追憶の三人・前編
過去。
天城 優作と坂巻 尋賀の二人。
不良の少年と、品行方正な少年の組み合わせは水と油のように混ざるとは到底思えない。
しかし、片方は他人の事を考えずに行動していた結果、偶然助ける結果になった。
その時の詳細はこうだ。
買い物に出かけていた優作は、道を歩いていると数人のカツアゲ犯と遭遇。
人目に付かない路地裏に連れ込まれた後、さらにカツアゲ犯を狙う『伝説の不良』、カツアゲ犯からさらに金を巻き上げる不良狩りの坂巻 尋賀が、その現場に出くわし、尋賀は『金のために』やった行動が結果的に、優作のピンチを救ったのだった。
後日、その時はちゃんと言うことができなかったお礼の言葉を優作は言おうと彼を待ち構えた。
だが、お礼を言うはずが蹴られたりして散々な目にあっても彼はまた次の日に彼を待ってしまう。
しかし、次に現れた時尋賀は負傷していた。
彼曰く、ジジィにやられたらしい。
真相は、別の路地裏でカツアゲ犯がたむろしていたところ、散歩していた尋賀の師匠がバッタリ遭遇。
油断したカツアゲ犯達は、年老いたその見た目に騙され、全員あえなくボコボコにされた。
そしてそれを目撃した尋賀の戦闘本能が刺激され、師匠と戦ったところ、彼も返り討ちに合う。
やられてもなお彼は立ち上がり、ふらふらと当てもなく歩き回るが、優作の目の前で倒れた……というのが一連の流れだ。
優作は、目の前で倒れた尋賀を必死で担いで運び、彼を家にまで連れて行った。
優作の家で目を覚ました尋賀は、自身の敗北を見つめ直す。
強くなり、自身を捨てた親に復讐をしたい、その願いが常に彼の中で渦巻いている。
帰るべき家もない、当ても何もかもがない、その存在すらもあるかどうかの危うい彼にとって、生きることは命がけ、死と常に隣り合わせで、お金は巻き上げて手に入れる方法しか知らず、それ故に彼は力を求めていた。
尋賀は彼を倒した『ジジィ』に弟子入りし、自身を鍛えてもらい、さらに強くなって生きていくことを決める。強くなることでしか生きていけないと考える不器用な人間だから。
「問題、1860年、三月二十四日、何が起きたかを答えなさい」
「今答えられるかボケ!」
尋賀の師匠の道場。
そこの隅で本を読みながら問題を出す優作。
ちなみに尋賀は師匠と棍棒で打ち合っている。
「強さと知識は紙一重じゃ。勉強も精進せい」
「るせえ! クソジジィ! 桜田門外の変起こしてやろうか!?」
「正解だね」
ほとんどの髪の色が白髪になっている尋賀は、師匠に向かって棍棒を振り下ろす。
その攻撃を師匠は容易く躱すが、尋賀の狙いは棍棒の直撃ではない。
身体のバネを最大限に使い、勢い良く、アッパーカットの要領で拳を繰り出す。
「中々の成長じゃのう」
しかし、その行動を読んでいた師匠は空いた腕で拳を受け止め、さらに棍を短く持って尋賀を突く。
「がッ!」
尋賀は短い距離だが飛ばされる。
そんな彼に優作は一言言った。
「問題、1862年――」
「……坂下門外の変」
「正解」
倒れた者にかける言葉はそれでいいのだろうか。
「だぁーもう! なんで勉強なんざぁしなくちゃいけねーんだよ!」
「なんじゃい。お主は学校をロクに行っておらんかったのじゃ。今から勉強しても遅くないじゃろ」
「黙れ! もう高校行かねえ!」
「折角受験に合格したのに、勿体ないのう」
「問題、ルートX三乗の積分」
「五分の二、Xの二分の五乗プラスC……じゃねえ! オレは強くなりてえんだよ! 勉強したって何にもなんねえよ!」
「ねえ、尋賀」
尋賀の言った言葉に、優作は真剣な表情で言う。
「問題、フグ毒とトリカブトの毒の名称を答えなさい。さらに両方を摂取した場合の症状を答えなさい」
「フグはテトロドトキシン、トリカブトはアコニチン。両方摂取すると症状が起きるまでに時間が掛かる……ってまた問題出すんじゃねえ!」
「『問題を出すな』は症状じゃないね。まあオマケで正解かな」
二人のやりとりを聞いていた師匠は軽く笑う。
「うまい洗脳術じゃのう。どうやったのかのう?」
「ボクは昔から人に物を教えるのは得意でしたから」
「おかげでこの脳筋の弟子も物覚えが良くなったわい」
尋賀は二人を相手するのが面倒になり、何も喋らずにいる。
「……随分と頭が切れるようになったのはいいのじゃが、そのせいか最近、ちょっとずつ捻くれてきてのう」
「多分、彼なりの成長の証じゃないですか? 感情を剥き出しにするよりはだいぶまっしですし」
「それでも結構感情剥き出しじゃがのう」
この時、この場にいる誰が今後尋賀が捻くれの塊になるのは誰が知ることが出来ただろうか。
「好きに言ってろ! オレは学校には行かねえ!」
「学校に行かないのであれば仕方が無いのう。親の居場所を教えるのはやめじゃ」
「……クソジジィ、今なんつった?」
「強さと知識は紙一重じゃ。勉強も精進せい」
「それはだいぶ前に言ったことだろうが! そうじゃなくて親の居場所がどうのこうの言ってただろうが!」
尋賀は師匠の言った一言が、彼の耳から離れない、離れてくれなかった。
「そうじゃ。わしはお主の親がどこにいるのか知っておる」
「どうしててめえが親の居場所を……? いやそんなことはどうでもいい! 早く教えろ!」
「ふむ、それはならん。お主が学校に行かぬと言うのであれば、やむを得ん、親の居場所は教えぬ」
「通う! 通うから早く教えろ!」
「それだけじゃダメじゃ。お主がわしに勝つこと、人を助ける生き方、自分のやった罪の重さ。これらを理解するまで教えぬ」
「分かった。……まずはクソジジィ、てめえをぶっ潰す!」
尋賀は立ち上がり、棍棒を構える。
しかし、呆れた顔で師匠は首を横に振った。
「ちゃんと話を聞いておったかのう? わしに勝つだけじゃダメじゃ」
「んなもん後からでも問題ねえーよ! 今すぐに出来そうなやつから始めるまでだ!」
「その考えではいつまで経っても全て満たすことなどできないじゃろうて」
「オレは壊す方が得意なんだよッ!」
師匠は呆れてため息を吐く。同時に優作もため息を吐く。
「んだよてめえら! オレの言うことに文句でもあんのかよ!?」
「やっぱり、どれだけ勉強を教えても道徳の点数は低いね」
「……チッ、わぁーたよ、人を助けりゃーいいんだろ。かったりぃー……」
「君がやったことも、反省しないといけないよ?」
「別に、人殺ししたことねえから問題ねえだろ。金とって怪我させただけだ」
「うーん、これは重症だね」
尋賀は何が悪いことで、自分が行った行為で他人がどういう風に感じるか、全く分かっていなかった。
「これでも色々と人の道を教えてきたんじゃがのう。どうも野性から抜け出せんのじゃ」
「誰が野性だ!」
「そうやってすぐに吠えるところと、常識がないとこがじゃ」
師匠は欠伸を一つすると、二人に言う。
「もう夜のいい時間じゃ。明日も学校があるんじゃろ? ならば早く帰って家でゆっくりと寝るが良い」
「オレはまだやれる!」
「毎回そんなことばかり言いよって。底なしの体力があるといえども、夜ぐらいはちゃんと寝るのじゃ」
「……あのアパートにはあまり戻りたくねえ」
「なんじゃ? 何か気に入らないのかのう? 家賃ならしばらくはわしが払うがのう?」
「そうじゃねー。ただ、あのアパートの大家とどう接すれば良いのか分からねえんだよ」
尋賀はアパートの大家の顔を思い出す。
彼の何を知っても笑顔で接してくれて、食事まで作ってくれる。
今までの尋賀は家も、身よりもなく、金がない時は雑草や、色々な物で飢えを凌いでいた。
だから、彼は優しさと言う物を知らない。
「あのアパートの大家はいい人物じゃて。あの大家から優しさ、人を助ける強さと言う物を学べるじゃろうて」
「……人を助ける強さ」
その言葉を聞いて尋賀は、優作の方に視線を向ける。
彼はその視線の意図に気づかない。
(あの時、こいつの人を助ける方が強いのかもって思ったんだがな。やっぱりピンと来ねえ)
だが、その強さは、尋賀の復讐したいという気持ちと矛盾している。
尋賀は何が最善かを考えてはみるが、途中で考えるのをやめてしまう。
「早く帰るんじゃ。夜が遅いと不審者が出てくるからのう」
その言葉にまるで尋賀の親のようだと優作は思った。
彼が何のつもりで尋賀を弟子入りさせたのかは分からないが、尋賀が良い方向に向かっているというのならば大歓迎だった。
その尋賀は、不審者相手に『殺る気』満々だが。
ーーー
翌日、優作は電車に乗り、途中尋賀の家のアパートに行く。
そこで、鍵のかかっていないアパートの一室の扉を開ける。
「尋賀、学校」
「……なんでわざわざ」
「親の場所知りたくないの?」
「チッ! しゃーねえな」
どうにも長続きしなさそうな態度だった。
尋賀はボタンとれたての制服に、バットケース一つのみというスタイルで外に出てくる。
「あんまり学校行くって態度じゃないよね。白髪に、ボロボロの制服に、棍棒を入れたバットケース一つだけって……」
「白髪って言うんじゃねー! 髪の事には触れるな!」
「意外と気にしてたんだ……」
尋賀は大きな声で怒る。
その光景を一瞬チラリと見る人影が一つ。
「ん? なんだ今の女?」
優作も今の一言に気づいたようで、そそくさと歩いていく一人の人物を見る。
「えーっと、あの人、矢薙 美玲さん……だね」
「あん? 誰だ?」
「同じクラスの人だよ。って言っても彼女、いつも一人で静かにしてるから目立たないから、知らないのも無理はないかもね」
「ふーん。何か暗い感じの奴だったな」
尋賀がそう思わせたのは、学校の制服を着崩さずに着ており、髪こそロングヘアーでダークブラウンに染められているが、顔を隠すように前髪が降ろされていた。
身長は女性にしては高いが、やや前屈みの姿勢で歩く彼女は目立つ要素が感じられず、有り体に言えば地味で、暗いイメージを受ける。
「ま、なんだっていい。どうせクラスの奴なんざ覚えるだけの価値なんてねえーからな」
「……尋賀、それはどうかと思うよ」
「ふん。なんでてめえなんかに指図されなきゃなんねーんだ」
「分かったよ。でも学校は早く行こうね」
「……わぁーたよ。かったりぃー」
ーーー
授業中。
尋賀はノートも、教科書も持って来ておらず、授業は話だけを聞いていた。
そんな彼はふと美玲の方を見る。
特に何か意図があったわけでもなんでもない、ただの偶然と言い換えても何も変わりない。とにかく尋賀は見たのだ。
顔を下に向けて、必死になってノートを書いている。しかし、黒板を見ることはせず、ずーっとノートに何かを書いているのみだ。
授業が終わり、昼休みになると、美玲はすぐにカバンを持ってどこかに行ってしまう。
「授業中、何を見てたの?」
「別に」
この頃の彼は嘘が得意ではなく、すぐに優作にバレてしまう。
「矢薙さんを見てたんでしょ? 授業中彼女を見ていたの知ってるよ」
「うっせえ! なんだっていいだろ!」
尋賀の大きな声と同時に教室のざわめきがピタリと止まる。
彼がそれだけ周りから恐れられている証拠だった。
「……ねえ尋賀。行動と発言には気をつけなよ? 君が伝説の不良じゃないかって噂が広がってるんだよ?」
「知らねえよ伝説の不良だなんて。オレじゃねーよ」
「でもおよその特徴は一致するしね」
「オレは伝説の不良って肩書きが欲しいんじゃねーよ! 金が欲しかっただけだって!」
「真偽はともかく今までの奴らがお礼参りしてくるかも」
「お! そいつはいいねえ! 喧嘩祭りだ」
「……ふぅ、相変わらずの戦闘狂だね」
優作がそう言った時には周りの視線が尋賀に集中する。
恐れの目で見て見ぬフリをする者、差別的な目で見る者、様々な感情を含んだ目を尋賀に向ける。
「ねえ尋賀! どこかでお昼食べようよ!」
尋賀が何か言い出すのを先に感じ取った優作は、尋賀が次に口を開く前に言った。
ーーー
学校の屋上。
普段鍵がかかっているこの場所をピッキングで開けた生徒が一人。
「……ふむ。この演技も中々疲れるな」
その生徒……矢薙 美玲はカバンからノートとゴーグルとお手製のマントを取り出し、スカートのポケットから髪留めを一つ取り出す。
髪留めで前髪を留めると、ゴーグルを首に掛け、マントを羽織る。
そうすることで、地味で暗い猫背の女生徒の演技から、いつもの常に暴走気味な妄想騎士の演技へと変わる。
彼女は腰を何度か叩くと、大きく伸びをする。
「全く、どうして私がこんなことをしなければならぬのだ……。いや当然か」
彼女は独り言を呟くと自嘲するかのように薄笑いをする。
そして彼女はカバンから弁当箱とノートを取り出と、昼食を取りながら、ノートに鉛筆で何かを書いていく。
「あの……坂巻 尋賀という男、あの猪よりも鋭い眼光……伝説の不良の噂に間違いはなさそうだ」
そう独り言を呟き、ノートのページには尋賀の特徴や設定が書かれており、大きな絵で極悪人のような顔をした尋賀が描かれている。
「ならばあの一緒にいる天城 優作はなんなのだ? ……そうか、あの男に脅されているのだな! 許せんぞ! 坂巻 尋賀」
彼女は、勝手な妄想で尋賀に対する怒りを露わにする。そしてその勝手に考えた情報をノートの中にどんどん書いていく。
「きっと奴は機関に属する人間なのだ! 機関の人間はこの世に闇を振りまき、そして洗脳、操ることで闇の同胞を増やしているはずだ! ……はっ! それはつまり、あの天城 優作という男もまた洗脳され、仲間にしようと!? 許せん!」
彼女の中で勝手に尋賀の株が下がって行く。
おまけに変な設定までつけられていたら、尋賀にとってたまったものではないだろう。
誰かに聞かせるわけでもないのに、大きな声で独り言を続け、弁当の中身をかき込むように食べる。
「坂巻 尋賀! あの不良を……あの悪人をいつか必ず倒す!」
その言葉は自身の正義という信念から出た発言。
妄想はしなくても不良は悪という考えが彼女にはあり、それが尋賀に対する敵意に繋がっていた。
『だから屋上は普段、鍵が掛かっているんだって! それに入るのも禁止!』
『んなもん蹴破ればいいだろ!』
「む?」
急に聞こえてくる二つの話声。
普段鍵の掛かっている屋上に来る生徒はいないため、美玲は空耳かと思った。
「ぶっ潰れろ!!」
屋上の扉が勢いよく開く。
件の坂巻 尋賀が屋上に入るための扉を蹴って開けたからだ。
当然凄まじい音が屋上に広がり、美玲は扉の方を驚愕の表情で振り向く。
「ん? てめえは……」
尋賀は先客の存在に気づく。
そして美玲は弁当箱を蓋をしてカバンにしまうと、急いでカバンを持って尋賀の方に走り始めた。
「そんなに慌ててどこに行くんだぁ?」
「……!」
尋賀は隣を横切ろうとした美玲の腕を掴む。
「随分と面白え格好してんじゃねーか。何でそんなマントとゴーグルしてんだ?」
「……せ」
「あん?」
「放せと言っている!」
美玲は怒気を孕んだ声で言うと、彼女はいきなり自身のマントを尋賀の頭に被せる。
「どわっ!」
視界が突然真っ暗になり、尋賀は素っ頓狂な声を挙げる。
その隙に彼女は逃げ出してしまう。
「先に矢薙さんがいたんだね。てっきりボクは君が本当に鍵を壊したのかと思ったよ」
被せられたマントを強引に取る。
「ノヤロォー! 今度会ったらタダじゃおかねぇー! ぶっ潰す!」
「先に彼女の腕を掴んだのは君だろ?」
「うっせえ! てめえからぶっ潰してやろうか!? ああん?」
「……君は小者を潰すのは好きじゃないんでしょ?」
「……ふん」
「でも今は君の方が小者臭がしたけどね」
「……最近オレとつるんでるからか知らねーけど、時々とんでもねえこと言うようになったな」
「あ、あれ?」
尋賀の怒りは優作の言葉を前にどこかに飛んで行ってしまったようだ。
「ったく、酷い目にあったぜ」
「マントなんて持ってきてたんだね」
「当然、校則違反だよな」
「まあ、学業に関係ないしね。髪の毛を染めるのは、まあ大丈夫かな。……白以外は」
「オレのこれは地毛だ! 染めたんじゃねー! こうなったんだ! ってか言わせんな!」
再び髪の事を言われて怒る尋賀。
尋賀の事をそれなりに分かってきていた優作は、その怒りにもはや慣れていた。
「とりあえずそのマント、渡してよ」
優作は尋賀が手に持っているマントを受け取る。
「ボクから矢薙さんに返しておくから」
「……あの女、一体なんだったんだ?」
「矢薙さん、いつも一人だったからね。きっと教室にいるのは辛いんだろうね」
「そんでなんでマントとゴーグルしてんだよ」
「知らないよ。……ボク達、彼女の知ってはいけない何かを見てしまったのかな?」
「なんかオレ、モーレツにあの女に会いたくなくなったぜ……」
「……ボクも」
二人は彼女に会ったこと、もとい屋上に来た事を後悔していた。
優作は今日一日だけと言いながら、屋上で腰を下ろし、マントを丁寧に折りたたむと、一人弁当箱をの蓋を開ける。
尋賀は腕を組んで屋上の扉にもたれかかる。
「そんなマント、ゴミ箱にでも突っ込んでおけよ」
「どうして人の物を勝手に捨てるんだよ!」
「はぁ!? んなもん決まってらー! あの女に関わらねえためだろうが!」
「だからってなんで他人の事を考えられないのさ!?」
優作は尋賀の発言に怒る。
二人が出会ってから長い日数が経過しており、優作は尋賀の一々に口出しをするようになった。
しかし、肝心の尋賀の方は彼に対して常に見下し、友情などと言う言葉は微塵も存在しない。
「チッ! ヘタレの癖にオレの周りでちょろちょろするし、意見しやがる。うぜえったらありゃしねえ」
「別にいいだろ。放っておけないんだよ」
「とんだお節介野郎が!」
尋賀は気分を悪くしたかのように仰向けに寝転ぶ。
「お前、うざいんだよ。オレの生き方にケチつけやがって! オレのどこが問題なんだよ」
「大問題だよ。人を鉄パイプやらで殴って怪我させて……。それで本人は悪びれた様子もなく今もこうして反省の一つもしていない」
「だったら誰かに言えばいーじゃん。暴力を行った犯罪者ですよってさぁ!」
「……そんな事をしても君は反省なんてしないだろ。罪って言うのは反省と後悔を持って、自分の罪と向き合わなければどんな罰があっても意味なんてないんだ」
「あっそ。別にオレは悪いことしてねえけど」
「そんなんだから、君の師匠さんに必要以上にボコボコにされるんだよ」
「なんか言ったか」
「いつか自分が間違ってたって思えるようになってよ、って話」
「……フン」
尋賀は優作の話を鼻であしらうと、会話が続かなくなる。
もっとも初めの美玲の話題から大幅に話題が変わってしまっているが。
ただただ沈黙の時間が過ぎて行く。
一分、二分ほどしたところで、仰向けに寝ている尋賀は空を見ながら唐突に口を開く。
別に沈黙が辛いというわけではない。何となく口を開いたのだろう。
「しっかし、お天道様はいつもと変わらねえなぁ」
今までの尋賀にしては妙に何かを感じる発言に優作は驚いた。
「意外だね。君にしては深いものがあるね」
「だろ? オレとお天道様はいつでも友達なんだよ。オレが泥水啜ってる時も、喧嘩してる時も、死にかけてる時もいつだってお空でオレの事を笑ってやがる」
優作は黙って聞いている。
これが彼の素なのだろうか、と考えながら。
「笑えるよな? 世界は平等なんだよ。死にかけの奴にも、死とはしばらくは無縁な奴にも笑いながら紫外線飛ばして来やがる。ってことはだ。オレにもちゃんと陽の光に照らされる……生きる権利がある」
彼は薄っすら笑みを浮かべて話す。
「そう考えたら、何が何でも生きようって思うのさ。生きる権利がある、まだ紫外線を浴びられるうちはさ」
その言葉に優作は納得しかねる表情で答える。
「何かいい感じに言ってるけど、要するに太陽を見てたら、生きる活力が湧いてくるってことだよね」
「ヘッ! 何か言いたそうだな?」
尋賀は寝転びながら優作の方を向く。
その優作は眼鏡のブリッジを触りながら言う。
「じゃあ君の殺したいほど憎んでる親はどうなのさ?」
「んなもん決まってら。陽の光を浴びる権利なんてもう二度とやらねーよ!」
「平等じゃないの?」
「知るかボケ!」
尋賀は悪態をつくと、思い出したかのように呟く。
「で、なんで太陽の話してるんだっけか?」
「知らないよ。君が言い始めたんだからさ」
尋賀は何も言わずにそのまま寝始める。
正義などなく、生きるためだけに自身の道を歩んできた太陽の下で。
その後、昼食を食べ終えた優作と昼食を買う金がなく、大した物を食べていない尋賀は揃って教室に戻る。
「あれ? いない?」
教室に戻って優作が真っ先に確認したのは美玲の存在だった。
まだ戻って来ていないのだろうかその姿が見つからない。
屋上から逃げるように去って行った美玲はどこに行ったのだろうか。
思考する彼に、一人の女子生徒が近づく。
「あれ? 天城君、どうかしたの?」
何かを察したのかクラスメイトの女子生徒が優作に聞いてきた。
彼は、好都合と美玲がどこで何をしているのかを聞く。
しかし、
「ああ、矢薙さんなら早退したよ」
と言われてしまう。
「どうして早退したの?」
「それが何も言わずに帰っちゃって」
優作がその女子生徒に問いかけ、答えが帰ってくる。
しかし、詳細を聞く間もなく、次の授業の担当教師が教室に入ってくる。
それからはいつも通りの光景だった。
授業が始まり、優作は真面目にノートと黒板と教師に目を配らせ、尋賀は授業中話だけを聞いている。
ただそれだけのことだが、あっという間に授業が終わり、放課後になる。
「ボクは矢薙さんを知ってる人から住所聞いてくるから尋賀はどうする?」
「んなもん放っておけばいいだろ。そんな面倒なことに付き合ってられるかよ」
「……じゃあボクは行ってくるから」
「おう、どこにでも行ってこいよ。別に帰ってこなくたっていいんだぜ」
尋賀の心ない発言を何も言い返さずに優作は先ほど美玲が早退した事を教えてくれた女子生徒に話を聞く。
それに対して、尋賀は一人で黙って教室を出て行く。
それからの彼はまっすぐに家に帰らずに、師匠の道場の方へと向かって歩いていた。
これと言った大きな建物が無く、畑や山が目と鼻の先にあり、道行く人々と中々出会うことはなく、小さな古い家や古い電柱などと言った物がこの町が田舎町だと演出している。
そんな田舎町の端にある道場に今日も彼は修行に行く。
ただし、尋賀一人で、というわけではない。
(つけられてんな、こりゃあ)
尋賀の野性の勘が働く。
今まで一人で生きてきた彼の本能が告げる。正確に言うならば明らかに尋賀に合わせた足音が聞こえてきたのを本能と言っているわけだが。
「どこの誰だッ! オレにつけてやがるのは!?」
勢い良く振り向いて、大きな声で叫ぶ。
しかし、あるのは電柱が一本だけポツリと立っているのみだった。
「まさか気のせいだったのか? くそ、勘が鈍ってやがる! 全然強くなってねえじゃねーか!」
大きな一人言を言う尋賀は地団駄を踏む。
「こうしちゃーいられねえ!」
そう言って先ほどの地団駄よりも力強く走り始める。
その光景を電柱の後ろから安堵の息を漏らす者が一人いた。
尋賀は町の端、寂れた道場の引き戸を力任せに開ける。
ドンッという大きな音が道場内で鳴り響くのを気にせず尋賀は道場の中に入る。
「おい、くそジジィ! とっとと喧嘩しようぜ!」
「まったくこの弟子は……」
道場の真ん中で着物と袴姿の彼の師匠は、ため息を吐いて自身の顎を触る。
「んだよ! そんな哀れむような眼ぇしてんじゃねえ!」
「哀れんではおらぬ。いつになったら成長するのか、不安なだけじゃ」
「んなことより、とっとと喧嘩しようぜ! 最近、生ぬるい環境で腕が鈍ってきちまった!」
「生ぬるい……のう。またカツアゲでもやってるんじゃなかろうな?」
「へっ! この辺りの路地裏には獲物がいねえんだよ。雑魚相手は何も面白いことねーし、それにアシがつきやすいからよぉー」
「なんじゃ。権力に恐れているのかのう?」
「そんなんじゃねーよ! バレたら身元とか調べられるだろっ! そしたら天涯孤独がバレて施設にでも送られちまう!」
尋賀が嫌悪感丸出しの表情で言う。
それほどまでに嫌なのだろうか。
「なんじゃ? 孤児院にでも入れば食事も雨風しのげる場所も何もかもが手に入ったじゃろうに」
「うっせえ! 家に両親が帰ってこなくなって、外で探し回って、いきなり孤児院に入れられて! その時のオレの気持ちがてめえに分かるか!? 理由も分からず、親がどこに行ったのかも知らないまま孤児院に入れらたオレの気持ちがよー!」
「……わしも長生きしたがのう。人の気持ちはいつまで経っても複雑じゃよ」
「じゃー、教えてやるよ! オレはすぐに嫌になって脱走したんだよ! それからと言うもの不良どもの溜まり場に行っては金を奪い取る毎日だったんだよ!」
思い出したくもないとでも言いたげな表情で尋賀は言う。
「じゃが逃げ出したのはお主じゃろう? それで親を憎むのは筋違いじゃろうて」
「黙れ! オレの地獄のような日々になったのはオレの親なんだよ! どうしてオレを裏切った!? どうして帰ってこない!? 何日も何ヶ月も帰ってこない! いても立ってもいられずに外に探しに行ったら孤児院行きだと!? ふざけんな!」
「所々おかしいじゃろ」
「うるせえ! オレの苦しみを……! 誰が与えたと思ってやがるッ!」
悲しみと怒りと憎しみと苦しみと。多くの負の感情を孕んだ言葉の重さは想像を絶するものなのだろう。
「じゃったら、その痛みをわしにぶつけてみせい!」
「言われなくても……そのつもりだっつーのッ!」
道場内で棍と棍のぶつかり合う音が鳴り響く。
「何笑ってやがるクソジジィ!?」
「お主も笑っているように見えるがのう」
喧嘩大好きの尋賀にとって、強い相手と戦えることは何よりも好きな事だ。過酷な環境が彼をこのような性格にしてしまったのだろうか。
反対に尋賀の師匠には尋賀のような戦闘狂ではないハズであるが、彼はわずかに笑う。
喧嘩や殴り合いと考えずに競い合いと考えれば、彼の心境も分からなくもないかもしれない。
「うわぁー、今日も派手にやってるね」
背中から聞こえてきた聞き覚えのある声に、尋賀は振り向かずに答える。
「さっきオレの後をつけてきてたのはてめえか!?」
「……何のこと?」
「とぼけてんじゃねーよ! じゃあ誰がオレの後ろ、つけてたんだよ!」
「知らないよ。それにボクが後をつける理由がないだろ?」
やはり気のせいだったのかと、尋賀は考えるが、その間にも師匠は彼を追い詰めて行く。
そして、最後には掌底で吹っ飛ばされる。
「ぐっ……!」
「今日は集中力が欠いておるのう。手数が少ないからもっとできることを増やすのじゃ」
尋賀は黙って立ち上がると、舌打ちだけを返した。
「ねえ、尋賀。大丈夫?」
「……ふん」
優作は尋ねるが、そっぽを向いた。
彼は、何か話すことはないかと思い、早速手に入れた情報を話題に出してみる。
「そうそう、矢薙さんなんだけどね」
「……住所、聞いてきたんだろ。返すなら一人で行ってこいよ」
「いや、住所だけじゃなくて彼女の事を知る人から昔のことを聞いてきたよ。気になるなら教えてあげようか?」
「別に、何とも」
興味がないとも言いたげな彼を無視して、優作は一人勝手に話し始めた。
「彼女、昔は明るい性格らしかったんだ。でも今は違う。なんでだと思う?」
「……イジメとでも言いてえのか?」
「まあ、初めはボクもそう思ったんだけどね、真相は違ったんだ。彼女、妄想が凄いんだって」
「妄想?」
「うん。まあ俗に言う『中二病』だって。妄想で騎士とか設定を作ってるんだって」
「あのマント、騎士の格好のつもりだったってわけか」
「でね、すぐに周囲から孤立して一人になったんだ。それがショックで彼女は今ではわざと暗く振る舞ってるんだって」
「へっ! 一度、一人になった奴はもう二度と誰も近寄ってこねーよ」
結局、興味なさげだった尋賀は優作の話に思いっきり食いついていることに気づいていない。
そのことを言及することなく優作は続ける。
「だから、ボクは君と矢薙さんは仲良くなれるんじゃないかなーって」
「はぁ!? ふざけんな、なんでオレがあんな女と!?」
「同じ孤独を知る者同士、分かり合えるんじゃないかって」
「比べものにならねーよ! オレの苦しみは、あの変人とは比べもんにならねーんだよ! 月とスッポン、オレとてめえくれーの差なんだよ!」
「君はボクを見下し過ぎじゃないかな……」
思惑は外れ、優作の思ったようには話が進まなかった。だがそれも計算の内、というよりも当たり前だと優作は思っていた。
相手は野生の狼だ。
誰も信用しないし、全てのものに牙を向け、襲いかかる。
群れを嫌う狼に仲間を用意しても、新たな環境を用意しても当然、それらを受け入れるのはかなり難しい。
それでも、優作は尋賀が変われると思っていた。
優作にとって、尋賀は恩人であり、友人でもあり、ほっとけないという気持ちもあったからだ。
「ところで少しよいかのう?」
「ああ、ごめんなさい修行中に割り込んできて」
「別にわしは構わん。このバカ弟子は一旦休憩するということを知らんからのう」
狼の飼い主が二人の会話に割って入る。
飼い主というよりも餌で釣っていると言うかなんと言うかの関係だが。
(この人……一体何が目的なんだろう。自分を怪我させた見ず知らずの相手を弟子入りさせるって)
「なんじゃ、何か言いたげな顔じゃのう? 質問があれば聞くがのう?」
「いえ。なんでも……ないです」
ふと思ったことを見透したかのように師匠は優作に向かって言う。
優作は聞こうにも聞けず、師匠はそのことを知ってか知らずか、別の新しい話題を出す。
「さっきからずっとこの道場の周りで気配を消してウロチョロしている者がおるのう」
「はぁ? おい、ヘタレ。そんな奴いたか?」
「ボクは知らないよ」
首を横に振りながら答える優作に、尋賀は師匠の間違いじゃないかと思ったが、その件の師匠はまるで実際にこの目で見てきたと言わんばかりの表情でいる。
「お主がこの道場に入って来た時にはもういたのじゃが」
「んじゃ、オレにつけてきてた奴か!? やっぱ誰かにつけられてる気ィしてたんだよ!!」
「放っておいても問題はなかろうて」
「ふん! オレをつけ回したらどうなるか、痛い目に合わせねえとな!」
「……行動が早くて、短気。まだまだ欠点だらけじゃ」
悠長に眺める師匠に、勢い良く道場から出て行く尋賀。
『なっ! うぉー!?』
そして、すぐに道場の外で響き渡る尋賀の奇声。
何が起きたのか。
すぐに確認しようと、二人は外に出ると、近くの電柱で尋賀は宙吊りになっていた。
その足をよく見ると、ロープが巻きついていた。
「くっ……! 誰だッ! こんな罠を仕掛けた野郎は!? ぜってぇー殺す!!」
「何やってるの?」
「うっせえ! 何かに引っ掛かったと思ったらすぐにこうなったんだよッ!」
吠えながら辺りを隈なく探す。
流石に高いところにいることと相手が隠れる気が無かったのか、出来れば関わりたくなかった相手、矢薙 美玲を見つける。
「てめえは変人女!? オレをつけ回したのも、罠を仕掛けたのもてめえか!?」
「……うむ。その通りだ」
美玲は屋上の時のように髪をしっかりと上げており、ゴーグルを首にかけており、別のマントもしっかりと着用しており、違う点と言えば、袋を二つ所持していることか。こうしていると、顔が美人であることがしっかりと分かるが、同時に漂う『残念さ』も大きい。
「矢薙さん、これ返すよ」
「…………」
とりあえずこの状況はどうすればいいのかと、まずは優作は彼女にマントを手渡す。
しかし、美玲は礼の言葉も態度も見せない。
「……坂巻 尋賀」
「なんだよ! 早く降ろせよ!」
「貴様は……ここで粛清する!」
「殺し合いの喧嘩かぁ!? いいぜ、相手してやるからとっとと降ろせ!」
微妙に噛み合っているのかそうでないのかのやりとりをすると、美玲はゴーグルを目元にセットすると袋から弓と矢を取り出し、それを吊るされた尋賀に向ける。
当然、そんな物が取り出されるとは思っていなかった尋賀は意表でもつかれたように目を見開く。
「なっ! てめえ卑怯だぞ!」
「黙るのだッ! 卑怯で卑劣なのは貴様だ!」
「ハンッ! そんなに屋上で恥ずかしい姿見られたのが気に障ったのかぁ!?」
「そうではない。貴様が伝説の不良だと言うのはすでに分かっている! 数々の非道な行いもすでに私は全て知っているぞ!」
「てめえが知ってるのは噂だろーが!」
「うるさいうるさい! なんにせよ、貴様が今伝説の不良であることを否定しなかったな!? 貴様のような人間は必ず私が粛清する!」
「……黙って聞いてりゃー言いたい放題言いやがって!」
血が上ってきた、それとも頭を下にしているから血が下がってきたが正しいのだろうか。とにかく、尋賀はブチギレた。
「ふざけんなぁ! オレがどんな人生を生きてきたのか知ってんのかぁ! 明日も一時間後も一分後も一秒後くるかどうかも分からなかったオレの人生を……否定すんな、このクソ女ぁ!!」
完全に目の前が見えなくなるほど、怒りが頂点をとっくに超えたようだ。
「貴様のような不良が生きていると、必ず誰かが傷つく事になるのだ!」
彼女の中の坂巻 尋賀とは、恐怖の対象であり、邪悪であり、人を傷つける人間だと考えていた。
悪人は他人の痛みは分からないと言うのなら、思い知らせてやろう。
古くは物語の悪人が必ず何かの報復を受けているように。
それが彼女の価値観。
「さあ死ね! 坂巻 尋賀!」
弓で狙いをつける。
標的は宙吊りになっている尋賀の足に巻きついたロープ。
これを弓で射れば、尋賀は地面に真っ逆さま。
これで死ぬことはないだろうが、十分に痛い目に合わせることができる。
ところが視界に映る悪人の姿が急に何かが遮られ、見えなくなる。
「……天城 優作。そこをどくのだ!」
「君がその弓を下ろすまではどかないよ」
構えた弓の前に出るなど、危険な行為だ。
それを分かっていながらも、優作は前に出たのだろう。
「どけ! あのような男は誰かが粛清しなければならないのだ!」
「だからって殺さなくてもいいだろ!」
彼は美玲が殺すつもりで弓を向けているものだと勘違いしているようだった。
しかし、発言内容や、弓の照準、弓の用途を考えれば、周りから見れば誰もが尋賀を射ろうとしていると思うだろう。
「どけッ! どかぬと貴様からだ!」
「そんなことをしても意味なんてないんだ! 『自分が間違っていた』って自分で気づかないといけないんだ!」
「そのようなことを本当に思うというのか? あの極悪人が!」
妄想好きな彼女の中の勝手なイメージもあるのだろう。
自身のやっていることは正義だと思っているところもあるのだろう。
だからこそ悪人には灸を据えなければならなかった。
「自分が間違ってたなんて誰が思うかよ!」
ぶら下がっていた尋賀だが、宙ぶらりんの状態からいつの間にか電柱を登り、電柱のてっぺんまで登っていた。
「くそッ! なんでこのロープ、結び目が取れねえーんだよ!」
「貴様にそう簡単にそのロープが取れるわけがなかろう!」
ロープの結び目を強く引っ張ったり、力任せに抜け出そうとしても外れる気配が全くしない。
「ど畜生がぁ! なんでてめえはそこまで本気なんだよッ! 訳が分かんねえ!」
「そんなものは決まっている! 貴様が悪人だからだ!」
「さっきからオレを悪人だ悪人だ言ってるけど、オレのどこが悪人だって言うんだよ!」
「貴様は多くの者を傷つけ、金を奪っていたそうだな? 極悪人ではないか!」
「それのどこが悪いって言ってんだッ!」
「悪いに決まっているだろう! そんな悪人に生きている資格などない!」
「なっ……!?」
突然の生きていることの否定。
必死に自分の置かれている状況をもがいて、抗って、なんとしてでも生きてきた自分の人生の全否定。
それがたまらなく腹がたち、怒りだけが尋賀を支配する。
「オレの事を……何を知ってそんな事を言いやがる! オレとてめえはクラスメイトだったとしても、話すのは今日初めてだろうがぁ! そんな奴に『死ね』なんて言われる筋合いはねえよ!」
「ある! 貴様のしてきたことはそういうものだ!」
「なんでだよ……なんで生きるためにやってきたのに、てめえごときに、んなこと言われなきゃなんねーんだよ……。オレにどうしろって言うんだよッ!」
「ふっ。罪を償い、変わると誓うのであれば見逃してやらなくもない」
「うっせえ! てめえがオレの立場だったら……てめえもぜってえオレと同じことをするはずだ!」
「しない! 私は人々を守る騎士だ! 貴様のような卑劣な男とは違う!」
「てめえだって死にたくはねえだろ! 自分が生きるためだったら何がなんでも生きようとするじゃねえか!」
「ああ、そうだ! しかし、私は他人を傷つけても生きようだなんて思わないがな!」
何を言っても無駄だと、尋賀は思った。
考えが完全に真逆なのだ。
相手に伝わるわけがない。
「さて、黙って若者の話にばかり耳を向けていては埒が明かないからのう」
「む、ご老人。あなたは?」
「わしはそこの愚か者の親みたいなものじゃ。お主が説得しとる事はわしも昔からやっておるのじゃ。だから後のことは全て任せてもらえんかのう」
「…………」
美玲は静かに状況を確認する。
尋賀は自身の罠でロープが結びついているが、今の状態ではロープを射たところで地面に落ちることはない。
その上、優作に阻まれ、上手く弓を射ることもできない。
それに、知らぬ老人までおり、場合によっては人を呼ばれるだろう。
第一、普通の女子高生は弓と矢(凶器)を持ってはいない。
もれなく町の平和を守る騎士ではなく町の平和を守る公務員に連れて行かれるだろう。
「……坂巻 尋賀。今日のところは見逃してやる。だが明日、必ずや貴様に制裁を加える!」
美玲はそう捨て台詞を吐くと、弓を仕舞い、去って行く。
「待ちやがれ! 明日もクソもねえ! 今日中にぶっ潰す!」
尋賀はそう言いながらロープの結び目を急いで解こうとするが、一向に解けない。
およそ十分ほどの格闘でロープが解け、急いで電柱から降りるがすでに時遅しだった。
「クソがぁ! あの女! 明日、絶対ぶっ潰す!」
尋賀は怒りのあまり、電柱に八つ当たりを始める。
ガシガシという靴底の音と共に多くの汚い言葉が吐かれ、優作と尋賀の師匠にとって不愉快な光景でしかなかった。
「ねえ、尋賀。ボクは矢薙さんの言ってたことも一理あると思うよ」
「なっ……!?」
「確かに生きるために人を傷つけるしかなかったって言うなら、少しは許せると思うよ。でもね、君はそのことに対してちっとも後悔してないじゃないか」
優作に援護射撃でもするかのように、師匠は続ける。
「うむ、それに喜んでやっておったではないか」
両名から自分のやってきたことを否定される。
「てめえらもオレを悪者扱いかよッ!」
「別に君が完全に悪いとまでは言わないけどさ」
「わしは完全に悪いと思っているがのう」
尋賀は奥歯を噛み締めると、何も言わずに背を向ける。
「どこに行くのさ?」
「今日は気分がわりー。家に帰ってとっとと寝る!」
「ねえ、尋賀。少しでも……本の少しでもいいから変わろうとしてよ! 矢薙さんだって言ってたじゃないか!」
「うっせえ! その名前を出すんじゃねえ! いいか? オレのやってきたことの全ては正しいことだったんだよ! 何一つ間違っちゃいねえ!」
尋賀は走り出す。
優作は悲しそうにその背中が見えなくなるまで見ていた。
「どうして、彼は人が傷ついても平気でいられるんだ……」
沈んだ声で呟やかれた声は、尋賀に届くことはなく、彼の師匠にしか届かなかった。
「自分の心が傷つかないように必死なんじゃろ」
「だから、他人を傷つけると?」
「そうじゃ。わしが思うに、あの馬鹿者は自分が傷つくことを酷く恐れているんじゃろう。要するに臆病で繊細じゃな」
「繊細なんて、尋賀からもっとも程遠い言葉だと思うんですけど」
「じゃが、あやつは親なしじゃ。それは酷い環境で、誰にも頼らずに生きてきたらしいからのう」
優作は尋賀の髪の毛のことを想像した。
彼の髪の毛は、染められたり地毛の銀髪ではなく、白髪。
どれだけ過酷な環境ならば髪の色が全て白髪に変わってしまうのだろうか。
それだけ、想像を絶するものなのだろう。
「しかし、これからはわしが親じゃ。もう同じことをやっていかなくても生きていけると言うことを教えなければならんのじゃが……」
「でも本人が聞く耳を持たないから、どうしようもないというか……」
尋賀が変わる。
優作は答えの見つからないそれを、どうしようもないとの意味も込めて言った。
過去編って書いてると怖いです。
前に一回やらかしたから……。
次回の後編で過去編は終わりです(予定)。




