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帰還

「なあ、魔王ってのは結局なんなんだ?」

「どうして唐突にそんな事を?」

「いや、道中暇だから世間話でもしようかと思ってねえ」


尋賀とナゲリーナは初めて二人が出会った山を登っている。その時は片方は眠っており、初めて出会ったとは言いにくいが。

尋賀の質問に、ナゲリーナは無表情に淡々と、そして同時に上目遣いで尋賀の顔を見ながら言う。


「魔王は魔科学の王。略して魔王。以上」

「以上って他にももっと何かあるだろ? 例えば世界の脅威になってる、だとか」

「さあ。わたしの評判なんて知らない」

「会話、全然続かねえのな」


尋賀は冷めた視線でナゲリーナを見つめる。

そのナゲリーナも尋賀の顔をじっと見つめる。


「それならわたしの詮索をするよりも、あなたの話でもすればいい」

「オレの話か。そんな聞かせるような話、ひとつもねえよ。あったとしてもあんまり聞かせたくねーしな」

「じゃああなたの棍術は誰から学んだ?」

「オレの棍術に興味あんの? ま、いいや」


会話のきっかけを掴んだ尋賀は話始めた。


「よくわかんねえジジィだよ。本名も知らねえし、何考えてるか分からねえ。オレを弟子にするとか言って、棍術教えてきたり。一度も勝てないしありゃあ化け物じゃねえーかって思うくらい強いんだわ。ま、ジジィと武器持って殴り合うのが一番おもしれえけどな」

「……棍棒は全ての武器の基本」

「ああ、さっきの騎士に言ったあれな。それもジジィがそう言ったんだ。それがどうかしたか?」


尋賀は村で戦った女騎士との戦いの光景を思い浮かべる。

その時に言った、教えてくれた奴の受け売りとは、『ジジィ』と呼ぶ彼の師匠だった。

彼が元の世界にいる師匠の姿を思い浮かべていると不意にナゲリーナは小さな声で呟く。


「……確か友も」

「ん? なんか言ったか?」

「……いや何も」

「ふーん。じゃ、気のせいか」


尋賀は彼女が何かを呟いたのは聞こえたが、何を呟いたかまでは分らなかった。だが彼女にこれ以上問いかけたところで、答えが帰って来ないと思った彼は、気のせいの一言で無視した。


しばらく歩いた所でナゲリーナは立ち止まる。


「立ち止まってどうした?」

「この辺りで始める」

「始めるって何を?」

「異世界に行くために、コネクターズカオス現象を利用する」


ナゲリーナは地面に座り込むと、長い白衣の袖から手を出し、二本の指が光り、地面に今までの要領で陣を描いていく。


「コネクターズカオス現象……? ってなんだ?」

「二つの世界の次元が接触し、互いに交わってしまう現象の事。この世界の山とあなたの世界の山は繋がっている。わたしの研究しているテーマ」

「よーするにこっちとあっちは行き来できるってことか」

「好きに解釈すればいい」


始めて聞く言葉に、尋賀は理解出来ずとも、元の世界に戻れるということだけは理解できた。

尋賀は、倒れている枯れ木を見つけると、そこに座り込み、ナゲリーナの描く陣を見る。


「んで、今はなにしてるわけ?」

「コネクターズカオス現象での異世界移動が発生する確率はランダム。つまり、この山を歩いていればごく僅かな確率ではあるが異世界に渡ってしまう。これから、陣を描き、確率に左右されないで異世界に渡れるゲートをつくる」

「そりゃいいや。ついでにその現象が二度と起きねえようにしてくれよ。行きたくもねー異世界に行くなんざぁ二度とごめんだからよ」


尋賀は地面に陣を描く彼女の背中を見ながら息を吐いた。

来たくもない異世界に来てしまった事による嘆息なのか、元の世界に戻れるという安堵の吐息か、あるいは別の感情を含んだ吐息なのか。

彼は表情を変えずにただ、魔王を見つめている。


ある程度時間が経つと大きな幾何学模様が出来上がる。

その大きさは今まで描いた火球を出した時や、水塊すいかいを生み出した時よりも大きく、ちょっとした地上絵にすら見える。


「これで異世界に渡れる」

「そうか。やっと帰れるのか。いやあ、もし帰れなかったらどうなってたか不安で不安で」

「不安を抱いてる顔に見えない」

「そりゃあ、行きがあるに帰りがねえなんて思ってねえからな」

「根拠に乏しい発言」

「いいだろ? 根拠に乏しくても。いちいち考えに根拠が必要だとか言われたら疲れるっつうの」


尋賀はバットケースを背負い直すと、ナゲリーナは自身が描いた陣の真ん中を指さす。


「そこに立てば、向こうの世界に渡れる」

「へえーそうかい。それじゃあ、オレを元の世界に帰してくれてあんがとさん、魔王様」


尋賀はナゲリーナの髪をくしゃくしゃと撫でると、陣の真ん中にまで歩いていく。

しかし、描かれた陣の中を歩いて行く途中、尋賀の足下に別の幾何学模様が浮かび上がる。


「ん?」


彼がそのことに気づくと、すぐに激しい頭痛と目眩が尋賀を襲う。


「なっ!? ぐっ……! なんだ……こりゃ……!?」


新たに浮かび上がった陣の中で、尋賀はその場で座り込む。


「ぐぅ……! て、てめえ、何しやがった! い、意識が……朦朧もうろうとしてきやがった……!」

「なるべくすぐに終わらせるから」


彼女はポケット手を突っ込むと、中から注射器を取り出す。

中に入っている液体は禍々しい黒色をしている。


「まずはあなたにこの薬品を注射する。次にあなたの足下に描いた拘束の陣に転成の命令式を書き足せば終わり」

「……転成だと?」


尋賀が消えそうな意識の中で、口を開くと、無表情なハズのナゲリーナが笑ってるかのように見えた。まさしく魔王のような。


「わたしの、『今の身体』は不便。だからこの脆弱な器を捨て、新たな器を手に入れる。あなたはわたしの新たな器となる」


拘束の陣で縛った人間は喋ることは愚か、意識を保つことすら困難。

しかし、ナゲリーナの目の前にいる尋賀は、意識を保ち、倒れていない。

彼女は、始めから、彼に会った宿の時から狙っていたのだ。尋賀の身体を。


「はは。騎士達と戦ったときの自爆行為も、あん時もうすぐ元の世界に帰ろうと思わなくなるって言ったのも、オレの身体を奪って自分のものにするつもりでいたってか」


騙された、というわけではないが、目の前の少女の思い通りになってしまい、尋賀は乾いた笑い声しか出せなかった。


「止むを得ず手に入れたこの少女の身体は不便。身体能力も精神力も高いあなたの身体の方が良い。だからもらう。新たな魔王の器として」


ナゲリーナは尋賀の首元に注射針を刺そうとする。


「!」


あと一歩、尋賀の首数センチというところでバチンと音が鳴り響く。

尋賀がナゲリーナの手を弾き、注射器はナゲリーナの手から地面に落としたのだ。

予想外の出来事にナゲリーナは、僅かながらも動揺する。


「……身体、ほとんど動かないはずなのに」

「言っただろうが。悪魔や魔王に魂を売っても値段は高いぞってなぁ! そう簡単に御しきられてたまるかっての!」


尋賀は動かない身体を無理矢理動かし、新たに浮かび上がった陣から抜け出す。

ナゲリーナはその尋賀の姿を見て、後ずさりする。


「完全に抜け出した。まさか、そこまで強いとは……」

「オレを誘導して嵌めるなんざぁ、やってくれるじゃねーか」


陣から抜け出した尋賀は真っ先に注射器を踏み潰す。

踏み潰された注射器は中の薬品が漏れ出し、地面に染み渡り、辺りが真っ黒になる。


「ざまあみやがれってんだ」

「……転成には薬が必要なのに」

「諦めな。オレの身体奪おうとするなら悪魔や魔王じゃあ力不足だっつうの」


尋賀はナゲリーナの頭を平手で叩き、ナゲリーナは頭を抑える。


「痛い」

「だからうるせえっての。やっぱお前、魔王なのな。人の世にいちゃあマズイ存在な」

「……そこまで言うならわたしを殺せばいい」


ナゲリーナは尋賀に向かって頭を抑えながら呟く。

尋賀はその言葉に疑問で返す。


「あん? ……なんで?」

「それくらいの事はしたつもり。それともわたしを許す?」

「許さねーよ。次やったら本気で殴ってやっからな。もう二度と会う事もねえーと思うけど」

「変わった人間。わたしならわたしを殺そうとした人間は殺す」

「そうかい。別に、オレは、オレを殺そうとした奴を殺そうなんてしねーよ。ちょびっと殴っときゃあそれでいいんだよ。それに魔王様がいなきゃあ、オレは元の世界に帰れないしな」


尋賀は笑いながら話すが、目だけは笑っていなかった。

さすがに騙されて身体を奪われそうになったことをそう簡単には許していなかった。

反対にナゲリーナは心の中で反省の色は見せず、むしろどうやって再びこの男の身体を手に入れるか考え始める。と同時に、自身の魔法に抵抗してきた上に脱出まで成功した尋賀に強い興味を抱いていた。


「なんだよ、オレに惚れたかよ」


いつの間にか、尋賀をジーっと見つめていたナゲリーナは、そう言われて、目を逸らす。


「違う」

「あっそ。そうかよ」


尋賀の冗談に対して、冷たい答えをナゲリーナは返すだけだった。


結局尋賀はナゲリーナへの処罰を頭を一度叩いて終了した。

彼にとって、命は惜しくないものなのか、もしくは何事もなければ許せる大らかな人間なのか、はたまた結末を彼は理解していないのか。

ナゲリーナは尋賀の顔を見つめ、何を考えて自分を軽い罰で許したのか思考する。

その彼女の思考を遮るように、尋賀は右手で陣の真ん中を指さす。


「あれ、オレの身体を手に入れるための嘘でしたぁーなんて事ねえよな?」

「あれは本物。あなたの身体を手に入れてから異世界に渡るつもりだった」

「ふーん。まさか魔王様、オレの住んでる世界にくるつもり?」


ナゲリーナは何も言わずに、自身の描いた陣の真ん中まで歩いていく。


「図星かよ。……ま、オレに迷惑かけなきゃあ、好きにすればいいさ」


魔王が向こうの世界に渡っても、向こうがこちらに絡んで来なければ、尋賀にとってどうでもよかった。

世界を滅ぼすかもしれない脅威を自分達の世界に連れて行くのもどうかと思ったが、それでは自身が元の世界に帰れなくなる。

世界を守るか、世界は滅ぶが家に帰るか。このどちらかの選択を迫られた時、すぐに考えるのを止めて、家に帰るを選択できる尋賀はよっぽどの器だろう。


ナゲリーナが陣の真ん中付近まで歩むと、その姿が突然消える。

尋賀も彼女の後を追うように陣の真ん中に近づくと、周辺の気候が突然変わったかのように生暖かくなり、地面には描かれた陣がまだ残っているものの、先に異世界に渡った(と思われる)ナゲリーナが周りの木々を見回していた。


「ここが異世界……」

「本当にオレの世界か? 周り、全然変わってねえよーに見えっけど」


尋賀もナゲリーナと同じく辺りを見回す。

周りの木々や周囲の環境は全く変わっておらず、先ほどまで尋賀が座っていた倒れた枯れ木もある。


「それはこの世界と向こうの世界の山が繋がってる影響。でも、気温は違うらしい」


確かに彼女の言うとおり、尋賀が異世界に渡った時、急に気温が下がった。

その時は天気の変わりやすい山の影響かと尋賀は考えたが、彼女の言うことが本当ならば、その時『コネクターズカオス現象』で異世界に渡ったのだろう。

行きとは違い、隣には身体を乗っ取ろうとしたとんでもない少女がいるが、彼は気にすることなく腕を伸ばし、リラックスする。


「さてと、そんじゃあ降りるとするか。異世界なんかに行っちまったせいで寄らなきゃなんねーとこ、できちまったしな」



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