地獄からの呼び声
「あいつを攻略する方法なんて……なかったんだ」
ナゲリーナの研究所。
魔物と対峙している優作は、力なく呟いた。
「だったらどうするの!? 勝てないなら逃げた方がいいの!」
ルシェールはどこにそんな元気があるのか分からないが、ふらふらしながらも大きな声で優作に言う。
「……生き残るには逃げるしかないのかもしれない」
優作の言葉に美玲も大きな声を挙げる。
「私は絶対にこの場を離れぬぞ! 私は離れぬと誓ったのだ!」
美玲もルシェールと同じでどこにそんな元気が残っているのか不思議なくらい大きな声で言った。
「でも勝てないんだよ? そんな相手に挑むなんて――」
「知らぬ! 我々の背中には世界の命運がかかっているのだ! それにここで諦めれば世界も、坂巻 尋賀の信頼を裏切ることになる!」
美玲の言葉にルシェールも続く。
「勝てないって決まったわけじゃないの! 勝負はこれからなの!」
ルシェールは二刀を交差させて言う。
細剣の切っ先に短剣を重ね、いつ、どんな攻撃が来ても短剣で受け流す姿勢。
まだ戦えるという意志表示なのだろう。
「二人とも……。分かったよ、絶対にあいつを倒そう! だって、倒せないって言ったら尋賀が地獄まで文句を言いに来るもんね!」
「了解なの!」
「うむ!」
魔物は話し合う三人の様子をじーっと眺めている。
身体は分厚い鎧のように変化し、手には自身の身体の一部を変化させて作った剣。
しかも首を斬っても何度でも立ち上がる不死の存在。
優作の推測では不死ではなく、不死という概念の無い、生物ではなく兵器。
そんな相手だと言うのに、ルシェールは全く臆することはない。
「絶対に潰してやるの!」
ルシェールは細剣と短剣を逆手持ちにし、前かがみで走る。
彼女が今まで見せた事のないスタイルで敵に向かっていく。
彼女が魔物の目の前まで迫ると、魔物は剣を振り下ろす。
「当たるわけないの!」
ルシェールは身体を捻るように回転させ、剣をかわしつつ、流れるように魔物の身体を斬る。
「まだまだなの!」
細剣を順手に持ち替え、二回、三回と魔物を斬っていく。
魔物も反撃するが、ルシェールは巧みに短剣で捌いていく。
見る分にはルシェールが圧倒的に優勢に見える。
だが、
(あの鎧みたいな物に少しの傷しか与えられてない。それに攻撃をしたって倒せないんじゃ意味ないじゃないか!)
優作は奥歯を噛み締めながら見守る。
どれだけ優勢に見えても、相手は生物ではない。
反対にこっちは人間だ。
怪我によっては致命傷を負ってしまう。
しかも体力にも限りがある。
だから優作にはその限界が来る前に答えを導かなければならない。
「ちょっとくらい剣技を覚えているくらいがなんなの!? こっちは騎士団隊長クラスなの! お前なんか全然大した事のない無敵に甘えたヒヨッコピロピロ野郎なの!」
煽りつつ、魔物を斬っていくルシェール。
それにしてもヒヨッコピロピロ野郎とはなんなのだろうか。
誰もその言葉にツッコミを入れる事はない。
「どんどん行くの!」
調子よくルシェールは攻撃していくが、突如、魔物の持つ剣に黒い靄がかかる。
「なっ――」
突如、ルシェールの細剣は魔物の右手に止められた。
今まで、魔物の右手には剣が握られていたが、剣がなくなっていた。
「あれは……籠手?」
魔物の両手をよく見ると、今までなかったハズの籠手が装着されていた。
「ぬがッ!」
隙だらけのルシェールに、容赦のない籠手によるボディーブロー。
「ルシェール!!」
「ルシェ!」
彼女は殴り飛ばされ、金属の床を転がる。
後から、彼女の握っていた短剣が床に落ち、金属の乾いた音が鳴り響く。
「…………」
彼女は起き上がらない。
そんな彼女に追撃するように、魔物はルシェールから奪い取った剣を振りかぶり、彼女目掛けて投げた。
「ルシェ!」
優作は彼女のピンチに起きてくれと叫ぶことしかできない。
彼女の細剣は、持ち主に向かって回転しながら飛んでいく。
しかし、ルシェールを貫く前に金属音がぶつかり合う音と同時に細剣と何かがあらぬ方向へと飛んで行った。
「させぬ! この私がいる限りはな!」
美玲は弓を構えながら言う。
彼女が矢を射て、飛んできた細剣を弾くという曲芸染みた事をやってのけたのだ。
「ルシェ! 大丈夫!?」
先ほどから彼女の名前しか呼ぶことしかできない優作は、慌てて彼女に寄り添い、彼女の頭を自身の膝に乗せる。
「ねえ、大丈夫!? ねえ!?」
彼は彼女の額の傷の時は黙っていた。
しかし、これほど深刻な状態ならばそうは言ってられなかった。
「……私の……剣を……持ってくるの」
彼女の意識は朦朧としていた。
それでも、ルシェールは戦う意志を見せる。
「何を言ってるのさ! そんな状態で何ができるんだよ!」
「持って……くる…………の。早く、するの……」
そう言って優作の膝の上で彼女は気を失った。
優作には、意識を失った彼女の姿が、彼女を庇って死んでいったレングダの姿に重なって見えた。
同じ異世界の騎士だからか、何かを守るために必死な姿が同じだからか、同じように目の前で目を閉じたからか、それとも優作が力不足だから死んでいくのか。
どうすればいいのか迷っている彼に魔物は容赦しようとはしない。
今まで装着していた籠手が消え、その代わりに右手を優作の方に向けると、変形を応用させたのか、球弾となって優作へと飛んでいく。
「させぬと言ったはずだッ!」
優作の前に美玲は立ち、持っている弓で球弾を受け止めた。
「くぅッ……! まだまだ!」
よっぽど重い球弾なのだろうか。
球弾を受け止めた美玲の顔が苦痛で歪む。
魔物はさらに球弾を放ち、美玲は必死になって止める。
「天城 優作ッ! 早く、この状況をどうにかするのだッ!」
「でも!」
「貴様のやるべき事はなんだッ!? 答えるのだ!」
「……!」
優作は、ハッと気づく。
彼が今やるべきことはルシェールを介抱することではない。
彼女をゆっくりと床で横にすると、優作は彼のやるべき仕事を果たそうとする。
魔物を倒す知恵を絞ること。
でなければ、ここにいる全員が全滅してしまう。
「分かったよ美玲……。君の言う通りだ」
「……本当言うと、私もルシェールに同じこと言われたんだけどね」
美玲が独り言のように呟くが、優作はすぐにルシェールの細剣を取りに行っていた。
魔物は優作に照準を合わせ、手を向ける。
そのことに黙っていない騎士が一人。
「この最強の騎士、矢薙 美玲を無視し続けるとはなんたる侮辱! 地獄にでも落ちるが良い!」
美玲がそう宣言した時には、魔物の頭が弓矢で貫かれていた。
魔物はゆっくりと倒れ、そして、首が黒い靄となり、復活する。
「! ……なんだ、今のは?」
優作は、今の一連の流れを見逃さなった。
(首が丸ごと黒い靄になった。弓矢だけなら引き抜いて貫通した部分だけを元どおりにすればいいのに!)
それだけで彼の頭の中で様々な情報がピースとなって、繋がっていく。
魔物の変身。武器は二人に対して有利に戦う為で、鎧もルシェールに中途半端に斬らせて、細剣を受け止め安くするためではないか。
魔物の兜。これももしかすると有利に戦う為か。だとするならば、ルシェールの剣を受け止めて肉を斬らせて骨を断つ戦法なのか。
さらに優作は情報を繋がりを見つけていく。
魔物が倒れた事。これは頭を弓矢で貫かれた時と、首を斬り落とされた時に起きた。この情報と繋がりのある情報をさらに考える。
『脳みそができてきているってんだから肺とか心臓とかもできてるはずだ。そこを狙う』
『ない。元が植物の場合、内臓は弱点になるから作らない。植物の場合、内臓がなくても生きていける。知能がないから行動力を向上させる脳を追加しただけ。不必要なものは足してない』
元の世界で、ナゲリーナの薬品でアパートの庭の植物が魔物化した時の尋賀とナゲリーナの会話。
つまり裏を返せば、魔物には脳があるということになる。
魔物には脳があり、その脳から身体の各部に指示を与え、戦闘データを学習する。
その脳を破壊すれば、身体に指示を出すことができなくなり、魔物は『停止』する。
だが、この魔物は脳を破壊しても黒い靄になることで修復される。
つまり、脳の破壊、もしくは脳から身体への指示を止めることはできないということになる。
だが優作の思考は止まらなかった。
複雑なプログラムには、開発者が予測しなかった行動を取ることでに思いもしないバグが発生するように、ナゲリーナもといブレアーが想像もしなかったバグが存在するとするならば、そこを突けば勝てる可能性がある。
特に絶対不死などと無茶な内容だ。
そこにはどこかに重大なバグが残されているに違いない。
優作が最後に繋げたピースは魔物が斬り落とされた状況だ。
斬り落とされた部分は小さい方が黒い靄となり、元に戻る。
ここに、開発者の予測しなかった行動を足せば、完璧は崩れ去る。
(見つけた……! あの魔物を倒す方法が……!)
優作は急いでルシェールの細剣を持つと、美玲に聞こえるように声を挙げる。
「見つけたよ! あいつを倒す方法が!」
美玲はその言葉を待っていたと言わんばかりに顔を上げる。
「むっ! ついに見つけたのか!?」
「うん! でもあいつの首を斬り落とさないと!」
優作は言うが、大事な問題があった。
「だがそれにはルシェールの剣を使わねば!」
「うん。……でもあんな状態のルシェールに戦わせる訳にはいかない。だから君が」
この場にある武器は美玲の弓とルシェールの細剣と短剣。
あとは美玲の狩りに使う道具を携帯しているが、それでは首を斬り落とすのは困難だ。
優作は美玲に言うと、彼女は困った表情で答える。
「むぅ……。一度、木剣を振り回したことがあったが……おじいさまに怒られて以来触っていないのだ。扱えるかどうか……」
「どうせ家の中で振り回したんでしょ! じゃあボクが使うよ!」
優作は細剣を見よう見まねで構える。
だが、一流の剣士と剣など触ること自体が縁遠い彼の間に大きな差があった。
ルシェールのように片手で細剣を持ったが、すぐに剣道のように両手で持つ。
極め付けに屁っ放り腰。
もうこの時点で彼が剣を持ったところで意味がない。
鬼に金棒ならぬ餓鬼に苧殼。
より正確に言うならば餓鬼に金棒の方が正しいか。
「……私が使おうか?」
美玲は演技口調を止めて、憐れむような瞳で言う。
「……お願いします」
突然、いつもの堂々とした演技を止めて言われてしまった。つまりは冗談抜きで本当にどうしようもないと言われたようで優作は傷ついたが、それ以上に自身の力不足の方が恥ずかしかった。
「ッ! 美玲!」
「え?」
二人が話し合っている内に、魔物が美玲に向かって突進してきた。
また武器を剣の形に戻し、大きく後ろに振りかぶる。
「食らうものかッ!」
美玲は、一瞬のうちに頭を射抜く。
射抜かれた魔物はまたもや背中から倒れる。
この状況はまたとないチャンスだった。
(今ならボクでも出来る!)
優作は倒れた瞬間を狙って、首を斬り落とそうと、細剣を振り下ろす。
(アレ?)
ルシェールの時は、景気良く斬れていたハズの魔物の首は傷一つつかない。
(首に鎧が……!?)
よく見ると、魔物の首にも鎧が追加されていた。
つまり今まで以上に斬りにくいということだ。
それ以前に、細剣は刺突の武器だ。
武器の重さを乗せて振り下ろし、切断することには向いていない。
二人が魔物から離れると、魔物が復活し、折角のチャンスが水の泡と化した。
しかも、悪い話はまだ止まらない。
「あれ!? 矢がない!?」
美玲は突然、自身の弓矢を入れている袋に手を入れながら言った。
(そういえば異世界に来てからずーっと消費しっぱなしだっけ)
彼女の弓矢はかなりの数が犠牲になってきていた。
普段なら回収していたのだろうが、折れたり、急いでたりで回収できていない。
しかも、悪いことに、足下に転がる弓矢は全て折れていた。
(えー!! なんで!?)
魔物を貫いた弓矢くらいは、無事だと思っていた優作だったが、どうやら魔物が復活する度に折られていたらしい。
つまり、弓矢はない。
それがこの戦いで、魔物を動きを止めるチャンスを失ったことになる。
戦闘不能のルシェールに、戦えぬ優作。矢を失った美玲。
(ここまできて……ボク達、負けるの?)
優作は絶望のあまり、座り込んでしまった。
ーーー
「んにゃ? ここ、どこなの?」
ルシェールは周りを見る。
今まで魔物と戦っていたはずだ。
だが目の前に広がるのは全く別の室内。
それも見覚えがある……。
「おい、新人! 何ボケッとしている!?」
彼女の目の前に騎士の鎧を着た男が立つ。
ルシェールには男に見覚えがあった。
「あれ? 落書きキースがなんでこんなところにいるの?」
「げっ!? 何故それを知っている!?」
落書きキースと呼ばれた男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「え? 私も一緒になって落書きしてたじゃないの。それで一緒にレングダに説教されたの。覚えてないの?」
「い、いや、知らんぞ! 断じてグレゴワース閣下をおちょくる落書きなんてしてないぞ!」
キースは明後日の方向を向いて墓穴を掘る。
そんな彼を不思議に思いながら辺りを見回すと、ここが騎士団の集会場でかつての仲間たちの姿も見え、自身も騎士団の鎧を身につけ、切られたハズの髪の毛も長くなっており、身長も縮んでいることに気づく。
それに彼女が『新人』と呼ばれた理由。
彼女はおよそ十三の歳で騎士団に入団し、十六の今の歳まで騎士団員として働いていた。
そんな彼女が今更イタズラ仲間の同僚に新人扱いされるのはおかしな話だ。
それらを合わせて考えれば、すぐにある答えが結びつく。
(過去にでも戻れたの?)
ルシェールは一人、考える。
だが、彼女にしてみれば願っても無い事だった。
(ということは……私、騎士団をやり直せるの!?)
彼女は、ナゲリーナと尋賀に交戦し、魔王であるナゲリーナに関する成果を何一つとしてあげられなかった。
だから彼女と直属の上司であるレングダは理不尽な除隊と死刑宣告をされてしまう。
だからこのまま、デラッセ村に行かなければ、彼女は騎士の仲間たちと一緒に居られる。
過去を、やり直せる。
「やったの……私は騎士に戻れたの……!」
ルシェールは嬉しそうに笑うが、キースは変なものでも見るような目で彼女を見ていた。
「ふふんなの! これで……これで私は騎士団でまた働けるの!」
一人、嬉しそうに宣言するルシェール。
もはや、近くに居たキースは黙ってその場から逃げるように離れた。
「えー、オホン! 新人騎士団は全員集まっていますか!?」
ルシェールの耳に懐かしい人物の声が耳に入る。
「レングダ……! レングダなの!」
「なんですかあなたは!? 新人のくせに私を呼び捨てにするとは!?」
「また会えて嬉しいの!」
そう言って、レングダ飛びついた。
勢い余って、彼女の額が思いっきりレングダの鼻にぶつかり、鼻血が噴き出す。
「ガッ! 誰か! 誰か、この者を抑えなさい!」
鼻を押さえ、床を赤く染めながらレングダは怒る。
ルシェールは、周りの騎士団員に両腕を掴まれ、レングダから引き離される。
「後でこっぴどく説教してやります!」
「嬉しいの!」
「……なんでですか」
怒りが全て遥か彼方へと飛んでいき、こんな者と同じ所属だと考えるとレングダは悟りの領域に入ってしまった。
「ま、まあいいでしょう。新人騎士団の皆さん。私はレングダ・シェハー。これからは皆さんの上司に当たります」
「知ってるの!」
レングダの新人に向けた挨拶のようなものが始まった途端、周りの空気を無視し、ルシェールは声を挙げる。
ルシェールの周りにいる新人騎士達は彼女に静かにしないかと注意するが、彼女から反省の色は見えない。むしろピカピカしている。主に瞳が。
「おっほん! では新人の騎士団員の皆さんにはどうしても覚えて欲しい事があります! もちろん、騎士団に入団した皆さんは、すでに知っていると思いますが……」
「そんなの知らないの!」
彼女は止まるところを知らない。
ちなみにこの時の本来の過去では彼女がした行動は、立ちながら寝ていただが。
「騎士団の入団式をぶち壊すつもりですか、あなたは!? これから大事なことを話すのでそこのやかましいのを黙らせなさい!」
「むーなの! じゃあ黙ってるの! 一生口聞いてやらないの〜」
「何様のつもりですか、あなたは……?」
レングダは悟りの境地をまた一歩歩むが、それはさておき、静かになったので彼は挨拶を続ける。
「新人の皆さん。いいですか? 騎士団は国の反逆を行う者達を裁きを下す、神聖なる公務です。我らの働きが無ければ国は、国民の平和は無いと言っていいでしょう」
レングダは続けて言う。
「法を犯す者、我らに敵対する者、それらは国家に対する反逆する者。つまりは殺してしまわなければならないのです」
非情な事を当然のように言う。
だが、誰も彼に非難の声を挙げる者はいない。
「だがしかし、人を殺そうというのは中々出来ません。なにせ、人間は人間を殺せませんから。だからこう考えれば良いのです。――非国民は殺せと。人間ではない者だと考えれば殺せます」
彼は悪人のような顔で言う。だが、すぐに笑いながら言う。
「非国民は殺されて当然です。非国民を殺さなければ国家には危機が、我々の仲間は傷つくことになります。だから我々は騎士は、愛した家族を、友を、仲間のために戦うのです」
ルシェールはその心構えは何度も聞いていた。
仲間のために騎士団は戦うのだと。
愛した家族を守り、国家を守るために戦うのだと。
「そう、騎士団は仲間のために自らの命を差し出す。それが騎士団の仲間になるということです」
ルシェールはその言葉でハッとした表情になる。
今新しくできた仲間達は強大な敵に追い込まれている。
(そう……なの。仲間を助けるためなら自らの命も差し出すのが騎士団の生き方なの)
過去をやり直しても、今戦っている仲間を助けることができない。
(騎士団を辞めさせられて、処刑だと言われたの……。そんな私を今の仲間達が助けてくれたの……。まだ本のちょっとしか知らない奴らだけど、仲間だって言ってくれたの。なのに見捨てたりしたら……騎士失格なの!)
彼女は走り出し、部屋の扉のドアノブを掴む。
「ちょっ……! どこに行くのですか!?」
「そんなもの、決まってるの!」
呼び止めたレングダに彼女は顔を向けずに言う。
「どっかのバカな上司みたいに、仲間を助けるの!」
ルシェールは扉を開き、部屋を出て行った。
ーーー
「ぬぐぅ……」
「!? 目を覚ましたんだね、ルシェ!」
優作は、唸り声を挙げるルシェールに気づき、どうしようもない絶望的状況だというのに、安堵の笑みを浮かべる。
最悪の場合を想定した場合、つまりはこの場を逃げる場合、彼女には意識がないと困る。
優作は意識を取り戻したばかりの彼女が戦えるとは思っていなかった。
「ルシェ! もう立ち上がって大丈夫!?」
だと言うのにルシェールは意識を取り戻してすぐフラフラと立ち上がる。
立っていること自体が不思議なくらいフラフラしており、とても戦えるような姿には見えない。
「剣を……渡すのッ!」
「ひぃ……!」
ルシェールの剣を持っていた優作に向かって彼女は睨みつけながら言う。
相手を倒す事に全く容赦のない鋭い眼光。
胃袋を鷲掴みされているかのような感覚に陥る殺気。
その姿に思わず優作は萎縮した。彼には、かつての尋賀のように獰猛な狼の姿が重なって見えたからだ。
「投げるのッ!」
「う、うん!」
投げて大丈夫かどうか、一瞬優作は判断に迷うが、優作は剣を彼女に向かってゆっくり投げた。
「見せてやるの……! 私の力を……なの!」
彼女は細剣を逆手で受け取ると、剣を回転させ順手に持ち直す。
剣を持って佇む彼女は、もはや倒れる気配など微塵も感じさせない。
「逆らう非国民は殺せ……なの!」
突然、物騒な事を言い出すルシェールに、本当に彼女が言っているのか優作は疑った。
「そして――」
ルシェールは走り出す。
どこにそんな力が残っていたのか今まで以上の速さ、疾風の如くスピードで駆ける。
(盾!?)
魔物の武器が大きく広がり、前方を覆い隠す。
優作にはそれが盾にしか見えなかった。
これでは正面からの突破など不可能に近い。
「そして――愛した家族を、友を、仲間を、命がけで守るの!」
ルシェールは魔物の盾を、魔物本体を飛び越えた。
「飛んだ!?」
宙を舞い、魔物の頭上を頭を下にして飛び越えた。
月面宙返り、ムーンサルト。
人間離れした跳躍力に、優作には空を飛んだように見えた。
「……えっ?」
一瞬の出来事で、魔物も、美玲も、優作も。
誰もが振り向きざまに放った彼女の一突きを認識できなかった。
速すぎる高速の一閃。
その剣の光も、与えられた死すらも遅いと錯覚させてしまうかのような、神速の一突き。
その場で起きたことは首を貫かれた魔物と、優作の呆気にとられた声のみ。
貫いたという概念が本当に起きたのかも分からない。
「……あっ、ルシェ! そいつの首を斬り落として!」
我に帰った優作はルシェールに向かって言う。
彼女は突き刺した細剣で、首を千切るように斬ると。
「ふんッなのッ!」
回転斬りで、残された首を斬り落とす。
「よしっ! これで……!」
優作は、魔物が倒れる前に持ってきた布を残された魔物の上から被せた。
「むっ、天城 優作! 何をしているのだ?」
「まあ見ててよ」
魔物の首は黒い靄となる。
靄は身体に戻り、復活しようとする。
靄は元の首の形に戻る。
「ん?」
美玲は、何かがおかしいと気づいた。
布の上に首が復活したのだ。
コトリと小さな音が鳴る。
魔物の首がゆっくりと落ちたのだ。
「な、なんだ……!? 今まで復活していた魔物がなぜ復活できぬ!?」
「これこそがバグだよ」
「バグ……?」
「そう。製作者が意図しない行動をされた時、製作者の意図しない出来事が起きる」
「……どういうことだ?」
「あの魔物には行動パターンがあって、死んだりダメージを受けたら自動的に靄となって復活する。でもその行動パターンしか入れられてない。だから間に物を挟まれたらそれが邪魔で上手く復活できない」
「だがその間に挟まれた物をどかせば良いではないか」
「無理だよ。プログラムは指示された行動しかできない。気の利く行動なんてしない。人間じゃないからね」
「…………?」
「ボクの話、そんなに難しかった?」
美玲は腕を組みながら首を傾げる。
理解ができていない美玲をそのままに、優作は立ちつくすルシェールに近づく。
「ルシェ?」
「…………」
「わわっ!」
ルシェールはぐらりと横に倒れた。
優作は彼女を慌てて抱える。
「大丈夫!? ルシェ!」
「終わった……の?」
「うん! 君のおかげで」
「そう、なの」
「無理しすぎだよ! 限界を超えてたんじゃないの!?」
「何が起きたか、自分でも分からなかったの……」
「やっぱり! どうしてそこまでやる必要があったのさ!?」
「当然なの。騎士団は……仲間を守るために命くらい……投げ出すの」
「ボクには……理解できないよ」
美玲は優作の肩の上にゆっくりと手を乗せる。
「なんだかヒロインみたいだぞ天城 優作」
「なんでさ! ボクは命を粗末に扱うなって言いたいだけで……」
「それが命がけで戦う主人公の気持ちが分からぬヒロインみたいだと言っているのだ!」
「……うぅ。まさか美玲にそんなこと言われるだなんて……」
優作は妄想好きの彼女に怒られるとは思っていなかったのだろう。
無謀なことをしたとは言え、ルシェールのおかげで魔物を倒すことができたのだ。
そんな彼女に言うべき言葉ではなかったと優作は反省した。
「むっ! 見ろ、魔物が!」
美玲は首の落ちた魔物の異変に気付く。
身体全身が黒い靄に包まれ始めたのだ。
「まさか……また復活するとか言わないでくれるとありがたいんだけど……」
優作は、怯えた声で呟いたが、魔物は黒い靄となり消えた。
残された布がひらりと舞う。
「終わった……間違いなくボク達は勝ったんだ……!」
優作はほっと胸を撫で下ろした。
だが、安心している優作とは反対にルシェールは、無理をして、立ち上がる。
「ルシェ!? だめだよ! 君はこの中で一番ひどい状態なんだよ!」
優作はルシェールに言う。
一番ひどい状態と言うよりも、優作も美玲も無傷だ。
その裏には彼女が二人を守り続けていたと言う背景があるのだが。
「まだなの……! まだ終わってないの! サカマキが、シュヴァルツレーヴェが、まだなの!」
「それはそうだけど……君は安静にしなくちゃ」
ルシェールはフラフラしながら落ちている自身の短剣の所まで歩くと、拾い、二刀を鞘に戻す。
「…………」
彼女は何も言わずに、一人、自分の足で部屋から出て行った。
「ちょっと待ってよ! 美玲、急ごう!」
「……うむ」
「どうしたんだよ。そんな変顔して?」
優作はイマイチ晴れない顔の美玲に言った。
彼女は表情を変えずに言う。
「ルシェールが、非国民は殺せって言っていた。どうしてそんなことを」
「言ってたね。それがどうかしたの?」
「騎士は……異世界の騎士はそんなものなのだろうか」
「非国民は殺せ……敵を倒すための常套句だね」
「……そんなものは騎士じゃない」
「……尋賀はこの世界に来る前に言っていたよね。異世界の騎士は酷いものだって」
「言っていたが、それが?」
「君はその時言っていたことを覚えていないのかい?」
「むっ! そうだ、そうだったな」
「だから君が気にする必要はない。それに彼女はもうボク達の世界の人間だ。酷い事なんてしないはずだよ」
「……私は私の信じる騎士を目指せばいいんだよね」
「うん。だから急ごう、美玲。あんな状態のルシェを放ったらかしに出来ないよ!」
美玲は頷き、急いで部屋から出て行った。
優作はゆっくりと研究室を見回す。
(あの魔物は夢の中で出てきたナゲリーナに魔物にされた人だった。永遠の命を欲しがってた人だけど、その代わり魔物になって永遠の命を得てしまった。……永遠の命という呪縛から解放されたのかな?)
優作は残された布を見つめる。
(今は……尋賀のように何も考えないでおこう)
優作も急いで二人を追う。




