追憶の悪夢
黒一色に染められた夢の世界で何が起きると言うのだろうか。
夢だと言うのならば、尋賀は悪夢じゃないかと推測した。
「悪夢……本番……。きっと魔王様の闇はすっげー深いんだろうな」
そんな時にさらにぐっすりと眠る美玲。
「暗くなってきたからヤナギが熟睡し始めたの」
「……騎士殿の眠りもすっげー深いんだろうな」
ルシェールが美玲を揺すってみるが一向に反応がない。
「騎士殿はほっとこうぜ、のの女。こっちが疲れるだけだかんな」
「そうするの」
尋賀とルシェールと優作は辺りを見回す。
そして、尋賀とルシェールの二人がまた、人の気配に反応する。
「次来たか。さてどうなってんのか拝見拝見っと」
軽口を叩く尋賀は、口調とは裏腹にかなり警戒している。
そして再び現れる『神託』とブレアー。
『永遠の命。失敗率がかなり高いな……』
『当たり前だ。『黒獅子』、貴様の研究成果は既に人間の限界をすでに超えている。貴様は人の命を自由に操れる神にでもなるつもりか?』
『神? 世界を管理する神と呼ばれるあんたが、神などと言うとはな』
『我から言わせてもらえれば貴様の研究成果がこの世界の価値そのものと言えるほど巨大な物だ。それで終わりにしてもよかろう』
『違う。もっとだ。もっとわたしに知識を……! 研究を……! 興味を満たしたい! この永遠の命の研究も陛下のためでもあり、わたしが研究を続けるためでもある』
『神託』は何も言わず、そのまま二人は消えてしまう。
「なんだか、どこか二人の仲がおかしくなってきたね」
「優等生。てめえもそう思うか?」
「……うん」
「……魔王様は友情を破壊しそうなタイプだかんな」
優作はそれを聞いて、悲しそうな表情になる。
「オレ達三人の友情は壊れないようにしねーとな?」
「尋賀……。らしくないセリフだね」
「へへ。この友情、壊しても壊れてくれそうにねーけどな」
尋賀はため息を吐いてから笑う。
それに釣られて優作も笑いそうになった。
「っと、三人じゃなくてこれからは四人か? のの女?」
「ふんなの。仲間だから当然なの。ツーンなの」
「なんかおかしくね? そのツーン」
「ツーンなの」
「ま、どーでもいっか」
尋賀はツッコムのも面倒臭くなり、適当にあしらう。
彼女はすでに尋賀達を信頼しているのだ。
そのことさえ分かっていれば尋賀には十分だ。
「さ、次来たぜ」
今度現れたのは尋賀の師匠。
彼は膝をついており、その先には太った男が玉座らしき椅子に座っていた。
『陛下。わしに何ようでございましょう?』
『命令だ。この薬品を使うてみよ』
『わしはもうじき引退する身。だから実験台にということですかのう?』
『その通りだ。なに、実験に成功さえすれば金や地位、望む物を全て与えてやる』
『……この老骨。全ては陛下のため、陛下の望む事は全てわしの望みですじゃ』
そう言って尋賀の師匠はドンと自身の胸を叩く。
男はそれを聞いて、ニヤニヤした、嫌な笑い方をし始めた。
「あれが陛下ねぇ。なーんか嫌な予感がすんだけど」
尋賀の師匠は陛下と呼ばれた男から注射器を受け取り、注射した。
『……なんじゃ? なにも起きぬが、どういうことじゃ?』
『成功だ……! この者をひっ捕らえよ!』
男のその発言で、師匠は後ろを振り向く。
尋賀達には二人以外見えないが、大体の察しはついた。
恐らく、武器を持った兵士たちが彼に武器を向けているのだろうと。
『陛下、これはどういうことじゃ?』
『お前に投与したのは永遠の命の薬品だ。今まで投与しても怪物にしかならなかったが、ついに完成したようだ。さすがはブレアー・フォン・シュヴァルツレーヴェ!』
『……実験成功ならば何故わしに刃を向けるのですじゃ』
『お前はもう騎士団長ではない。これからは騎士団の絶対に死なぬ兵器として生きてもらうぞ!』
『隠居の生活も悪くないと思うっておったがのう。引退はおろか、死すら許してもらえぬとは。騎士団長という肩書きだけでも満足できなかった、わしの業なのかのう』
『別に業などではない。ただお前は素晴らしい働きをした、それだけのことだ』
太った男は大笑いする。
『お前の使っていた強大な力を持つ聖剣と呼ぶに相応しい剣は騎士団がもらうぞ』
『あれはわしの……わしらの『友情の証』じゃ』
『元、人間のお前には必要ない! 連れて行け!』
尋賀の師匠はゆっくりと歩いて行き、消える。
「ジジィ!」
「尋賀。これは……」
「……分かってる。どうせ過去か何かだろ。そんでこれは夢だ。幻だ。どうにかできる話じゃねーって」
「……分かっていても辛いよね」
今度は太った陛下と呼ばれた男とブレアーが現れる。
『陛下。ご注文の品を献上しに参りました』
『ブレアーか。お前のような天才にはどれだけの爵位を与えれば良いのやら』
『わたくしのような一介の研究者が、研究を行えるだけでも有り難き幸せ。今の爵位で十分でございます』
ブレアーは膝をついて淡々と言う。
『早速薬品を使わせてもらおう』
『はい。では薬品の注意事項ですが……』
『よい』
『……はい?』
『説明はよいと言ったのだ。お前の実験は成功すると確信している』
『しかしこの世に完璧などというものはありません。ですから……』
『この間人体実験を行った。元騎士団長に投与してみたところ永遠の命を得たぞ』
『陛下……それはどういう?』
ブレアーは一瞬何を言われたか分からないでいた。
『お前には知らせてなかったな。我が国最高の武人であるあやつを引退させるのが惜しくてな。永遠の命を与えてみたのだ。今は地下に投獄しているが』
『…………』
『永遠の命を与えた見返りにあやつの持つ最強の剣も貰った。どういう仕組みかは分からぬが、あれを使えば魔法とやらが使えるからな。騎士団のトップの人間が持つに相応しい』
『……この下衆がぁ』
『ん? 何か言ったか?』
『……いえ』
ブレアーは下唇をばれないように噛んでいた。
彼は陛下と呼ばれる男の近くで膝をつくと、注射器を一つ取り出した。
『さあ、陛下。これが永遠の命を得られる薬品です』
『うむ。信頼しているぞ。世界一の研究者』
『腕を』
男は言われるがまま腕を出し、ブレアーは注射した。
『これで永遠の命を……命を?』
男は急に胸を押さえて苦しみ始める。
『ぬぅ……! なんだこれは!』
『100パーセント永遠の命を得られるとでも思ったか? 得られるさ、怪物となってな!』
『な……にを……?』
『じゃあな。解毒剤も用意したが、もうそんな物――』
ブレアーはポケットから注射器を取り出すと、それを踏み潰した。
『必要ない』
玉座に座っていた陛下はの背中から血と一緒に羽が飛び出し、爪が、手が、身体が変色し、変形して行く。
全身から血が噴き出し、優作は、その吐き気すら催しそうな衝撃的な光景に怯えている。
「ひ、人が、怪物に!」
「ちっ! 随分と刺激的な光景じゃねーか、見てんじゃねー!」
尋賀の言葉が優作の耳に入らない。
身体が震えており、空気の薄くなった水中の魚のように、口をパクパクさせている。
「のの女! 頼む!」
「了解なの!」
ルシェールは優作の元に行くと、彼の眼鏡を外す。
「え、あ、ル、ル、ルシェ?」
「見るんじゃないの!」
「え? ……ってうぎゃ!」
彼女は優作に対して目潰しをした。
裸でも見たわけではないので、そこまでしなくてもいいはずだが。
優作は、目を押さえ、ルシェールも極力、この光景を見ないようにしていた。
「へへ。完全に魔物になっちまいやがった」
陛下と呼ばれた太った男は、今や羽の生えた異形の魔物と化し、理性を失ったのか咆哮すらあげている。
薬品を投与したブレアーはその咆哮に高笑いしていた。
『ははは! わたしの友を傷つけ、我らの友情の証を奪った罰だ!』
ブレアーは狂気じみた笑いと共に宣言する。
『よくもやってくれたな!? この城にいるものは等しく同罪! お前らを皆殺しにする! この万物を知る研究者が……いや、魔王、ブレアー・フォン・シュヴァルツレーヴェという名を! この世界の全ての人間に刻み込んでくれる!』
宣言するブレアーは正しく……
「完全に魔王ってか」
尋賀にはもはや彼の姿が魔王にしか見えなかった。
『な……なんじゃ……。『神託』かのう?』
『この世界最高の武人が薄汚い地下牢に閉じ込められるとは』
尋賀が声の方向に振り向くと、そこには全身傷だらけの師匠と『神託』がいた。
『永遠の命を持っているかの実験じゃそうじゃ……』
『待っていろ。すぐにここから出してやる』
『すまぬが……わしはもうここを出るつもりはない。わしは死ぬつもりでいたのじゃが、それを叶えさせてもらえぬのは苦痛じゃ』
『友を死なせるのも我の苦痛だが?』
『すまないのう。老いぼれにこの先の終わることのない人生など、何をして生きれば良いのか分からないのじゃ』
『……これからコネクターズカオス現象を利用して異世界へと連れて行く』
『人の話を聞くのじゃ。わしはここで果てる。異世界に行きたくないんじゃって』
『神託』は黙って人差し指と親指をこすり合わせる。
パッチンという大きな音が鳴り響くと、師匠は倒れた。
『さすがに睡眠の魔法だけは避けられまい。さて、次は『黒獅子』か』
尋賀は高速で話が展開しているように感じた。
すぐに次の場面が現れたからだ。
『ぐぅ……くそ。このわたしが……! どいつもこいつもこのわたしに刃を向けやがって……!』
ブレアーは苦しそうに呟く。
腕の片方は失っており、矢が数本刺さっている。
一歩歩くたびに血で出来た赤い道が出来ており、むしろ生きている方が不思議だと思えるほどだった。
『『黒獅子』、随分と無茶をしたな』
『『神託』か? 『蒼炎』が今、城で捕まっている』
『それなら先ほど救い出した。貴様が謀反を起こしているうちにな』
『なら、そいつを寄越せ……!』
『なに?』
『そいつは永遠の命を持っている。そいつにわたしの意識と記憶を植え付け……わたしに永遠の命を!』
『何を言っている。『蒼炎』は我らの友だぞ』
『関係ない。わたしをこのような目に合わせた者たちを……全滅させなければ! そのためには永遠の命と力が必要だ!』
『謀反は『蒼炎』のためではなかったのか?』
『そうだとも! 全ては友のため、必ずや『友情の証』を取り戻す!』
ブレアーはそう言って、『神託』の肩で眠る師匠に手を近づける。
『貴様の考えには賛成できぬ。貴様の言っていることとやっていることは無茶苦茶だ』
『『神託』! わたしの研究を否定するなら……あんたから消してやろうか?』
『……重症で理性が消し飛んだか?』
『たしかに……この身体は限界だ。ならば、この天才科学者、魔王、ブレアー・フォン・シュヴァルツレーヴェの研究成果を見せてやる』
ブレアーはそう言うと、ゆっくりと血の道を歩いて行く。
「一体何をするつもりなの?」
「……転生か。魔王様の永遠の命を得るもう一つの方法だな」
また二人が出てきた時、ブレアーの姿は変わっていた。
騎士の格好をした男に。
『貴様は……? まさか『黒獅子』か?』
『ああ。わたしがしていた永遠の命を得る研究。だが永遠の命を得られずに異形の怪物……魔王の生き物、魔物になる。だからわたしは今の肉体ではなく、別の肉体に意識と記憶を植え付けることで永遠の時を生きれる方法を見つけたのだ』
『……異常科学者か』
『何を言っている。わたしはただ感じたことだけをやっているだけだ』
『貴様は感情に忠実過ぎだ。自らが狂っていることに気づいていない』
『どういうことか話を聞かせてもらおうじゃないか』
『研究への興味、生命の限界の恐怖、友が傷つくことへの怒り。それらを貴様は過敏に受け取り、自らの間違いに気づくことなく異常な行動、発言をするのが貴様という人間だ』
その言葉を聞いたブレアーは怒りをあらわにする。
『黙れ! わたしはただ怒りをぶつけたいだけだ! ただ研究したいだけだ! それのどこが悪い!』
『悪いわけではない。ただ貴様は自らの矛盾やおかしな行動に気づけぬだけだ』
『……消す。お前であろうとこのわたしの怒りに触れる者は全て消す!』
『ならば我は消えよう。『蒼炎』を異世界まで連れてな』
『逃がさない! 絶対に!』
『たとえ貴様であろうと異世界に渡るのに幾億の時間がいるだろう。その間に頭を冷やせ。さらばだ、かつての友よ』
『待て!』
二人は消える。
全てを見てきた尋賀達は複雑な顔をしていた。
「魔王様……」
「そっか。ナゲリーナはあんな人の記憶を持っているんだね」
「それでガキらしくなくなったのか。つーか大丈夫かよ優等生?」
「なんとかルシェのおかげでね。まあ、目はまだ痛いけど……」
優作はまだ腕が恐怖で震えているものの、ルシェールのおかげで衝撃的な光景を最後まで見なくて済んだようだ。もっとも、目は未だに痛いのだが。
「にしても魔王様はあんな異常な人間を心に宿してんのか」
「……まさか」
尋賀の言葉の何かが引っかかったのか、優作は顎に手を当てる。
そしてすぐに彼は、答えに気づいたのか、彼は顔を上げる。
「お、さすが優等生。何に気づいたんだ?」
「……推測だけどね」
優作はその推測を尋賀に話し始めた。
「彼女の心が耐えられないからナゲリーナが死ぬんじゃ?」
「魔王様が死ぬって話か」
「うん。千年分の狂気の記憶を受け継いだナゲリーナ。まだ子供で、精神の未熟なナゲリーナがそれに耐えられるハズがない。だから死因は……」
「……もう分かった。それ以上言うんじゃねえ」
「……うん」
彼女を救う方法はないのか。
優作は考えるが、彼にどうにか出来る話ではない。
「ただのガキが魔王の器にしては小さすぎるってか。せめてものガキの身体から出て行ってくれりゃーいいんだけどな」
「じゃあ君が器になるの? 君は一度器にされかけたんでしょ?」
「……それでガキが助かるなら」
優作は冗談のつもりで言ったが、尋賀から予想外の答えが返ってきた。
「次、来たぜ」
「……うん」
彼が言おうとする前に幻が現れる。
次の幻では、ブレアーがまた別の器に変わっていた。
『この肉体もそろそろ限界か。千年生きながらえたが、騎士団の目が厳しくなると転生も厳しくなる』
白衣を着た男。
その男を尋賀はどこかで見たことがあるような気がした。
「どうしたの? 尋賀?」
「あいつどっかで見たことがあるような、ねえような」
尋賀が考え込んでいるうちに、一人の少女が座り込んで何かをしている。
紅の髪の少女。
「あれはナゲリーナ?」
優作は彼女の元に近づく。
彼女は優作の存在に反応せず、鼻歌混じりに何かを探している。
つまりは彼女は幻なのだろうか。
白衣の男はそれを見て、聞かれぬように、気づかれぬように呟く。
『子供か。仕方がない。もっと適した器にすぐに変えればあのような未熟な者でもしばらくは代用できるだろう』
男がそう呟くと、男は座り込み何かを描き始めた。
それはナゲリーナが魔法でいつも描いている陣。
魔法で描かれ、発動するもの。
『あれ? おじさん何してるの?』
少女の明るい声が男に向けられる。
いつもの感情を感じさせないナゲリーナの声ではない。
歳相応の少女の声だった。
「……やめろ。そいつに近づくんじゃねぇ……!」
「尋賀?」
「思い出したんだよ、あの服! あの白衣! アレは魔王様の前の器だ!」
「ということは今ボクらが見ているのはナゲリーナが器にされるところ!?」
尋賀の叫び声も、優作の驚きの声も、全ては届くことはない。
『今研究中でね。この山には特殊な現象が起きる。わたしはそれを研究している』
『へえ……おじさんは研究者さんなんだ』
『だけど歳のせいか限界がある。研究を手伝ってくれるものを探している』
『え? だったらわたし手伝うよ!』
『助かる。名前は?』
『わたしナゲリーナ! ナゲリーナ・フェルト!』
元気よく笑顔で彼女は名乗る。
『そうか。ではナゲリーナ。これを注射する』
そう言って白衣の男は白衣のポケットから注射器を取り出す。
『これは?』
『これは魔法を使えるようになるための薬。わたしの研究の手伝いをするなら魔法を使えるようにならねば』
『えー。注射なんて怖いよ』
『手伝いをしてくれるのだろう? 魔法を使いたくないのか?』
『うん! 分かった、我慢する!』
何も知らず健気で純粋に。
尋賀がどれだけ叫んでも、相手がどれだけ怪しい人間でも、どれだけの悪意を持っているのか少女は気づくことはない。
男は少女の腕に注射する。
少女はそれを下唇を噛んで必死に我慢する。
注射が終わると、男はまた新たな注射器を取り出す。
禍々しい黒色の薬品が入った注射器を。
「やめろ……! それを注射したら……!」
「サカマキ! あの黒いのはなんなの! どうしてそんなに焦ってるの!?」
「あれは……転生の薬だ。オレも使われそうになったことがある!」
尋賀は白衣の男に殴りかかる。
当たらないと分かっていても、彼のどうしようもない怒りが幻へと矛先を向けるのだ。
『おじさん! 頑張って我慢したよ!』
『……これでお前も魔法が使えるようになった』
『やった! それでわたしは次に何をすればいいのかな?』
『足元に描きかけの陣が見えるだろ? それが完成するまで待っていろ』
『うん!』
少女は言われた通り、待ち続ける。
時間と共に男が描き足し、陣は複雑な幾何学模様となって行く。
そして、
『完成だ。こっちへ』
『うん!』
少女の歩みはもはや誰にも止められない。
陣の上に立ち、少女は倒れた。
『うぅ……!』
苦しげな表情とは裏腹に少女から声は出ない。
一度同じ経験をした尋賀には、それが声を挙げることすらも難しくなるということを知っていた。
そして、それがどれほどの苦痛かも。
『それでは、君にはナゲリーナ・フォン・シュヴァルツレーヴェになってもらおうか』
男がナゲリーナの頭に触れる。
触れた途端、男は黒い靄となって、ナゲリーナの身体を包む。
『きゃああああああああ!』
尋賀は歯を食いしばって、悔しそうに黙っていた。
この光景を見ていた他の全員も、色々な感情で一杯になっていた。
黒い靄はやがてなくなり、その場には少女と男が着ていた服と白衣のみが残る。
「う……あ……記憶が……誰かの記憶が……頭に……」
少女はうわ言のように呟き、倒れた。
その現場に、誰かが駆けつける。
『あーあ、狩りに来たらとんでもねえの見つけちまった』
少女の元に現れるもう一人の尋賀。
「サカマキが二人いるの!」
「あん時あの場所にはオレがいた。……オレがもうちょい早く来ていれば、魔王様は魔王の器にされずに済んだってのに。……ちくしょう」
幻の方の尋賀は少女を起きろと言うが、全貌を知った彼らにはそれが無理だと思っていた。
彼女には、記憶だけではなく、千年分の狂った研究者の怒りや復讐心や探究心を注ぎ込まれたのだ。
友を傷つけた怒り、そして怒りをそのまま周りの人間にぶつけ、自らを傷つければまた怒りを募らせる。
目的の為なら友にも怒りを向け、夢には出てきていないが『友情の証』を持ち、研究所を燃やした騎士団に対して過激な怒りを見せた。
そのような人間の負の感情を、膨大な記憶を小さな少女の器に入れられた。
全員が口を噤んで黙り込んだその瞬間。
「なんだ!?」
「眩しいの!」
静寂の暗闇で、彼らは突然の光に飲み込まれる。
ーーー
「……やっぱ夢か」
尋賀は壁にもたれながら呟く。
彼が目を覚ますと、ナゲリーナ以外の全員がほとんど同時に目を覚ます。
そのナゲリーナはこの場にいないようだが。
「って言ってもただの夢じゃねーな……。ジジィ達三人の記憶の夢ってか」
「きっと、神様って言う人が見せたんだね。ボク達にヒントを与えるために」
「じゃあ、今でもあいつは苦しんでるってか? んな姿、オレ達に見せねーし、言わねーし……」
「ボクが初めて彼女に会った時、表情がなかったよね。そして彼女は今でも表情が変わることがない」
「……オレが。オレがもっと早くに……あいつに気付いておけば……」
尋賀は床を静かに殴る。
誰にぶつければいいのか分からない静かな怒りがこもっていた。
「もしもなんて語るに無価値だよ。今はナゲリーナを救う方法を考えるべきだよ」
「そうだな。過去はもう変えられねえ」
ルシェールには不思議体験にはやや耐性がないようだ。
反対に不思議体験を脳内で想像し続ける少女はなぜか大人しい。
「なんだったの! あれがシュヴァルツレーヴェの過去なの!? ……ヤナギ、どうしたの?」
「……うん」
「夢の中でも寝てたのにまだ寝足りないの?」
「……私、夢を見たんだ」
「知ってるの。シュヴァルツレーヴェの夢なの。私達も見たの」
「うん……ナゲリーナの人生を……」
尋賀は、美玲の若干の食い違いに気づく。
「どうした騎士殿。何を見たんだ?」
「……尋賀。ねえお願い! ナゲリーナが苦しんでる! 助けてよ!」
そう言って、美玲はいつもの演技口調ではなく、どこか涙目で尋賀の両肩を激しく揺する。
「らしくねーぞ、騎士殿。ほれ深呼吸でもしな」
尋賀に言われ、彼女は深呼吸をした。
ゆっくりと二、三回吸って吐くと、彼女はいつもの演技口調で話し始めた。
「私は夢の中で、ナゲリーナになっていたのだ」
「……夢の中で夢を見てたってことか」
「そこで私はナゲリーナの家族といつも笑っていた。いや、完全にナゲリーナになったわけではなくてナゲリーナの視点で全てを見ていたと言うべきか」
「細けーことはどーでもいいから。要点だけ話せ」
「ある日、ナゲリーナは野いちごを取りに行ったのだが、そこでシュヴァルツレーヴェの記憶を植え付けられたのだ……」
「それは知ってる」
尋賀は視線をそらして呟く。
「そして、ナゲリーナは心の奥底に閉じ込められ、私達の冒険でいつも我々を見ていたのだ」
「…………」
「二度目に異世界に来た時、我々はナゲリーナの母親に出会ったが、その時、閉じ込められていた彼女の心が揺れ動いたのだ。そして今、彼女の心は潰されそうになっている」
「魔王の……意識と記憶にか」
「頼む……お願い、尋賀! ナゲリーナを助けて! 私じゃあどうすればいいのか分からないの! 私は騎士なのに……何も守れないから……だから!」
「分かった。任せろ」
尋賀はそのまま何かを決意したかのように呟く。
「オレが……代わりに器になる」
尋賀がそう呟くと、優作は尋賀をビンタした。
「いってえな」
「君が犠牲になってどうするんだよ! そんな解決法ボクは許さないぞ!」
「オレみたいな不良が魔王様の器になれんだ。喜んで身体差し出すぜ」
「きっと方法があるはずだよ! 誰も犠牲にならずにナゲリーナを苦しみから救う方法が!」
「無ければ……どうすんだよ」
「見つけだす! ボクは誰も犠牲にしたくないんだ! 尋賀と違って野生児じゃないし、美玲と違って妄想大好きで修行もしたことない。それにルシェみたいに剣の腕だけを誇れる人間でもない! だけどボクは……!」
「……いい事言ってる風に聞こえっけど全員に満遍なく口撃したぞ、優等生」
どうやら、優作は自身の勢いに任せて余計なことを言ってしまったことに気づき、慌てて自身の口に手を当てる。
「ていなの!」
「ッ!」
ルシェールは尋賀の膝を蹴った。
「痛いぞ、のの女……! なんで膝狙いやがった」
「サカマキ、よく聞くの!」
「なんだよ」
「特に何もないの」
「膝蹴っておいてそりゃねーよ」
尋賀は痛みにがっかりが足されて、座り込んだ。
「ねえ尋賀。ボク、思ったんだけどさ。『転生』をすると前の身体が消滅しちゃうんじゃないかな。だったら彼女を救えないよね」
「そーいや、前の身体、消えてたもんな」
「ってことは移し替えてもナゲリーナは消える……ってことだよね」
「……それ早く言えばオレ、痛い目合わなくて済んだよな?」
「……ごめん」
尋賀は膝の痛みを我慢しつつ、立ち上がると、全員に対して言う。
「転生はなしだ。その代わり、どう救えばいいのか検討もねえ。だけどな、あのクソガキを助けるために、オレはオレ自身の命を差し出すつもりだ。だからてめえらも……オレに命を貸してくれ」
尋賀の言葉に真っ先に反応したのか、美玲は自身の胸をどんと叩く。
「無論だ! 私の命で大事な仲間を救って見せる。これが私の騎士としての生き方だ!」
「へへ。こういうとき騎士殿は頼りになるねえ」
ルシェールも続いて言う。
「ふんなの。シュヴァルツレーヴェも私の仲間だと言うなら助けるの。私のかつての騎士団も、仲間のためなら全力を注いできたの!」
「素直なこって」
そして優作は一人違う態度で言う。
「ボクは命は貸さないよ」
優作は、淡々と呟き、そして表情を変えて言う。
「絶対にボクは君や、美玲や、ルシェや、ナゲリーナの命を落とさない方法を見つけだす!」
尋賀に指を差し、宣言する優作。
決意のこもった表情の彼に、尋賀はやれやれとため息を一つ吐く。
とりあえずは彼も全力で力を貸してくれるということだろう。
「てめえら、いいか? 何があってもナゲリーナを魔王の記憶から救い出す。いいな?」
尋賀のその言葉に全員が「オー!」と拳を上げる。




