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追憶の深淵

「なんだ……ここは?」


尋賀は自分がどういう状況で、どういう場所にいるのか分からなかった。

彼は記憶を遡る。

あの後、彼らは何事もなく、すぐに寝たハズだ。


「へへ。オレの夢の中か。随分と気持ち悪い夢だな」


周りは青やら黄色やら水色やらの絵の具を中途半端に混ぜて、それらの色が混ざりきっていないような、非常に毒々(どくどく)しい色をした背景か何かで囲まれていた。

彼はそんな空間で、ふよふよと浮いている。


「にしてもオレには芸術家のセンスでもあんのかね?」


尋賀は皮肉めいたことを言いながら、腕組みをした。

この空間にでも馴れたのか、逆さまになって浮いている。

さながら空を飛ぶ術を得たようだ。


「にーがーさーなーいーのー!」


そんな彼の足が突然誰かに捕まれ、上へと引っ張られる。

しかし、彼は特には焦ったりはしなかった。


「何やってんだ、のの女」

「ちっなの。もうバレたの」

「バレたくなけりゃー語尾でも変えろよ」

「? なんのことなの?」

「無自覚かよ」


尋賀は、彼の上でいるであろう、ルシェールと目を合わさずに話す。


「つーかこれ、オレの夢じゃねーのかよ。なんでてめえが?」

「何言ってるの? これ、私の夢じゃないの?」

「あん?」


両者に食い違いが起こる。

尋賀は初めはここが自分が見ている夢だと思っていた。

しかし、ルシェールも自分が見ている夢だという。


「もしかしたら夢じゃないってか?」

「じゃあなんなの! もしかしてここが現実なの!?」

「いや、そんなわけねーだろ。こんな気持ち悪い所があってたまるかよ」

「じゃあ、なんなの?」

「さぁーな」


尋賀は、足を動かし、水中のように泳ぎ始めた。

そうやって、周りを見てみるが、現実的な答えは見当たらない。


「……もしかして、オレとてめえ、同じ夢を見てるってことか? 冗談じゃねーぞ」

「冗談ってなんなの!」

「当たり前だろ。運命共同体みたいで嫌だろ」

「あ、それは確かになの」


ルシェールが納得する。


「ん?」


突然、尋賀は誰かの気配を感じ取る。


「あ、あれ? ここは?」

「ん……? 空飛んでる夢だ〜」

「優等生に騎士殿もか」


二人は何もない場所から突然現れた。

優作は突然の状況に少し戸惑っているが、美玲の方は夢の中でまで寝ぼけているのか、状況を理解できていない。


「ねえ、尋賀。ここは一体……?」

「多分夢だと思うぜ。つってもみんな同じ夢を見てるってとこだな」

「そんなこと、あり得るのかな?」

「ま、あり得ねえけど」


優作も辺りを見回すが、彼にもどうしてこんな夢を見ているのか分からないようだ。


「じゃあ何か? こんな変な気持ち悪い色の夢見てる奴がいるってことだよな」

「へ? そっちの方? どうしてこんな夢を見てるか、じゃなくて?」

「犯人探しなの! そいつを起こせばこんな夢から解放されるの!」


ルシェールの言葉に、尋賀と優作はそれで解決するとは思わなかったが、尋賀は犯人探しに乗り気だった。


「よっし。変な夢、見てる奴探し当てよーぜ」


ちょっとした遊びとでも尋賀は言いたげだった。

優作は、他にすることもないと考え、彼も犯人探しに参加する。


「……夢は深層心理だからね。きっと、こんな感じの人が犯人じゃないかな?」


その彼の一言で、尋賀は美玲を半眼で睨み、優作は呆れた目で尋賀を見て、ルシェールは確信したとでも言いたげな表情で優作を見つめた。


「……各々(おのおの)言いてえことあるだろうが……一応全員の考えを聞いておくか」

「アマギはきっとこんな夢を見ているの! 間違いないの!」

「ひどいよ! 君はボクをそんな目で見ていたなんて」

「と、言いつつもてめえはオレを疑ってんだよな」


優作は再び彼に呆れた目で見つめる。


「だって……君だし」

「だったら証拠を出せよ、証拠をよぉ」

「そう言う捻くれたところとかさ。……それで、君は美玲だと思ってるんだろう」

「当たり前だって。騎士殿はいつも訳の分からねえこと言ってんだろ」


その美玲は、寝ぼけているのか、夢だと思っているのか、小さくなって寝ている。

宙に浮いている彼女は妙に気持ち良さげで、快眠している。


「なるほどなの! すぐに起こしてやるの!」

「待てよのの女。今すぐに起こさなくてもそのうち起きるだろ。覚めない夢はないってな」

「そんなことないの! こんなところ、一秒でも居たくないの!」

「一秒じゃねーだろ。多分三十秒までなら我慢できるだろ」

「ツッコムところ、そこなんだ」


尋賀はルシェールの腕を掴み、彼女を止める。


「それに犯人候補ならまだいるだろ。魔王様とか」

「シュヴァルツレーヴェが犯人なの?」

「みんなこんな夢を見てんだ。魔王様も見てるって考えるのが自然だろ」

「でもこの場にはいないの」

「まあ、そりゃそうだけど」


尋賀も優作も美玲もルシェールもここにいるのだ。

ナゲリーナの一緒に行動している彼女も同じ夢を見るのが自然というものだろう。

もっとも、理由の分からないものに自然も何もないが。


「…………」


……。

…………。


「来ねぇな」

「一人だけずるいの! 私達はこんな夢を見ているって言うのになの!」

「そう言うな。これで犯人候補が増えたんだ。喜べよ」

「ということはシュヴァルツレーヴェが犯人なの!」

「そうかも知れねぇな?」

「じゃあ起こしてやるの!」

「ああそうだな。ただし起こせるなら、だけどな」


どうせ無理だけどなと尋賀は続ける。

彼女はその一言でムッとした表情になる。


「起ーきーろーなーのッ! 今すぐ起きてこの気持ち悪い夢から解放しろなの!」

「意味ねえのに大きな声、出してんじゃねーよ」


尋賀は両耳を押さえながら呟く。

彼の発言で意地でもナゲリーナを起こそうという気にでもなったのだろうか。


「そんなことしても起きる訳ねーと思うけどな。だいたい起こせば解決って決まった訳じゃねーだろ」

「いいや、絶対に起こせば解決なの!」

「つーか夢の中から起こすことなんて可能なのかよ」


二人が話し合っている間、優作は暇そうにしている。

美玲は夢の中でまで寝ているので、相手してもらえない。

この場所に慣れてきたのか、優作が漂ってこの貴重な体験を楽しんでいると、尋賀とルシェールが血相を変えて彼を睨んだ。


「ど、どうしたんだよ、二人とも?」

「優等生、離れろ!」

「なんか来たの!」


野生の勘と戦士としての経験の勘から誰かの存在に気づく。

彼女は帯刀した細剣に手を伸ばし、引き抜こうとする。

しかし、


「あー! 剣がないのー! 騎士団の給料三十年分なのにー!」

「それ、五桁くらいは間違ってんじゃね? じゃなかったらそんな高級品持ち歩いてんじゃねー」


二人が悠長にしている間に優作は後ろを振り向いた。

初めは誰もいなかったものの、茶色いローブの男が姿を現した。


「あいつは……ボケ神様?」


尋賀は、そのローブの人物に見覚えがあった。

それは、突然彼の目の前に現れ、突然場違いな力を出してきた人物。


「あの人が……尋賀の言っていた神って人? たしか『神託』って」

「ああ。――ボケ神様、何しに来たんだ?」


尋賀のその言葉に反応することなく、『神託』とナゲリーナに呼ばれた男はゆっくりとこの不可思議空間を歩いていく。


「なんか……おかしいな」

「君の話だとちょっと変わった人物って話だったよね」

「ま、そうなんだけどさ。オレ達とどこか、ちと違うような気がしてな」

「違うって何が?」

「いや、ただなんとなくそう思っただけで」


『神託』は、優作と尋賀の隣を歩いて行き、まるで二人が見えていないかのように歩いて行く。


「! また誰か来たの!」


ルシェールはまた誰かの気配に気づく。


「あれは……ジジィ!?」


尋賀は誰が現れたのか、すぐに気づいた。

彼は、ひたすら木剣を振っていた。

どうやら訓練中のようだ。


「優等生。これはどう思う?」

「どう思うも何も、夢じゃないかな? ただし、そこの神って人が何かしたのは間違いなさそうだね」

「魔王様ってオチもありそうだけどな」

「分からない。でも現状、不思議なことが起こるならその二人のどちらかが関わってると思う」


尋賀と優作は冷静に分析する。

そうしているうちに、尋賀の師匠が口を開く。


『なんじゃい、お主は』


尋賀達とは違い、その言葉に反応したのか、『神託』は足をピタリと止める。


『……ただの旅行者だ』

『何が旅行者じゃ。お主はこの世の者とは思えぬ』

『いいや。ただの旅行者だ』

『ふむ。答えぬのであれば答えてもらってもいいのじゃが?』

『……力の差を感じぬのか? 我の力を感じ取ったから呼び止めたのだろう? 力を過信しすぎると痛い目にみるぞ』

『わしとて騎士道を行く者。強者と相見あいまみえることこそが喜びじゃ』


尋賀はこの状況を見て、一つのことに気づく。


「……おかしい。ボケ神様とジジィは友人じゃなかったのかよ」


話だけを信じるならば、そのハズだ。

だが、二人は初めて出会ったかのように話しており、尋賀の師匠は袴に帯刀している剣を引き抜く。

少々、袴姿に両刃の剣はミスマッチだが。


「……あれって、初代騎士団長じゃないの?」


ルシェールは、師匠を指差しながら言う。

尋賀と優作は目を見開いた。


「おい、のの女。一体どういうことだ?」

「確か……絵画かいがで見たことある気がするの」

「ジジィが……異世界の初代騎士団長?」


尋賀は驚きを隠せないでいるが、その間に話が進む。

このわずかの間に激しい戦闘があったようだ。


『くっ……我の魔法が当たらぬとは』

『どうやら力を過信しているのはお主のようじゃの』

『だが我には魔法の加護がある。我には勝つことは不可能だ』

『みたいじゃの。じゃが目的は勝利にあらず、我が心を満たすことじゃ』


尋賀はまた驚いた。

彼の師匠はあの場違いな強さを持っていた『神託』に対して有利に戦っていた。


「……ジジィが、ボケ神に勝った? とんでもな力を持っていても相手はあくまで人間だからか?」


確かに異世界の力を持つ相手は強大だ。

世界を管理する者と言うだけのことがあり、様々な世界の知識があるのだろう。

しかし、どんな力を持っていても人間であることには変わりはない。

つまりは勝つことは十分可能なのだろう。


「あれ? ……ナゲリーナ?」


不意に、寝ていたハズの美玲は呟いた。

だが呟いた相手は少女ではなく少年だった。

黒い髪に黒い瞳。

気怠けだる げで、感情を感じさせず、何を考えているのか分からないジト目はナゲリーナとも共通する部分があるが、少女とは程遠い。


「ちゃんとよく見てみろ騎士殿。魔王様じゃねーだろ」

「…………ぐぅ〜」

「寝ぼけてんのかよ」


黒い髪の少年が二人の元へと歩いていく。


『魔法。それは非常に興味深い話だ』

『なんだ、貴様は』

『ただの研究者だ。そんなことよりも魔法についてを教えろ』

『……断る』

『断る権利などない。試料サンプルは提供してもらう』


そう言うと、男はズボンのポケットから試験管を取り出す。

その試験管の中には小さな石が入っており、蓋を開けるとその石が発光し始めた。


『なんだ、我の魔力が吸収された? この世界では魔力に関する知識などないはずでは?』

『そんなことはない。長年の研究で魔力が存在するのは証明できた』

『証明だと? 我の知る限りこの世界の人間は誰一人として魔力を持たないというのにか』

『証明など容易い。白紙の紙に式を入れていけばいずれは解答に結びつく。この石も算術し、魔力を持つものに近づけると勝手に魔力を吸収してくれることを証明した。もっとも、証明したところで多くの者が絵空事と笑ったがな』

『嘘も大概にしろ。算術でそのようなことが分かるとでも言うのか』

『おっと、訂正しなければな。魔力の存在とこの石の吸収する性質はわたしが発見し、今、その存在が証明されたと言うべきか。くくく! これでわたしの研究もはかどる!』


黒髪の男が声を押し殺しながら笑う。


『お主はブレアー・フォン・シュヴァルツレーヴェ! 陛下直属の研究者ではないか!』


ルシェールは尋賀の師匠のその言葉に反応する。


「! あれ、シュヴァルツレーヴェなの!」

「じゃあアレが初代魔王って奴か」


尋賀は、男をじっくりと見つめながら呟く。


「……あいつがナゲリーナに意識と記憶を植え付けた張本人てか」


ブレアー・フォン・シュヴァルツレーヴェ。

尋賀は、その名前は何回か聞いていたことを思い出す。

その張本人はどこか怒ったような表情で言う。


『口には気をつけろ。わたしは少なくともお前の倍は生きている』

『……シュヴァルツレーヴェの実験は人間限界を知らぬと聞く。数十年、その若者の姿から変わっていないという話は本当じゃったか』

『と言っても年齢の壁は確実に近づいているのが困りものだな』


と言いながら、ブレアーは笑って見せるも、笑っているのは彼だけだ。


『それで、その研究者がこんなところで何をしていたのだ? まさか我を待ち伏せしていたのか?』

『ふっ。たまたま星を見ていただけだ。この魔力についての研究で行き詰まってしまったところにたまたまあんたが通りかかってくれて感謝している』

『くっ……異世界の情報を漏らしてしまうとはな』


尋賀は呆れた口調でその光景に口出しする。


「情報、漏らしまくってたろ、お前」


そんな冷静なツッコミは聞こえることはない。


『星とな。お主は意外とロマンチストじゃのう』

『しかし、こんな星空だというのに伴侶がいないのは……寂しいが』


その一言で、不意に師匠は笑うと、釣られて『神託』もブレアーも薄らと笑う。

そして突然消えた。


「……消えたの。どういう事なの!? こんな変なところで星空なんて見えないの!」

「知らねえよ。とりあえずこれで終わりってわけじゃなさそーだぜ」


また三人が現れる。

今度は親しそうにしていた。


『なるほど。魔力を体内に注射して、誰でも魔法を使えるようにするのじゃな』

『いや。この少量の魔力ではできることなど限られている。とても実用性には欠ける』

『ならば魔力を大量に得られれば良いのかのう?』

『いや、それでは魔力に耐性のない人の身体は壊れる』

『なんじゃい。そんなものに実用性などないじゃろ』

『だから、少量の魔力で陣を描き、そこに命令を与えることで魔力を増強してから放つ……という方法を考えた』


ブレアーはスボンのポケットから紙を一枚取り出すと、それを二人に見せつける。


『なんじゃ? この複雑な紋章は?』

『術で空中か、もしくは何かにそれを描けば術は発動する』


『神託』は紋章を見つめる。

彼の知らない術のようだ。


『こんな複雑な紋章をか? これでは普及はしないだろう』

『しかし、これを道具に描けば、誰でも魔法が使えるようになる』


三人はそこから熱弁する。

そして再び三人は消え、また現れる。


『この剣は?』

『異世界から持ってきた。この剣には大量の魔力を込められている。我から貴様らにと思ってな。この間話した道具に紋章を描けば、この剣をより強大にできるだろう』

『世界の管理者が異世界の事を口外してもいいのかのう』


師匠は言うが、既に手遅れだ。

そんなことを考えもしない『神託』はフッと笑う。


『貴様らは特別だ。この出会いの奇跡を祝して、な』

『ならばその剣にわたしが改造しよう。そして『蒼炎』が振るえば完璧だな』

『異世界の人間が最高の剣を、最高の研究者が魔法を、そして最高の武人が剣を振るう。我らの『友情の証』とでも言うべきか』


ブレアーは剣を受け取る。

その剣には見覚えがあった。


「騎士団の剣なの!」

「かの字が持ってたやつか。こうやってあの剣は生まれたわけか」


尋賀は騎士団長が剣を振った時の光景を思い出す。

その時は自動で陣が描かれ、魔法が放たれていた。

その機能をブレアーが追加したのだろう。

考えているうちにまた新しい話になっている。


『永遠の命の実験だと?』

『『神託』これはあんただけに話す秘密だが、陛下がそれを要求している』

『……我のこの命ですら無限ではない。世界の管理者をしている我ですら無限ではないのに、そんな事が可能なのか?』

『……実は実験は成功している。ただ、薬品を使うとほとんどが異形の者と化している』

『動物実験を行ったのか?』

『もちろん人体実験も済ませた。どちらも結果はほとんど同じだが』

『随分と命を軽く見ているな……!』

『研究者として実験は大事。それも陛下に渡すもの。危険な物は渡せない』

『そのためにどれだけの命を実験に使った?』

『実験に使ったマウスなど、いちいち覚えていない。それよりもわたしの好奇心が満たされることの方が大事だ』


二人の話が終わり、また二人は消える。

しかし、今度は今まで通り、消えては現れ、ではなかった。


「なんなの! 急に暗くなったの!」

「騒ぐなよ、のの女。暗くなったんじゃねー。単純に周りが黒色になっただけだ」


今まで毒々しい色だった空間が黒一色に変わる。


「なにがおきてるの!?」

「たぶん、こっから本番ってことじゃね」


尋賀は、突然の事態に警戒しつつも、冷静に言う。


「もしこれが夢だとしたら、もしかしたら悪夢なのかもな」


根拠や証拠などはなかったが、そう言って尋賀は身構えた。

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