彼女は後半部分を声を小さくして言った。
その場にいた全員、彼女の言葉を聞き取れなかった。
「あんだって?」
「……心配する必要はない」
「あっそ」
尋賀はナゲリーナの言葉に何も言うことはない。階段を上り、水槽の上にまで上がる。
大きな水槽と比べて小さな蓋、しかし小さいと言っても人の身長の半分ほどの直径の円。
その蓋をナゲリーナは開け、人一人分入れるくらいの穴が。
「中に」
尋賀と美玲がルシェールをゆっくりと下ろすと、彼女は水槽の中を覗き込む。
「入る」
「ちょっと待つの! こんな魔物だらけの水槽に入りたくないの!」
「入る」
「それに息できないの!」
「早くする」
ナゲリーナが、覗いているルシェールを蹴った。
そのまま頭から液体に入る。
「どっはーなのっ! なんてことするの!」
「潜る」
「嫌なの! もう出るの! ってうわっ!」
ナゲリーナはルシェールの頭を踏みつける。
それでも出ようとするルシェールを踏み続ける。
そして、沈んだところですぐに蓋をする。
「ひっでえことしやがる」
「すぐに治すのは大変だから」
「知ってるけどよ。そりゃーねーよ」
尋賀は水槽の上から飛び降りて、中を確認する。
ルシェールは蓋を叩き、わずかな空気で脱出を試みているが、
「……あまり大きな音を出すべきではない」
蓋の上でナゲリーナが立っており、蓋は開かない。
叩いている内に、水槽の中のルシェールは何かに気づいたようで水槽の中を潜る。
当然、水槽を外から見ている尋賀には何が起きたのかすぐに分かる。
「おい! 魔王様! 魔物が目ぇ覚ましたぞ!」
「餌と勘違いして目を覚ました」
ルシェールが泳いで逃げていると、水槽の中の魔物達も追いかける。
「つーかこんな荒療治、骨に良いわけねーだろ。早く出してやれよ」
「大丈夫。逃げ切れる」
「根拠はあんのかよ?」
「……はず」
「ねーのかよ!」
尋賀は水槽のガラスを数回叩く。
彼女はその音に気づいたようで、尋賀の方へと振り向く。
「そいつら剣でどうにかなんねーか?」
ガラス越しだったものの、彼女に声が届いたようだ。
細剣を抜刀し、魔物めがけて突きを繰り出す。
優作には剣の動きが見えなかった。
「すごい……。ルシェの剣って水中の中でも速いんだね」
「……おい、嘘だろ?」
優作は改めてすごいと言っているのに対し、尋賀の頬に一筋の汗が流れ落ちる。
ルシェールも同じで、ガラス越し緑色の液体の中だというのに表情がおかしい。
優作は何が起きたのかすぐに分かった。
「お、折れてる!」
剣はいつまで経っても優作には見えなかった。
見えるはずがない。
なにせ、突いたとたん刀身がなくなってしまったのだから。
「――――!」
ルシェールは何かを言っているようだが、声は届かない。
「私の剣をヒビをいれたのは誰なの! だとよ」
「尋賀って、読唇術できたっけ?」
「いや、勘」
「勘って……」
ついでにルシェールのモノマネをしているが、似せる気がないのか特に上手くない。
その上手くないモノマネを聞き、水槽の上で一人、そっぽを向く人物。
「騎士殿? てめえ、何か知ってるのかよ」
「わ、私は悪くないぞ! いや、私は何もしておらぬ!」
「動揺しまくってらー……」
尋賀は呆れて口に出して追求する気にもならなかった。
魔物と戦っていた時に、ルシェールの剣が投げられた時に、美玲が矢を射て飛んできた彼女の剣を吹っ飛ばした。
その時に剣が傷ついたのだろうか。
そうこうしている間に、ルシェールと魔物達の競泳は続いている。
「――――!」
「早く出すの! もう痛くないの! 多分治ったの! ってさ」
尋賀が水槽の中の彼女の言葉を、彼曰く勘で答える。
優作の時とは違い、もういいのかナゲリーナは蓋を開ける。
「…………」
彼女は緑色の液体の中を見つめて立っている。
見つめるだけで……動かない。
「おい、とっとと出してやれよ」
「出てくるのを待っている」
だがルシェールと魔物の追いかけっこはまだまだ続いており、彼女は蓋が開いたことを気づいていないようだ。
しかも、息も限界らしく、相当苦しそうだ。
「……ちょいと水族館の魚になってくる」
尋賀は一度上った階段を再び上った。
ーーー
「…………」
ルシェールは物言わない状態で床に転がっている。
どこからともなく鈴の音でも聞こえてきそうなくらいだ。
ビショビショで、これで液体に臭いでもついていたら最悪だろう。
尋賀はカッターシャツを脱いで、絞りながら呆れた声で言う。
「ひっでえ有り様だぜ……全く……」
「わたしのせいだから。どうしても治したかった」
「魔王様……」
ナゲリーナの虚無的な言葉と裏腹に、悲しそうな声を尋賀と優作は感じ取った。
今までは全く感じさせなかった感情を、周りにも微かに分かるようになっていた。
だが、
(もっと他に良い方法なかったのかよ?)
(他にもやりようがあるよね)
二人はナゲリーナに背を向けてこそこそと話す。
「何か言いたいことでも?」
「ねぇよ」
「ない……です」
尋賀と優作はナゲリーナと一方は目を合わせず、一方は目を合わせられないでいる。
彼女は二人の言葉を信じて、ルシェールの容態を見るために近づく。
美玲はそんな惨状を、相変わらずの妄想とその他もろもろの効果を掛けて見ている。
「さすがは魔王ナゲリーナだ! 素晴らしい治療だったぞ!」
「どこが? ボクの数千倍荒療治だよね?」
優作の時は手の怪我で、注射と魔法で一日掛けて苦労して治療した。
それに対して、彼女の治療はすぐに終わるが、何故か魔物が入っている。
「だが骨折が一日で治ったというのだ! さすがとしか言いようがない」
「下手したら死んでたけどね……」
「ふっ。ルシェールがあのような魔物ごときに負けるはずがない!」
「骨、折れてるんだけど……」
「ちょうどいいハンデではないか!」
「剣、折れたんだけど……」
「魔法とは素晴らしいな!」
「いつになく前向きだね、美玲」
美玲はいつも以上に絶好調だ。
声も大きく、表情も豊かで、いつもよりも暴走気味だ。
「今日という日を祝うぞ! ボタン鍋だ! 猪を狩ってボタン鍋を用意するぞ!」
美玲はそう言って目にも留まらぬ速度で部屋を出て行った。
「大丈夫かな……」
「どうせロクでもねえオチ引っさげて帰ってくるんだろ?」
「あはは…………かも知れないね」
優作は乾いた笑い声の後、深いため息を吐いた。
「そんで、あの不死者の魔物はどうなったんだ?」
騒がしかったこの部屋が静かになり、尋賀はここぞとばかりに壁にもたれつつ優作に質問する。
「うん。倒したよ。ほとんどルシェが」
「骨折れるくらい無茶しやがって」
「でも彼女の頑張りがなかったら。ボク達、最悪死んでたかも……」
「へへ。何があいつをそんなに動かすのかねえ?」
「分かってて言ってるんでしょ?」
「まーな」
ただ新たな仲間のために。
そんなことを言う彼女の姿が尋賀の眼に浮かぶ。
「それはそうと君の鉄パイプは?」
「異世界行って転生した」
「……一体なんの話かさっぱりなんだけど」
「鉄パイプは異世界に行って転生した」
「主語が欲しかった訳じゃなくて」
「今頃、異世界で大活躍してんじゃねーの?」
「……ごめん。もういい」
尋賀の適当な返事に、優作は疲労を感じた。
もっとも彼が捻くれているのは、優作には良く分かっている事だが。
「とにかく失くしたんだね?」
「まーな。オレのは失くしたところで別にいいんだけど……」
尋賀はルシェールの側に落ちている刀身を失った細剣を見つめる。
沈んでいた所を尋賀が必死になってサルベージしたものだ。
「騎士団の給料三十年分だっけか」
「あの剣そんなにもするの? 桁違いに高くない?」
「上手いこと言ったなんて言わねーぞ」
「そんなつもりで言ったわけじゃあないんだけど……」
尋賀とルシェール。
尋賀は鉄パイプを失い、ルシェールは給料三十年分の細剣が折れた。
しかし、優作にはもう一人武器で失った人物を知っている。
「私としたことが! 矢がないことを忘れていた!」
扉をバンッと開け、開口一番に矢がないことを言う、自称騎士を。
「魔王様以外、武器使えなくなったのかよ」
「いや、まだ私は戦えるぞ!」
「へいへい。魔王様と騎士殿以外、武器を使えなくなった、な」
美玲はまだ弓で直接殴って戦えるとでも言わんばかりに鼻息を荒くする。
ただ、女性として、周囲に聞こえるほど鼻息を荒くするのはどうだろうか。
「……武器を調達しに行く」
ナゲリーナは今までの会話を聞いていたようで、唐突に言う。
「ま、物騒な世の中、武器があったほうが安心できるしな」
「それもある。けど正確な目的は別にある」
彼女は続ける。
「武器以外にも物資の調達をしに行く」
「そのついでってことか」
「どちらも重要なこと」
「……武器と物資、両方が必要ってか?」
「そう」
ナゲリーナは少々言いにくそうに間を置くと、彼女は言う。
「今のままでだと、コネクターズカオス現象を解決するのに力が圧倒的に足りない」
「ふーん。じゃあどうするんだよ?」
「少し大変な方法をとる」
「ま、二つも世界かけてんだ。楽して救えるなんざぁー思ってねーぜ」
突如、部屋一面の幾何学模様が消える。
「んだよ。停電か?」
「研究所内の魔力が消えた」
「停電みたいなもんか」
「ついてくる」
ナゲリーナが再び先導して歩いていく。
「……騎士殿。のの女が風邪引かせないように頼む」
「うむ! 分かったぞ!」
「……変なことすんなよ?」
「む? うむ」
「なんかすげー不安なんだけど、頼むわ」
尋賀と優作はナゲリーナの後を追い、部屋から出て行く。
ーーー
三人は研究所内の螺旋階段を何段も降りていく。
明かりはほとんどなく、ナゲリーナが持つロウソクの火だけが頼りだ。
「どこに行くんだ? 魔王様?」
「採掘部屋」
「研究所の中に採掘場あんのか。なんでもありかよ」
かなり深いらしく、螺旋階段を降りても降りても終わりが見えない。
頼りない明かりしかなく、ほとんど見えない。
「……採掘部屋では魔力を含んだ鉱石が採れる」
「そうかい。そんなもんが埋まってるなんて、まるで石炭みたいだな」
珍しくナゲリーナの方から話題を出す。
「ずっと気になってたんだけどよ、結局魔力ってのは何なんだ?」
彼女は立ち止まって振り返る。
ちょうどロウソクの炎が彼女の顔だけを照らし、影が少々恐ろしさを演出する。
「魔力。それはこの世界には本来存在しないもの。魔法を使うためのエネルギー源。様々な世界に存在しているもの」
「ふーん。で、元魔王様はその存在を計算で導き出したと」
「そう。そしてこの世界には人間は体内で魔力を生成できない、一度液状にして注入しなければならない。つまりわたししか魔法を使えない」
彼女はそう言って、少し考え事をする。
「どうしたよ、魔王様」
「……いや、今後の身の振り方を、少し」
「……そうか」
尋賀はどう返せばいいのか分からなかった。
しばらく間が空くと、優作も会話に参加する。
「魔力って、液体でも空気でも固体でもない。漫画だとかで出てくるそういうものだって理解しておけばいいかな?」
「……好きに解釈すればいい」
優作の言葉が彼女に伝わってるかやや怪しかったが、特に難しく考える必要はない、ということなのだろうか。
そんな中、尋賀が立ち止まってないで降りろと先頭のナゲリーナに文句を言う。
彼女はまだ話し足りないのだろうか、渋々前を向いて降りていく。
しばらく沈黙が支配する。
かなりの段数を降りた所で、無限にも思える階段が終わりを告げる。
「着いた」
地下深くの扉の前で立ち止まり、ナゲリーナは少し息を乱しながら言う。
「これ、登りは辛そうだけどな」
「うぅ……ボク、登れるかなぁ?」
優作は上を見上げてみるが、今度は上が暗くて全く見えない。
「この扉の向こうが採掘場か」
尋賀は扉を開けると、ドリルのような物に、石がゴロゴロと転がっている。
ナゲリーナは部屋に置いてある袋を手に取ると、次々と石ころを入れていく。
「これが魔力を含んだ鉱石ってやつか」
「ねえ、これってただの石だよね?」
優作はどんな形をした鉱石か色々と想像していたが、ただの普通の石ころだった。
「ただの石ではない。どこかの魔力で発展した世界。恐らくその世界の物」
「ここともオレ達の世界とも違う、魔力で発展した異世界か。魔王様は行ってみたいか?」
「……わたしはもういい」
「ん?」
「……なんでもない」
彼女が何を思っているのか、尋賀は分からなかった。
「ねえ、尋賀。ナゲリーナ、ちょっと変わってない? どこか明るくなった気がする」
「そうか? そうかもな」
「君は変わらないけどね」
「昔とは変わったろ」
「面倒臭い人間だって言うのは一生変わらないよ」
「へっ。どこがどー言う風に面倒臭いのか、是非ともお教え願いたいねえ」
「そういうところ」
尋賀はこれからネチネチと嫌がらせのように問い続けようかと思ったが止めた。
「何を遊んでいる?」
「っと、わりー」
「これで研究所内の魔力は元に戻る」
ナゲリーナは先に部屋から出て行こうとするが、すぐに異変が起きる。
「ねえ、ナゲリーナ! フラフラだよ!?」
「……わたしが頑張らないと」
「そんな状態で無理なんてしたら倒れちゃうよ!」
と、優作がちょっと声を大きめに言った時だった。
彼も自身の頭を押さえて、ふらふらと座り込む。
「あ、あれ?」
「寝てねえーだろてめえら」
「だって、寝てられる訳ないじゃないか。君一人に何もかもを任せたまま、ね」
「さすが優等生、病み上がりなのに見習いたいくらいだぜ」
ナゲリーナは無理をして立ち上がろうとするが、尋賀が両肩を押さえて座らせる。
「……まだわたしは頑張れる」
「無茶すんなよ魔王様。魔王様はずっと寝てねえはずだからな」
「……ブレアーの支配が強かった時は探究心が刺激されて、要求のまま行動できたのに」
「…………」
「尋賀?」
「ん? ああ、まあ、あれだ。今日のところは何もせずに休め」
何かをあからさまに濁す尋賀。
いつもなら、息を吐くように嘘をつく彼だが、妙な間が彼に何らかの懸念点があるのがバレバレだった。
優作が指摘せずに黙っていると、尋賀はなんともない口調で言う。
「今日は休みってことで、みんな何もしねーで休日を満喫しよーぜ?」
「でも……」
「つーかてめえに至っては今まで一度も寝てなかったろ? 今日一日何もする必要ねーから寝てろ」
ナゲリーナは悩むが、尋賀の後押しをするように優作も続く。
「今日はゆっくりしようよ。ボクらも手伝うから、ね?」
「……分かった今日一日だけ」
ナゲリーナはそう言うと、その場で座り込む。
「疲れた」
「おい、ここで休まなくてもいいだろ?」
「疲れた。一歩も足が動かない」
感情のこもっていない声でナゲリーナは言った。
「それくらいは頑張れよ」
「動かない。足の神経が切れた」
「なんつーバレバレの嘘吐いてんだよ」
「お父さんならわたしをおんぶしてくれた」
「だから?」
「じゃあお父さん、おんぶして?」
「誰がお父さんだ。老けてねーよ、オレは」
ナゲリーナは座った状態で尋賀の制服のカッターシャツを二回引っ張る。
「なんだよ」
ロウソクを持つ手を尋賀の背後の方に向ける。
「優作が」
優作が頭を押さえながら座ったまま動かない。
「優等生、風邪再発したか?」
「ちょっと、辛くて」
「そっか」
適当に答える。
「お父さん、冷たくなった。昔はお母さんとわたしを一緒におんぶしていたのに。どうして?」
「そんな事実ねーよ。でっち上げるな」
「それでも体調が悪くなった人を心配するべき」
「オレ、不良だから優しくなんてしねーぜ?」
だが、テコでも動きそうにないナゲリーナに、大分疲弊している優作。
尋賀は悩む。
暗い場所で時間をかけても、休まるものも休まらない。
そんな状況で彼に残された選択肢は一つだ。
「オラッ! 落ちんじゃねーぞ、てめえら!」
尋賀は強引に立ち上がる。
その背中には優作、さらにその背中には袋を持ったナゲリーナがいる。
だいぶと曲芸染みている。
「ごめん、尋賀。こんなことさせて」
「うっせえ! そう思うなら、ちっとは力つけろ!」
「快適」
「……魔王様、ガキなら体力くれーあり余ってるだろうに」
一歩、また一歩。
ゆっくりと上っていく。
「まるで……仲良し家族」
尋賀が一人、踏ん張っている間、ナゲリーナはポツリと呟いた。
「ああ? 何が?」
「わたし達の仲」
「へっ。そこまで仲は深まってねーよ」
「そう?」
「つーか、魔王様。それ、騎士殿に言うなよ」
「どうして?」
「めんどくさくなるからな」
優作は、背負われながら背負っている状態で会話に口を挟む。
「ちょっと、辛いんだけど……」
「やっぱ背負うだけ無駄か?」
「こんな無茶するよりも、なんだか歩いた方が良いような気がしてきた」
「そりゃーそーだろーな」
尋賀は優作をゆっくりと下ろすと、ナゲリーナは飛び降りる形で優作から下りる。
「魔王様、もういいのか?」
「いいや、わたしの足はテコでも動かない。例えここで果てても」
「……果てんなよ」
仕方なく、彼がナゲリーナを背負う。
「尋賀なら置いて行くとか言いそうなのに、今日は割と素直だね」
「別に、なんだっていいだろ」
「……ふーん、そう」
「置いてってもいいんだぜ?」
「ごめん。できたらゆっくりで」
ーーー
三人は水槽のあった部屋に戻る。
そこで、美玲は紙に絵を描いていた。
「一応聞くが、騎士殿。何してた?」
「むっ! 坂巻 尋賀、もう戻ってきたか! 実はルシェールの着替えのデザインを考えていたのだ!」
『着替え』という言葉に反応したのか、ルシェールは飛び起きた。
「また着替えなの!?」
以前に一度腰を打ったというルシェール。
彼女がそこまで反応するのは一体何があったのだろうかと、そこまで考えて尋賀は思考を止める。
「つーか服のデザイン考える前に拭けよ」
「むっ! そう言えばそうだったな!」
「その考えが無かったか」
手をポンっと叩くが、普通は着替えさせるにせよ、濡れた身体を拭くことが先決だ。
「夫婦漫才」
「夫婦漫才してねーよ」
またナゲリーナだった。
彼女は本当に何を考えているか、今まで以上に尋賀には分からなかった。
「美玲と尋賀が一番お似合いの夫婦?」
「似合ってねーよ。まだ家族設定押すのかよ」
ナゲリーナは口元を隠す。
表情はないが、尋賀はどうしても隠した口元がによによしているように見えて仕方がない。
「夫婦かぁー。それを考えたら美玲って一途な乙女かもね?」
そして、もう一人のメガネをかけた少年のによによ追撃。
「なんで騎士殿がオレのこと好きみたいに言ってんだよ」
「だって、美玲にとって君は特別な存在だからね」
「……オレ達は寒いんだよ、そーゆーことにはよぉ」
現に美玲は首を傾げている。
「尋賀は鈍感、美玲も鈍感。君の言うとおり、本当に寒いよね」
さらに新たなによによの新参者。
「へぇ〜なの。そーゆー関係だったの。感心なの。」
「てめえら、今日は随分と気持ちわりーな」
「一体何があったの〜〜〜」
語尾をわざと伸ばす。
尋賀を中心にによによした者達が、三角形になって囲む。
「…………」「ふふふ……」「にひひひひ、なの」
「久しぶりに喧嘩関係なしで殴り飛ばしたくなったぜ」
ついでに美玲は全員を無視してイラストの続きを描いている。
「ほら、見ろよ。騎士殿とは縁遠いだろーが」
「じゃあ君はどうなのかな?」
優作はわざとゆっくりと喋る。
聞き取りやすくというわけではなく、あからさまに追及している。
「別に」
「君にとって美玲は何なのかな? ただの友達? 好きな人?」
「オレのバカな仲間達のうち一人」
「ひどいよ、尋賀。急にボク達に悪口言って……」
「へっ。バカなことばっか言ってるからだろーが」
尋賀はいい加減、面倒に感じてきたのだろうか、三角形から抜け出す。
「どこに行くの、尋賀?」
「適当にぶらぶらするか、仮眠室でも行って寝てくる」
「随分と大雑把だね」
「休日って言ったら大体こんな感じだろ?」
そうとだけ言い残して、尋賀は一人で部屋から出て行った。
「むっ! 休日とはなんだ? いつの間に休日になったのだ!?」
休日という言葉に反応して、美玲は手を止めて顔を上げる。
何も知らないであろう、美玲とルシェールに聞こえるように優作は言う。
「ここのところ色々あったし、尋賀が今日は休もうって」
彼は、小さく欠伸する。
「……ボクも仮眠してこようかな」
そう言って、尋賀の後を追うように部屋から出て行った。
「じゃあ私も好き勝手してくるの。服、乾かしながら水浴びでもしてくるの」
「わたしは……研究以外のことを」
ルシェールとナゲリーナも出て行く。
「むっ! ならば私は服のデザインでも考えようではないか! 誰か手伝ってくれる者はおらぬか!」
美玲がそう言った途端、彼女は気づく。
「……誰もいない」
ポツリと呟く。
すでに全員出て行った後だった。
彼女は一人でデザインの続きを考え始めた。




